触腕岩
触腕岩という魔物がいる。
鬱蒼とした深林の奥地、湿地帯や、湖などにも出現することのある魔物だ。
触腕岩には足がない。つまるところ冒険者を追いかけ回したりだとかそういった戦い方はできない。そう言う意味では脅威は低いように思える。
近づけば、触腕で思い切りぶん殴られたりする。結局近づかなければ良い。無害な置物、と嘲る者もいる。だが、熟練の冒険者は触腕岩を見つけると、見逃すということはまずしない。
そこに近づかなければいい、ということは、そこに近づけなくなるということだ。
どこから魔物が現れるかもわからない場所で、死地を更に増やすということだ。
それがどれほど危ういことか……と、熟練冒険者は理解しているのだが、こういった認識は、中々若い者には伝わらない。彼等に触腕岩の危険性の説明をしてもどこ吹く風だ。
彼等の目には、迷宮や、もっと容易く、そして派手に狩れる魔物達に夢中なのだ。
だが前ばかり見るのは、若者達の特権だとベテランの銅級冒険者のサンゴは思う。
だから彼は、そんな若者達が狩り場とするような場所や、迷宮などで触腕岩などの“厄介な”魔物の駆除の依頼などがあれば儲けが少なくとも積極的に受けることにしている。
若者達がおかしな躓き方をして、転んでしまわないように。そして新人がいたら、できる限り自分の知識を伝えるように……もっとも、そういった親切心は大抵疎まれる。
――あのオッサン、動けない魔物ばっか相手にしてつまんねーの。
そんな風に嘲られることもあるが、構わなかった。直接感謝されたいわけではない。これは彼の自己満足なのだから。
だが、今日の依頼は少し話が違った。
「【魔よ来たれ、雷よ】」
『gg―――― 』
「おお……流石だ」
取得困難な雷の魔術を放ち、一帯の触腕岩を一掃するのは、獣人の冒険者だ。その指に嵌まっている指輪は銀級の証だ。
今回、触腕岩の討伐依頼を受けたのはサンゴだけではなかった。若き女冒険者、しかも銀級冒険者となると、中々ただ事ではない。
――カルメだ。よろしく頼む
そこらの若い冒険者達よりもよっぽど礼儀正しい挨拶をした銀級冒険者、【断切りのカルメ】は偉ぶるようなこともせず、黙々と触腕岩の対処を行っていった。
「銀級なのに、協力してくれて感謝する。大した報酬にもならないだろうに……」
結果として、普段よりも遙かに速く、触腕岩の駆除は完了した。感謝を告げると、彼女はなんでもない、というように首を振った。
「構わない。コイツの厄介さは知っている。ボランティアみたいなものだ。貴方もそうだろう?」
「うむ……ここら辺は新人達の狩り場としては手頃でな」
「同僚のためにか。感服する」
久しく聞いていない若者からの賞賛。それも相手が銀級となると、まったく悪い気はしなかった。照れ隠しに頬を掻きながら、サンゴは肩を竦めた。
「銀級に褒められると、報われた気になるよ。若い奴らも見習って欲しいね」
「任せろ。策はある」
「え?」
適当なぼやきのつもりだったが、どうやら本当に考えがあるらしい。彼女は当然といった表情で、淡々と討伐の証にと魔石と、散らなかった触腕岩の一部を刈り取っていく。
「……銀級ってヤツは、本当に凄いんだな」
ただただ実力があるというだけではない。優れた人格をもっているからこそ、英雄と呼ばれるに至るのだ。サンゴはそれを理解した。
そして、そんな銀級になれる可能性を持つ若者達の助けに少しでもなれるなら、自分の仕事にもやはり、意味はあるのだ。
その事を再認識し、サンゴは改めて気合いを入れなおすのだった。
尚、彼女が討伐の証にしては明らかにでっかい麻袋に触腕岩を詰め込んでいるのには気づかなかった。
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衛星都市国メニト、冒険者御用達の酒場、【炎酒の宴場】にて。
「むむむ」
「どう?」
カルメとナナによって案内してもらったその店は、冒険者達御用達の酒場の一つだった。自分達も冒険者をターゲットにする以上、ライバル店の視察は重要だった。
とはいえ、冒険者向けの店ならソフィアも知っているのだけれど……と、そんなことをソフィアは考えながらも店に入り、そして唸った。
「……美味しいですね」
