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八男って、それはないでしょう!   作者: Y.A
帝国内乱

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第百六話 帝都防衛決戦。

「ペーターの奴。何が城壁が崩れているのはスラムのある西側だけだ。老朽化でどこも等しく駄目じゃないか……」


 押し付けられたスラムの主を引き抜く工作を成功させた俺は、ブランタークさんとカタリーナを連れて城壁の補修を行っていた。

 城壁の外と出入りするために破壊されていた西部城壁は数日で応急処置は終えている。

 

 狩猟や農作業に行けないスラムの住民達のために、ペーターが食料援助や日雇いの仕事の確保などを約束したので、彼らは素直に城壁の閉鎖に協力した。

 主である男爵様の説得が有効に作用したのだ。


 それらを、切り出して魔法の袋に入れた石材で補修を開始するが、何しろスタッドブルクよりも人口が多い帝都を囲む城壁の修理だ。

 最低限の補修が精一杯である

 残っている城壁の状態も酷い。

 最低でも何十年、下手をすると百年以上手をつけていないのでボロボロであった。


 いきなりニュルンベルク公爵軍に侵入はされないが、防御戦闘にそう長いこと耐えられる造りではない。


 西部を終えて他の城壁のチェックにも入るが、どこも同じく酷い。

 ボロボロの場所も多く、一部には裂け目があってそこから人一人くらいは出入り可能な場所もある。


 ここも三人で塞いだが、これからの帝都防衛に不安が残る状態である。


「ペーターさんは、こんなに酷いと言っていませんでしたけど」


 ブランタークさんからの指導の成果が実り、工事関連の魔法も上達したカタリーナが文句を言いながら城壁を直していく。

 数十メートル離れた場所では、急遽雇われた職人などが同じ城壁の補修作業に従事している。


「全部を把握していなかったんだろうな」


「これでは、防衛戦でもあまり頼りになりませんわよ」


「壁があればいいさ」


 とにかく、東西南北と城壁が長過ぎるので全部を守り切れるわけがない。

 ニュルンベルク公爵軍が攻め寄せた場所に素早く対応するしかない。


「逆に、向こうが戦力を割ってくれた方が助かるな」


「なぜですか? お師匠様」


「いくら精鋭揃いのニュルンベルク公爵軍でも、一カ所に当てる戦力が少なければ防衛側の方が有利だからさ。それよりも、例の物を出されると困るよな」


 例の物とは、地下遺跡の遺物で討伐軍を完膚無きまでに粉砕した自爆型ゴーレムの集団と、強烈なブレスを叩きつけたドラゴンゴーレムであった。

 

「どのくらい数が残っているのかは知らんが、ゴーレムが爆発すれば城壁がヤバい。ドラゴンゴーレムのブレスもな」


 ペーターの摂政就任後に諜報部門で出世したガトラが、その能力を駆使してニュルンベルク公爵軍に関する情報を追加で送ってきている。

 やはり帝都を目指してほぼ全軍で行軍中で、例の自爆型ゴーレムとドラゴンゴーレムを持参していると思われる。


 なぜ思われるなのかというと、切り札なのでニュルンベルク公爵家が所持している魔法の袋に仕舞われているからだ。


『ドラゴンゴーレムは固定型ですが、人が紐を付けて引けばある程度は移動可能ですから』


『城壁近くまで持ってこられてブレスを吐かれたら、ヴェンデリンの修理が無駄になっちゃうね』


『自爆型ゴーレムに関しては、もうさほど数は残っていないかと』


 敵を感知してから自爆して破片をまき散らすという現代では失われた機能のために、ニュルンベルク公爵家では量産に至っていないらしい。

 発掘した物を、最初に解放軍との戦闘で運用試験を行い、討伐軍に向けて大量に運用したというところか?

