敵を知り、己を知ろう
銀級冒険者の彼女はカルメと名乗った。もう一方は銅級冒険者のナナ。
カルメの名前はソフィアはどこかで聞いたことがあった。
銀級のカルメ、【断切りのカルメ】、迷宮探索と魔物退治の冒険者であり、最近他国にも活動範囲を広げているらしい。らしい、というのはここのところ、ソフィアには店のことで手一杯で他のことを気にする余裕などなかったからだ。
ともあれ、そんなソフィアでも知っているほどには彼女は有名人だ。
そんな彼女がなぜ、こんなつぶれかけている店の世迷い言のような依頼を受けたのだろう? と疑問しかなかった。というか、そもそもどれほど冒険者として凄かろうとも、店舗経営をどうこうできるわけがない。
しかも魔物食などと言ってきている。
魔物食の概念自体は知っている別にその行為自体に嫌悪している訳ではないが、あくまでもそれは都市国の外や、迷宮に深く潜り食料が尽きたときの緊急対策という認識だった。
都市国の中、安全な場所であえて口にするものではない。
一度、どこかの店が「珍味! 魔物肉!」とかなんとかと物珍しさで売りに出していたのを口にしたことがあったが、肉の臭味が独特でキツかった。果たして、そんなものを売りに出して大丈夫なのか疑問ではある
……だが、現在のソフィアも選り好みできる状況ではないのは事実である。
だったら、素人であっても一度彼女達の話を聞いてみよう。とまあ、そんな、少しばかり彼女たちを見くびっていた……のだが、
「薄暗い」
「椅子が小さいわね。小人用にしては妙に大きいし」
「机も、綺麗だけどびみょーにお皿並べるには狭いね……」
「メニュー、正直これだとどういう料理なのかピンとこない」
「ちょっと小難しすぎるかもね……」
「味は良いけど量が少ない」
「まあ、私らは冒険者だし、食べる量は多いから……」
「どんな客もボリューム感を求める。腹を減らして店に来るんだ。これは少なすぎ」
「グフッ……!」
割と情け容赦なく的確な指摘を受け、ソフィアは瀕死になった。
「んなへこまなくても……」
一通りの評判の後、地面に倒れ伏して身動き一つ取れなくなったソフィアに、銅級冒険者のナナは優しく声をかけてくれる。銀級のカルメはこっちのメンタルを滅多刺しした上で、「少し確認してくる」とソフィアを捨て置いて店を出ていた。
残ったナナは慰めてくれているが、その優しさが今は逆に苦しかった。
「ふ、ふふ、店そのもののダメだしは、始めてだったものですから……」
自分自身に関しては、店の修行中にいくらでも罵られたりしたものだ。だが、自分の我が子とも言える店のダメ出しは思いのほかダメージが大きかった。
「いや、まあ、あくまで素人の私らが感じたことだからね?」
「それでも、ありがとうございます……ぐふ」
店の客というのは当然ながら、自分がどう思ったかを全部言語化してはくれない。快に思っても、不快に思っても、大抵は無言だ。というか、不満をいちいち店側に訴えるのはクレーマーの類いで、そういう人種の意見は大抵歪んでいて、やっぱり参考にならない。
客と店との意思疎通というのは存外難しい。
前提としてサービスを施す側と受け取る側、立場が違うのだ
つまるところ、店を開いてから今回、ソフィアは始めてストレートな意見をぶつけられたわけだ。そして瀕死のダメージを負っているのは、彼女たちの意見が図星だったからだ。
図星だと、痛いところを突かれたと思うくらいに、自分の店には改善点が多いということを思い知られたのである。
やるべき事は全部やったと思っていた。
それでも客が来ないのは、運不運の領域だと自分を慰められた。
自分の怠慢と驕りが突きつけれたから、ヘコんでいる。
「味で勝負できると思って、驕ってしまったんですかねふふふ……あいた」
「ヘコんでてもどうにもならないでしょ。このままだと路頭に迷うよ?」
やさしく頭を叩かれて、ソフィアはよろよろと立ちあがる。確かに、うなだれてる場合ではなかった。
「え、ええ、そうですとも……! まずは今の改善点を全部……あいだ!?」
「だーかーらー、落ち着きなさいよ、いきなり始めてもしょうがないよ?」
やる気を出したら、先ほどとは真逆のことを言われてまた叩かれて、ソフィアは涙目になった。
「な、なぜです、悠長にしている余裕は……!」
「動きだす前に、敵を確認しないとダメだよ?」
「敵」
「……間違えた。客よ、客」
ナナは「慣れないね」と頭を掻きながら続けた。
「冒険者の素人は特にやりがちだけどね。自分を鍛えたり、装備を新しくすることばっかりに意識が向いて、対峙すべき魔物や迷宮のことをちゃんと見ていない」
結果、打撃の通じない粘魔相手に棍棒を握ったり、狭苦しい洞窟の中で大剣を背負ったりして、酷い目に遭う。典型的な失敗だ。
どんな魔物を倒すのか?
どんな迷宮を攻略するのか?
