アレン11
……もしかして呪われていたりするんだろうか?
ギルドに入ってきた人物がこちらに視線を向けているのを見て、そんなことを思ってしまった。
猫獣人の少女だ。少なくとも見た目には俺と同じ歳か下といったところだ。
人の血が強いのか、頭頂部から生えた猫の耳と腰に巻き付けている尻尾ぐらいしか獣の要素がない。毛は黒く瞳は金。左胸だけを守っている金属製の胸当てに手甲。腰には左右に一振りずつ短剣を差している。速さを重視した装備だ。
視線はタタルクに刺さっている。
目立つからというわけではなく、どうやらタタルクに用があるらしく……。
嬉しそうに笑ってやがる。
「あー、ちっくしょー……」
なんでそうなるんだ。
貴族が関係してない流れの冒険者だろ? でもなにかしらのトラブルを抱えていてって……ほんとかよ……。どんな確率だよ……。
どこで弛んだ?
きっちりと張ってた筈だ。それでも呼び込むか。すげーよ俺。持ってる。英雄になれるぜ。くそったれ。
……いや、関係ない。これから何が起ころうと、俺は関係ない。まだ問題が起こった訳でもない。しかしなんだ……。なんとなく嫌な予感がする。嫌な予感がするんだ……。
これが昔なら鼻で笑っていた、勘ってやつなのかもしれない。
テーブルにもたれ掛かりたくなるところをグッと我慢してタタルクを見る。どんな反応なのかを見るためだ。それによって対応が変わる。状況から目を離すのも良くない……のかもしれないが、なんだろう。
……見なきゃ良かったな、と思ってしまうのは。
その反応が、増々と嫌な予感を掻き立てるからか。
喉を鳴らしてジョッキの中身を飲み干している最中のハーフドワーフがそこにはいた。
全く気にした様子はない。
なんでだよ。
明らかにお前を見てるじゃないか!
タタルクと、ついでにラキの反応に全て投げ出したくなるような虚しさを覚える。まるで後片付けは俺がするような空気感というか……。
本人が無視を決め込んでいるから、お鉢が俺に回ってきそうというか。
猫獣人はその瞳孔を細くしてタタルクを見ている。その身のこなしや装備からして明らかに上級冒険者以上の力を持ってそうだ。
なにより纏う空気が違う。
そして見られているのは、本人にしたらもしかしてそんな気はなかったのかもしれないが、そこそこの冒険者を軽々と叩きのめした張本人だ。酷かったのはラキの方だが。
これに横やりを入れる冒険者はいなかった。
そうだ。皆なんらかの危険を察知している。俺もだ。
なのに……。
「プハー! うめえ! やっぱりエールだ。おう、ねーちゃん。もう一杯」
「あーあー、いいなー。あたしのお茶まだー?」
当の本人が一番気にしてないという……。
嫌な予感だ。
坂道の上から石が転がり落ちていく、そんな不安感だ。上手く転がれと思っている時は横にそれたり何かにぶつかったりで止まるくせに、こんな時ばかり加速していく石が想像に浮かぶ……。
「『黒戦斧』!」
恐らくタタルクのことなんだろうな……。その実力から二つ名がついていることに驚きはしないが、名を上げようとして勝負を挑まれることが実際にあるというのは……。
なんにも知らない観客として見ていたかったと思う。
……いや、まだそうと決まった訳じゃないんだが。向こうは臨戦態勢というか、一触即発というか。
荒事になりそうな空気だ。
猫獣人の女冒険者が、一瞬でテーブルの前までやってくる。大した速さだ。正直、どこをどう動いたのかわからない。
そのまるで転移したような速さに、どよめきが広がる。
しかし周りの冒険者と違い、似たようなことができる知り合いがいるためか、俺に驚きはなかった。
それはタタルクとラキもそうであるらしく、突如として移動してきた猫獣人を見つめながら、二人ともモシャモシャと焼き鳥を頬張っていた。
「うめぇ」
「おいしい」
「店員、勘定だ」
これはヤバい。やる気満々の猫獣人の額に青筋を幻視できる程だ。
料理の代金だけ払って引き上げだ。ギルド運営だからかここの食堂は後払いだ。食い逃げは指名手配、金が足りなきゃタダ働きというギルドにはそちらの方がお得なシステムになっている。もし食い逃げにでもされたら堪らない。どうした店員。仕事だぞ。早く受け取れ。早く……早く!
