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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕60



 知れば知るほど交渉とか無理な気がしてきた。


 そのサンデドロ伯爵様の能力や成績、人となりなどを聞き終えて女子寮に戻った俺は、今回のお嬢様のワガママは通らないんじゃないかって考えながら歩いていた。


 いや、ぶっちゃけ無理だ。


 どうご報告したものかと、女子寮の廊下を遠回りに歩いては頭を悩ませている。


 お嬢様は大変諦めが悪い(たち)なのだ。


 更には従僕が粗相をしでかしているのだから、交渉の難易度はうなぎ登りだろう。どうするよ。黙っとこう。


 ……シュッシュの方には悪いが、俺は正直あまり気が乗っていない。サンデドロ伯爵様が貴族様らしい貴族様でも、その手順は正規のものだ。お店の人も納得……というか諦めているのだから、そこに横から入るのはよくないと思う。痛かったし。きっと交渉も痛い。


 なにより首が肉体から離れるわけじゃないんでしょ? 俺と違って。


 学園から撤退するだけであって、別に潰れるわけでもないんだし。まあ、お嬢様にそんなことを言おうものなら、苦言を呈した従僕に栄誉を与えられるんだろうから言わないけど。


 奴隷的な思考で悪いが、貴族様には膝を屈し頭を垂れて見送るのが普通なのだ。誰も貴族様同士の間に入りたくなんてない。


 シュッシュだって、そこんところは分かっている。


 逆になんでお嬢様はあんなにシュッシュを気にいっているのか……気にしているのか? そこが疑問だ。


 わざわざ他国の貴族とぶつかってまで……。


 …………。


 水びたしにした責任? それはあるだろう。…………いや。それ()あるなんじゃないか?


 あのくそ餓鬼の行動パターンはなんだ? 真っ直ぐだ。そこに道がなく藪だろうと突き進む。なのに珍しく策を回してそれに撤している。その理由は? ああ……なんてこった。ずいぶんと温い考え方になってたみたいだ。


 何かあるのだ。


 そうだよ。大体そうだったじゃないか。あの時も! あの時も! ええ、そんな時も?!


 平然とした顔で指差してくるのだ。そして止めの一言を放つ。そこに説明なんてない。頷くしかない。それでも上手いことコントロールしてきたのに。ああ、ちくしょう。なんだ? 最近は栄誉が賜れないからと頭に花でも咲かせてたのか? この一月と関わり方が緩かったから忘れてたのか?


 しっかりしろ。相手はなんだ? お嬢様?


 いや邪神だ。


 そんな基本的な事も忘れていたなんて……。


 なんだろう。ビリビリが効いたのかな? 痛みから遠のいていたことで眠っていた危機感が起きたのかな? 昔ミドからショック療法という治し方を聞いたことがある。眉つばだと思っていたが本当だったんだな。当時は鼻で笑ってしまってごめん。


 思い返せばお嬢様に出会ってから三日と空けずに肉体に刺激(いたみ)を頂いていたせいか、この一月の栄誉は不快に思っても痛くないから丁度いいやって思っていた事実。


 ……まさかその時から始まっていたなんてことは……いくらなんでもないよな。


 旦那様からの手紙……内容は知らないが、学園では淑女然としたふるまいに変わられたお嬢様。従僕の栄誉の内容も鞭から魔術に。しかし聞こえだけの格上げで、実際には優しいものに。


 もしかしたら、慎重さというものを身につけられたのかもしれない。あわや命の危機という経験で、成長されたのかもしれない。


 俺だって、鞭が剣に変わらないようにと知恵を絞って育ってきた。


 成長してきた。


 なら、お嬢様も…………?


 雲が掴めないと空に手を伸ばしていたバカが?


 いやいやあり得ないだろう。


 よく思い出してみよう。


 あの日、お嬢様が散歩に行くと言い出して……。その後の足取りはお嬢様だ。雨の日に、わざわざ……。


 ……お嬢様の決めたコースだ。


 気分によるものか、『奇人街』に興味を持たれて……と、思っていたが……?


 たどり着いたお嬢様のお部屋の扉が、目覚めた今、禍々しく見える。


 それで合ってる。


 それが正常な感覚だ。


 一度真意を問いただすべきなのでは? 殊更に口を開かなかったことも正気に戻った今では怪しく思える。いや待てよ……この状況を逆取れないか?


 考えが纏まらなかったが、扉をノックした。既にお嬢様的には遅い時間だろう。これ以上の時間稼ぎは無理だ。お嬢様が寝静まってからゆっくり、


「だーれ?」


 考えることに……お嬢様?


 間違いなく悪魔の声だ。逃げられないというのか?


 いや待ておかしい。あいつの頭もだが、お嬢様の返事があること自体……。そもそもリアディスさんが顔を出して用件を伺うのが通例。お嬢様の声音からは鋭さが抜けている。完全にプライベートだ。恐ろしい。ベレッタさんがいればお叱りの声が聞こえてきそうなもの。


 ……いない、のか?


 いやいや夜だ。貴族様の子女は夜に働いたりしない。


 出掛けたりもしない。出掛けたとして、それはお嬢様がお休みになってからなんじゃないのか?


 普通にあっても日の沈むまでだろう。


 すげー嫌な予感がする。


 扉、開けたくない。


「はっ。ジークでございます」


 しかし悲しいかな奴隷の(さが)だ。


「従僕? おかえり」


 ……従僕に迎えの言葉とか言ってはダメだ。


 少なくともベレッタさんならそう注意する筈。


 ……やはりいない?


 ドアノブを握って躊躇しているのは何故かって? もちろん、入室の許可を貰っていないからだ。躊躇っているわけじゃない。いやうそ怖い。


「あ、そっか。入ってもいいわ」


 この小娘は。


「失礼します。お嬢様、只今……」


 ただいま、ってね。帰りたい。あの奴隷小屋が恋しいな。


 そう思っても仕方のない惨状だった。


「おかえり」


 満面の笑みのお嬢様にお変わりは見られない。


 しかし椅子の脚に後ろ手に縛られている様は笑っていられるもんじゃないと思う。従僕的にも。縛っているのはロープじゃなくタオル地の布を細長く巻いた物だ。そこには傷付かないような配慮が見られる。


 足を投げ出して縛りつけられているお嬢様。調度品が引っ掻き回されてめちゃくちゃな部屋。荒れ放題。テーブルには静かに寝息を立てているベレッタさんが座ったままの姿勢で横たわり、リアディスさんは使用人室の扉の方に手を伸ばして、これまた絨毯の上で寝こけている。


 強盗に入られたかのようなそれ。


 なのに俺には在りし日の奴隷小屋が思い浮かぶ。どうしてだろう。変だね。


 被害者兼加害者の振りをした加害者が原因だと思うんだ。


 しかし、思ってなくても言わなくてはならない。そんなことが俺の人生にあと何度あるというのか。


 ここで献身的な従僕はこう。


「お嬢様?! まさか賊が?」


「ううん。鬼ごっこしたの」


 振り(ごっこ)なんてしなくても十分鬼ですよ。


 従僕は知っています。


 そう。お嬢様の後ろ手に握られた杖と封の空いた薬瓶に思うところがあった。見えてた。


 それでも一応は驚いている振りをしなきゃいけないというのだから従僕って面倒だな。辞めたいな。


「ほどいてー」


「畏まりました」


 どうすんだよ、これ。


 お嬢様を縛っているロープを解き(ほどき)ながら、従僕の心は一抹以外が不安で染まっていた。


 ……ほんっと、誰だよ? お嬢様に杖を与えたのは。



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