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私の従僕   作者: トール
 第二章 従僕とお店を立て直す
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従僕46



 王室御用達という言葉がある。


 それ専用の印を頂くお店などがそう呼ばれるらしく、王族が信頼できると認めた店にのみ与えられる称号だ。つまりそれはお店にとっての高いステータスとなり、将来を約束されたようなものなのだとか。


 公爵というのは王家の血筋に連なる大貴族で、所領での自治が認められているそうだ。詳しくは知らないのだが、お嬢様はお姫様のような立場だと理解していた。姫殿下だ姫殿下。


 知った当時は笑い転げたが。


 つまりお嬢様があのお店……シュッシュを存続させるためにお気に入り指定にしたいと仰っているのは、マリスティアン公爵家御用達にするということであって……。


「なりません」


 ベレッタさんが眉を吊り上げ、お嬢様が頬を膨らませる事態ということだ。


 こんな時ばかり澄まし顔で壁際に立たれるリアディスさんは、そうしていると貴族様に見えるというのだから皮肉なものだ。菓子狂いめ。


 当の従僕はというと、ここ最近のお部屋の中では珍しくお嬢様の背後に控えている。まるでお嬢様の意見に賛成するような立ち位置だ。ちくしょう。従僕的には潰れた方がいいと思っていますよ、あのピンク。


 ポケットの爆発物が起爆しないように願うばかりだ。


 処分するタイミングがなかった。一人になりたい。


 お嬢様は椅子に座り正面からベレッタさんを見上げている。ベレッタさんの視線もお嬢様を捉え続けている。


「嫌よ」


「なりません」


「いや」


「お嬢様」


「聞かないわ」


「お聞き入れください」


 不毛な言い合いだ。


 どちらも譲るつもりがないようで、とても貴族様らしいと従僕は思います。決闘で決められては?


 ちなみにベレッタさんはお嬢様がどういうお店を御用達にしたいと言っているのかを知らない。ただ帰ってきたお嬢様が言い出した無茶を諌めているだけだ。


「お嬢様……」


 眉間に皺が一本寄ったベレッタさんが続ける。こちらも限界が近そうだ。


「公爵家御用達にするということは、現公爵である御当主様の認可が必要になります。例えお嬢様であろうと、その一存で決められることではございません」


「お父様に手紙を出すわ」


「ならわたくしは奥様にご報告を入れます」


 さて近衛は無用のようですね。私めは扉の外で賊が入ってこないか見張っていようと思います。


「従僕!」


「はいお嬢様」


 従僕は入り用でしたか。


 突然立ち上がったお嬢様だったが、従僕は素早く椅子を引いて対応した。


「お風呂に入るわ」


「いってらっしゃいませ」


「なにを言っているの? あなたが世話するのよ」


「お嬢様!」


 これにベレッタさんが声を荒げた。従僕は乾いたと思っていたのに冷や汗ですぶ濡れです。


 お嬢様、それは良くない。あなたの近衛が死んでしまいます。下手すれば旦那様直々という栄誉を賜れるだろう。


 厄介なのがポケットに入った下着だろう。平民や奴隷なんかは布の下履きしかつけたりしないのだ。下着は高価だから。それをお嬢様の湯浴みの世話役を担った従僕が湯殿に持って入るというのだから、誰に身につけさせるのかとは問われるまでもない。


 どうにかしなければ。


 抵抗勢力であるベレッタさんが口を開く。一先ずは応援するとしよう。


「男の近衛を女子寮に入れるだけでも悪い噂が立っているのですよ? そこに湯浴み役など任せたら今後のご婚姻にも響きかねます! ひいては公爵家の不利益にも繋がるではありませんか!」


「わたしはちゃんとマリスティアン公爵家の令嬢として振る舞ってるわ。約束通りよ? なら他の事は好きにしてもいいっていう約束も守られるべきだわ! 守られないならわたしも約束を守らないわ! とーぜんだわ!」