 使用のタイミングは見事という他は無い。


『やれやれ、古代魔法文明時代の負の遺産か。ヴェンデリン達はドラゴンゴーレムとの戦闘経験があると言っていたね。情報提供を頼むよ』


『またアレと戦うのか。難儀だな』


 ただ、一つ救いはあった。

 ニュルンベルク公爵が保持するドラゴンゴーレムは、俺達が戦ったドラゴンゴーレムよりは性能が劣るらしい。

 素材やブレスの威力なども、報告を聞く限りでは三割ほど性能が落ちる。


『その代わりに、最低でも六体の稼働を確認しました』


『高性能単体機か、性能は落ちるが数ある安価量産機との戦いか……』


 あのドラゴンゴーレム戦に参加した全員が同時に溜息をつく。


『バウマイスター伯爵様は、よくそんな化け物と戦いましたね』


『タケオミさんなら、喜んで戦いそうなのに』


『さすがに、ドラゴンゴーレムの広範囲ブレスは魔刀では切り裂けませんから。私よりも、もっと楽しみにしておられる方が……』


 タケオミさんの視線の先には、まるで遠足が待ち遠しいような笑顔を浮かべる導師がいた。


『ドラゴンゴーレム戦に参加できなかったのは、某の魔法使い人生において最大の不覚であったのでな。大変に楽しみである』


 何が楽しくてあんな化け物と戦いたいのかは知らないが、導師があの時にいればあそこまで苦戦する必要は無かった。

 今度は味方なので、是非その戦闘力をニュルンベルク公爵軍のカラクリ集団に向けて欲しいものだ。


「導師が妙に張り切っているから何とかなるだろう」


「導師だけで戦争に勝てるというわけでもありませんがね……」


 それは、今回の内乱でよくわかった。

 戦争が無い時代故に、演習で活躍する導師を敵味方が過剰に評価し過ぎた面があったと思う。

 相手はバカではないので、俺や導師に対抗する手段を研究して当然なのだ。


 ニュルンベルク公爵は、効率的な軍の運用と地下遺跡の遺物でそれを補ったというわけだ。

 それでも、導師の戦闘力は相変わらず常識外れなのには違いがなかったが。


「準備の方は予定通りだが、問題は軍の再編の方だろうな」


 現在、帝都まで敗走してきた帝国軍の収容と再編が行われている。

 ただし全く問題が無いわけでもない。

 彼らがニュルンベルク公爵側に裏切っていて、防衛戦闘時に裏切る可能性だ。


「今のところは大丈夫だろうな。後方にいたニュルンベルク公爵軍とあまり接触していない部隊だし」


 問題となるのは、ここに姿を見せたニュルンベルク公爵軍とそう時期を違わずして敗走してきた連中である。

 ニュルンベルク公爵の仕込みであるという疑念が拭い切れないというわけだ。


「その辺の判断は殿下に任せるしかあるまい」

 

 どうせ俺達がどうこう言っても反発が出るだけなので、同じ帝国人に任せるしかない。

 第一見分ける方法も知らないし、そこまで人を見抜ける目もないのだ。


「あとは、テレーゼ様の動向だな」


 北部諸侯が応援に来てくれれば、戦況がずっと楽になる。

 最初は間に合わなくても、後詰をしてくれればニュルンベルク公爵軍へのけん制にもなろう。


 そう思ってペーターは、自身が臨時で宰相に就任して帝都防衛を指揮している旨をテレーゼに送っていた。


「どうなんでしょうかね?」


「テレーゼ様本人はともかくとして、北部諸侯は不満なんじゃないのかね?」


「次期皇帝の座を殿下に奪われた形ですものね」


 極論すると、カタリーナのこの一言に尽きる。

 テレーゼこそが次期皇帝だと期待して解放軍に参加したのに、帝都解放後に皇帝が我が物顔で帝都の政治を乱した挙句に戦死してしまった。

 今度こそはと思ったら、突然ペーターが非常識な方法で宰相に就任してしまったのだ。

 これで怒らないはずはない。


「殿下がニュルンベルク公爵に負けた直後に参戦して、漁夫の利を得るとかという可能性もあり得る」


「考えとしては有りでしょうが、机上の空論では?」


「かもしれないな」


「それよりも、テレーゼ様はヴェンデリンさんに怒っているのでは?」


 解放軍の参謀だった俺が、流れに流れてペーターの腹心になっているのだからそれもあるかもしれない。

 俺に公式の肩書は無かったが、常にペーターは俺を呼び出して重要な仕事を任せているのだ。


 皇宮にいる貴族や役人で、俺の実質的な地位の高さに疑問を持っている者はいないであろう。


「碌に援助もしないで放置していたツケだな」


 テレーゼは、皇帝の目もあって北部諸侯達の取り纏めに奔走して俺達との関係を薄くした。

 それで俺達がペーターに接近したのを怒っているというのなら、それは彼女の自業自得というものだ。

 俺が関与する話ではない。


「それに、テレーゼの誘惑が無いのが素晴らしい」


 一人の女としては好みでも、それに付随する立場のせいでテレーゼはウザったい女である。

 俺には嫁達がいるので、出来ればこのままにして欲しかった。


「もう少しで帝都防衛戦ですか」


「踏ん張りどころだな。勝てれば内乱の終結も早まるさ」


 内乱が早く終わるには、帝都を無事に守り切ってペーターの権威を確立する必要がある。

 俺達はそれを成すために、今は城壁の補修に勤しむのであった。




「敵兵力が予想よりも多いか?」


「こんなものじゃないの?」


 討伐軍敗戦の報から二週間、遂に逆撃に転じたニュルンベルク公爵軍が帝都に迫っていた。

 偵察によると、推定戦力は二十二万人ほど。

 かなり多いが、これは最初は討伐軍に参加していた陣借り者達がニュルンベルク公爵に鞍替えしたからだ。

 眼下に見える敵反乱軍を、俺達は修復が終わった城壁の上から眺めていた。


「陣借り者が多く裏切ったんだね。あの待遇だとわからなくもないけど」


 彼らからすれば、今の帝国政府だろうとニュルンベルク公爵だろうと自分を仕官させてくれれば問題は無いというわけだ。

 むしろ、今まで自分達を蔑ろにした帝国よりも、ニュルンベルク公爵の新体制下で栄達をと望んでいるのであろう。


「僕達が負ければ、沢山席が空くからね」


 皇家を含めて大半の大貴族家が消滅するので、その領地・利権・資産・爵位。

 それらを活躍した彼らに分配してあげればいい。

 それを仕切るニュルンベルク公爵の権力は強大なものとなるわけだ。


「弱肉強食だな」


「本当、嫌になってしまうね」


「それよりも、裏切った貴族も多いのでは?」

 

 導師は双眼鏡で、討伐軍に参加していた貴族の姿も複数発見していた。

 陣借り者達と合わせて、彼らは先鋒として攻めてくるようだ。


「逃げきれないから、今度こそはニュルンベルク公爵のために働くとか言って降伏したんだね」


 命は誰しも惜しいのであろうが、帝都にいる家族や家臣の事を考えなかったのであろうか?

