【角折れ】
黒暴牛という魔物に対する冒険者達の評価は
――手を出しさえしなければ問題ない魔物。
だった。
と、いうのも、この魔物は通常時は大人しい。多くが受肉している影響か、人類への攻撃に積極性がなく、遠方に人類の姿を確認しても大人しく草をむしっている事もあることだ。
しかし、一度手を出すと、その危険性が跳ね上がる。
その四肢で地面を抉るように蹴りつけ、角を振りかざしながら、その巨体からは想像も付かないような速度で突進を繰り返す。しかも、群れでいた場合は、全員が一斉に突撃を仕掛けてくるのだからタチが悪い。
半端な魔術などはじき飛ばす。幾らか傷を与えることができても、ますますもって凶暴になり、手が付けられなくなる。
故に、安易には手を出さない。それがこの魔物を知る冒険者にとっての常識だ。
だが、最近になってその常識を打ち壊す個体が現れた。
黒暴牛のなかでも明らかに一回り大きな姿をしたその個体は、他の仲間達のように群れる事はせず、単独で行動し、行動範囲も広く他個体のように生息域が定まっていない。
だがなによりも他個体と異なるが、その凶暴性だ。
ヒトを遠目にでも感知した瞬間、一直線にそちらに向かって駆け、暴れ出す。そして暴れ出してしまえば手に負えない。モノもヒトも、原型すら残らない惨状となる。
手を出さずとも荒れ狂う黒い嵐。
しかも、生息域が定かではないため、距離を置くことすら難しい。以前までは(比較的)安全だったはずの都市国間の道が、突然この黒牛の殺戮の舞台に変わってしまうこともある。
その危険度の高さから、都市国メニトは冒険者ギルドに依頼し賞金をつけた。
他個体とは別物とわかりやすくするために、その風貌の特徴――片方の角が半ばで折れているところから【角折れ】と名付け、討伐者を募った……だが、上手くはいかなかった。
賞金首自体に人気がない、というのもあるのだが、そうでなくとも強すぎたのだ。
一切の小細工のない、暴力の化身
ならば罠を仕掛けようとすると、姿を隠す。悪い事に獣の賢さは残っていた。
これといった特徴のない衛星都市国の冒険者では歯が立たなかった。挑んだモノは誰も彼も帰ってはこない。賞金を更に重ねて実力者を募っても変わらない。
しかし猶予はなかった。【角折れ】の発見報告は徐々にメニトに近くなっていた。
こうなれば、冒険者頼みでいるわけにはいかない。騎士団も総出となってこれを討つ、そんな計画が立てられようとしていた、その時だった。
――【角折れ】は私達の獲物だ。
都市国メニトを救う、救世主が現れたのは――。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「しっかし、虹色蜥蜴に続いてまた賞金首か。賞金稼ぎに路線変更かい?」
「今回は特別だ。なにせ――」
「最高に美味しいから、だろ? 食欲で命を賭けれるのはアンタくらいだよ」
「理由はまだある。油断するわけじゃないが、蜥蜴の時と比べると、勝算は高い」
「具体的には?」
「未知だった蜥蜴と比べて、【黒暴牛】の生態は知り尽くしている。【角折れ】固有の情報も、騎士団が熱心に調べてくれていた。それに――」
「それに?」
「今回は、ナナがいる」
「――っは! 嬉しいこと言ってくれるね。相棒」
「いくぞ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『BUMOOOOOOOOOOOOOOO!!!』
【角折れ】が雄叫びを上げる
その巨体に満ちた怒りが空気から伝わり、畏怖が身体を震わせる。近づきたくない、逃げなければならない。そんな本能が逆に身体を硬直させ、動きを封じ、逃げられなくしてしまう。
【角折れ】は、弱者達のそんな哀れな習性を理解していた。
