平和な日常1
「うはーん! ジケのバカー!」
「んなこと言われたってなぁ……」
なんやかんやの手続きを経て、エニはオロネアの娘となった。
「しょうがないだろ、エディユニ」
「ぶー……エニでいい!」
エニには新しい名前が与えられた。
オロネアと二人で話し合って決めたエニの新しい名前はエディユニ。
相談の中でエニがぽろっと漏らした母親かもしれない人の名前をもらったらしい。
ただエニという名前も好きなので、そこも生かしている。
せっかく新しい名前もらったんだからと思うのだけど、エニはまだエニと呼んでくれという。
実際エニがオロネアの娘になったということは公表されていない。
貴族には貴族たる責任や品格みたいなものも必要である。
流石にただ名前だけ与えられて貴族ですというわけにはいない。
エニは今、貴族教育なるものを受けている。
礼儀作法、貴族としてのマナーやダンス、オロネアの家門を継ぐために必要なその他諸々学ぶことは多い。
エニを守るためにオロネアの養子になるということは、エニも納得していたけれども、こんなにやることが多いだなんて聞いていない。
朝から晩までよく分からない授業で忙しくしている。
今のところジケの家がまだエニの家であるけれど、魔法の練習したり教会でもまだ仕事しているのでほとんど寝に帰るだけのようなものだった。
「貴族やめたい」
「大変なのは最初だけだって」
「何もしてないからそー言えるんだよ!」
エニはだいぶお疲れのようである。
「エニちゃんお疲れ様ー」
「お疲れ様〜」
タミとケリがエニの前に料理を置く。
「ありがと、二人とも」
オロネアも鬼ではない。
ちゃんとおやすみの日があって、それが今日である。
「リンデランとかウルシュナはあんなのやってきたんだね。ちょっと尊敬」
忘れがちだがリンデランもウルシュナも生粋の貴族である。
エニがヒーヒー言いながらやっている貴族教育を小さい頃から受けていて、今では完璧に身につけている。
普段あまり意識はしなかったが、日頃から貴族らしく振る舞っている二人はすごいのだなとエニは改めて感じた。
「オロネアさんの方はどうだ?」
「お母さんは……まあ、いいよ」
「お母さんって呼んでるのか」
「呼べっていうから……ママか、お母様か、お母さんのどれかで」
「ははっ、オロネアさんらしいな」
ジケは思わず笑ってしまう。
「でも……優しいよ。今までも優しかったけど、もっと優しい目をしてお疲れ様って頭を撫でてくれるんだ」
エニは柔らかく笑顔を浮かべる。
「お母さんって……いないから分かんないけどさ。いたらこんな感じなのかなって…………思った」
ジケに撫でられた時とはまた違って、胸が暖かくなる感じがしていた。
貴族教育が終わるまで待っててくれて、お菓子を用意していてくれて、家まで送ってくれる。
大丈夫、辛くない?やお疲れ様と優しい声をかけてくれる。
まだ母親や親子関係というものがよく分かっていないが、これが親子というものなら悪くないと思えた。
「そうか……」
上手くやっているようで良かった。
オロネアならば大丈夫だろうとは信じていた。
親子になる前から魔法を習う師弟関係だった。
その時から関係性は悪くなかったし、オロネアが良い人であることはジケも分かりきっていた。
これからエニに手を出そうとしても、エニが貴族であるということがある程度は守ってくれるだろう。
よほどのことじゃない限り貴族に手を出せば国だって黙っていない上に、オロネア自身もエニを守ってくれる。
「でもさ!」
エニは急に眉をひそめる。
「養子になったことを公表したらきっと結婚の申し出があるだろうから早く相手捕まえちゃいなさい、ってしつこいんだよ!」
オロネアに一つ不満を言うとしたら、意中の相手がいるなら早く捕まえろと何度も言うことだ。
貴族ではなかった子がオロネアの地位や財産を継承することになる。
しかも女の子、美少女となれば当然狙ってくる人は出てくるだろう。
オロネアがそんなもの許すはずはないが、エニに何かの接触を図る馬鹿はいるかもしれない。
相手がいるとなれば簡単に跳ね除けられるのだから、相手を捕まえてしまいなさいとよくエニに言っていたのである。
「身近に良い人いるでしょ、って……まあ別にいないわけじゃないけど……」
エニはうっすらと頬を赤くする。
オロネアが誰のことを念頭に置いてそんなことを言っているのかエニも分かっていた。
「ま、まあ! 今は貴族に慣れるの忙しいし!」
しばらくエニが狙われるようなことはないだろう。
エニが貴族として最低限を身につけるまでは、貴族でありながら周りの人は貴族だと知らない存在となる。
ある程度の基礎が身についたら貴族だと少しずつ公表して立場がエニを守ってくれることになる。
「エニちゃんはここ出ていっちゃうの?」
「寂しいな……」
タミとケリが寂しそうにしょんぼりとする。
貴族になったのならここにいる理由はない。
出ていってしまうのかと悲しそうである。
「んー? 私はここを出てかないよ」
「本当?」
「ここにいる?」
「もちろん! 私の家はここだからね!」
たとえ貴族になってもエニは家を出ていくつもりはなかった。
このことはちゃんとオロネアに言ってあるし、オロネアも無理にエニを自分のところに置いておくつもりはなかった。