 貴族としてのプライドや矜持にも関わる問題だと思うが。


「先鋒なのは、自分のために働くのであれば命をかけろという事か」


 ニュルンベルク公爵とて、簡単に裏切るような連中を信じていないのであろう。

 だからこそ、危険な前線でその覚悟を試すというわけだ。

 自分の軍勢の損耗も防げて一石二鳥の策である。


「例のドラゴンゴーレムも存在するのである」


 導師は、先鋒隊の後方にドラゴンゴーレムの姿を見つけていた。

 第二陣イコール、もし裏切ったらブレスがお前達を襲うぞという事らしい。


「段々と世知辛くなっていくね」


「内心は知らないけど、死に物狂いで攻めてくるからな」


「ニュルンベルク公爵は帝国をどんどん擦り潰していく。早くに決着をつけないと駄目だね」


 今回、ニュルンベルク公爵はこちらに顔を出さないようだ。

 ペーターなら、俺に狙撃させるくらい平気ですると悟っているのであろう。


 前衛の先鋒部隊が南の城壁目指して殺到してくる。

 ある程度距離が縮むと、双方から矢と魔法が大量に飛んでいた。

 場所によっては魔法使いや盾によって防がれるが、それがない者達には命中して倒れていく。


 犠牲は攻撃側に大きかった。


「裏切った連中や陣借り者を使って数が少ない味方を消耗させるか。相変わらず合理的だぜ」


 今回も総大将であるペーターの傍に控えるブランタークさんは、適時『魔法障壁』を展開して矢や魔法を防いでいた。

 

「こちらとほぼ同数の使い捨て要員か……」


 この二週間でペーターが再編できた戦力は思ったよりも少ない。

 ミズホ伯国軍の援軍が間に合い、これが合計三万人。

 ギルベルトさんに俺が徴募と訓練を任せたサーカット軍が二万人。

 王国軍と、スラムのボスである男爵様が所持していた軍勢で合計七千人。


 あとは、一部帝都南部の町を守る守備兵を引き揚げさせたり、素早く逃げてきた討伐軍の残存戦力も纏めているが、それでも合計で十三万人ほどだ。

 外様の戦力の方が質的に当てになるくらいなのだから、ペーターは危うい状況で防衛戦を指揮している。


「ヴェンデリン。今回は時間が無いよ」


「みたいだな……」


 前衛に続いて、既にニュルンベルク公爵が直接指揮している軍勢も前に出ている。

 例のドラゴンゴーレムも十体、情報通りならこれで全てだ。

 まだ残っている自爆型のゴーレムも、数千体ほどこちらに向かって走り出していた。


「せっかくある程度補修したのに……」


 ぶつけて城壁を破壊するつもりなのであろう。

 そしてその穴から軍勢を侵入させる。

 混戦になれば、精鋭が多いニュルンベルク公爵の方が有利になってしまうので確実に防ぐ必要があった。


「導師、新兵器を行きましょう」


「了解したのである!」


 そう言って導師が取り出したのは、彼の身長ほどの高さがある巨大な壺であった。


「壺?」


「まあ見てな。導師!」


「了解したのである!」


 導師は魔力で身体機能を強化すると、次々と準備していた壺を攻め寄せる敵軍に向かって投擲する。

 そして、彼らの頭上でそれを炸裂させた。


「『操作起爆』の魔法。大成功!」


 壺の中身は火薬であった。

 この世界ではまだ開発されていないものだ。

 種類は黒色火薬で、材料である木炭と硫黄は簡単に手に入ったが硝石の作り方がわからない。

 前は諦めていたのだが、実は帝国ではソーセージの殺菌・発色剤として普通に流通していたというオチがあった。


 硝石鉱山があるそうで、他にも家畜のし尿などから製造していたのだ。


 目的の物が見つかったので、これらを配合して黒色火薬を作り、壺に大量の金属片や釘と共に入れる。

 中心部には小さな魔晶石を入れて、これには俺の魔力を篭めておいた。

 時限信管など作れ無いので、俺の魔法で起爆させる事にしたのだ。


「成功であるな!」


 導師が絶妙なポイントに投げた壺爆弾は、俺が内部の魔晶石を使って着火すると大爆発を起こして破片や釘を大量にまき散らした。

 敵軍の魔法使いは壺の正体がわからずに様子見をした結果、『魔法障壁』を張るタイミングを外して余計に死傷者を増やす結果となったのだ。


「撃てい!」


 更にそこに、ミズホ伯国が何とか実用化させた魔力で弾を飛ばす大砲『魔砲』で攻撃を開始する。

 実用化されたばかりなので発射速度は低かったが、これでも敵軍は大きな犠牲を出している。


「導師、どんどんいきましょう」


「任せるのである!」


 それからも、導師は準備した壺爆弾を次々と敵軍に放り投げていく。

 着火と爆発の度に敵前衛部隊は大きな犠牲を出していくが、後方のニュルンベルク公爵軍に動揺などは発見できなかった。

 逃げられない前衛部隊も進撃を止めようとしない。


「憐れであるな」


 導師は、いくら犠牲が出ても攻撃を止めない敵前衛部隊に同情していた。

 背を向ければニュルンベルク公爵軍に攻撃され、どうせ逃げ切っても陣借り者は結局どちらにも仕官できないし、裏切った貴族達も爵位と領地を失うだけだ。


 そこまで心理的に追い込んで俺達をすり潰すために利用しているのだから、ニュルンベルク公爵は相当な人物であった。

 

