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死霊の軍勢戦④


 いかにして餓者髑髏を討つか?


 重要になったのは戦闘中に餓者髑髏が見せた“特性”だった。

 無数の死霊兵が身体となって、同時に変幻自在の盾としても機能する巨体。更に状況に応じて身体を散らばらせて、兵としても操る。更に、鎧となる器を削っても、地下の迷宮から悪霊樹を捕食し、代用とする。

 消耗戦に持ち込むこともできない。むしろ時間をかけるだけ、地下迷宮から更に魔物を吸収し肥大化する可能性が高い。しかし短期決戦を望もうにも、それだけの火力をウル達は用意できない。

 ではどうすれば良いか?光明はウルの発見であった。


「ディズが死霊術師のなれの果てだっていう赤黒い魔石のようなものが引き起こす【脈動】……死霊兵に魔力を供給しているさなか、餓者髑髏は“動かなかった”」


 シズクが死霊騎士と交渉を続ける最中、ウルは餓者髑髏を警戒していた。死霊騎士とシズクは交渉していたが、言うまでも無く餓者髑髏にはそんなこと関係ない。いつあの巨大なこぶしがふり下ろされるかとヒヤヒヤしていた。


 だが、餓者髑髏は攻撃を仕掛けてこなかった。


 中心、赤黒い魔石を脈動させ、魔力を死霊兵たちに送りつづける間、餓者髑髏は不動だった。悪霊樹で足を代用し、自由に動き回れるはずなのに。

 そこから仮説は立った。

 餓者髑髏はあの脈動時は身動きできないのではないか、という推測が。


「“脈動”は定期的に発生していた」


 餓者髑髏はあれ自体が一つの生物ではない。死霊兵が集い、それらをヒトガタに固めて巨人のように動いている。動かせば、魔力を消費する。あの核は莫大な魔力を保有しているが、補充という動作が省略されるわけではない。

 おそらく、定期的に発生していた脈動は、自らの身体を構成する“器”に“魔力補充”するための時間だ。それが隙である。


「まずは、餓者髑髏を、振り回して、消耗させる!!」

「そ、そ、そ、その前に!死なない?!私達ぃ!!」


 ウルの作戦に、ラーウラは悲鳴を上げながら走り続けていた。現在、ウル達は餓者髑髏の攻撃を誘発させつつ、逃げ回っている。崩れ去った城壁の屋外通路を駆け回りつづける。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 両拳が砦を破壊し続ける。一瞬でも足を止めれば、自分の身体を粉々に粉砕してしまう一撃を回避し続けるのは神経を削られた。


「本当にこうやって動き回らせれば脈動起こるんですか?!!」

「多分」

「多分って言った?!」

『GAGAGGAGAGAAAAAAAAAAA!!!』


 餓者髑髏からひたすら逃げ回っていた時も、あの脈動は幾度か発生させていた。あの巨体の燃費は決してよくはないらしい。

 一撃でも喰らえば終わる、が、幸いなことに、敵の動作よりもウル達の方が動きは速い。回避に集中すれば避け続けることは可能だ。脈動は遠からず起こるだろう。

 だから、問題になるのは


『キエェエエエエエエエエエエエエエ!!!!』

「あ、爺が来た」


 現在、ウルの背後から奇声をあげながら近づいてくる死霊騎士である。


『おら小僧!!上段からの振り下ろしで脳天割じゃ!!避けるかその盾で防げよ!!』


 言うや否や、一気に接近され、剣撃が叩き込まれる。通常であれば、回避も防御も不可能な程の一撃だ。しかし事前に告げられた場所へと盾を構えることは出来る。

 猛烈な痛みと衝撃をなんとか我慢すれば、耐えられる。


「……ぐっ!!」

『カッ!つ、ぎ、右腹!首、目!』


 順に護る。どれだけ死霊騎士が加減しようと努力していても、ウルからすればどれも致死の一撃だ。防ぐたび寒気がした。


「ウ、ウルくん!蘇死体が来ます!!」

「爺!蹴り落とす!避けるなよ!!」

『防がれるなよ小僧!!』


 ウルは横薙ぎに蹴りを振るい、死霊騎士の腰へ叩きつける。どれだけ尋常でない技量の戦士であっても、重量自体は骨の騎士だ。軽い。そして、城壁の下に落とせば、翼も持たない死霊騎士は戻ってくるまでに時間がかかる。


