始まりましたー!2
「さて、どうするかな?」
我先にと動き出す人の中でもジケは冷静だった。
確かに札を探すためにはさっさと町に行くのがいいだろう。
しかし町まで急いだって二、三日かかると知っている。
今走っていった人たちは何も持たずに移動しているけれど、飲まず食わずで移動し続けるつもりなのだろうかとジケは思った。
「おい、ジケ! 俺たちもいくぞ!」
そして冷静さを欠いているやつがここにも一人。
「待て待て待て……このバカ!」
「おっ? 今すぐに札の奪い合いするか?」
「今やったら失格だよ」
「うっ……!」
「少し冷静になれよ。移動するにしてもせめて飯ぐらい持っていこうぜ」
そもそも細かくルールが指定されていない。
それはわざとなのか、初めてだから漏れが多いのか、あるいはあるけど説明されていないのかジケには分からない。
大きく言ってしまえば札を三つ確保しろ、相手を殺さず戦えというところしか言われていない。
飯を用意するなとは言われていないのである。
「ゆっくり行こうぜ。まだどうせ札は奪われない。……まあ、盗まれることはあるかもしれないけどな」
予選期間はまだある。
焦って移動して、疲弊した状態で札の奪い合い期間に突入する方がまずい。
それに赤尾祭を経験したジケに油断はない。
戦って奪い合うなとは言ったが、こっそり盗むなとは言われていない。
赤尾祭にうっすら似ているところがあるというところから、大会前に札を守らなきゃいけなかった赤尾祭のことを思い出した。
あの時も盗まれる可能性があった。
今回も禁止されていない以上、そんな可能性もあると思っておいた方がいい。
「いくぞ、ライナス」
「えっ、あ、ああ……」
今すぐに町に行くつもりだったけれど、ジケの言うことももっともだった。
急いでアドラスとフルクラースに向かう人もいる中で、動かない人もいた。
人波に巻き込まれないように後を追いかける人もいれば、ジケとライナスのように準備でもするのか町に戻る人もいる。
「ジケ!」
「ん? あっ、リアーネ」
町に戻るジケたちにリアーネが声をかけてきた。
リアーネも武闘大会に参加している。
リアーネなら勢いよく飛び出してもおかしくないのに、残っていたのは意外だった。
「行かなかったのか」
「ああ、こんな時ほど冷静に。誰かさんがよく言うからな」
リアーネは得意げな顔をする。
誰かさんとはもちろんジケである。
ことあるごとにジケは冷静になることの大切さを口にする。
基本的には冷静になろうとする自分に言い聞かせているのだけど、リアーネもしっかりと学びを得ていた。
突っ込んでいくことで解決することも多いだろう。
しかし心は燃やしても頭は冷静にならねばならない。
それでこそ最大の効果を産むことができる。
ジケのように全てを見通して動くことはきっとできないだろう。
でもほんの少し冷静になれば見えることはあるし、あるいはジケが冷静に考えて指示を出す時間ぐらいは待つこともできる。
ともかくリアーネは一旦冷静になってみた。
元冒険者のリアーネはアドラスとフルクラースの遠さも分かっている。
ジケに出会う前なら数日食べなくても活動していたりしたが、今は毎食しっかりたっぷり食べる。
このままじゃお腹が空いてしまうなとリアーネも思っていた。
「まずは移動の準備だな」
他の参加者とつるむなとも言われていない。
リアーネも合流してジケは町に戻った。
「そう言えばユディットはどうしたんだ?」
参加者の中にはユディットもいた。
ユディットも冷静さを欠くようには思えないが、姿は見えなかった。
弟であるシハラのなんやらがあるとかで少し遅れていたので、ジケたちとは一緒にいなかったのである。
「人の勢いに飲まれちゃったかな?」
そうはいってもユディットもまだまだ経験の浅い若者である。
移動する人に巻き込まれて、ユディットも同じく移動し始めてしまった可能性はある。
アドラスとフルクラースがどれほどの距離にあるのか分かっていないことだってもちろんあるだろう。
「なんとかするだろ。あいつも間抜けじゃないしな」
リアーネは肩をすくめる。
人波に飲み込まれてしまうことはどうしても仕方ない。
遅れたためにいた位置が悪かったのかもしれない。
ただまだ札の奪い合いは禁止されているし、腹が減っても町までは行けるような距離である。
「そうだな。人の心配よりもまずは自分の心配だな」
ユディットが失敗したとしても、別に命までは失うことはない。
単に武闘大会に出られないというだけの話である。
ジケたちは予選を突破するため準備を始めたのだった。
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「こんな風にできるのは羨ましいな」
「そうだろ? 結構気持ちいいんだよ!」
町までの食料を買って、動きやすいように小さめのリュックに詰め込んだ。
あまり大荷物だと戦うことになった時に邪魔になってしまうので、できるだけ荷物は少なめに揃えた。
出遅れた分急ぐんだとライナスは意気込んでいた。
ジケは歩いてのんびりするつもりだった。
けれどもライナスは自分の魔獣であるセントスを呼び出し、それに乗っていくと言ったのである。
ついでにジケも乗せてやるよというので、乗せてもらうことにした。
駆け抜けるセントスの背に乗っていると景色があっという間に過ぎ去っていく。
今回の人生では別に大型魔獣を欲しいと思ったことはなかったけど、こんな風に駆け抜けられるのは少し羨ましいと思ってしまう。