「こういう残酷な事を平気で出来る人は強いですね」


「味方は優遇しているから余計に厄介であるな」


 南部貴族の中には、討伐軍によって領地を壊滅状態に追いやられた者も多い。

 それでも彼らは帝国側に裏切らなかった。

 ニュルンベルク公爵の統率能力が優れている証拠であろう。


「さて。次はどう出る?」


 定期的に火薬壺を爆発させながら防戦していると、今度は西部城壁に新手の反乱軍が現れたと伝令から報告が入る。


「遂に来ましたね」


 俺達と同じく南部城壁に配置されている、スラム組の指揮官男爵様がやはりという感じで声をあげていた。


「遂に?」


「ええ。ニュルンベルク公爵から調略が来ていたので、『お待ちしております』と返事をしておきました」


 『城壁は修理されてしまったが、上手く門を開けて中に入れるので』と返信を送ったのだそうだ。


「悪辣な策ですね」


「どうせバレバレですから。ニュルンベルク公爵がこんな手に引っかかったら、今頃は内乱も終わっているでしょう」


 西側に出現した新手は、自分達スラム組が敵になった事を確認すれば無理攻めはしないであろうと男爵様は断言していた。


「西側の反乱軍。撤退しました!」


「ほらね」


 十数分後に続けて入った報告に、男爵様は納得したような表情を浮かべる。

 門を開けるからと攻撃もしないで城壁近くに反乱軍を引き寄せようとしたそうだが、引っかからないで撤退してしまったそうだ。


「城壁に顔を出して反乱軍を引き寄せても良かったのでは?」


「それは考えましたが、私も外様組なので、本当に裏切るかもと思われると混乱してかえって不利になるかもしれませんので」


 そういう詐術は、もっと連携と練度が高い軍勢が行わないと余計に混乱するだけだと男爵様は言う。


「難しいものですね、男爵様」


「ええ」


 それから数時間、両軍は死闘を繰り広げていた。

 元は味方同士であったのに、今は互いの犠牲も気にせずにただ殺し合いを続ける。


「そろそろかな?」


 ペーターは本陣から城壁を巡って膠着状態になった両軍を観察しながら、ニュルンベルク公爵の次の一手を待っていた。

 暫く双眼鏡で後方を見続けるが、予想通りの反応を見つけて嬉しかったようだ。


 俺に双眼鏡を渡す。

 言われた場所を見ると、確かにニュルンベルク公爵軍は次の手を打とうとしていた。


 ニュルンベルク公爵軍の前にいる自爆型ゴーレムとドラゴンゴーレムが前進を開始したのだ。


「阻止せよ!」


 城壁の上からそれを確認した各部隊の長が、まずは走ってくる自爆型ゴーレムの撃破を命じる。

 弓矢、魔銃、岩などが叩き付けられて数百体は爆発して前衛部隊を巻き込んだが、残り半分ほどが城壁に激突。

 爆発の衝撃で、城壁に損傷や穴が生まれた箇所が発生する。


 その中でも五か所ほどには、既に反乱軍の前衛部隊が入り込んで奥の帝国軍守備隊と交戦を開始していた。


「ふう……。大体予想通りだね」


 崩れた城壁と共に落下して死傷する味方兵が多かったが、予想はしていたので思ったよりは混乱が発生していない。

 穴や裂け目が出来て反乱軍が侵入した箇所も、事前に城壁と隣接する地区の住民は避難させていたのでその地区を利用してわざと戦闘を膠着状態にして防いでいた。


「さてと。自爆型ゴーレムはこれで終わりかな?」


 ただ、今度はドラゴンゴーレムが巨大な台車に乗せられ、数百名の兵士達によって引かれてくる。

 もし射程距離内でブレスを吐かれると、城壁が崩壊して防衛で不利になる可能性があった。


「殿下」


「もし城壁が崩されたら、ギルベルトは防衛できないかな?」


「出来なくも無いですが、その場合は市街地で大規模に防衛戦闘を行う必要があります。ニュルンベルク公爵に負けるとは思いませんが、帝都にダメージが出ますが」


 帝国軍全軍を指揮するギルベルトさんの見解に、ペーターは暫し考え込んでいた。


「なら、切り札を使おうか。ヴェンデリン。導師。ドラゴンゴーレムを破壊してきて」


「某は別に構わぬが……」


 導師が俺の方を見るが、現状ではあのドラゴンゴーレムを破壊しなければ苦戦は必至である。

 受けざるを得ないというのが本音だ。


「それに、グダグダと時間をかけないで済む」


 それに、今ドラゴンゴーレムが破壊できれば、ニュルンベルク公爵は帝都攻略の切り札を失う。

 無駄に時間をかけて攻防戦を行うよりかは犠牲が少ないというわけだ。


「だが、守り切れるか?」


 俺はペーターにそれだけを問い質す。

 テレーゼは、とにかく俺や導師を傍に置きたがった。

 総大将の死は解放軍の潰滅を意味するので、とにかく自分の安全を優先したのだ。

 その結果、戦況は有利には進んだが、結局はニュルンベルク公爵を逃す事になった。


「テレーゼはやっぱり女だね。女ってのは、実は男よりも現実的で堅実な手法を好むからね」


「ペーターはどうなんだ?」


「この戦いに勝つのは、実はそう難しくないんだ。切り札である君達が、攻撃に転ずればいい。本陣や帝国軍の方は二人がいなくても負けはしないよ。ブランターク殿に、エメラとカタリーナ殿。他にも、魔法使いが複数いる。任せて、二人は攻撃に転じてくれ。テレーゼが早くにこれを命令できればね。もっと早く内乱は終わったかもしれないのに」