「ソフィアの話を聞く限り、喰い詰めた冒険者の好む店とかしか知らないと思ったから。ここはランク一個上」
カルメの説明に、ソフィアは恥じ入るように少し俯く。
「正直、舐めてました……」
「ま、冒険者が好むのは安いツマミに安い酒、ってアンタが言ってたのも事実だけね? でも、稼いでる冒険者は、割と金があるから舌も肥えてるんだよ?」
そう、美味しい。ソフィアが知るものと比べて調理に雑さを感じない。値段は手頃でボリューミーだ。それに加えて、
「やっぱり、素材を損なわない程度には味付けは強いですね」
「そう?」
「まあ私らは携帯食とかでも慣れてるからねえ。これくらいの塩っ気は」
都市国民向け基準の味付けにすると、基本的に身体を動かし汗をかく肉体労働が主となる冒険者には物足りなくなってしまう。冒険者達がこういった味に舌が慣れてしまっていたのなら、尚のことだろう。
安易に味付けを濃くすれば良い、という話ではないが、心得ておく必要があった。
他にも学ぶべきことも山ほどあって、ソフィアは様々な料理を注文し続けた。流石に食べきれないかもとも思ったが、
「美味い」
その分はカルメがしっかり平らげた。
「健啖家、こういう時は頼もしいですね……」
「ま、コイツは食いしん坊なだけだと思うけどね……」
そうこうしている内に、一通りの食事を終えて、一同は一息ついた。
「…………ふう、おいしかったです。お二人は良くここに通われるのです?」
「いんや? そもそもメニトにあまり立ち寄らないからね。この店もギルドの野郎どもから聞いただけさ」
ナナの説明に、ソフィアは首を傾げる。
「そういえば……今更ですが、お二人はどちらから?」
「大罪都市国グリード」
「あの冒険者の聖地という……流石銀級は、活動範囲も広いのですね」
グリード領とラスト領が隣接しているが、領を超えるというのは結構な距離だ。ずっとこのメニトで生きてきたソフィアには想像も付かなかった。
だが、そう言うとカルメは首を横に振る。
「そうでもない。グリードの外に活動範囲が拡げたのは最近」
「そうなんです?」
「グリードは、冒険者が成り上がるのにひつようなものは全部ある」
安定するにしろ、名を上げて出世するにしろ、グリードにさえいればある程度条件は満たされる極端に 早く成り上がるなんてことを目指さない限り、一生国から出なくても問題ないのだ。
「でも、それならどうして?」
「もっと、多くを見たくなった。それだけだ」
「銀級になってから、ですか……」
銀級というのは、英雄で、つまり成功者だ。ソフィアだってそれは知っている
優れた冒険者がもてはやされるこの時代においてそれだけの成功を抑えめて尚、更に見聞を広げようとするその姿勢は、まぶしかった
「なにか、切っ掛けでもあったのですか?」
「色々だ」
「色々」
ふわっとした回答だった。詳しく知りたいと思っていると、表情に出ていたのかカルメは更に続けた。
「本当に、色々だ。元々、自分はこのままでいいのかという悩みはあった。そこら辺を見つめ直す切っ掛けが、色々とあった」
「ま、本当に色々合ったねえ。厄介な賞金首と遭遇したり、馬鹿な冒険者モドキどもがやらかしたり……」
「面倒極まる恩師に自身を問われたり、後は――」
と、つらつらと話していると、不意に背後で飲んだくれていた冒険者達がにわかに騒ぎ出した。何事だろうと、カルメ達も言葉を途中で止めて、耳を傾けてみると、
「おい、聞いたか? 新人冒険者の話?」
「んだよ、なにかやらかしたのか?」
「ちげーよ、銅級冒険者が毒花怪鳥を討ったんだと!」
「お、マジかよ! あの鬱陶しい奴がやっと消えたか!」
「今時賞金首狩りなんて珍しいなあ? 誰がやったんだ?」
「誰だったか……【人形殺し】とかなんとか――」
そんな風に話ながら冒険者達が盛り上がっていた。すると、それを聞いていたナナはニヤリと笑った。隣のカルメも、何やら嬉しそうだ。
「生きの良い新人達の話を聞いたりとか、ね?」
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さて、そのようにライバル店の視察を終え、再びソフィア達は自分達の店に戻り、再び魔物食の研究に戻った。