『ぬおおおおおおおおおおおおお!!?』


 たたき落とす。身軽さを生かした跳躍ですぐに戻ってきてしまうが、時間は稼げる。そしてその間に別の敵を凌ぐ。


「き、きまし、た!!」

『GUGAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』

「【火球】!」


 魔道書の炎を撃ち出し、迫る蘇死体を焼き払い、その隙を見て殴りつける。 魔力切れもそろそろ近い。魔道書も使えなくなる。敵は途切れない。それでも、と、もつれる足を振り回し、ラーウラを先導し、ひたすらに走る。目に汗が入り痛い。だが、まだ、まだ、まだ―――


『ガ――――』


 ドクン、と、赤黒い脈動が砦に奔った。


「来た!!用意してくれ!!」

「【魔よ来たれ、氷霊を宿せ、形を成し―――】」


 ウルの指示でラーウラは魔術の詠唱を開始する。冒険者の魔術師なら多くが習得している攻撃魔術である【氷刺(アイスニードル)】、氷で出来た刃を飛ばす魔術。


「【―――それを“重ねよ”!!】」


 その魔術を少し変化させる。

 本来備わった刃の射出能力をカットする。代わりに、氷棘自体を大きく強化する。2メートルはあろうほどの大槍に、それを変貌させる。


「できました……けど!」


 ごどん、と巨大な氷刺は地面に落ちた。飛ばす事は出来ない。もしこれを射出するなら更に別の魔術を必要とするが、このサイズではコントロールするのも難しい。

 だが、これでいい。ウルはそれを引っ掴んだ。


「よし……」


 ウルは荒れた息を整え、そして備えていた【強靭薬】を口に放り、かみ砕いた。


「……にっげえ」


 効果は肉体への一時的な魔術付与、強化術と同様の効果である。代わりに値段の割(銅貨20枚)に効果時間は短く、何よりも、苦い。

 ウルは顔を顰めながら、氷刺を“鷹脚”で引っ掴む。巨大な氷の塊はウルによって動かされ、そして餓者髑髏を睨む。


『GA――――』


 やはり、動かない。赤黒い脈動によって魔力を補給している間は動かない。動けないのだ。それがどれだけの隙になろうとも、そうするしかない。その隙を埋めるように死霊騎士は襲いかかってくるのだが、今は


『ぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……』

「よし、遠いな」


 まだ遠い。死霊兵もいない。少なくとも今周囲にはいない。

 つまり好機だ。


「シズク、聞こえるか。いけるか」

《問題ありません》

「よし、先にいく」


 ウルは氷刺を握りしめ、地面を蹴り、駆け出した。底上げされた肉体の力を氷刺を掴んだ腕に集中する。速度を上げ、肩を回し、腕をしならせ、全身の力が一か所に集中するタイミングで、放った。


「穿て!!!」


 “鷹脚”から放たれた瞬間、風が引き裂く音と共に氷刺が飛んでいく。それは通常の魔術で放たれるそれより遥かに早く、目で追う事すらままならず―――


『――――GA!!!!??』


 餓者髑髏の胴体に着弾した。無数の死霊兵で創られた身体に叩き込まれた氷刺は、ぶつかっても尚、その形が砕けることもなく、抉り、貫き、突き進んだ。そして、


『GGAGAAKA……!!?』


 核の右隣付近で、無数の死霊兵の盾に阻まれ、止まった。


「外した……」

「で、でも、届きました!!」


 そうだ。届いた。敵の急所まで届いた。あれではまだ、直撃してもダメージにはならないかもしれないが、届いたのが重要だ。竜牙槍の咆吼なしに、この攻撃は敵の急所を破壊できる。