 ペーターは、俺と導師を攻撃に使って帝国軍の打撃力を増やす戦法に出るようだ。

 どちらかというと安全策が多かったテレーゼとは違って、ここぞという時には勝負に出る気質であると思う。


「それに、これもあるし」


 ペーターは、例のレインボーアサルトの甲羅を加工した材料で組んだテントのようなものを兵士達に用意させる。


「よく加工できたな」


「帝国にも魔道具ギルドはあり、一応独自の技術もあるんだよ」


 ただし、正面、左右などは視界確保のために開いている。


「あの甲羅に自分達だけで閉じ籠って安全を確保すると、士気に関わるしね。もし魔法で狙撃されて戦死したとしたら、これは僕の運が悪かったという他は無いというわけだ」


「そうか」


 ペーターがそこまで覚悟しているというのであれば、早く終わらせるために戦場に出るしかない。

 俺も覚悟を決める。


「そうそう、いい馬を準備したんだ。導師の巨体でもスピードが出るよ」


 今回の内乱で魔法使いの力がいまいち発揮できない理由は、移動と通信の魔法を阻害されているからであろう。

 以前ならば現場まで飛んでいけばいいのに、今回は馬に乗ってドラゴンゴーレムに向かわないといけないのだから。


「全部で十体。バウマイスター伯爵よ。表か裏か?」


「裏で」


 俺が答えるのと同時に、導師はコインをトスして掌の上に落とす。

 銅貨は、裏を示していた。


「右側か左側か。好きな方を選ぶのである」


「利き手なので右を」


「では、某は左手だな」


 俺と導師が本陣がある城壁から降りると、帝国軍の若い将校が二頭の馬を準備していた。

 共に体躯に恵まれた、走るとスピードが出そうな駿馬であった。


「導師様の体の大きさにも耐えられる、選りすぐりの駿馬です」


「では行くとするかな」


 導師は先に馬に跨ってから、先に城壁が壊された場所から外に向かって駆け出していく。

 

「敵だ!」


「時間が惜しいので失礼するのである!」


 それに気が付いた前衛部隊の兵士達が導師を倒そうと駆け寄っていくが、彼らは導師が展開した『魔法障壁』によって弾かれていた。

 更に、倒れたところを城壁の上から矢で狙撃されて命を落としてしまう。


「さあ。バウマイスター伯爵様」


「おうっ! って! 俺はそんなに馬は上手くないぞ!」


 導師は、暇な時間を使って乗馬技術をペーパードライバー状態から脱する事に成功していた。

 だが、俺は辛うじて馬に乗れるだけ。

 これでは、敵陣を突破してドラゴンゴーレムの場所に辿り着けるはずがない。


「そのために、ボクがいるんだよ」


 すぐにルイーゼが城壁から降りてきて、まるで軽業師のように軽快に馬に跨る。

 ルイーゼが軽いからなのか? 

 馬は全く動揺する気配すら見せなかった。


「ルイーゼって、俺と乗馬歴は同じでしょう?」


「でも、ボクの方が圧倒的に上手いよ」


「ですよねぇ……」


 運動神経のよさで、ルイーゼの右に出る者はいない。 

 俺の何十倍もの速度で、この内乱中に乗馬の腕を磨いていた。


「さあ。急ぎ出発だ」


 俺がルイーゼを前にして馬に跨ると、彼女は手綱を引いて猛スピードで馬を走らせていた。


「もう一頭出たぞ!」


 壊れた城壁の部分で反乱軍の前衛部隊に見付かるが、俺も馬を包むように『魔法障壁』を張って彼らを弾き飛ばしていく。


「ルイーゼ、攻撃はドラゴンゴーレムだけでいい」


「了解。魔力の無駄遣いだものね」


 こんな前衛の兵士達を何人倒しても、ニュルンベルク公爵軍は微動だにしないはず。

 彼らが準備をしているドラゴンゴーレムの破壊こそが、今回の作戦における重要目的なのだから。


「一直線に行くよ!」


 ルイーゼは更に馬のスピードをあげていく。

 途中で多くの反乱軍将兵が妨害に入るが、全て『魔法障壁』だけで弾き飛ばしていた。

 

「ヴェル、ボクもドラゴンゴーレムを破壊していいのかな?」


「その方が効率的じゃないか」


「久しぶりに拳を使うような。今までは、石ばかり投げていてさ」


 近接戦闘特化のルイーゼは、『飛翔』を封じられたためにこの内乱ではほぼ石ばかり投げさせられていた。 

 敵に命中すればほぼ即死の恐ろしい威力の石礫であったが、なかなか近接戦闘に参加できないで不満を感じていたのかもしれない。


「エルには弓と軍勢の指揮があるし、イーナちゃんは槍の投擲で、ヴィルマは狙撃魔銃があるからねぇ……」


「投石があるじゃないか」


「ううっ……。投石だけだと、『ボクの存在意義って何?』って考えてしまうから。そりゃあ、人殺しだからあまりやりたくはないけど、ボクもヴェルの奥さんとして役に立たないとなと思うし」


「そんな事を気にしていたのか。今は生き残れれば勝ちだし、ルイーゼが付いて来てくれてよかったと俺は思っているぞ。何しろ、ドラゴンゴーレムが十体もあるし」


 導師と半々と事前に決めてあったが、ルイーゼがいれば三分の一ずつになって負担も軽くなるのだから。


「当てにしているぞ。ルイーゼ」


 正直なところ、ルイーゼのおかげで作戦に余裕が出来て俺は心から安堵していた。

 敵中で魔力切れの危険性が大分減ったのだから当然だ。


「任せて。久しぶりに物凄い一撃を繰り出すよ。あっ……、でも……」


「えっ? 何?」


「馬に乗る時に、ボクが後ろの方が良かったかな?」


「えっ? ルイーゼの方が上手なんだから、これでいいだろう?」


 俺は、何を急に関係の無い事をと思ってしまう。


「ボクが後ろの方が、ヴェルの背中に胸とか当たって嬉しいじゃない」


 ルイーゼはいきなり、どこかの高校生のような事を言い始める。

 

「今さら背中に奥さんの胸が当たっても……。というか、ルイーゼだと当たらないじゃないか。はははっ。ナイスジョーク」


 俺がルイーゼの肩を叩きながら笑っていると、次第に彼女の背中から殺気のような物を感じてしまう。


「ジョークは言い過ぎだぁーーー!」


「のわぁーーー!」


 どうやら、俺はルイーゼを怒らせてしまったようだ。

 彼女は馬に強く鞭を入れると、更にスピードを上げてドラゴンゴーレムに迫っていた。

 俺は、思わず馬上でのけ反ってしまう。


「防げ!」


 反乱軍はもう突進を続ける俺達を阻止しようとするが、全て『魔法障壁』によって弾き飛ばされていた。

 目視は不可能であったが、導師も同じような感じでドラゴンゴーレムに迫っているはずだ。


「早速一体目だ」

 