自らの雄叫びを武器として振り回す賢しさがあった。
彼は、
目の前の小さな二つのエモノは動かない。
それを、【角折れ】は自身の雄叫びに怯んだと考えた。それが当然であると。コレまで彼が対峙したエモノで、そうならない者はいなかったから。
【角折れ】は賢い。だがそれでも、知らぬ事を知る事はできない。
「来るよ」
「牽制を頼む」
次の瞬間、【角折れ】は額に熱を感じた。少し遅れて痛みも感じる。
攻撃を受けた、というのを理解した。まだエモノとの間には距離がある。遠距離からの一方的な攻撃を受けたのだ。
だが、それでも【角折れ】は怯まない。彼は知っている。そういう攻撃をしかけてくる者がいると。それは魔術であったり、あるいは投擲攻撃であったりだ。そういった攻撃に対して彼には咎める手段はない。
だが、
『BUGOOOOOOOOOOOO!!』
彼はそのダメージにまるで怯む様子を見せなかった。
その分厚い皮膚の表面を抉った程度だ。それで怯むならば、怯えるならば、角折れには賞金などかからない。尚も怒り狂い、暴れるからこその賞金首だ。
その巨体、そして残された長く歪に伸びた角を振り回し、周囲を薙ぎ払い叩き潰す。小さく弱い者達がどのような抵抗をしようとも無意味だ。ソレだけの力があった。
技術もなにもない、突撃、そして暴走。
いつもの通りの必勝法を彼は行った――――が、
――角に肉を薙いだ感覚がない
角先からの、血肉を叩き付け、弾けさせる感覚がない。
何も無い、空を殴ったような感覚に彼は戸惑った。いつもなら、こうしてエモノの前で暴れ狂えば、数秒も経たずに彼は血を被っていたのに、その血の匂いで酔えていたのに、そうはならない。
その空虚が彼を狂乱から冷めさせる。
暴れた拍子に、額から零れ視界を塞いでいた血が取れる。見てみると、周囲に叩き潰すつもりだったエモノの姿もない。そして、いつの間にか少し離れた場所に一つ、エモノの姿があった。
すばしっこい奴だ。そう思い、気を取り直し、彼は再び突撃の姿勢に入る――だが、そこでふと気付いた。
――もう一つのエモノはどこへいった?
「【魔よ来たれ、刃に宿れ】」
声がした。しかし姿は見えない。
だがもう一人のエモノ――――【断切りカルメ】は確かにいた。
荒れ狂う【角折れ】の死角である、その真上に跳び上がり、刃を構えて――!
『BUMOOOOOOOO!?』
再び、焼けるような痛みが【角折れ】を襲う。
落下と同時に、カルメが振り抜いた刃が、残されたもう一方の角を根元から刈り取ったのだ。大量の血が噴き出し、角折れは身もだえる。狂乱では誤魔化しきれないほどの激痛だった。
『GUOOOOOOOOOOOOO!!』
だが、それでも尚、【角折れ】はその闘争心を萎えさせることはなかった。
敵は殺す。ヒトは殺す。
本来黒暴牛が失った魔物としての本能、人類への圧倒的なまでの殺意、命尽き果てるその瞬間までそれを滾らせるからこそ、【角折れ】は賞金首なのだ。
だが、しかし、
「来い――!」
そんな殺意も敵意も、断切ってきたからこそ、彼女は銀級だ。
「カルメ!!」
後方の相方から放たれた強化の魔術を受け、カルメは再び跳ぶ。
その全身でもって相手を叩き潰さんとする暴牛の狂乱を回避し、飛び跳ねる。その姿はまこと軽やかで、【角折れ】の暴走が、宙を舞う木の葉を追うかのように滑稽に見えるほどだった。
どれほどに【角折れ】が規格外の暴威をふりまこうと、多くの血を失い暴れ続ければ、間もなく勢いは失われる。荒々しい呼吸を繰り返し、その動きが緩み――
「――――!!」
その、僅かな隙を見逃すことなく、カルメは【角折れ】の懐に潜り込む。ふとすればその足で踏み殺される危険に臆することもない。
付与の光纏った【断切り】を構え、それを一気に振り上げた。刃は真っ直ぐに暴牛の首へと奔り、
