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灰王勅命・達成不可能任務 陽月鎮魂


 恐怖、悲嘆、絶望、あらゆる感情が吹き上がり、噴火するかのようにあふれ出す。それは、シズクが自らの意思で集めていた力だった。1000年に渡り人類が御しきることもできなかったその力を、シズクは尋常ならざる精神力と卓越した才覚によって使いこなしていた。


 それが決壊した。砕けた少女の心がコントロールを失った。


 使いどころを見失った悪性魔力が、彼女自身の恐怖を苗床に形を得る。それは彼女が最も畏れ、嫌悪していたもの。彼女自身の絶望そのものとなった。


〈嗚呼、勇者よ――――〉


 無数の、黒い巨人が吹き上がる。

 シズクを閉じ込める牢獄、“白銀の球体”へと、無数の手を伸ばして、しがみつき、縋り付く。

 瞳が在る場所は虚ろで何もない。代わりに泥のような涙が流れ落ち続ける。


〈――――我らを救ごがががあああ!?〉


 その、黒い巨人の顔面に、餓者髑髏の巨大な拳がたたき込まれる。

 悪感情の巨人は拳によって殴り抜かれ、空間を揺らしながら周囲を巻き込んで倒れ伏す。尚も巨大なる骸骨は止まらず、両の手を合わせた拳でもう一体叩きのめし、圧し潰す。


『カアアアアアカカカッカ!!!!』

「ハッ!!良いな!やっちまえ!!!」


 その餓者髑髏の肩に乗ったウルは、その不気味なる人骨の大笑いに呼応するように強く笑い、憤怒の竜牙槍を構える。顎を開く。現実ではあり得ないほどの魔力が満ち、その力を一切躊躇すること無く巨人達に向けながらウルは叫んだ。


「ロックンロールだクソッタレ!!!」


 【咆吼】が放たれる。灰炎の灼熱は巨人達をなぎ払う。その胴体を切り裂き、腕を焼き切って、頭部を破壊し、尚もその全てを蹂躙する。先ほどまで、シズクに集中していた巨人達は、ようやくウル達へとその視線を向けた。


〈ああああああああああAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!〉


 両腕で頭を抱え、絶叫しながらもこっちに近づいてくる。更に地面から新たなる黒い魔力が溢れて、新たなる巨人達が創り出される。それら全てが悪意を向けてくる。

 シズクに対して向けられていたものとは違う。明らかにこちらを排除し、消し去ろうとする拒絶の刃だった。自分たちを救い出してくれる勇者へ伸ばされた手を勝手に払いのける無法者への殺意だった。


「うるせえっつってんだろ!」


 ウルは怖じけず、咆哮を叩きこむ。巨人達を爆ぜ、焼き払い、追従するように餓者髑髏が叩きのめし、食い荒らす。


〈OOOOOOORRRRRRRRRRAAAAAAAAAAAAAA!!!〉


 だが、それでも尚も溢れかえる黒い渦にウルは顔を顰めた。


「あの女どんだけ溜め込んでたんだよ……!」


 イスラリア中の負の信仰、だけではない。

 恐らく、というか間違いなく、シズク自身の悪感情も混じっている。たった一人の少女から溢れた絶望の感情が、イスラリア中から集めた絶望をも飲み込んで覆い尽くし、それで以ってシズク自身を痛めつけ、彼女自身を殺そうとしている。


 顔を顰めざるを得ない。あまりにも悲惨すぎる。


「限界前に相談しろとまでは言わねえが!せめて泣き叫べってーの――――ロック!!!」


 ウルが叫ぶと同時に、死霊王と死霊の軍勢は動き出す。大量の黒い感情をかき分け容赦なく突き進む。悪感情の黒い渦は呼応するように無数の怪物達を形作る。魔界で見かけた泥の怪物達が蠢きながら、死霊兵達とぶつかり、殺し合う。