 視界に一体目のドラゴンゴーレムが見えてくる。

 稼働状態にはあるようだが、味方と混戦状態にある以上は俺達に向けてブレスは吐くまい。

 などと楽観視していたら、ドラゴンゴーレムの口の部分に膨大な魔力を感じてしまう。


「まさか!」


 俺が慌てて『魔法障壁』を強化した直後に、ドラゴンゴーレムは強力な火炎を吐いていた。

 

「凄い威力だね」


 俺とルイーゼは『魔法障壁』のおかげで無事であったが、その周囲にいた反乱軍前衛部隊は容赦なくドラゴンゴーレムの火炎で焼かれていく。

 完全な同士撃ちに、俺とルイーゼは発する言葉も無くただ馬を走らせていた。


「使い捨ての前衛部隊だからか……」


 降兵な上に陣借り者が大半なので、殺しても惜しくはないと思っているようだ。

 俺は、ニュルンベルク公爵の冷徹な判断力に背筋が凍る思いであった。


「急ぐよ」


「ああ」


 一体目のドラゴンゴーレムに近寄るまでに、俺達は数体のドラゴンゴーレムから幾度もブレスを受けていた。

 火炎、吹雪、石礫、カマイタチと、前に俺達が倒したドラゴンゴーレムとは違って、ブレスの属性に差を付けているようだ。


「ねえ。これって壊せるの?」


「大丈夫だ」


 もう一つ、近づいて確信した事実もある。

 これらのドラゴンゴーレムは、量産性を重視しているようでブレスの威力は前の物よりも低かった。

 素材も、鋼に少量のミスリルを加えたのみだという『探知』の結果が出ている。


 過去の伝説的な魔道具職人イシュルバーグ伯爵が、己の資産を惜しみなくつぎ込んで作った物だからこそ、大量のミスリルとオリハルコンを使用したのであろう。

 こちらのドラゴンゴーレムは、数を揃えるためにブレスの威力と防御力を抑えて生産コストを抑えた物だと思われた。


「ならば、遠慮なく壊させて貰う」


 俺は一瞬だけ『魔法障壁』を解いてから、極限にまで圧縮した『ファイヤーボール』をドラゴンゴーレムに叩きつける。

 口から内部に『ファイヤーボール』を送り込まれたドラゴンゴーレムは、真っ赤に加熱するとドロドロに溶けて地面に水溜まり状の溶岩溜まりを作っていた。

 

「熱っ!」


「火を消せ!」


 その溶岩によって周辺の草が燃えたり、ドラゴンゴーレムを引いていた兵士で火傷を負った者もいる。


「次に行こう」


 二体目に向かおうとすると、導師が担当している反対側から金属が壊れる悲鳴のような音と、何か巨大な物が倒れるような音が聞こえてくる。

 どうやら、導師も一体目の破壊に成功したようだ。


「次はボクだね」


「ああ。任せる」


 俺達は、前衛部隊とニュルンベルク公爵本軍との間を堂々と馬で横断していく。

 次々と矢や魔法が飛んでくるが、これはひたすら『魔法障壁』で防いでいった。

 自分達に当たる事は無いとはいえ、とてもストレスが溜まる行動だ。


 魔力が尽きればハリネズミのようになって死ぬしかない。

 それを考えると胃が痛くなってくるが、まだ大丈夫だと自分に言い聞かせて横断を続ける。


「ヴェル!」


「ああ」


 わずかに『魔法障壁』を解くと、ルイーゼはそこから飛び出して魔力を篭めた拳の一撃でドラゴンゴーレムを破壊する。

 そのすさまじい破壊音と周囲に飛び散る破片で、周囲の兵士達は一斉に逃げ散った。


「次!」


 そこからは、順番に右側からドラゴンゴーレムを破壊する作業を順番で繰り返す。 

 常に張られる『魔法障壁』によって魔力は減っていくが、既に導師は二体、俺とルイーゼは三体ずつ破壊している。

 あと二体破壊すれば、少なくともこの戦いで負ける事は無いのであろう。


「ヴェル……」


 戦場を横切る最中、ルイーゼはニュルンベルク公爵軍の本陣を発見したようだ。

 こちらにいつもの鋭い表情を向けるニュルンベルク公爵の姿を確認する。


「ここで討てれば、内乱が早く終わると思うけど……」


「いや、止めておこう」


 あくまでも、俺達の第一目標はドラゴンゴーレムの全機破壊である。

 一体でも残せば、城壁にブレスを吐かれてそこから反乱軍の大攻勢を呼んでしまうであろう。


「今一番成すべき事を止めて、無理に総大将のクビを狙うのは危険だ」


 先ほどから、結構な威力の攻撃魔法を飛ばしてくる魔法使いが複数いる。

 彼らは、ニュルンベルク公爵が本陣に置いている魔法使い達だ。

 もしニュルンベルク公爵に攻撃魔法を放っても、共同で『魔法障壁』を張られて失敗するであろうし、攻撃魔法の威力を上げ過ぎれば最悪敵中で魔力が尽きてしまう。

 もしそうなれば、俺達はここで戦死だ。


「そういう理由でドラゴンゴーレムを優先する」


「そうだね。ここでハリネズミは嫌だものね」


 そのまま最高速度でニュルンベルク公爵軍の本陣をも突っ切り、ルイーゼが四体目のドラゴンゴーレムを破壊するのとほぼ同時に導師も三体目のドラゴンゴーレムを破壊していた。


