リーネとディズ
金融ギルド、黄金不死鳥ラスト支部
貴賓室、現在ディズ・フェネクスの仕事部屋にて。
「というわけで、資金全部注ぎ込んでなんかヘンなのが出来た」
《にーたんったらまたじんせいがけっぷちね》
ウルはいつも通り、アカネに現状の報告を行い、アカネから呆れられていた。最近はいつもこんな感じである。冒険者になる前までは天真爛漫でいつも心配をかけるアカネとそれに呆れるウルという構図だったはずなのだが、今ではすっかり正反対である。
何故かと言えば、無茶を言うのもするのも現状ウルになっているからである。悲しいことに。はやくこんな無茶無理無謀な冒険者生活辞めにしたいものだった。
「ねえ、いいかしら」
と、そんな兄妹のいつもの会話に、今日は更にもう一人参加者がいた。リーネである。彼女はいつものどこかむすっとした表情を更に訝しげにしながら、周囲の様子を見渡していた。
「ここ、貴方の妹を人質に取る女の住処って聞いたんだけど」
「間違えてないぞ。そういや、こっち戻ってきたときはすれ違って顔見てなかったな。リーネは」
《あのおんなのはうすよ》
紛れもなく、此処はウルの妹、アカネをあずかり、彼女の解体を目論む女の職場である。現在彼女は仕事のためか席を外しており、ここに居るのはウル、アカネ、そしてリーネだけである。
既に顔なじみとなったギルド員に「今仕事で少し出払ってるから私の部屋で勝手にくつろいでいて」とよ」と言われたので言われたとおり、勝手に中に入った。そして、言われたとおりくつろいでいる。備え付けのソファーに寝そべりながら。慣れたものである。
「とてもくつろいでいるわ」
「連日の突貫工事と迷宮突入で疲れてて……」
《にーたんねむねむね?》
「疲れているのは同意見だけれども」
対毒花怪鳥に向けた資金集めのために連日迷宮探索した事も勿論堪えているが、何より、戦車作りが思った以上の時間と、そして資金がかかった事によるストレスがやばかった。
予想ではもっとシンプルで簡易な、本当に荷車の周りに防壁がついているようなイメージのブツができあがる事を想像していたんだが、あれよあれよと課題が積み重なり続ける状況は恐怖でしか無かった。
というわけで、無事完成して(本当に無事なのかどうかはこの際置いておく)ウルはくつろいでいる。明日は怪鳥との戦闘予定日なので今日しかない。心身を休めるのに全力だった。
「よく、妹を殺そうってあいての部屋でのんびり出来るわね」
「一応友達だからな」
「……なんで?」
「いやあ、俺も本当によくわからん」
本気で理解できない顔をされたので、ウルも素直に困惑する。ディズが友人であることは事実だが、何故友人関係に至ったのか、ウルにもよく分かっていない。彼女の公私をキッチリサッパリ分けた性格が、妙にウルには小気味よく感じたのは間違いなかったが。
アカネの安全を思えば、随分と呆けた危機感だ。洗脳でもされてんじゃないのかと言われればそれまたあまり否定出来ないが、好ましく思っている相手を否定する気にもならない。
そのウルの反応を察してか、リーネはまあいいわ。と、アカネをみる。
「彼女が貴方の戦う理由?可愛いのね」
「そうだ。アカネだ。妹だ。可愛いぞ」
《かーいでしょ!》
「そうね、使い魔の妹なんて………………いえ、ちょっと待って」
リーネは少しだけ微笑み、しかしその後すぐ真顔になってアカネをジッと睨み付けた。見れば見るほど彼女の表情は険しくなり、何かの魔道具なのか術式の刻まれた眼鏡を懐から取り出し取り替え見て、そして、
「……この子なに?」
「妹」
《ひとのこよ》
「ヒトの、只人の妹はこんな生物じゃないわ」
伊達に、魔術学園ラウターラで既に卒業単位を修めているだけのことはあるらしい。ウルは諦めてため息をついた。安易におおっぴらにすべき話ではないが、一行に彼女が加わっている以上、遅かれ早かれだ。
