陽月騒乱⑥ 神竜死闘
太陽が燃ゆる。
「【救世執行/神賢降臨】」
神陽の化身と至った太陽神の背に炎が宿り、それが揺らぎ形をなす。歴代の天賢が創り出した大いなる神の力、それとは似て非なる焰の巨人だった。
「【神祈・陽霊楽園】」
そして巨神が掌で輪を作り出すと、その輪の中から焰を纏った“天使”達が一斉に飛び出す。一体一体が神の有するモノと同じ、破邪の焰を纏い、自在に飛び回る。それらは全て一斉に、空間を駆ける灰の炎を狙う。
灰の王は狙われている事を承知でひた走る。天使はまるで砲弾の如くその身を叩き付けてくる。直撃した部分は灼熱に焼け消える。一切の情け容赦ない特攻だった。
それに空から追われながら灰の王は駆け、跳び、そして一気に飛び込む。
月の銀竜の領域へと。
『【AAAAAAAA】』
月が凍る。
銀の竜が鳴く。あのような姿となって、最早元の形すらも全てを失って尚、その声だけは美しい彼女のものと同じだった。
そしてその鈴の声は、浄化の炎すらも阻む氷河期の音色だった。
光を阻み、一切を拒絶する死の冬が満ちて、陽霊達すらも凍り付かせ、砕いていく。無論、灰の王も例外では無く、その全ての冷気を灰王へと集中する。
それを凌ぐためにも、灰色の焰は更に強く煌煌と力を放つが、凌ぎきることは困難だ。生きとし生ける全てを終わらせる氷河が、その小さな焰に降り墜ちる。
「【神罰覿面・天照百拳】」
だが、その冬も、太陽そのものには届かない。
死と終わりの冬を打ち破る天陽の拳が無数にたたき込まれる。拳のいくつかは手前で凍り付いて崩れ去っていくが、それでは到底収まらない。膨大な数の拳がまるで隕石の如く降り注ぎ、銀竜を叩きのめす。
『【AA、A、AAAA】』
殴られ、焼かれ、尚も情け容赦なく叩きのめされながらも、銀竜は決して慌てることは無かった。既に銀竜の背後で創り出された“死の瞳”が天陽の巨人を捉えている。
「【――――――】」
瞳が瞬く、同時に巨人と太陽神がまとめて凍り付く。
同時に銀竜はその大口を開き、膨大な魔力をそこに凝縮する。イスラリア中から畏れを集め収束した悪感情。その邪悪なる力を凝縮し、そのイスラリア人達の信仰の源を砕くために使う。
『【O】』
白銀の咆吼が放たれた。作られた巨人は砕かれ、そして太陽神をも飲み込まれた。一瞬で破滅の光に飲み込まれ、それでも尚銀竜は力を放ち続ける。
その咆吼は最深層の壁を貫き、地下を掘り進み、プラウディアの地上を貫いて空へと消えた。
「――――……」
咆吼が途切れる。巨人が消えて尚、太陽神の姿はそこにある。形は残っていた。
だが身じろぎはしない。凍り付き、砕け散り、今にも崩れて消え去りそうな有様だ。
『AAAAAA!!!』
だからとて、白銀の竜はそこで躊躇うような真似はしない。その長い尾を振り回し、彼女の身体をたたき付ける。壁に叩き付けられた衝撃で太陽神の身体は砕け散り、血肉がはじけ飛び、バベルの壁を穢した。
呆気なく、太陽の化身であったものの痕跡は消えて失せた――――だが、煮えたぎるようなその気配は今なおこの空間に満ちている。同時に、砕け、散らばった太陽神の肉体が解けて消える。
「【救世執行/緋終剣獣】」
【天衣】による偽装、銀竜のその気づきよりも、太陽神の動き出しが早かった。
先に暴れ回った【緋終】の激昂の状態、獣の姿をしたソレが神剣の力を纏う。凶暴なる獣の如く、神をも引き裂き、殺す緋色の剣を爪のように伸ばし雄叫びを猛進した。
「OOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
『A゛A゛AA゛A!!?』
穿ち、切り裂き、叩きのめす。破壊する。美しい竜の身体が切り裂かれて血が噴き出して周囲を穢した。尚も緋色の獣は動きを止めず、竜の首を刈り取ろうと飛び上がった。
『A』
「ッ!!」
対して、白銀竜は自身をも囮にディズを引きつけ、その尾で黄金の勇者を掴み、捕らえた。同時に、再び魔眼が魔力を収束し、再起動を始める。ソレに合わせ、そのまま銀竜は大口を開き、咆吼の力を収束する。
『【AAAAAAAAA!!!】』
銀竜の咆吼、背後には魔眼、双方の力で太陽神を挟み込む
なんとしても、目の前の存在を滅する。
白銀の美しい瞳には禍々しい殺意に満ち満ちていた。
「オ、オオオオオオオオオオオオ!!」
一方で、太陽神もまた、捕らえられた状態で力を満たす。密着した状態で浄化の焰と緋終の力が触れた銀竜の身体を急激に朽ち、破壊していく。美しい銀竜の身体を引きちぎり、切り裂きながら、魔眼と銀竜の咆吼を打ち砕かんと激しく燃えさかる。
世界を砕くほどの力が、満ち満ちて――――
『【終断】』
――――その全てを一刀両断する灰の刃が奔った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
灰王の剣は冷静に見定めていた。
言うまでもなく、自分の力は二つの神とは比べるべくもない出力だ。周囲の空間を支配する竜化現象を神々は意図せずに引き起こしている。ただ存在するだけで空間を塗り替え、破邪の炎と死の氷がぶつかり合って、拮抗している。