〈GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!〉


 尚も先に進むと、阻むように壁のような黒い巨人が出現する。巨大な鉄槌を握りしめ、振り下ろそうとしてくるのを見て、ウルは身構えるが、


「【魔断】」


 ウルが動くよりも速く、黄金の少女が巨人の首を両断した。


「や、ウル」

「ディズ、来れたのか」


 ウルの乗る餓者髑髏の肩にディズは乗り、笑う。彼女の背には幼児の姿をしたアカネも捕まって、やってきていた。


「扉が崩れて中に入れたよ……まあ、受け入れてくれたというのとは違うみたいだけど」

「にーたん!シズクは!?」


 急くようにアカネが尋ねてくるので、ウルは肩をすくめて前を指し示した。暗黒の渦と嵐の中心。見るだけで痛々しくなるほどの凍てついた白銀の球体がそこにあった。


「あれ」

「……酷いな」

「……なんであんななるまでだまっとったん?シズク」


 ディズは痛ましそうに率直な感想を告げ、アカネはウルそっくりな苦々しい顔になりながら、自身の姿を再び赤錆の妖精姿へと変える。


「手伝えよ眷属」

「勿論」


 ディズは即答し、一度目を瞑ると、次の瞬間彼女の姿は黄金の鎧を身に纏った何時もの勇者の姿へと変わった。アカネも自らの形を転じて、そのままディズの剣と化した。

 ディズは、外と変わらぬ颯爽とした笑みを浮かべ、言った。


「実は私、神様やるより、女の子助け出す方が得意なんだ」

「「しってる」」


 ウルとアカネは同時にそう言った。



              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



『カカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!』


 死霊の軍勢は行進する。骨を鳴らし、高らかに笑いながら剣を振り、悪感情を引き裂いていく。襲い来る怪物達にどれだけ打ち砕かれて、破壊されようとも立ち上がり、行進を再開する不屈兵士達。


『カアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


 その中心に立つ餓者髑髏が大口を開き、咆吼を放つ。光の渦が巨人達を次々と焼き払い、貫いていく。焼き裂かれた巨人達は、しかしその分かたれた身体の形を更に変える。巨大なる黒い鳥に形を変えて、餓者髑髏の肩にのるウル達へと襲いかかる。


「【魔断】」


 だがその怪鳥の首をディズが緋色の剣で切り裂く。魂の世界であっても尚、彼女の剣の冴えは変わらなかった。神となったときよりも剣の冴えは鋭さを増していた。


「行け!!!」


 ウルもまた、竜牙槍を放ち、焼き払い、道を空ける。その先を餓者髑髏は突き進む。進むほどに、悪い巨人達は数を増して、牙をむいてくる。


 当然だ。中心はシズクなのだから、彼女へと近づくほどに、この黒い魔力はその密度を増す。

 彼女自身の内側から溢れた傷口(トラウマ)が溢れかえり、それが形を得る。

 その気配が上空一杯に広がるのを感じ取り、ウルは眉を顰め上を見上げた。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

「大罪竜……!!」


 竜達が、空から下を見下ろし、その大口を開いていく。

 だがここが魂と思念の世界である限り、ロックと同じくあれらも本物に違いなかった。あるいは月神の力の断片が漏れ始めているのか。どのみち直撃してはただではすむまい。ウルは舌打ちしながら槍を構えた。


「――――――!!!」


 だが、ウルが動くよりも早く、何処かから現れた“白いもや”が集い、その咆吼からウル達を護るための盾のようにして立ち塞がった。


「アレは……?」

「マミか!」


 竜達の咆吼が白いもやに直撃し、弾かれる。光の奔流が周囲を焼き焦がす中、白いもやの一つがこちらを見て、頷いたように見えた。ウルは応じるように頷くとそのまま前を見る。


「――――マズいな」


 ディズはウルの背中を護るようにして剣を構えた。

 気がつけば後ろからも“黒い渦”が嵐のように、此方へと向かい押し寄せようとしていた。今なお、月神(シズルナリカ)として方舟中から集まった悪感情が、外から押し寄せてきていた。