「精霊憑きなんだ。俺の妹は」
アカネは妖精のような姿からぐにょんぐにょんと形を変え、幼い少女のような姿に変わった。
「………………初めて、見たわ」
長い沈黙の末、ひくついた声でそう言うリーネの表情は、恐らくウルと出会って以来一度も見せたことの無いような驚愕に満ちた表情になっていた。彼女は震えそうなほど緊張した指先で、そっとアカネの頬にふれた。アカネはこそばゆそうに目を細める。
「……【いと尊き上なる者よ】」
そして、はっとなったようにリーネは素早く指を切り、祈りを捧げる。神殿にて神官と都市民達が精霊達に捧げる祈りの言葉だった。捧げられた祈りは“光”となり、アカネへと向かっていった……が、
《むに?》
ぱちん、と、彼女の前で弾けた。
「……祈りを捧げられない?」
通常、精霊達への心からの祈りは、それそのものが力となり、精霊達自身へと捧げられる。彼ら、もしくは彼女らに捧げられる力であり、源泉だ。ヒトビトはそれらを捧げ、代わりに精霊達と太陽神から恩恵を授かるのだ。が、何故かそれがアカネにはできない。
「ヒトと混じっているから、らしい。通常の精霊と違って、祈りを直接力に換えられない」
彼女は水分を好んで口にする。ヒトと精霊の中間にある彼女の体力の補給の仕方がそれである。
「……お力になれず、申し訳ありません」
《ん-?よきにはからえ?》
「アカネ、多分それ違う」
アカネは楽しそうに笑うとそのまま頭を下げるリーネの頭に肩車をし始めた。小人のリーネに更に小さなアカネが乗る姿はさながら小人の親子のようであったが、流石にウルも止めようと声をかける、が、その前に。
「失礼します」
と、そのままの状態でリーネは、とてとてと部屋の中を周回し始めた。アカネはキャッキャと楽しそうだ。
「……なんというか、慣れてるな?」
「神殿では、時折気まぐれに降臨された精霊への応対は必須だから」
精霊達は曖昧で、不確かで、気まぐれな者も多い。半ば幼子を相手にするような時もある。それでも精霊達は上位の存在であり、怒りを買えば何が起こるかわからず、力を授かれば大きな恩恵を得る。適切な応対は必須だった。
「なるほど、流石官位持ち」
「神官ではないけどね。神官のおばあちゃんの手伝いで慣れたわ」
一通りの室内ランニングを終え、アカネが満足するとそっと彼女を降ろし、リーネは改めて、アカネの様子を興味深げに観察する。
「……精霊憑き、本当に存在したのね……」
「やっぱり、そんなにも珍しいのか」
「珍しいなんてものじゃない。ラウターラでも精霊憑きを目撃した人多分いないわよ」
「神殿の神官でも?」
「神官でもよ。神官長だって見たことすら無いはずよ」
どこか暢気なウルの物言いに彼女は少し怒るように肯定する。実際ウルにはアカネの価値が分かっていないのだから、理解あるヒトからすればその無知さは苛立つだろう。価値などしらずとも彼女は唯一無二の存在だ、なんていうのろけは、言わないほうがいいだろう。
「どうやって、この方は……」
「冒険者気取りの身内が偶然、たまたま、精霊の卵を見つけて妹と混ざった」
「偶然って」
「実際偶然なんだよ。困ったことに。“不幸にも幸運なことに”」
どれだけ珍しかろうと、精霊憑きの実在が確認されている以上、それは存在しない妄想の産物ではない。で、あれば、いつか、どこかで、必ず発生する。それがたまたまウルの妹に発生した、と、本当にそれだけの話である。まるで賭事で奇跡の大穴が直撃したかのように。ただの偶然、不幸な幸運、ウルにも、妹にも、勿論卵をみつけた父にも、運命をたぐり寄せる必然性は無かったのだから。
「妹が精霊憑きでなきゃ、借金の担保になんてならずにすんで、オヤジも無駄金を使わず、おっちんで、結果、こんなことにならずにもすんだというのに……ついてない」