「作戦成功である!」


 敵中で導師と合流した俺達は、今度はまた敵中を渡って帝都への帰路につこうとするが、ここでさきほどのルイーゼの発言を思い出していた。

 既にニュルンベルク公爵の本陣には届かないが、まだ魔力は残っていて近くにほぼ無傷のニュルンベルク公爵軍の姿があった。


「ニュルンベルク公爵! 次はお前だ!」


 俺は一気に魔力を練ると、魔法使いがいない場所に『ファイヤーボール』を数発連続して撃ち込む。

 すぐに近くの魔法使いが『魔法障壁』を展開して防ぐが、それをすり抜けるように導師も『火の蛇』を放って後方で爆発させる。

 近距離ならではのフェイント方法に数百名が焼かれ、鉄の規律と練度を誇るニュルンベルク公爵軍の一部が混乱していた。


「いつまでも安全圏だと思うなよ!」


「いい気味である!」


 最後っ屁のような一撃であったが、これでニュルンベルク公爵に不快感くらいは与えたと思う。

 ドラゴンゴーレムも全て破壊され、捨て駒の前衛部隊もギルベルトさん指揮の帝国軍に阻まれて大半が城壁の前で混乱している。

 ニュルンベルク公爵は帝都攻略の当てを全て失ったと判断し、俺達は今度は敵陣を縦断して帝都へと戻る。

 混乱している前衛部隊は、『魔法障壁』を張った俺達に蹴散らされ、碌な反撃も出来ないまま混乱を助長していた。


 城壁の壊れた部分から中に入り、背中を見せている敵兵をルイーゼが駆逐しながら城壁上の本陣に戻ると、ペーターが嬉しそうに話しかけてきた。


「作戦成功だね。これで何とかなるはずだよ」


「いえ。戦況は何も改善しておりません」


 ペーターの楽観論に、ギルベルトさんが冷静に釘を指していた。


「何も変わっていない? さすがにそれはないでしょう」


「いえ。これでもしニュルンベルク公爵が軍を退けば、彼らはまた領地に籠って有利な防衛戦闘を行えますから」


 帝都を攻めている前衛部隊の大半は、壊滅した討伐軍の降兵と貴族である。

 

「要するに、常にこちらを同士討ちさせて自分達の戦力を温存して、最後に自分の兵力が残れば勝ちというわけです。ニュルンベルク公爵の戦略はクーデター直後から何ら変わりはありません」


「打つ手が無いね」


「いいえ。あります」


「じゃあ、その手でお願い」


「前提条件は、導師とバウマイスター伯爵が整えてくれましたので……」


 ギルベルトさんが傍にいる副官に指示を出すと、本陣に大きな赤い旗があがる。

 そしてそれと同時に、味方の兵士が大型のメガホンのような物で何かを叫び始めていた。


「仕方なしに降伏した討伐軍兵士諸君! ニュルンベルク公爵軍は、切り札である自爆型ゴーレムとドラゴンゴーレムを失った! 降伏せよ!」


 帝国軍からの降伏勧告に、次第に敵前衛部隊の動きが弱くなっていく。

 

「待て! 俺達は降伏する!」


 特に、壊れた城壁から市街地に入って戦闘を行っていた兵士達はすぐに武器を捨てて降伏していた。

 他にも、部隊単位、貴族単位で降伏する者が相次ぐ。

 

「よし。敵前衛部隊から戦意が消えた。チャンスだ!」


 ギルベルトさんは駆け足で城壁から降りて自分の馬に乗り、そのまま護衛の近衛騎士隊、魔法使い部隊と共に外に飛び出した。

 これに、慌てるように他の帝国軍も追随して外に飛び出していく。


「降伏した兵士諸君よ! 現在の帝国軍は数の上で不利である! もしここでニュルンベルク公爵軍の兵士を一人斬れば、その時点で正式な入隊を約束しよう!」


 ギルベルトさんは降伏した陣借り者達に、その情報を大声で流していく。

 

「討伐軍に、ニュルンベルク公爵軍と、共に捨て駒にされたが……」


「内乱で多くの戦死者が出ている今がチャンスだ!」


 ギルベルトさんからの勧誘を聞いた陣借り者達は、殺気を漲らせつつ一斉にニュルンベルク公爵軍へと襲いかかった。

 その先陣には、剣を構えたギルベルトさんがいる。

 陣形もクソも無かったが、勢いと戦機は完璧に掴んでいると俺は感じた。


「ようやくニュルンベルク公爵軍に対して攻勢に出られたな」


 ギルベルトさん指揮の帝国軍は両脇に殺意がみなぎった陣借り者達を従えて、ドラゴンゴーレムの残骸を回収しようとしていたニュルンベルク公爵軍に襲い掛かる。

 戦況は、最初に先制した帝国軍が有利となっていた。


「確かに、練度ではニュルンベルク公爵軍の方が上だ。だが、ギルベルト殿は降伏した陣借り者達を一瞬で戦力に変えて叩きつけた」


 彼らは必死に仕官先を求めている。

 それを利用されて討伐軍、ニュルンベルク公爵軍と散々な目に遭っていたが、そこにギルベルトさんが回答を出した。

 