魔物食探求の旅――ハッキリ言ってしまうとゲテモノ食の旅と言っても過言ではない……ないのだが、ソフィアは楽しくなってきていた。
自分が食べたことのない食材。
それも、他の多くの料理人達すらも知らない未知の食材達に触れる機会。
これに心躍らないわけがなかった。これは料理人としての性、本能だ。
どんな味がするのか、どんな風に調理できるのか、ワクワクしていた。
「次はこれよ」
「「ギャアアアアアアアアア!?」」
それはそれとして悲鳴もあげていた。
次にカルメが取り出した『食材』の状態を一言で表すならば、【触腕】であった。
巨大な岩の塊、そこにある穴から長い淡い赤色の触腕が伸びている。もちろんしっかりとカルメが仕留めていたので動きはしないが、それらの触腕が若干ピクピクしながらデロンとなってる見た目は最悪が過ぎた。
「【触腕岩】だ。なんでいちいちビックリするの」
「いちいち見た目がアレなのよ! もうちょっとまともなのもってきなよ!?」
「手に入りやすくて見た目が良い魔物なんて、私達以外でも狙う」
魔物を食材呼ばわりはともかく、それはまあ、確かにごもっともだ。
実際、迷宮の外で比較的狩りやすい魔物の中には、携帯食として冒険者達の中で使われているとソフィアも聞いたことがある。
もちろん、冒険者の中にも魔物食に対する忌避感を持つ者もいる。というか、自分をぶち殺して仲間の血肉を啜ってきた相手に対して、良い感情を抱いているわけもないのだが、それはそれとして「食費が安く済むならば」と妥協するのだ。
「易かろう魔物は、携帯食などに加工されるから冒険者も食い飽きている」
「料理に提供するには向かないと?」
「向かないわけじゃない。忌避感も少ないから。でも外食する冒険者が、わざわざ道中で散々食べた干し肉の味を求めるかは分からない」
「ふむ……」
結局、魔物食という方針に向かう以上、色物料理店、とい方針に向かうことは、どう足掻こうと避けられない。物珍しさを武器の一つとして使っていく事になる。
であれば「冒険者もよく知ってるし食べてる食材」を出すのは“弱い”だろう。
確かに、カルメのいうことはいちいちもっともだ。魔物食という未知の探求における道先案内人としてのみならず、店の経営方針においてまで、本当に頼もしかった。
「それに、私もできれば未開拓の食材の料理を食べたい」
「アンタ本当にそれだけじゃないだろうね……」
……実は食欲だけで動いている可能性も否定できないが……頼もしい!!
「で、触腕岩ね……まあ、コイツはまあ確かに攻略法さえ知っていれば簡単だね」
ナナは「うへぇ」と動かなくなった触腕を指でつつきながらも説明した。
「そうなんですか?」
「動き方は単調だし、雷の基礎魔術で一発。雷系は基礎でも覚えるの大変だけど、使える奴がいれば与しやすい」
「逆に、半端に放置すると問題になる。他の魔物と戦ってる最中に、間違ってこいつの射程範囲に足を踏み込むと惨事だ」
「やりがちだよねえ…動かないからほっときゃいいってさ」
「だが、少しばかり旨味のある依頼にすれば、未熟な連中もこいつらを狩るようになる。戦場を整えるのがどれだけ大事か、学べるだろう」
「……で、これはどう食べるの?」
と、食材として確保するに問題ないという事実が判明したので、早速調理を始める事となった。カルメは「まずは」と、触腕岩のもっとも特徴的な部分、でろんと伸びた触腕を指さした。
「外に出てる触腕の先端は毒があるから切り落とす」
「了解です。で、残った部分を食べるのですか?」
注意深く先端を切り落とし尋ねると、カルメはなにやら大変悔しそうな表情で首を横に振った。
「正直ここは煮ても焼いても固くて食えたものじゃない……でも、出汁にはなる」
煮ても焼いても食えないのを調理する、というのも料理人として挑戦してみたい部分ではあるが、ひとまずは先人であるカルメの助言通り、鍋に刻んだ触腕を放り込み、煮込み始める。
「ってか、触腕も食べられないなら、もう食べるとこないんじゃないかい?」
「この甲殻を剥ぐ」
触腕が切り落とされ、残った部分をカルメはナイフで突く。見た目は完全に巨大な岩の塊であり、ソフィアはどうやって甲殻を剝けば良いのかわからなかった。