対峙する相手に正しく目を向けなければ、上手くいかないのは当然だ。
「ま、店の経営とはさすがに勝手も違うだろうけど、でも通じるところもあると思う……多分だけれどね?」
最後、少し自信なさげにナナは言うが、確かにごもっともに思えた。
「でも、敵……じゃなかった、客を確認ってどうすれば……」
「まあ、心配しなくても多分もうすぐ……」
などと話していると、店の扉が開かれた。現在店の前に「準備中」の看板を吊り下げているので(まあ、吊り下げていなくても客は来ないが)客ではないだろう。扉の方を見ると、
「戻った」
食事の後、早々に出て行ったカルメが戻ってきた。なにをしていたのだろうかと思っていると、ナナは何かを察したように尋ねた。
「終わった?」
「偵察はおおよそ。敵の確認も済ませた」
「都市国の中でそんな言葉聞くことになるとはねえ……」
どうやら、ナナが言っていた敵……もとい客の確認を既にカルメは済ませていたらしい。料理屋と冒険者、客以外の接点など全くないように思えたが、それでもソフィアは彼女たちがある種の一流であることをじわじわと感じ始めていた。
「改めて、この店の立地はそこまで悪くはなかった」
そんなソフィアの心中など知らぬ顔で、カルメは自分の偵察の結果を淡々と解説し始めた。
「そ、そうなんです? 借りられた土地を借りただけだったんですが……」
基本的に都市国の土地は限られていて、借りられる土地というものは選択肢が殆どない。ソフィアの借りた土地は、たまたまこの土地を有していた神官が以前あった古い家屋を取り壊した後、余らせた土地を貸出しはじめたタイミングで、滑り込むようにして契約したものだった。
つまり、本当に偶然のたまものである。熟考の結果ではなかった。
「大通りからは離れているけど、周囲に競合店も少ない。西門から外へと進めば、複数の大型迷宮がある。つまり冒険者達はこの通りをよく行き来している」
「じゃあ、なんでこの店、こんな寂れかけて、死にかけて、終わってんのさ」
「ぐふっ(致死)」
ソフィアは再び瀕死になった。
だが確かに、立地が悪い、という店舗経営の最も起こりうる点が問題ではないのなら、なにが原因なのか。
「客層の問題だ。さっきも言ったけど、ここは冒険者が行き来する。なのに出される食事の量は少なくて、割高。どう考えても都市民向けの食事」
「じゃあ量を増やせば良い?」
ナナは至極単純な解決策を提案した。とはいえ考え方としては間違えていない。客層に合わせて料理を変えるのは基本中の基本だ。しかし――
「むう……」
ソフィアは少し苦い顔になった。
「嫌なのかい?」
「……冒険者向けの食事は知っています。でもああいうのは……」
冒険者向けの店が出す食事やツマミというのは、大抵は安価で、腹が膨らむものばかりだ。味は塩気で誤魔化すので酒には合うが、正直あんなのばかり食べていたら身体を壊す。
自分が店を出したなら、絶対あんな商売はしない! と誓ったのだが……
「気持ちは立派だけど、んなこと言ってる場合じゃないんじゃない?」
「ぐっふ……」
三度ソフィアは即死した。
「まあ食材の仕入れ先なんてみんな生産都市国なんだから、ツテでもない限り仕入れ値はあまり変わらないし、同じ値段でってなると誤魔化すしかないわよねえ……」
「……確かに、拘ってる場合じゃないですよね」
よろよろと再起動しながらも、ソフィアは自分に言い聞かせるように言った。そう、もう既に崖っぷちの状況で、そんなことを言ってる場合では――
「いいじゃないか」
だが、意外な言葉をカルメは口にした。
「塩気で味を誤魔化して、腹を膨らませるだけのツマミを安酒で流し込む。健康には良くないし、あまり商売としても上等とは言い難い」
「でも、どうするんだい? そりゃ、栄養バランスが優れてて量もあったら最高だけど、それが出来たら苦労がないでしょ?」
「要は、安価な食材が手に入ればいいわけだ」
「だからそれを――」
と、そこまで説明されて、ソフィアは不意に立ちあがった。天恵が――というよりもカルメがこの店を訪れた時の言葉が――脳裏を過ったのだ。
「だから、魔物食……!?」
ソフィアの言葉にカルメは「良く気付いたわね……!」とキメ顔でそう言った。隣でナナは遠い目になった。
「魔物食は忌避されがち。だけど、だからこそ安価で手に入る可能性に満ちている」
「な、なるほど……!」
「狙いの客層は都市民ではなく冒険者。で、あれば忌避する相手は少ない」
「……ま、食い詰めた冒険者は魔物食に走る奴少なくないしね……ちゃんと処理方法を知らずに腹壊す奴も多いけど」
「そういった無知による事故も忌避感を増やす原因。そもそも食材というのは知識なしで処理すると毒になるモノは多い」
それはソフィアも同意する。同じ食材でも火加減一つ。処理の仕方一つで絶品になることもあれば、嚥下することも難しい物体になることもある。安全と品質が保証される生産都市国で手に入るものであっても、それは変わりない。
「この店で正しい処理の仕方が広まれば、魔物食による事故も減らせる」
「そ、そこまで……! さすが銀級冒険者! 最初魔物食とか言い出したときは頭がおかしいのかと思いましたが……!!」
「気にしないでいい。冒険者というのは誤解されがちだから」
「店の状況とかなにも知らない内に魔物食言い出してたと思うんだけどねえ……」
やんやと盛り上がるカルメとソフィアを遠目に眺めるナナの言葉は、二人に聞こえることはなかった。
次回 11/20更新予定
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