悪食レストラン【風妖精の食事処】へようこそ! / 銀級冒険者【断切りカルメ】の軌跡
それからも、様々な準備は急ピッチで進められた。
魔物の調理法開発、だけでは当然終わらない。白亜の冒険者に依頼を出した際の達成率、及び達成速度の確認、魔物肉の保存可能期間に魔術の準備、使用する食器類のチェック、宣伝告知その他諸々。
ソフィア達は全速力でそれらの準備を進めた。のんびりしてもいられない。だらだらとすればするほどに時間と金は湯水の如く消えていく。スピード勝負だった
「なんかっ! ちょっと前にだらだらしてた自分を殴りたいですっ!!」
「自分に怒ってるヒマあったら動きな!」
「ソフィア、冒険者ギルドの定期依頼締結できたからこっちにサインお願い」
「はい!!」
こうして、時間は過ぎ――――リニューアルオープン当日
「なんとか、辿り着いたね……」
「はい……!」
「……さすがに感慨深い」
三人は、新しくなった【風妖精の食事処】の前に並び立っていた。再出発、という印象を強くするため、店構えも変える必要があった。
元の整然とした店構えと比べてより開放的に、少々荒々しい冒険者も気安く立ち寄れるような形に変えている。
もちろんそれ以外でも、今考えられる全てを全員で考え、準備は整えた。「魔物と戦うときは、その準備をどこまで詰められるかの方がずっと大事だから」とは、カルメの言葉だ。
その言葉の通り、できる限りの準備はできた、とソフィアは思う。
店を最初に構えたとき、高揚し、浮き足立っていた時とは違う。三人の知識と経験を総動員して真の意味でできることは全部やったという手応えがある。
それでも本当に上手くいくかどうかはわからない。
運不運もある。実力や努力だけではどうしようもない事は、やはり存在する。結局上手くいかず、このリニューアルは残った資金を食い潰しただけで終わるだけになるかもしれない。だけど、それでも、
「お二人とも、本当にありがとうございました……!」
ソフィアはカルメとナナへと改めて、頭を下げた。
「気が早すぎる」
「まだなーんにも、結果も出てないよ」
「それでも、大事なことを学べました」
そう、大事なことを学んだ。
客としての印象や魔物の調理の仕方だとか、そういう知識や技術だけではなく、もっと根本的な心構えを教えてもらった。
もし、この店がダメだったとしても、本当にまたゼロから、マイナスから始めることになるのだとしても、それでもこの“大事なこと”はずっと、自分の財産になってくれるというソフィアは感じていた。
「ま、そうは言っても、成功するのが一番だけどね?」
「それは、そうですね……」
そんなソフィアに、少し照れくさそうにナナは肩を竦める。まあ確かに、その通りだ。今からダメだったことを考えても仕方がない。
間もなく、開店の時間だ。
「可能な限り宣伝はした。来ないって事はまずないと思う」
「だから、後はそいつらをどこまで楽しませられるか、かね?」
「はい……!」
初動はできる限り多い方が良い。一過性の部分もあるだろう。魔物食という色物を扱う以上、なおのこと。物珍しさだけを目当てに来る客も多かろう。そんな客達の心を掴めるかの勝負だ。
ソフィアは気合いを入れるように両手を握る。と、ふと向かいの通りから、こちらの店を伺うように近寄ってくる人影があった。
ソフィア達は来てくれた客の姿に安堵し――――そしてそこで、異変に気付く。
「多いね?」
「多いな」
「多いですね……」
向かってくる客達の数が少々、いやだいぶ、というか、メチャクチャ多いことに――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「オワアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
リニューアルオープンした【風妖精の食事処】の初日は盛況となった。
否、盛況という言葉で片付けるべきではない。
カルメの精力的な宣伝、物珍しい魔物食という特徴、本来であれば比較的良好だった立地、その他諸々全てが重なった結果、商売の精霊も真っ青な地獄が展開されてしまった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「そ、ソフィア大丈夫かい!?」
「五番と三番のテーブル!!」
「おお!?」
給仕服を纏ったナナの気遣いに対して、帰ってきたのは番号と料理だ。並べられたその料理を受け取ったナナは、急ぎその番号のテーブルに料理を並べ、帰り際に食べ終わった客の皿を回収していく。
