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爆誕


 リーネは祖母が苦手だった。


 レイライン家の当主を務めていたリーネの祖母は多忙だった。神官として神殿に仕え、精霊達を崇め、同時に白の魔術の系譜の魔術師として様々な都市への貢献を求められていた。

 忙しさは当然だ。最も位の低い【ヌウ】の官位とはいえ、神官として様々な権限が、報酬が与えられる以上、担わなければならない責任も大きい。

 そのためか常に表情は険しく、家族に対しても決して優しさを見せることは無かった。

 リーネにも勿論彼女は厳しかった。神官の家の子として、白の系譜の者として、相応しくない行動を取れば即座に雷が落ちる。祖母とリーネは他の家族同様、決して気安い関係ではなかった。それが必要なことであったとしても、兄たちや姉たちと一緒で、リーネにとって彼女はただただ恐怖だった。

 ただ一点、祖母の好きなところがリーネにはあった。


 ――ちゃんと私の描き方を見て学ぶんだよ


 祖母が、【白王陣】の手ほどきをしてくれるときだった。

 今となってようやく、様々な応用法が見出され、活用されてきた白王陣ではあるが、最も基本的な部分では、やはりどうしても元の白王陣を知らねばならず、故に、最も白王陣を扱える祖母からの指導はレイライン家の必須授業だ。レイラインの子供は、最初は必ず当主からの手解きをうける。


 リーネは祖母の描く【白王陣】が好きだった。


 魔法陣は魔術を発動させるための手段に過ぎない。術式を書き込みそれを輪と成し現象を起こす。それだけのもの。しかし何事もそうであるように、極め抜き、研ぎ澄ましたモノにはある種の美が宿る。

 祖母の描く白王陣も同様だった。少なくともリーネにはそう思えた。恐らくその生涯をかけて繰り返し続けたのであろう、術式の文字一つ一つが寸分の乱れも無く、幾多も重ねられる記号もまるで計ったように寸分違わない。一つの魔術を完成させる、その工程が美しい。


 勿論、祖母でなくとも【白王陣】を使える者はレイラインに居る。しかし、この時既に、基本となる【白王陣】はあまりに時間と手間が掛かりすぎると、扱うものは随分と減っていた。早々に見切りを付け、その応用に力を入れる者が殆どだ。創ったとしても、祖母のソレには到底及ばない。

 祖母のが一番美しい。だからリーネは祖母が仕事に行くときはひっそりとついてまわっていた。見つかって拳骨が頭に降りてくるまで。


 ――そんなに気になるならついておいで。今日は10年に一度の日だ


 ひとしきりの説教の後、祖母はリーネを連れて、ある場所へと連れていった。


 それは全ての都市部に存在する【神殿】その地下空間だった。


 ――ここは?

 ――“最初の場所”だよ


 長い長い階段を下り続けて、そして現れた広い広い地下空間。


 その()()()()()()()使()()()()()()()()()()にリーネは息を飲んだ。

 都市の核たる神殿の土地範囲全てを使った巨大なる白王陣、それだけでも壮観なのは違いないだろう。だが、それ以上にリーネの心を揺さぶったのは、その白王陣の描かれた軌跡だ。

 地下空間を一つのキャンバスとするそのラインは、見れば幾多もそれを重ねた痕がある。何度も何度も、何十何百と、魔力を込め術式を刻み込んだ痕跡がある。

 魔力は霧散する。術式として世界に固定する魔法陣でも同様だ。万物と同じく、時と共に、劣化し、褪せ、そして朽ちる。コレは必然である。


 だが、目の前の、この巨大な地下空間にある圧倒的な白王陣に、色褪せる様子などない。

 僅かな綻びもない。それは、つまり、衰え、褪せてしまわぬよう、努力したからだ。

 決して損なわれないようにと、幾たびも重ねたからだ。


 その執念が白王陣の軌跡、一つ一つに残っていた。そこには歴史があった。

 リーネは震えた。全身の産毛が逆立つような気分だった。


 ――見ていな


 そう言って、祖母は幾度と重ねてきた儀式に続いた。

 巨大な白王陣の、その軌跡を辿り、重ね、洗練させていく。その姿はまるで踊っているかのようだった。ソレを続けていく。ずっと、ずっと続けていく。通常でも一時間以上は時間を必要とする白王陣だが、この規模と範囲では当然、それより遙かな時間を要した。