「きもいのいーっぱいきてる!」

「ウル!行ってきて!」


 アカネとディズの声に頷き、ウルは餓者髑髏に掌で触れた。


「ロック!!」


 その瞬間、餓者髑髏の身体の一部が光り輝き、新たに形を成した。懐かしい、竜呑ウーガで彼と共に乗り回した二輪車へと姿を変えると、ウルは躊躇せずにそれにまたがった。


「ぶっ飛ばせ!!!」


 声に応じて、車輪が回る。一気に前へと直進する。その道を作るように餓者髑髏が腕を伸ばして前へ前へ、シズクの元へと届けるように伸ばす。その上を骸骨の車はひた走る。


〈AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!〉


 目指すべき真正面からも嵐のような、悲鳴のような風の音と共に刃が迫ってくる。車体が飛び跳ね、激しく揺れながら回避を繰り返すが、嵐は止まらない。


「なんだ!?」


 だがそこにまた別の何かが割って入ってきた。

 それはまるで盾のようになりながらウルとロックの身体を守ろうと動く。その影が“黒い烏”となり、ウル達に併走して飛び始め、それが何か理解した。


「まさか、クウか!」


 あまりにも想定外の救助にウルは驚き、そして笑ってしまった。確かにあの黒炎砂漠にて邪教徒をシズクが討ったという話は聞いていた。後のことを思えばそれが共謀であったのは間違いなかったが、どうやら、こうして魂の内で彼女を護ろうと動く程度には、僅かな時間で心を交わしていたらしい。


「随分と好かれてるじゃねえか、なあ!!!」


 痛々しく、自虐的な彼女の回想を思い出して、ウルはシズクへと語りかける。

 例えそれが嘘偽りであったとしても、あるいは傷ついた過去によって突き動かされた衝動だったとしても、誰かのためにと手を差し伸べたのは彼女自身の善性だ。誰にもそれは否定出来ない。例え自分自身であったとしても。


 全く本当に、言ってやらねばならないことは山ほどある!!!だが、その前に!!!


「まずは!面を見せろ!!!」


 眼下まで迫った白銀の牢獄へとウルは叫ぶ。同時に車体が跳ね上がり、空を駆ける。


 飛び上がった車体の上にウルは片足を乗せて、掌を掲げた。


「【骨芯変化ァ!】」


 二輪の車体が変貌する。形を更に変え、刃となってウルの手に握られる。人骨で出来た、おどろおどろしい奇っ怪なる大剣、しかしこの場においてはあらゆる聖剣魔剣よりも力強い、たった一人の少女を助け出すために創り出された終焉の剣だ。


「【死王骨剣・終牙】」


 その剣を握りしめ、渦巻く黒い渦を睨み付けると、一気にそれを振り下ろした。


「切り裂けぇえええええええええ!!!」


 悪感情の結晶が断末魔のような音と共に引き裂かれ、白銀の牢獄に巨大な亀裂が一気に走った。そしてその亀裂へと、後から続いた餓者髑髏が手をかけ、こじ開ける。


 開けた牢獄の中からは、凄まじい血と死臭がした。


 一歩でも足を踏み込むことすら拒むような気配にウルは顔をしかめ、しかし躊躇すること無く中へと飛び降りた。足を取られそうになるくらいの血と泥の中を突き進み、そして――――


「よお、引きこもり」

「…………!」


 ――――最奥に、幼い子供のように縮みこまったシズクを見つけた。



              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 幾度も涙を流し、憔悴しきった表情のシズクはウルを見て、首を横に振って、顔を伏せた。


「嫌い……!」

「嫌いでいいからまずは出るぞ。引き籠もるにしてもこんな地獄みたいな空間にいるんじゃねえ」


 陰惨で、じめじめとして、息を吸うだけで肺が焼けるような感覚があった。なんてとこで引き籠もってるんだとウルは頭が痛くなった。

 心を閉じてしまった相手を、無理強いで連れ出すのも良くないとは分かっている。

 が、休ませるにしてもこんな場所に居させ続けるのは不味すぎる。と、ウルは手を差し伸べた。


「あ?」


 その瞬間、黒い棘がウルの手に突き刺さった。

 茨のような黒い棘は、彼女の身体から伸びてきていた。足下の血と泥から伸びたその茨が、シズクに纏わり付いて、食い込みその棘がウルまで伸びてきていたのだ。

 その強烈な痛みに顔をしかめていると、更に声が聞こえてくる。


〈勇者よ〉〈世界を救って〉〈お願い〉〈助けて〉〈ダメなのか、もう間に合わないのか……!〉〈なんだっでこんな事しなきゃ行けないんだ!!!〉〈勇者、勇者、勇者あああ……!!!〉〈苦しい、ぐるじい!苦しい!!!〉〈神様……!!!〉


 外でも聞こえてきた無数の声だ。

 それはかつて彼女にむごい仕打ちをして、後悔して、その命を捧げた者達の悲鳴だった。それらが魂の残滓となって、必死に彼女に縋り付いて、しがみついて、彼女自身を縛り付けて傷つけているのだ。