『BUGA―――――― 』
次の瞬間、都市国メニトを恐怖に貶めていた賞金首の首は、宙を舞った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「おお……!」
「やったぞ!!」
「危なげなし、か……さすがだ」
その二人の戦う様子を遠くから見守っていたメニト騎士団は、長らく自分達を苦しめ悩ませていた賞金首の身体がゆっくりと倒れていく様子に歓声をあげた。
――私達が【角折れ】を倒す。
彼女たちがそう言ってきたときは、大丈夫なのかという疑念の声もあった。実際これまで、あの賞金首を倒そうとした冒険者は無残に殺されるか、目の前にして怖じけ付いて逃げ出すばかりだったからだ。
しかし、そんな冒険者達と彼女らは明らかに違った。小さな都市国では滅多に見かけることはなかったが、【銀級】とはまさに英雄なのだ、とメニトの騎士達は改めて思い知った。
「これが、銀級の【断切り】か……凄まじい……」
「ナナとか言ったか? あっちもかなりの腕だな。魔導銃と魔術支援、か……」
騎士達が浮かれたように思い思い感想を呟く中で、彼等を率いていた隊長は、気を引き締めるように部下達に視線を向けた。
「今回は彼女たちのおかげで助かったが……俺達は鍛え直さねばならんな」
うへえ、という悲鳴が漏れたが、しかし隊長の提案に抗議の声が出てくることはなかった。
「……ですね。流浪の冒険者に救われていては、いざという時に厳しい」
「【太陽の結界】の中にずっといられるわけじゃねえかあ……」
この場の全員、今回の一件であの暴牛に振り回された事で、苦い思いはしたということらしい。騎士というのは都市国の内部の治安を護るための剣だ。しかし、内を護るためには外に出る必要もあるのだと思い知らされた。
「可能であれば、彼女からの指導も受けられないか、冒険者ギルドに相談してみよう」
「ところで隊長」
「なんだ」
「なんかつり上げ始めましたが……血抜き?」
「……」
見れば、息の根を止めた『角折れ』の身体を近くに立っていた木を上手く使い、断たれた首を下方に向けて、魔術などもつかって血が流れるように仕向けていた。
「しかも解体をし始めたんですが」
「魔石を探してるんだろう」
「部位を切り分け始めました」
「…………我々には分からない何かがあるのかも」
「鉄板出し始めましたが」
「――焼き肉だなアレ」
「焼き肉っすね」
「…………」
「…………一緒に食べて良いか聞いていいっすか?」
「…………俺も同行しよう」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
名前:黒暴牛【角折れ】
階級:九級
生息域:衛星都市国メニト東部、平原
注意点:単純に強大であり、白亜では討伐困難。
入手の安定性に欠くため、商品としては常に提供できるものではない。
調理法:見た目の凶悪さに反して恐ろしく肉質が柔らかい。
スープとして煮込むととろとろにほぐれる。
焼きの場合、下手な焼き方をすると肉汁が逃げるので注意。
味:肉汁と旨味の暴力!!
昔務めていた店で出た高級肉にも匹敵するか上回る!
魔物食恐るべし!!
メモ:賞金首の相手なんて!と心配していたけど、いらない心配だった!
「足が速くて痛みやすいモツ部分は騎士達と食べた」←カルメ
そっちも興味があったので、ついて行かなかったのが悔やまれる……!
次回12/6
さて、次ラノ投票期間終了でございます!ご協力していただいた皆様ありがとうございましたー!!
4巻は引き続き発売中!よろしくどうぞです!!
ゲーマーズ 様:書き下ろしSS入り4Pブックレット
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