「それとこれとは話が違います!」


「同じよ!」


 もはや怒鳴り合いながらリビングを出て行くお嬢様とベレッタさん。従僕がついてきていないのにも気付かない。


 どうかご勘弁をお嬢様。それは鞭で終わる栄誉ではないのです。


 チラリと助けを乞うようにリアディスさんを見ると、我関せずを貫いていた彼女が渋々と視線を合わせ諦めたように溜め息を吐き出した。


「これは貸しですよー?」


 今の今まで傍観を決め込んでいた者の台詞じゃないと思うが、心底嬉しいのは何故だろうか。


 浴室へ消えるリアディスさん。直ぐにお嬢様が従僕を呼ぶ声が響いたが、しばらくして聞こえてこなくなったところから説得の成功を知った。


 お嬢様って説得できる生き物なんですね。


 後で秘訣を聞けないだろうか。


 しかし事がこれで終わる筈もなく。


 就寝に際してお話をしろと仰せ付かった。従僕にもちろん否はなく、物語集なる本を小脇にお嬢様の寝室へ。


 これにベレッタさんが同席しなければ、いつもと変わらない。日常の一ページだった。


 ペラ……ペラ……と従僕が本を捲る音だけが響いている。


「……」


「……」


 ……空気が……重さを、伴っている。


 そう錯覚する程に、室内の雰囲気は険悪だ。


 お嬢様は既にベッドで横になりそっぽを向き、ベレッタさんは珍しく従僕の隣に椅子を並べてそこに腰を降ろしている。その眼光は鋭く、如何なる悪事も見逃すまいとしているようだ。


「えー……それでは」


「クロの選択がいいわ」


 いつも従僕のでっち上げ物語を好んで聞かれるお嬢様だったが、今日は監視もついている。無難な話を物語集から聞かせて終わろうと思ったのだが、お嬢様からリクエストが入った。


 ……というか待って欲しい。クロの選択って……。


「クロの選択とは、どのような物語ですか?」


 声を上げたのはベレッタさんだ。


 恐らくはお嬢様に問い掛けているのだろう、視線はお嬢様に向いている。


 しかしお嬢様はそっぽを向いたままこれに答えず、本当は嫌だけどという心情が透けているかのような表情で従僕に視線を向けてくる。


 汗が吹き出しそうだ。何故ならクロの選択というのは……。


「クロの選択、というのは……ですね?」


「勿体ぶらずに言いなさい。不遜な話なのですか? どうせここでわたくしも一緒に聞くのです。引き延ばしても無駄ですよ」


 チラリとお嬢様を見れば、やはりそっぽを向いたままだが、左手の人差し指に髪をクルクルと巻き取って遊んでいる。


 その背は雄弁に従僕に語り掛けている気がした。


「クロの選択とは……選択式の物語となっております」


「選択式?」


「はい。物語の分岐点(ターニングポイント)毎に受け手……この場合はお嬢様が、主人公であるクロの行動を選択できるようにしておりまして……。選んだ選択肢によって物語のオチが変わるのが魅力という……」


 ピクリとお嬢様の肩が震えた。お前が反応してどうする。


 しかしベレッタさんは従僕の話を聞いて思案気に顔を伏せていたので、お嬢様の反応に気付くことはなかった。


「…………まあ、そのくらいならいいでしょう。始めなさい」


「はい。お嬢様、それでは?」


「ええ、いいわ」


 機嫌の悪かった筈のお嬢様が薄く笑みを浮かべて、横向きから仰向けの体勢へと移り変わる。


 どう見てもご機嫌だ。隠す気はあるのだろうか。


 これにはベレッタさんも変に感じたのだろうが、従僕が話し始めたことによって口に出されることはなかった。


 お嬢様の選択で出来上がった物語は起伏に乏しいよくある冒険譚となり、ベレッタさんもこれならと途中で遮ることはなかった。


 それがまさか主従の会話だとは気付かなかったために。



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