妹が上位存在になった事で、得したことが何一つないというのが皮肉だ。冒険者として、彼女の存在を活用したことはあったが、そもそもアカネが精霊憑きになることが無ければ冒険者として活躍する必要も無かったのだから。
と、いうウルの嘆きに、リーネはなるほど、と、頷いた。
「彼女の存在が貴方の戦う理由」
「まあそうなる。結局は、俺が俺の望むようにするのが目的なんだが」
リーネが此処に来たのは、ウルの目的を知りたいと彼女が言ってきたからだ。ウルが彼女の目的を知りたがったように、彼女もまたウルの目的を知りたかったのだ。相互理解は大事だとウルも同意し、アカネの下に案内した。
「不満はあるか?」
「いいえ、少なくとも私よりはマトモだわ」
「過去の偉人の名誉を取り戻すのも、真っ当だとはおもうがな」
ウルがそう言うと、リーネは少し不思議そうな顔をした。
「目的に必要なだけで、名誉に興味はないようなのに、私の在り方は肯定するのね」
「俺と、リーネの価値観はそれぞれ違うだろう」
名誉や誇りに命を懸ける、という価値観は正直に言えばウルは理解できないが、そういったあり方そのものはウルは認めているし、否定はしない。
彼方此方の都市を放浪しながらいろんなヒトを見てきた。己の信仰する精霊の布教に命を賭す獣人の老婆、騎士団として、自身が守護する都市に果てなく愛情を注ぐ小人の騎士団長。都市から離れ、ひたすら理想の鉱物から理想の武器を生み出そうとする鉱人の男。
彼らの価値観にウルは共感はできない事もあるが、否定はしない。旅の経験から、彼は不理解に対しては寛容だった。少なくとも、自分と妹に害をなさない価値観に対しては。
「そんなわけで、妹に害をなさない限り、存分にレイラインの名を轟かせてくれ」
「貴方も、レイラインの名を汚さない限り、存分に妹を助けるために動いて構わないわ」
相互理解は成立したらしい。
互い、目的は合致している。レイラインの名を轟かす。そのために必要なのは名声だろう。そしてそれは残念ながらラストという土地では制限がある。で、あれば必然的に、冒険者としての活躍が必要になる。名をあげ、金を稼ぎ、冒険者として出世せねばならないウルの目的と道は交わる。
彼女にも様々な問題がつきまとうが、それらは棚に置いてでも、ウルのむちゃくちゃな道行きを同じくしてくれる仲間に加わってくれたのは、幸運だと言える。
「それで……シズクはどうなの?」
「それは本人から確認してくれ。俺から言うことではない」
彼女の目的はあの日あの小さな神殿で話を聞いたが、あまりおおっぴらにすべき話ではないだろう。彼女の口から説明があるならば兎も角、許可も無くウルが口に出す気はない。
ウルの言うことにはもっともだ、と彼女は頷いた。が、
「あの子……なんというか、ヘンなの」
『しずくはやさしいわよ?』
「そうですね……でも、ヘンよ……」
ヘン、という彼女の言葉に、ウルは頷く。
「おっしゃるとおり、あの女は本当にヘンだ」
「……それでいいの?」
「良くない。安心するな。心配しろ。何かしでかそうとしたらすぐに言ってくれ」
「……要、警戒しておくわ」
彼女は仲間であり、友人である。が、それはそうとして油断ならない女である。
「じゃあ、ロックは?」
「アホだ」
「そう……」
ウルからすれば、表裏が全くないだけ、シズクよりはマシではあった。既にヒトとしての一生を全うし、第二の人生をエンジョイする事を決めたこの男は実にわかりやすい。自分が馬車になることを喜ぶ事に関しては全く分からなかったが。
「…………大丈夫かしら、この一行」
「大丈夫じゃないぞ、白王陣オタク」
「馬鹿にしたら殺すから」
「はい」