冒険者というのは、食事が速い。特に昼時は酒を飲まずにそのまま迷宮に向かう冒険者も多いので、回転率が凄まじく、結果、目が回るなんていう次元ではない速度で店が展開していた。
料理人としてはきちんと一流なソフィア、そして冒険者として超人的な体力と運動能力を有しているカルメとナナでなければ、ほぼ確実に崩壊していただろう。
「カルメ、皿!」
「【浄化】、凄いな、地獄だ」
「期待はしなかったわけじゃないけど、なんでここまで盛況なの!? 皿!」
「【浄化】、冒険者ギルド、騎士団相手にも宣伝してたから」
「手回し良いねえ!! 地獄!!」
「二番!!」
「あいよ! ソフィア数字しか喋らなくなっちゃった! 皿ッ!!!」
「【浄化】、これが続くなら、至急、人員を増やす必要があるな」
「六番!!!」
こうして、一瞬たりとも感慨深さなど感じる暇もないリニューアルオープン初日は、怒濤の如く過ぎ去り――
「いやー、魔物食って聞いて面白半分だったけど安くて美味かった! またくるよ!」
「ありがとうございましたー、――――――ぐへあ」
ランチタイム最後の客を見送った後、ソフィアは地面に突っ伏した。
否、彼女だけではない。冒険者として超人的な力を有しているはずのカルメとナナもまた、地面に倒れ伏した。
「…………すご、かったね……」
「は、はい……」
「魔物の、【衝突】よりも、凄かった……」
全員、精根尽き果てていた。
それでも、破綻せずに店を回すことができたのは事前の準備のたまものだろう。黒暴牛もまあ、ギリギリなんとか足りた。が、しかし、
「お……ふたり、とも、もう少し、働いてもらって、いいですか? せめて、従業員、雇用できる、まで……給料、出しますから」
「まあ、しゃあ、ないねえ……」
「乗りかかった船、だな……」
店がオープンしたら良い感じに別れるつもりだった三人は、そんな余裕はまったくないことを理解したのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
こうして、潰れる寸前だった【風妖精の食事処】は、奇妙奇天烈なる魔物食を提供するレストランとして再スタートした。
しかし、以降もこの店の経営は順風満帆とはいかなかった。様々な問題、偏見、従業員達の教育の難しさ、多種多様な難事――店を経営する上で、誰しもが経験する様々な困難にぶち当たり続けていった。魔物食という奇天烈さすら、ありとあらゆる料理を提供ししのぎを削る飲食店業界では普通のことだ。
ごくごく当たり前の試練、まっこと商売とは困難の連続だ。
だが、それでもソフィアは奮闘した。
挫折して、ただただ蹲っていた時の彼女とは違った。
喜んでいる客、怒っている客、満足げな客、不満げな客、
そんな皆の表情を、ソフィアは逃げることなく見つめ続けた。どのような問題にぶつかっても、それを正面から見つめる心得を彼女は手にしていた。
そうして、最終的に――
「いらっしゃいませ――――あっ!」
「依頼で近くに寄ったから来た」
「元気そうだね、うまくやれてるかい?」
「はいっ! ご注文をどうぞ!」
銀級【断切りのカルメ】とその相方にとって行きつけの店が一つ増えたのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
都市国メニト支部 冒険者ギルド、執務室にて。
「むう……」
メニトの冒険者ギルドの長、サミナは手元にある書類を睨みながら、小さく唸っていた。熱心に長いこと続けて、ふと我に返ったようにカップの茶を口にして、ぬるくなっていることに顔を顰める。随分長くそうしていたことに気付いた。
そこに、扉のノックが聞こえてきて、彼は応じる。
「どうぞ」
部屋に入ってきたのは、受付を担当しているタジネという女だった。彼女はいつも通り、たっぷりと自分が処理しなければならない仕事を抱えてやってきた。
「ギルド長。こちらの書類に目を……えらく散らかっていますね」
そして、自分の机を見て顔を顰める。
確かに、あまり人様に見せて良い有様ではなかった。サミナはいかんいかんと苦笑しながら、ガサガサと机に散らばった書類をまとめた。
「いや、すまん。彼女の提出した計画書を確認していてね」
彼女、という言葉にタジネはなっとくしたように頷いた。ここのところ、この冒険者ギルド・メニト支部にて、"彼女”という言葉に当たる人物は一名しかいない。
「ああ、【断切り】の……全く、嵐のような御仁でしたね」
「うむ。だが、実力は疑いようがない。腕っぷしに限らず、な」
【断切りのカルメ】、彼女が最初メニトにやってきたのは、あくまでも依頼の途中で立ち寄ったのみで、目的は補給であると彼女自身から聞いていた。
