札、集まりました
「見ろよ! あざになってるぜ!」
宿に戻ったジケとライナスは体を休めていた。
ライナスは不満そうな顔をして服をまくり上げている。
師匠であるビクシムに殴られたところは青くあざになっている。
離れたジケから見ても拳を押し付けているようにしか見えなかったのに、あざになるほどの威力があったなんて驚きだ。
ライナスは師匠にいじめられたと不満そうだけど、ライナスのやりたいことを理解してすぐに方法を一つ見せて授けたのだから良い師匠である。
同じことをやられたらジケも文句は言うだろうけど、とは思う。
エニがいたらその場で治してくれるのだが、今はいないので痛くても我慢である。
ビクシムも手を抜いてくれていたので大きな怪我でもない。
「んでどうするよ?」
なんだかんだと札が集まってしまった。
服を戻しながらライナスはジケのことを見る。
「そんなの帰って予選突破するに決まってるだろ?」
これ以上札を集めても意味はない。
ライバルを蹴落としたいならもっと集めてもいいかもしれないが、狙われて奪われる可能性が高くなってしまう。
誰かを蹴落とすために札を集めて、結果として奪われて予選突破できずなんて笑えない話である。
さっさと帰って予選突破を決めて、さっさと家に帰りたい。
今なら全部余裕を持っていられる。
「まー、そうだよな」
ライナスも別に札の奪い合いに興味はない。
苦労してビクシムから札をもらったのだし、奪われるのも嫌だった。
「帰りはのんびり行こうぜ」
行きはセントスに乗って慌ただしく移動した。
札の奪い合いが始まる前にと思ったのでそうしたけれど、帰りはそこまで焦ることはない。
道中に休憩所があることは分かっているので、立ち寄って休みながら移動すればいい。
「リアーネの方は大丈夫かな?」
「んな心配いるかよ。むしろリアーネにかかっていく相手の方が心配だよ」
ジケはチラリと外を見る。
すでに日は落ちかけていて暗くなってきている。
リアーネの実力ならまず倒される心配はないだろうとジケも同意する。
ただ何があるか分からないし、多少の心配はあるのだ。
ついでにライナスの言う通りにリアーネから札を奪おうとする相手も心配である。
「おーす! 帰ったぞ!」
地平線に見えていた日が完全に沈んだのと同時にリアーネが部屋に帰ってきた。
「リアーネ、大丈夫か?」
「もっちろん! 見ろよ! むっふっふぅ〜」
見たところ怪我はなさそう。
少しホッとするジケにリアーネは札を取り出して見せる。
十枚はありそうな札をリアーネは扇のように広げて笑顔を浮かべている。
「うわっ! すごっ!」
「えっ、一日でそんなに集めたのか?」
大量の札にジケもライナスも驚く。
「へっへーん! すごいだろ!」
期待通りのリアクションにリアーネは嬉しそうに胸を張る。
「どうやったんだ?」
これだけの枚数になると隠してあるものを探し出したなんてことはないだろう。
当然奪い合いを制したのだろうけど、リアーネがそんなにケンカを売って回ったとも思いにくい。
「全員バカなのさ」
驚かせ終わったら興味ないとでも言うように札をベッドに投げる。
「ちょっと分かりやすく札見せて歩いたら、勝負を挑んでくるんだよ。あいつら、私が女だと見て勝てると思ったんだろうな」
あからさまに札を見せて歩いていたらリアーネは奪い合いの勝負を挑まれた。
当然断ることなく勝負を受けたリアーネだったが、一度勝負を受けると次々と戦いが連鎖した。
一回勝ったリアーネは二枚の札を持っていて、勝てば一気に二枚の札が手に入ると次の人は考えた。
二回勝ったリアーネは三枚の札を持っていて、二回も戦えば疲れるだろうし勝てるかもしれないとさらに次の人は考えた。
こうしてリアーネは連戦して次々と相手を倒したのである。
段々と挑戦のペースは鈍ったり、札を奪われて持っていない人も挑んだりしてきたけれど、リアーネは日が暮れるまで挑戦を受け付けて勝ち抜いた。
最後には遠巻きに眺めるだけで、挑んでくる人もいなくなってしまった。
「一人ぐらいは強いのいるかと思ったけど……ダメダメだったな」
大量の人に挑まれたのはまだ予選が早い段階だからということも大きい。
弱い人も多く、とりあえず手当たり次第に戦ってみようなんて人もたくさんいる。
だからこそリアーネに挑むような人も多かった。
「そっちはどうだった?」
「こっちも札三枚確保したよ」
「おっ、すごいじゃないか!」
「ライナスが苦労してくれたおかげでな」
「そっ! 俺が頑張ったんだよ!」
ライナスも鼻息が荒い。
「それで札が揃ったし帰ろうかって話してたんだ」
「ははっ、あっという間にだったな!」
滞在時間よりも移動の方が長かったのではないかとリアーネは笑ってしまう。
「ほんじゃ……帰るか」
やはり予選は予選。
まともな戦いを期待するなら本戦だなとリアーネも感じていた。
リアーネの噂が広まったら挑んでくる人もいないだろうし、帰っても問題はなかった。
「それじゃあ今日は休んで、明日帰ろうか」
「オッケー」
「リアーネさん、お菓子いる?」
「おっ? もらうよ」
こうして札を確保したジケたちは早くも家に帰ることにしたのだった。