「もう一回だ!」

「既に氷刺、作ってます!!」


 竜牙槍と比べ、充填時間が圧倒的に短いのも都合が良かった。餓者髑髏が失われた肉体を地下迷宮から補充するよりも早く、攻撃が出来るのだ。


「もういっぱあつ!!!」


 2射目、ウルの全身全霊の力と共に、もう一発氷の槍が放たれる。


「っ!!」

『GAAA!!!』


 だが、今度は狙いが荒かった。

 氷の弾丸は餓者髑髏の核から狙いがズレる。このまま跳んでいっても、決して核にまで届くことは無いと、ウルは氷の大槍を手放した瞬間実感した。


『GAGAGAGAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 だが、餓者髑髏にはそれが“わからない”。

 瞳もなく、魔力感知でのみ知覚している餓者髑髏にとって、狙いが正確かどうかを確認する手段はない。向こうにとって、先ほどの攻撃も、今の攻撃も変わらず、「魔道核に届き得るほどの巨大な質量の魔術」だ。

 当然、身を守らなければならない。全力でもって防がねばならない。


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 脈動から再起動をはたした餓者髑髏は、その身体の死霊兵達を一気にウル達の方へと向ける。巨大な人骨の障壁を作り出し、その攻撃を全力で防ごうとする。

 まともに狙いの定まらぬ、ウルの攻撃が“囮”であるとも気づかず。


《【氷よ我と共に唄い奏でよ。何者をも貫く大槍と成りて悪しきを穿ち爆ぜよ】》


 既にシズクは詠唱を開始していた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「こおの!!」

『KAKAKA、GA!!?』


 兵舎の屋上にて、ニーナは剣を振り回し近づいてくる死霊兵を破壊した。剣を振るうが全く切断する事は出来ない。刃も潰れ最早叩きつけるばかりだ。それでもノロノロと蠢く死霊兵相手ならば対処は可能だ。

 しかし、数が数だ。無数ともいえる死霊兵の群れを前に明らかに追い詰められつつある。


「シズク!シズクさん!もう限界が近いです!!」


 ニーナは必死に声を上げながらも剣を振る。このままでは圧殺される。だが、シズクは餓者髑髏から視線を外さず、魔術の詠唱を続けていた。発展魔術、極度の集中と、多量の魔力を消費するその魔術は、宝石人形を撃破し成長した彼女であっても激しい消耗を強いた。

 だが、それでも魔術は完成する。彼女の上空に、長く、大きく、鋭く、相手を穿ち引き裂く氷の槍が現出した。


「【氷霊ノ破砕槍】」


 震えるような冷気を伴い、氷の槍は射出される。ウルの投擲とも遜色ない速度で真っ直ぐに、死霊兵の盾をウルへと向けた餓者髑髏の、護りの薄くなった魔石に向かって。そして―――


『GA!!!?』


 直撃した氷の槍は餓者髑髏の身体を、破壊し、砕け散った骨を凍り付かせた。更に着弾部から瞬く間にその氷結部分が拡散し続ける。餓者髑髏はそれから逃れるように暴れるが、凍結の拡大はまるで留まること無かった。

 あっという間に、カナンの砦の中庭、その中心に巨大なる人骨の氷像が完成した。


「す、すご、やった!!」


 ニーナは歓声を上げる。

 冒険者として経験も浅い彼女にとって始めて見る発展魔術(セカンド)だった。それを単独で完成させるシズクは、さぞや歴戦の冒険者なのだろうと確信した。まさか自分よりも経験が浅いとは思いもしなかった。

 そして、そんな彼女の感嘆に対して、シズクは表情を曇らせていた。


「……い、え」


 彼女は汗を大きく流しながら、首を横に振る。

 彼女は視ていた。己の魔術が死霊術師の核を貫く直前、赤黒い核が、まるで落下するかのように“ひょい”と下に逃れていくのを。


「逃げ、られました」


 直後、地響きが砦全体に木霊した。


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