その力の渦に割って入るなんてこと、論ずるまでもなく不可能だ。それこそが道理だ。
それを覆すなど、真っ当では到底ない。
故にこそ彼女は【剣】という終焉へと至った。
『【剣化・灰烙】』
灰の炎が巻き起こる。
二つの神と比べるべくもない力。
しかし、彼女がそれを振るうとその有り様は変わる。
その剣は双方の神が力を解き放つその瞬間を狙い撃ち、切り裂いた。
『【AAッ!?】』
「【っぐ!!】」
刃は銀竜の肉を断ち、太陽神の腕を抉った。双方の力は不完全に弾け、周辺を破壊し尽くし、双神を弾き飛ばす。唯一無事だったのは距離の空いた魔眼からの瞬きだ。そして瞳は、突如として出現した邪魔者を即座に捕らえ、力を放った。
『【終断】』
その視線を、絶対零度の瞳を、終焉の剣は当然の如く切り裂いた。
極所で発生する氷河期を切り裂いて灰の剣は突き進む。そのまま逃れる隙も無く魔眼の前に辿り着き、刃が迸る。肉が断ち切られ、抉れる音は魔眼の断末魔だ。
血の雨が降り注ぎ、最深層を濡らす。
その血の雨の中を灰の剣は翻り、そして灰王の前に立つ。
「任せる」
『任されました』
短いやり取りと共に、灰の王は黄金の指輪をかかげ、その間、灰の剣は刃を構えた。
同時に二神は明確に警戒を露わにする。彼はどのような窮地であろうと、何か仕出かすと、良く理解しているらしい。
「――――――」
『――――――』
二神の身体に、灰の剣が与えた傷は既にない。
どれほどに彼女の刃が鋭くとも、無尽蔵の魔力による再生は全てを無為に還してしまう。断つという概念が不死性との相性が悪いと言うことは、灰王との戦いでつくづく思い知っている。
『手前勝手に突き放しておいて、みっともないですね』
さりとて、ここで退く理由にはなりはしない。
『嗤ってあげますから、さっさと縋りつきなさいな――――私の主に』
その挑発を口にした瞬間、二神の狙いは相対する神でも無く、彼女の背で指輪を掲げる灰の王でもなく、灰の剣一人に集中した。終焉を招く濃密な魔力が、殺意が、たった一人の少女へと向けられる。
『――――――』
灰の剣は一度だけ大きく息を吸って、吐く。
緊張感がないわけではない。恐怖を覚えないわけではない。
超越的な技量を有するといっても、彼女は別に感性までヒトから逸脱しているわけではない。まして、相対するは自分よりも遙かに隔絶した生命体。それも一応、友人ときたものだ。
不愉快で、腹が立つ。悲しいし――――怖い。
感情が渦巻いて、煮えたぎる。
それらを全て一息で吐き出して、目を閉じ、開く。たったそれだけの行程で、彼女は完成する。
『来い』
次の瞬間、神陽と神月の灼熱と零度が同時に放たれた。それを――――
「【終断】」
――――斬る。
斬り裂いて、斬り裂いて、更に斬り裂く。新生の焰を、死終の零度を、斬る。
力の規模も範囲も何もかも、圧倒的に神々の側に軍配が上がる。全ての終焉そのものを斬り裂き続ける。その力は灰の剣に届く前に微塵に砕けて散っていく。
だが、神々の攻撃は終わらない。
祈りと呪い、二つの力を糧に攻撃は更に威力を増していく。
制限はない。加減する道理も必要性もない。世界がめくれあがるかのような破壊が途切れない。
『――――――――――――!!」
灰の剣の絶技でもってしても、その力は否応なく彼女を喰らう。
身体を焼き、凍てつかせ、命へと食らいつく。痛みに魂が悲鳴をあげる。どれほど律しようとも本能が、絶望的な破壊の渦に逃げだそうと藻掻いている。踏みしめる地面すらも、融解し、凍り付き、砕けて再生を繰り返す。その場に存在していること自体が奇跡のような有様だ。
それでも尚、彼女の剣は一点の曇りも無く――――
『―――――――――――――――――――――――ッカハ!!』
――――ついに限界を迎え、忘れていた呼吸と同時に灰の剣が膝をつくのと、神の攻撃が途切れたのは殆ど同時だった。無論、灰の剣が本当に限界を迎えたのに対して、相対する神々のそれは単なる攻撃の切れ目でしかない。一呼吸をいれれば、再び先と同じ攻撃がとんでくる。
それに対して、即座に応じれるだけの力は無い。息継ぎをせずとも生きていける神とは違うのだ。
だが、それでもだ。
『時間は、稼ぎ、ましたよ、ウル』
彼女は自らの仕事を成し遂げた。
「助かったよ、ユーリ」
“ソレ”は灰の剣が守り切った背後で、着々と形を成していた。焼き焦げ、凍り付いた地面を下敷きにして、自在に動く装甲が次々と組み上がって、一つの“建造物”が構築していた。
奇妙な代物だった。兵器のようには到底見えない。彼の周囲に組み上がるそれは、上空で此方を見つめる神々へと向けられた射出口のようにも見えた。あるいはもっと単純な――――
〈――――【道】構築完了〉
「来いよ。決着付けようぜ」
その上に立ち、灰の王は悠然と挑発した。
「アハハハ」
それに、黄金の太陽神は炎の如く狂喜し、その存在感をより滾らせ、
『AA――』
白銀の竜は、凍てついた目でそれを見定め、そして霧のようにその場から姿を消した。




