全ての始まり3
「そういえばシェルハタは?」
そういえば、なんて言っているが実際にはシェルハタに会いに来たことはジケも分かっている。
ビッグニュースをジケに伝えに来たのも、シェルハタに会うための口実にすぎない。
ジケとしてはそれで情報がもらえるならと指摘するつもりはなかった。
シェルハタもソコイが来ると嬉しそうだったりする。
「残念。今日はいないんだ」
「そうなの?」
「武闘大会で色々な出店も来てるだろ? それを楽しみに出掛けていったよ」
武闘大会目的の観光客目的で出店なんかも多く並んでいる。
シェルハタはミュコやタミケリたちと一緒に出店巡りに行っていた。
タミとケリにお願いされてグルゼイもついていっているし、歌劇団の大人もいる。
武闘大会で町中には兵士も多くて、危ないことは少ないだろう。
「今から追いかければ追いつけるかもよ」
「うっ……」
「ほら、早くいってこい」
「分かった! じゃあ、また今度ね、兄貴!」
家を出てからそんなに時間も経っていない。
今から向かって合流しても一緒に楽しめるはずである。
ジケに背中を押されてソコイは家を飛び出していった。
「それで……あっちはどうするかな?」
すすり泣く声はいささか弱くなった。
それでもまだ続いている。
「どうだ?」
「うーん……あんまり」
ジケが部屋を覗き込むと、エニと目が合う。
エニが来たので声を抑えて聞いてみると、エニは肩をすくめてしまう。
「なんで泣いてるのか分かるか?」
「……聞いた感じでは死ぬのが怖い…………ってところかな?」
「もう時間がない……どうにかせねば……」
老婆は同じような言葉を繰り返している。
時間がないということを、もうすぐ死んでしまうから恐怖を抱えているのだとエニは解釈した。
だけどなんだか様子がおかしいとジケもエニも思った。
「おい、外が騒がしいぞ」
「外?」
リアーネが窓から外を見ている。
ジケも同じく外を見ると兵士っぽい人たちがゾロゾロと歩いていた。
「珍しいな」
国の兵士はあまり貧民街には近づかない。
見回りだった平民街ギリギリまでである。
よほど何かの事件でも起きなきゃ貧民街には来ないのだ。
「うちにも来るみたいだな」
家々を巡って何かを聞いて回っている。
「すいません、誰かいらっしゃいますか?」
「はーい」
やましいことは何もない。
ドアがノックされてジケは普通に対応する。
「急に訪ねてすいません。人を探しておりまして」
訪ねてきたのはかなり身なりのいい兵士である。
貧民街に来る人といえば兵士も下っ端なことが多いけれど、それなりに役職も高そうに見える。
「人ですか?」
「女性の老人を探している」
「女性の……老人……」
「心当たりはありませんか?」
あるな、とジケは思った。
まさしく少し前に老婆を助けたところである。
今はすすり泣いていないが、まだ家の中にはいる。
「少し前に……」
「どけっ!」
「うわっ!?」
老婆を庇う理由もないので、正直に答えようとした。
ジケを押し退けて老婆が自ら出てくる。
「ああ……次は……」
「ご婦人、失礼ですが、少しお顔を……」
「触るな!」
伸ばされた兵士の手を老婆は払う。
やたらとギラついた目をして兵士のことを睨みつける。
「私にはもう時間がない! 早く次を探さねばならない……」
「少しでいいので顔を……」
「だから触るなと言って……! うっ!」
フードを被っているので顔がよく見えない。
少し顔を見せてもらえばいいのにと兵士は眉をひそめる。
老婆は手を払う勢いでふらついて膝をついて転んでしまう。
「押さえつけますか?」
他の兵士たちが険しい顔をして老婆のことを見ている。
「…………いや、いい。似ている気もするが、人違いだ。まだもう少し若かった」
位の高そうな兵士は手を上げて他の兵士を制する。
「騒ぎ立てて申し訳ない。怪しい人を見かけたら通報してほしい」
「……分かりました」
どうやら老婆は探している人ではないらしい。
兵士たちは行ってしまい、後にはワナワナと震える老婆が残された。
「この人どうする?」
「大神殿に連れて行こうか」
流石に家でお世話をしてはいられない。
体の調子も悪そうだし、こうした困窮者の救済も大神殿の役割である。
押し付けるという形にはなってしまうが、知らない人をお世話するのは大きな負担である。
「あっ、膝擦りむいてるね」
「フィオス!」
転んだ老婆は膝から血を流していた。
フィオスがピョンピョンと老婆の方に跳ねていく。
「何を……うう?」
「なんだ? 膝が……えっ?」
「皮膚が若くなった……?」
フィオスは老婆の膝に乗っかった。
一瞬老婆は怖い顔をしてフィオスのことを振り払おうとしたけれど、自分の膝に起きた変化を見て目を大きく見開く。
おそらくフィオスがポーションを出したのだろう。
擦りむいた膝が瞬く間に治ったのだけど、変化はそれだけではない。
シワシワになってツヤもない肌が急にみずみずしさを取り戻したのだ。
白くて張りのある肌を見て、老婆は手を震えさせる。
「何をした!」
「あっ、おい!」
老婆がフィオスのことを鷲掴みにする。
「一体何を……どうやって……」
「放してください! そいつ俺の魔獣なんで!」
ジケはフィオスを取り戻そうとするけれど、老婆はフィオスに指がめり込むほどに強く掴んでいる。