「帝国軍の再編は急務だ。ニュルンベルク公爵軍にぶつかって生き残れた連中を雇えば即戦力として期待できる」


「随分と汚い手に見えるけど……」


「戦争に綺麗事なんてないな。バウマイスター伯爵はそれが理解できないと?」


「そんな事は無いが……」


 フィリップの発言に、俺は賛同せざるを得なかった。


「それで、どうしてフィリップ殿はここに残ったのかな?」


「それはですね。殿下」


「伝令! 西部城壁にニュルンベルク公爵軍別働隊が襲いかかりました!」


 西部を守る男爵様達から、先ほど西部城壁の様子を伺っていた敵別働隊が攻撃を開始したと連絡が入ってくる。


「そういえばいたよな。別働隊」


 少しだけ西部城壁を伺ってから姿を消していたので、俺はその存在をすっかり忘れてしまっていたのだ。


「これを討つ。数を減らすいい機会だ」


「ギルベルトさんに予め指示を受けていたと?」


「そういう事だ。別働隊が西部城壁を襲い始めたのは、本体であるニュルンベルク公爵軍本隊への圧力を減らすためだ。帝都が危機になれば、ギルベルト殿も援軍を送らざるを得ないからな」


 本隊を逃がすために死兵となる可能性が高いが、これを倒さないわけにもいかない。

 

「正面から出て、西部に回り込んで城壁と挟んで倒すぞ」


「西部防衛部隊と挟み撃ちにするのか……」


「バウマイスター伯爵殿達にも協力して貰うぞ」


 帝都南方でニュルンベルク公爵軍本軍と帝国軍が死闘を繰り広げている中、俺達も王国軍組を主力とした一万人の軍勢で南部正門から出陣、そのまま迂回して西部城壁に襲いかかる反乱軍別働隊へと襲いかかる。


「エル。無茶するなよ」


「しないさ。見習い指揮官だし、指揮官が戦死すると指揮系統が混乱するからな」


 王国軍組の中から千人ほどを率いているエルは、ハルカと共に先陣として反乱軍別働隊に斬り込んでいく。

 別働隊はこちらの存在に気がついて応戦体制に入っていたが、西部城壁から矢や魔法を撃たれている状態なので最初から苦戦していた。

 兵力数でも、西部守備隊と合わせれば不利なので次々と死傷して数を減らしていく。


「ふんっ!」


「今日は忙しいね」


 導師とルイーゼは、魔力を篭めた拳を振るい。 


「えいっ!」


「降伏しなければ斬る」


 イーナは槍を、ヴィルマは乱戦なので今日は大斧を振るって敵兵を倒していく。

 そして俺も魔法で敵兵を減らしていくが、暫く戦っていると視界に顔を見た事がある人物の姿を確認した。


「ザウケンとか言ったか」


「高名なバウマイスター伯爵様に名を覚えていただけるとは光栄の極み」


「ザウケン様!」


 別働隊の指揮は、ニュルンベルク公爵の腹心であるザウケンが執っていたようだ。

 だが、そうなると一つ合点がいかない点がある。


「なぜ、俺達の攻撃をわざわざここで受けた?」


「俺に、バウマイスター伯爵様ほどの方が認めるような軍事的才能はありませんよ」


 間違いなく嘘であろう。

 ザウケンはこの別働隊と自分の身を犠牲にして、ニュルンベルク公爵家本隊と戦っている帝国軍に援軍を送らせまいとしているのだ。


 現在拮抗している両軍に俺達が混ざれば、ニュルンベルク公爵軍は一気に崩壊してしまう可能性がある。

 別働隊がここで全滅しても時間を稼いで、本軍が撤退する時間を稼ぎたい。


 彼がそれを口にしないのは、ニュルンベルク公爵の考えを俺に悟らせないためであろう。


「ニュルンベルク公爵は、駄目だとわかればとっとと兵を退かせたいわけだな」


「……」


「悪いが死んで貰う」


「あなたが死ななければいいがな」


 ザウケンがそう言った瞬間に、彼に従っていた魔法使い二名が俺に『ファイヤーボール』を連続して放っていた。

 だが、この程度の魔法は予想済みである。

 『魔法障壁』で防いでから、すぐに二人の周囲にある岩を尖らせて何十方向から攻撃させる。


「早い!」


 二人の魔法使いは慌てて『魔法障壁』で防ぐが、当たった岩の棘が数百発にもなった時に遂に限界がきて『魔法障壁』が割れてしまう。 

 そのまま多くの岩の棘が体に突き刺さり、二人は血塗れになって絶命した。


「殺しに躊躇いが無くなったのか……」


「お前の主君のせいだ。残念だったな」


「俺を討つがいい!」


 ザウケンが剣を抜いて俺に斬りかかろうとするが、瞬時に『ウィンドカッター』を展開してその首を刎ねた。


「大将を討ち取ったぞ!」


 ザウケンの死に気がついた味方騎士や兵士達が大声をあげると、前後で挟まれて戦っていた別働隊は加速度的に崩壊してしまう。

 次々と降伏するか討たれていき、二時間ほどで完全に消滅を迎えていた。


「よし! このまま本軍に!」


「無駄だよ」


「えっ?どういう事で?」


「この別働隊がなかなか壊滅しなかった理由。それは、本軍を逃すためなんだからな」


 勢いのある帝国軍相手に不利を悟ったニュルンベルク公爵は、徐々に後退しながら帝国軍からの攻撃を受け流していき、損害を許容範囲内に納めて撤退に成功してしまったらしい。

 

「追撃は、仕官を餌に気力を爆発させた降兵達が主力だったからな。元から統率なんて取れていないから追撃は逆撃を食らう可能性が高い。帝都を守れた時点で欲をかく必要はない」


 反乱軍別働隊の潰滅と、本軍の撤退をもって帝都防衛戦は帝国軍の勝利で終わっていた。

 帝国軍の戦死者は約八千人、反乱軍の死傷者は約二万六千人、他にも捕虜・降兵多数と。

 

 まさに、文字通りの死闘であった。

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[気になる点] 黒色火薬を使うならばロケット弾にすれば良いのに、日本でもアジア各地でも何百年も前から雨乞いに祭りに戦闘に竹・細い若木の先頭にロケット弾を付けてロケット花火の様に敵に撃ち込んて爆発させれ…
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