「剥ぎ方を知っていれば簡単。ナイフ一本で事足りるわ」
そう言いながら、カルメは巨大な触腕岩の底の方にナイフを差し込む。すると一見すると岩の塊のようにしか見えなかった触腕岩の甲殻が、パキンという乾いた音と共に呆気なく開かれた。
「おお、お見事」
「隙間に刃を入れて捻るのがコツ」
「おお……なんか、剝いてみると身は綺麗ね……」
ナナの言うとおり、初見ではグロテスクにしか見えなかった外見に反して、本体の身色は琥珀色で中々に綺麗だった。触腕部も、剥がされた甲殻部と共に綺麗に分離しているのが面白い。
「それで? こっからどうするの?」
問われ、カルメは神妙に頷いて、言った。
「生――」
「止めろぉ!」
「冗談。生食を安全が保障されてないヤツでやるのは、ただの自殺」
「こういう所の理性はあるのよねコイツ……」
「昔、一度やって死にかけたわ」
「訂正、やっぱ理性ないわコイツ」
すったもんだの末、ひとまずはシンプルに焼いて火を通してみることとなった。
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「身が大きすぎて火が通りづらいのも問題ですね……」
「刻んじゃえばいいんじゃない?」
「まるごと焼く事で旨さを逃がさない。これが一番美味しい」
「アンタは食べたいだけでしょ」
「まあ、今回は時間をいくらかけてもいいですから……」
と言うわけで、今回はカルメの最もおすすめする食べ方、甲殻を皿にしてまるごとに火であぶってみることになった。
やはり懸念したとおりというべきか、サイズもサイズだったので中々時間がかかった。とはいえ時間だけなら今は有り余っている。ゆっくりと火が通るのを待っていたのだが……
「……なんっつーか、触腕切り落として剥き身みてると、でっかい貝みたい……」
「猛烈に食欲を誘いますね……」
「…………」
「カルメ、アンタ見過ぎ。目つきヤバい」
火が通り、汁が零れ始めると共に、独特かつ猛烈な食欲を誘う香りに一同は唸る。本当に猛烈だった。幾ら最初の見た目がブキミだろうが、こうなってしまうと気にならない。
そうして、ようやく火が通り、ようやく三人揃ってその身を口にした。結果、
「美味しい」
「うわ、うんま……!」
「身はほろほろとしていて、旨味が凄まじいですね……!」
「出汁も美味しい。パンに合う」
「あ、ズル。私もちょうだいよ」
「これは……もう少し味を整えたら更によくなりますね!」
「天才」
一同大絶賛と相成った。
とはいえ、やはりそのサイズ故に調理法や、あるいは販売法には工夫が必要であり、要検討という事になるのだった。
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名前:触腕岩
階級:十三級
生息域:衛星都市国メニト南部、ルガ深林
注意点:触腕部の先端に毒性がある。
死亡後は毒性が薄まるが、それでも素手で触ると赤く晴れる。注意。
調理法:網焼き、触腕部は刻んでスープの出汁に。
リゾトに使うのもアリか?
味:プリプリの身、コクのある強烈な旨味。
スープは見た目からかけ離れた上品な味。
やや上品すぎて、冒険者向けには少し合わない?
食後のシメに出すにはいいかも!
メモ:深林地帯に生息する魔物なのに、貝類のような味わい。
これも大変美味だった。
ただ、サイズ感が大きく、今のキッチンの調理具ではやや合わない。
幾つか、魔物にあわせて新しくする必要があるかも?
崖っぷちの状況で調理器具を新たに購入するのはメチャクチャ怖い。
でも、これがダメならどっちみち終わりだ。覚悟を決めよう。
次回 11/25
さて、4巻発売も近いので全特典紹介しておくぜ!
ゲーマーズ 様:書き下ろしSS入り4Pブックレット
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「竜呑ウーガのよりみち珍道中」
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書泉様
「【歩ム者】一行の食事事情、あるいは悪食許容量について」
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