「――――言っただろうが。泣いてる女に縋んな。一緒に潰れるだけだろうが」


 ウルは呆れたようにそう言うと、そのままシズクの身体に触れ、


()()()()()()

「あ……」


 その黒い棘を引き抜いて、それごとシズクの身体を背負った。

 当然、ウルの身体にも茨が突き刺さる。背中や腕、足に食い込んだ黒い棘の痛みは尋常では無かった。思わず喉から悲鳴がこぼれた。


「あ゛~~いってえ、いってえ。こんなもん一人で抱えるとか本当のバカだろ」


 血をボタボタと流しながらも先に進む。ただ一歩進むだけでも苦労があった。シズクが今日まで背負ってきたもの全てが地獄のような重みと痛みとなっていた。

 それでも構うことなく、ウルは前へと進む。


「死んで、しまい、ます」


 シズクがようやく口を開く。

 そうかもしれない、とは思った。彼女のように、最初からこの痛みに耐えるようにとデザインされて生まれてきたわけではない。こんなものにいたぶられ続けたら、彼女よりも早くに自分は潰れてしまうだろう。


「俺だけで背負う気ねえよ、そもそも出来ないからな。色んな奴らに手伝ってもらうさ」


 だから当然、ウルは全てを自分だけで背負い込むつもりはない。そのまま一歩一歩進んでいく。少しずつ、自分が切り開いた亀裂の光が近くなってきた。


「私、皆、殺したんです」

「違うっつの。あんなのがお前の過失になったらこの世の終わりだよ」


 まあだから世界が今、末世なんだがな。

 と、ウルは外の状況を思い出してため息をつく。本当に困ったものだった。


「貴方たちも、裏切ったんです!」

「だからなんだよ。気にするヤツはウチにいねーよ」


 何せ傷持ちのバカとアホしかいないからな。

 と、自分に付き合ってくれた仲間達の顔を思い出してウルは苦笑した。全く本当に自分を含めてバカとアホしかいない。だからこそなんとかここまでたどり着くことが出来た訳で、それを含めて全く度しがたい話ではあった。


「貴方が、嫌いです!!」

「そうかい、俺は好きだよ、お前の事」


 死ぬほど面倒くさい所とかな。

 と、ウルが答えると、シズクは硬直し、目を見開いた。


「だから、自分で自分を傷つけるのは止めてくれ。悲しくなる」


 大事なヒトが傷つくのを見るのは、本当に辛いから。

 シズクは沈黙した。顔を伏せた。ウルの肩にかかった手が強くなる。当然彼女の身体に突き刺さった茨もより強くウルに食い込むが、気にしなかった。


「――――ごめんなさい」


 ぽつりと、小さく彼女が声を漏らした。堰が切れたように、彼女の瞳から更に涙がこぼれ続け、ウルの首を濡らした。


「ごめんなさい」

「ああ」

「ごめんなさい……!!ごめん……なさい……!!」

「良いさ」


 血と涙の入り交じった彼女の嗚咽にウルは応じながらも、更に進む。足のぬかるみに転げそうになると、白い骨が不意に自分の体を支えてくれた。世話焼きめ、と笑いながら更に前へと進む。


「やあ」

「にーたん」


 亀裂の前にたどり着くと、金色の少女と、緋色の妹が待っていた。ウルは手を伸ばそうとして、その掌まで黒い茨が食い込んでいることに気づき、一瞬躊躇しそうになった。だが、


「手伝ってもらうんでしょ?」

「ひとのこといえんで?」


 そう言って、ディズとアカネは躊躇わず、ウルの手を取って引っ張り上げる。

 ウルはもう片方の手で彼女の身体をしっかりと支えて――


「助かる」

「良いよ」

「ええってことよ」


 ――自らを傷つけ殺す怨嗟の牢獄から、少女を救い出した。


 【終焉災害/黄金の聖者 及び 終焉災害/白銀の虚 救済達成】


 【陽月鎮魂】


 【達成不可能任務・灰王勅命 第三戦 及び 第四戦 突破】

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― 新着の感想 ―
コイツら最高かよ
>たった一人の少女を助け出すために創り出された終焉の剣 この表現が良すぎて言葉が出ない
[良い点] ウルもロックもカッコよすぎ
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