 朝から始めて、日が沈み、真夜中になるまで、祖母は延々と白王陣を描き続ける。その間一切飲み食いもせず、腰を下ろすこともしない。祖母ももう随分と高齢だ。普段は杖をついて、腰を曲げて、よたよたとした動きをしている彼女の姿とは到底思えない。鬼気迫る表情で、心血を、命を注いでいるのだと、わかった。


 リーネはそれを見続けた。祖母の姿を、舞を、命を、見続けた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ――この白王陣は【太陽の結界】の代用品さ。魔術至上主義が罷り通った一端さね


 唯一神、太陽神ゼウラディアがヒトに与えもうた太陽の結界、その維持には膨大な量の、精霊と心通わす者達の祈りが必要となる。故にこそ、精霊と交信を可能とする者達が権力を持つのがこの世界だ。彼らは神殿に集い、祈りを捧げ、結界を維持し、精霊達から加護を受け取り都市を豊かにする。

 対し、【大罪都市ラスト】は魔術至上主義の都市である。神官の官位すらも、精霊の交信深度より魔術の腕を重視する者までいるほどだ。だが、本来であればありえない。魔術だけでは都市経営は成立しない。この世界において、魔術はそこまで万能ではない。精霊こそが人類の生存圏を維持する要だ。

 ヒトは未だ、精霊の揺り籠から抜け出せてはいないのだ。

 故に、魔術を至上とするこの都市は異常である。


 その異常を、不可能を、可能とした一端が、コレだ。


 神の御業、太陽の結界の代行。一時であれ神の力をヒトの手で体現する業。【白の系譜】が受け継いだ秘奥だった。


 ――レイラインは、私たちは、この都市が生まれてからずっと、維持を続けてきたのよ。

 ――おばあちゃんも?

 ――そうさ。初代レイラインが、白の魔女様に。優しい魔女様に教えられてから、ずっと


 ずっと

 そう言う祖母の表情には、険しさの中に、何処か誇らしさが垣間見えた。それはリーネにもよく分かる。彼女も誇らしかったからだ。

 目の前に広がる白王陣は決して生半可なものではないと見ればすぐに分かる。

 白の魔女が、何故に極めて複雑で、構築に非常に労力を要する白王陣をレイラインに与えたのか、初代レイラインが何故、この白王陣を受け継ぎ続けたのか。それがわかった。

 限界まで、叶う限りの全てのヒトを守るため、手を伸ばし続けるためだ。

 その意志と願いの集大成がこの白王陣なのだ。


 民を庇護する神官の責務として、

 白の系譜の誇りに懸けて、

 共に暮らす家族の生活を護るため


 様々な想いや願い。祈りが、リーネにも見えた。

 これまで、祖母の描く白王陣を美しいと思っていた自分の思いは、決して間違っていなかったのだと、肯定されたような気分だった。


 ――でもね、これを継ぐのは、私でもうおしまいだね


 だからこそ、続けてそう言った祖母の言葉は、リーネにはあまりに衝撃だった。


 ――どうして?

 ――あまりにも厳しすぎる。受け継ぐ者もいない。時代じゃないって事さ。


 時代は変わった。大罪都市ラストは今や大陸一の魔術大国だ。白の系譜の魔術も分岐と発展を繰り返してきた。賢者とも言える術者は沢山増えた。

 結果、白王陣のような、たった一人で、命を削るかのような苛烈なる魔術を頼りにする必要な時代でも、なくなっていた。白王陣に至る魔術は存在しなくとも、ソレに劣る幾つもの魔術で代用は可能になっていたのだ。


 だから、この白王陣はもうお仕舞いなんだよ。と祖母は言った。

 その瞳には憂いと、諦めがあった。もうムリだと、彼女は諦めていた。


 ――そうしたら、ここはどうなるの?この白王陣は?

 ――…………消されるね


 消される。

 消えて無くなる。この軌跡が、歴史が、命が、拭われる。まるで、無かったかのように。

 初代レイラインから、祖母に至るまで、紡ぎ続けてきたバトンが、断たれる。


 ――ダメよ


 その声は、普段物静かなリーネのものとは思えぬ程に力強く、腹底から出た声だった。


 ――リーネ?