しかし店員が出てきて金を受け取るより、目の前の猫獣人が手の平をテーブルに叩きつける方が早かった。
「聞け『黒戦斧』! あたしの名はクリス、特級冒険者の一人だ」
は? ……はああああああ?! 特級?! ほんとか?
まさか冒険者ギルドの中で、その手の嘘が許されるわけがない。ギルド職員の訂正も入らず、周りの冒険者もその発言に深く動揺している。
ギルドに定められているランクというのは、低級、中級、上級のそれぞれ低位から上位の九段階だと言われている。尤もそれがこちらに知らされることはないのだが。
大体これぐらいの位置にいる、というのは自己の判断に基づく。倒した獲物の種類や数、こなした依頼の達成率なんかで当たりをつけている。屈強な魔物を倒して納品したり、難易度の高いクエストをこなしたりすることで、自然と名は上がっていく。
二つ名つきの冒険者というのは、ほぼほぼ全員が上級だったりする。……ここに例外がいるが。
その中でも上級の上位は、冒険者に与えられる最高のランクで、誰もが目指す英雄への階と言われている。
しかしその上に特級というランクが存在する。
これは信じられないことだが、国がその冒険者を認めたということになる。つまり国お抱えの冒険者ということだ。
その特権は貴族に匹敵するもので、実力もさることながら影響力という意味でも『特別』なクラスだ。尤も、国に囲い込まれた時点で特級になるので実力は未知数なのだが……弱いわけがない。しかし貴族というのは体裁を気にするもので、例え上級の上位に及ばない力量だろうと、国お抱えの冒険者は上級より『上』だということで特級を用いられている。
その強さを証明するように、手の平を叩きつけられたテーブルが派手にヒビ割れる。
どんな化け物だよ。
そして、それを見越していたのか、テーブルの上にあった皿やエールの入ったジョッキを、タタルクとラキが素早く避難させていた。
どんなバカ者だよ。
「あたしは今、『明星』というクランに身を寄せている。ここから至国を挟んで海を越えた島国……『和国』にあるクランだ。とある事情で、戦力の強化をしていてな。喜べ、黒戦斧タタルク。お前をうちのクランに入れてやる。あたしたちのクランは全員が二つ名持ちの、選ばれたクランだ。これからあたしの下に入ることを許そう」
……どこもかしこも面倒を抱えてんだな。なんだよ、とある事情って。
戦意を迸らせて入ってくるから何かと思えば……勧誘か。ずいぶんとケンカ腰だな。まあ、下につけって言ってるからな。もしかするとケンカするつもりで来たのかもしれない。
なんにせよ、俺に火の粉が飛びそうにはないな。
ホッとしたぜ。
注意を向けられないように、ゆっくりと静かに息を吐き出す。問題ないだろう。クリスと名乗った猫獣人はタタルクしか見ていない。俺やラキも同席しているのだが、文字通り眼中にないんだろう。
だからだろうか。
「おいアレン」
その一言にそれほど意味があるように思えなかった。
声を掛けてきたタタルクは、俺が飲む予定だったジョッキを握っている。反対の手……というか腕には皿が並べられている。器用なドワーフだな。
その握られているジョッキを傾けて訊いてきた。
「飲まねーんなら、飲むぞ?」
「ああ。別に……」
「そうか、なるほど」
構わない、と言おうとした俺の台詞を、クリスが遮った。
その視線が、俺の方へと向けられる。
「お前が『壁砕き』か」
……………………このミスは俺のせいじゃないと思う。
血反吐を吐き出したくなる思いを我慢して平静を装った。
それしか出来なかったというのと、ここで取り乱すのはカッコ悪いな、と漠然と残った虚栄心にすがってだ。
あったな。そんな二つ名が。
ゴキュゴキュと喉を鳴らすタタルクと、我関せずと頭の上に置いた皿から焼き鳥を摘まんでいるラキを羨ましげに見つめながら、思った。
二つ名なんてくそくらえだ!




