キレイにするなら
意外なことに体拭き事業に乗り気になったのはフェッツでもなければウェルデンでもなく、オランゼであった。
今ある事業が安定化したものの、必要なものなどを考えた時にジケのところだけでやるのはなかなか大変だ。
利益としては分け合うことになるものの、誰かの助けを借りた方が圧倒的に楽になるだろうと考えていた。
イスコやメリッサ、イカサなんかと話し合ってアイデアを固めながら、誰に話そうかと悩んでいた。
そんな時にゴミ処理の仕事を終えたジケは、オランゼにポロッと事業のことを話した。
「体をキレイにする事業か。……どうだ、俺のところと協力してみないか?」
話を聞いてオランゼの目の色が変わった。
商人として何かを嗅ぎつけたのだ。
ジケは水、お湯を簡単に用意できる。
一方で必要なのは場所と、体を拭くためのたくさんのタオルなどの布、あとは働いてくれる人だろう。
「布ならたくさんある」
今もオランゼの事業はじわじわと拡大を続けている。
もはやゴミを捨てるのにオランゼの存在が無くてはならないというほどになっている。
加えて個人邸宅の清掃なんかの仕事もしている。
依頼があれば家を掃除しにいくのだ。
毎日ピカピカでなくともいい人なんかは、使用人を雇い続けるコストに比べて安上がりで良いと評判だったりする。
基本的な清掃は使用人に任せて時々オランゼのところにしっかりキレイにしてもらうなんてこともある。
ここで重要なのはオランゼが清掃のために布をたくさん使うというところだった。
清掃するのにキレイで清潔な布が必要だ。
オランゼのところで使っているのではない限り、布はどこからか仕入れて買うしかない。
布だって使い捨てではなく、洗って使い回す。
つまりオランゼには体を拭くような布を仕入れる先もあるし、使った布をキレイにしたりするようなシステムがすでにあるのだ。
常に事業拡大を視野に入れて人材も確保育成している。
仮にジケの事業に人が必要でも対応できる。
ジケの事業に一枚噛むことができる上にオランゼの負担は大きくない。
「メドワの腹も大きくなってきた。もう少し稼ぎたいからな」
オランゼの商会で軽く話し合いを行う。
真面目な商人の顔がふっと緩んで父親の優しい顔を覗かせた。
最近メドワを見ないが、それは二人の仲が悪いからではない。
むしろすごく良い感じ。
そう、オランゼとメドワの間には子供ができていた。
オランゼがジケの事業に積極的に関わろうとしているのも関われそうなことに加えて、メドワが妊娠してこれからお金が必要になりそうというところも大きかった。
おめでたい限りである。
オランゼがいつ子供作ったとか、正直細かくは覚えていないけれども、過去より早いのではないかと思う。
多分過去よりも早く生活が安定したとか、以前に行ったジケのちょっとしたおせっかいの効果があったことが原因なのだろう。
「それにだ……体を拭いている最中はきっと人の気も緩む」
もう一つオランゼには思惑があった。
気が緩むタイミングでは、人の口も緩くなる。
体を拭きながら仲間と話すこともあるかもしれない。
気分が良くなって何かを働く人に漏らすかもしれない。
情報屋として情報を集める場所としても良さそうであると考えていたのである。
「ジケ、君にいろんなツテがあることはわかっている。だがどうだ、俺と組んでみるつもりはないか?」
ジケと初めて会った時のような感覚がオランゼにはあった。
自分ならばジケの事業を成功に導けるという不思議な勘がジケを逃すなと告げている。
「……やりましょうか」
前にエニがさらわれた時に情報を集めてくれたという恩もある。
清掃業の拡大を見ればオランゼの手腕を疑うこともない。
巡り合わせは大事である。
フェッツに話しても、ウェルデンに話しても話は進んだかもしれない。
でもここでオランゼに話して、オランゼが乗り気になったのは何かの縁なのだ。
「一稼ぎしますか」
「いや、上手くいけば継続的に稼いでいけるだろう」
たとえ武闘大会が終わったとしても体拭き事業は需要がある。
むしろ一回でも利用すればまたスッキリしたくなるだろうとオランゼは思った。
「細かい話はうちの担当も含めてまたしましょう」
ジケはスッと手を差し出した。
「期待しているよ」
オランゼもジケに応えて握手する。
人の体すらキレイにする。
オランゼが清掃王と呼ばれる日もそう遠くはないのだった。