あまり大丈夫じゃないらしい。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その後、リーネにじゃれつくアカネにたいして、リーネは真面目に対応を続けた。現在彼女は真面目な表情でアカネの頬をむにむにと触ってさしあげている。
「それにしても精霊憑き……精霊が、肉体を得るなんてね……」
《むにむにんふふ》
アカネはこそばゆそうに笑う。そうする姿は可愛らしい幼女そのものだ。
「神殿では精霊憑きに対する認識ってどうなってるか分かるか?」
ウルは基本、アカネを神殿に連れていくことはなかった。元々都市民権のない、“名無し”のウルには神殿に立ち入るにも相応の許可と検査が必要であったのもあるし、何よりアカネの存在がどのように扱われるか、全く分からなかったからだ。
問われると彼女はリーネは少し考えて、
「精霊、この世の摂理の化身、その在り方に我々が口出しすること自体、無礼」
「なるほど」
「……と、私は考えている」
「……なるほど」
必ずしも、そういう考えのヒトばかりではないらしい。
「精霊に対する信仰が強いヒトは多い。彼女が過剰に崇められたり、あるいは逆に存在そのものを否定しようとしてくる可能性もある」
「やっぱり近づかない方が無難か」
「神官は都市内部において特権階級。“名無し”の貴方から、保護の名目で精霊を取り上げる可能性はある……精霊憑きであると判別できれば、だけど」
何せ、大陸一の魔術学園ラウターラの学生ですら、アカネの正体は間近で、それもウルからの説明があってようやく気がつくほどである。存在すること自体は確かだが、そうそうお目にかかれない精霊憑きを見抜けるヒトはそう、多くはない。
学園でメダルがそうだと思い込んだように、使い魔の類いと勘違いする事が殆どだろう。
「不用意に近づきさえしなければ、気がつかれることは無いと思うけれど」
「既にめざとく気づかれて、金の担保にされたとなっちゃ後の祭りだが」
《かなしーな》
神殿の警戒をしようがしまいが、既にアカネは研究のために分解しようという輩にとらわれている。これなら神殿にとっつかまったほうがマシだったのかもしれない。
「そこが気になってたけれど、どうやって金貸しギルドがアカネの正体を見抜いたの?」
《めききのおっさんがおったの》
リーネの問いに、アカネが答える。ウルはあの最初の魔石鉱山を思い出した。
《おとんがかねにこまって、わたしのことぺらぺらしゃべってなー、めーつけられてん》
いくら彼女が希少で、ヒトには気づかれにくい存在であったとしても、身内の口からバラしてしまっては全く意味が無い。
「ザザは金目の匂いを嗅ぎつけるのは超一流だったからねー」
と、そこに部屋の主であり、話の的となっていた人物が帰還した。ディズはまた今日もどこかで”仕事”をしてきたのか、外套を身に纏い、少しだけ疲れた表情でソファーに腰をかけた。
よう、とウルが彼女に声をかけようとした、が、それよりも先にリーネがたちあがった。
「ま、さか……【勇者】!!」
ディズの正式な名はディズ・グラン・フェネクス。彼女もまた神殿の官位をもった特権階級の人間である。で、あればもしかしたら面識はあるかもしれない。などとウルはおもっていたのだが、彼女の反応は予想よりも遙かに大きかった。
ディズの前に出ると、そのまま、アカネと向き合うときと同じように頭を垂れた。
「やあ、レイライン。久しいね」
「お久しぶりでございます。【勇者】、お会いできて光栄でございます」
その声色には心からの敬意が混じっていた。
「ごらん、ウル。これが七天に対する正しい敬い方だよ」
「別にやっても良いけど友達じゃなくなるぞ」
「やだ」
「やだかあ…」
やだなら仕方なかった。
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