 ――ぜったい、ぜったい、ぜったいに、ダメよ!!!


 あっけにとられる祖母を前に、リーネは小人特有の小さな身体から、圧倒的なエネルギーを放出させ、そして叫んだ。


 ――私が、継ぐわ!!おばあちゃんの後を、私が継ぐの!!!!


 全てを諦めかけていたレイライン当主、レインカミィ・ヌウ・レイラインは、その瀬戸際にて、後継者と巡り会った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 結局の所、レインとリーネは同じ志を有した同志だった。


 冒険者ギルド長のアランサや、彼女の家族がレインの指導を見咎め、リーネを心配していたが、全ては見当外れだった。なにせ、実際は、リーネが率先し彼女の指導を受け続けていたのだから。


 全ては初代から続く、レイラインの白王陣を継ぎ、守るため。

 あの祈りの結晶を護り継ぐため。


 無駄なこと、非効率なことと誹られることに、彼女たちは、そしてそれまでの歴々の当主達は努力を続けていた。

 不思議なことに、と言うべきか、当主はどのような形であれこの志を継いでいた。レイラインでは洗脳めいた教育もしていないのに、不思議と次世代のウチ一人は、レイラインの魂を率先して継ごうとする子供が現れ続けた。

 今回のリーネの件もそうだ。彼女は誰にそうしろと言われるまでも無く、研鑽を続けた。まさに血の滲む努力で、「役立たず」と揶揄される魔術の習得に明け暮れた。


 いつか、必要なとき、駆けつけられるようにと。

 これまで受け継ぎ、磨き続けてきた努力は決して無駄ではなかったのだと証明するために。

 リーネが冒険者を志したのも、少しでも結果に近づくためだ。安全な都市の内部で引きこもっていては決して証明する事はできないだろう。

 歴々のレイラインが捧げた祈りは、正しかったのだと、その証を立てたかったのだ。

 日に日に、【原初の白王陣】の存在価値が危ぶまれていく中、そして同志である祖母が徐々に弱っていく中で、彼女は焦ったのだ。だが、その祖母が死んだ。彼女を駆り立てる内の半分を失って、半ばリーネは呆然としていた。していた、筈だった。


 彼女の家族が揃いも揃って初代レイラインの魔術を使えないと連呼するまでは。


「リ、リーネ」

「……証明する」


 暴走したリーネを前に親戚一同も家族達も静まりかえっている。リーネがあれほどまでに激情を表に出すことは今まで無かったからだ。そして、物こそ投げなくなったが、それでも彼女は激憤に包まれている、継続して“キレて”いた。

 

「白の魔女とレイラインの【白王陣】の偉大さを証明する」

「い、いや、無論僕らとてそれはわかって――」

「そういうのではない」


 宥めるような父の言葉に対して、堪えきれぬ怒りのせいか妙にカタコトになった声で、リーネは否定する。


「端先の都合の良い部分を利用するだけの行為は偉大さの証明にはならない」

「とにかく落ち着いて。まずは座りなさい」

「座らない。私は冷静」


 目が完全に据わっていた。兄姉達は暴走寸前の、というよりも今現在進行形で暴走している野獣を見ているような気分になった。


「私が【白王陣】の偉大さを、レイラインの継いできたものの偉大さを、証明する。世界に知らしめる。貴方たちに理解させる」


 ガン、と、机に小人特有の小さな足を乗せ、憤怒の形相で杖を掲げる。家族親戚一同はそのあまりの仰々しさと怒りのオーラに思わず仰け反った。


「私がレイラインだ」


 レイライン家新当主、リーネ・ヌウ・レイラインが爆誕した。









「……えっらいことになったなダーナン」

「頭から血でてますよおじさん」


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― 新着の感想 ―
この話めっちゃ好き。 おばあちゃんが最終章のリーネ見たらめちゃくちゃ喜ぶだろうよ
>リーネはそれを見続けた。祖母の姿を、舞を、命を、見続けた。 いやーかっこいい。この一文の重みよ。
「私がレイラインだ」 かぁー!痺れるねぇ!!
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