しかし、数日と聞いていた滞在期間は思った以上に延びた。そしてそれだけではなく、本当に様々な活動を行っていた。
どれも目を見張るものであった。その中でも特筆すべきものが彼の手元の書類に書かれていたものだ。
「【新人冒険者の育成計画書】ですか……」
冒険者の育成という観点に置いて、頭を悩ませる問題の一つに、実力は無いくせに自信はある。そんな新人達をどう誘導すれば良いか、というものがある。
まあつまるところ、ちっとも言うことを聞かない阿呆達をどう指導すべきか、という馬鹿馬鹿しいが、悩ましい問題ではあった。
だが、カルメの提案した【新人推奨依頼】はよく練られていた。
知らねば険しく、知れば容易い。そんな魔物達。
その討伐を望む依頼者を繋げ、報酬を付け、自ら足を向けさせる。
本来であれば冒険者ギルドが色々と頭を悩ませる部分を、彼女が一人で全てを済ませてしまった。恐るべき手際の良さである。
こういった作業は、冒険者の本分からは縁が遠い部分ではある。それはつまり、本分から離れたところでも彼女はここまでの仕事ができるということでもある。
「それだけでなく、あちこちで彼女に助けられたという新人達の報告も聞いてる」
「最近騒がせていた賞金首も彼女が討ったのでしょう?」
「【角折れ】だな。それも危なげなく、という話だ」
「ナナという銅級冒険者の実力も侮れなかったとか」
そして、その本分、本領はどうかと問われれば、当然のように見事な結果を出している。まさに文句の付け所のない仕事だった。
「【断切り】は、以前までは積極的に賞金首を狩るような冒険者ではなかったと聞いていた。堅実に、実績を積み重ねるタイプだった」
無論、着実に、確実に仕事をこなせるというのは、それはそれで評価に値するものではある。冒険者の名を冠するにはやや物足りなかろうと、確実に帰還し、結果を持ち帰ることができる相手という信頼は、誰もが持てるものではない。以前までの彼女はそれを有していた。
だが、今の彼女はそれだけではない。
時に冷静に、時に大胆に。
安全と危険、その両方を絶妙なバランスで渡っていく。心境が変わったということか、あるいは更に成長したのか――
「さすが銀級だな。改めてそこらの有象無象とはわけが違う」
どうあれ、賞賛するほかない。
サミナは深々と嘆息すると、タジネはからかうように笑った。
「長も銅級でしたもんねえ。それ以外の能力を買われてトップにいますけど」
「やかましい」
「いやーでも本当、ウチの連中に見習わせたいもんですよ! ほんっとうに!」
愚痴っぽく言うタジネにサミナは苦笑した。彼女は受付で仕事をしている以上、ギルドに所属している冒険者達とのやり取りを任されている。それはもう、様々な頭の痛くなるような言動を見てきたことだろう。
「酒・飯・女しか言わないからな、ウチの冒険者どもは」
「いやもう、本当ですよ!? カルメさん見習えって話ですよ!」
「ふふ、彼女は絶対に言いそうにないものなあ」
「言うわけないですって! あーあー、本当に素敵だったなあ、カルメさん……」
「遠い英雄に焦がれてばかりでも仕方ないがな」
自分達の仕事は、銀からはほど遠い石ころ達の飼育、もとい教育である。たとえどれほどくすんで見えようと、いつかカルメのような目映い輝きを放つ事を願い、そのためのサポートをすることこそが、ギルドの本懐なのだから。
そんなふうにサミナは意気込むが、ふと腹が空腹を訴えるように鳴り、苦笑する。そういえば今日は朝からまだなにも食べてはいなかった。
「その前に、腹ごしらえか……」
「あ、じゃあ一緒に行きません? 最近流行ってるんですって。魔物肉を出す店」
「魔物飯? ゲテモノじゃないだろうな……」
そんなこんなで、冒険者ギルドの一日は今日も過ぎていくのだった。
と、いうわけでございまして、カルメ2外伝完結!
サクっと終わりました!食いしん坊の珍道中書いてて楽しかった!
皆様も楽しめていただけたならば幸いでございます!
4巻は引き続き発売中!よろしくどうぞです!!
ゲーマーズ 様:書き下ろしSS入り4Pブックレット
「おうちでできる!簡単家庭菜園!」
https://gamers.co.jp/pd/10843394/
メロンブックス様
書き下ろし小冊子
「竜呑ウーガのよりみち珍道中」
https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=3265015
BOOK☆WALKER 様
「「珍しい」にご用心」
https://bookwalker.jp/def42ff796-1a7d-40de-be7d-1441bca72cf0/




