誰でもできる!!世界の壊し方のススメ 著:グレーレ
陽月戦争前
大罪都市プラウディア【名も無き孤児院・地下施設】
「さて、どの様にして世界を救うかという話をしようではないか」
出現したグレーレはウル達の前に現れ、そしてザイン含めた全員の前で実に楽しそうな笑みを浮かべる。その表情からは到底、「全てを救う方法」をこれから検討しようとしている風には見えなかった。
「アンタらは、ずっとそれをめざして来たって事で良いのか」
「ああ、“我々”も一番最初はそうだった。もう随分と変わってしまったがな」
グレーレはザインを楽しそうに見るがザインは何時もの無愛想だ。その反応に対してグレーレは不愉快そうにするでもなく当然というように笑っていた。
本当に、二人の間には親交があるようだった。
長い付き合いの中で培われ崇拝や従属とはまた違う独特の絆がそこにはあった。
「こっちでも裏どりさせてもらうが、ひとまず信じるよ。それで、具体的な方法は?」
ウルの言葉に「よろしい」とグレーレはうなずき、指を鳴らす。魔術を発動させたのか、小さなガラス片のような光が集まって、球体の形を作り出した。その球体の上空には、小さな欠片のような物が浮かんでいる。
それが何を示すのか、ウルには分かっている。ノアの情報を引き出す際に得た知識の中で知った情報。外の世界の形――――惑星だ。ならばその上に浮かんでいるものは【方舟】だろう。
「“外”の現状を直接見て、明確となった。既に汚染物質をただ除去すれば良いというわけではない。最早、人類は弱りすぎた。そのままでは復興すまい」
【方舟】を模した欠片から、黒ずんだものが下部の惑星へと流れていく。すると、流れ込んだ黒い物質に染まるように、球体から光が損なわれ、黒ずんでいく。方舟から放出される汚染物質が惑星を穢して光を失わせていく姿を再現していた。
「だから、【星石】を求めているんだろう。シズクは」
「魔力を原動力とした技術の発展は外の世界では未成熟だ。時間があれば技術も伸びようが、【星石】の活用法の開発を悠長に待っていたらその間にあの世界は滅ぶ」
「……だったら」
「月神が勝利し、【方舟】を破壊した後、外の世界を支えるのは当然【月神】自身だろう」
そう言ってグレーレは再び指を鳴らす。黒ずんだ惑星を守るようにして、翼の生えた少女の姿をしたヒトガタが形作られる。その顔はどこかシズクに似ていた。
「神は人類を経由しなければ魔力を行使出来ない。そして月神は、悪感情の魔力がエネルギー源だ。【星石】があろうとその法則は変わらない」
「……方舟を砕いた後も、シズクは恨みと憎悪の信仰対象にならないといけない?」
エシェルが深く眉をひそめて呟く。隣で話を聞いていたリーネもまた、同じように顔を深くしかめて続けた。
「【星石】の魔力を人類に与え、彼等から憎悪の信仰を集めてそれを復興に使うと……」
「現状考えうる魔界勝利後の復興ルートがソレだな?他の手段を選べるほど、資源がない故に、推測もしやすい」
どの様な形で、彼女が外の世界の憎悪を集めるかは不明だがな?
とグレーレは笑う。が、それに対して笑いで返すような余裕は当然ウル達には無かった。エシェルは心底苦々しい表情で頭を抱えた。
「やりかねないぞ、シズクは……」
救うべき世界の皆に恨まれ、疎まれることでその力を糧として世界を救う。
あまりにも悲惨で痛々しく、そして自分の事をまるで顧みない作戦だが、確かに彼女はやりかねない。彼女の性格、彼女の過去、何もかもが彼女をその破滅へと突き進ませているのだと確信させる。
「一方で、アルノルド王のプラン、転移計画も今となってはやや厳しい。少なくとも外を救うという点においてはな?」
そんなウル達の苦悩を無視してグレーレは更に続ける。指を鳴らすと、惑星の上空に浮かんでいた【方舟】がくるりくるりと周り、そして光るとその場から消え去った。
残されたのは黒ずんだ惑星のみだ。方舟から【涙】が落ちてくる事は無くなったが、しかし惑星はそのまま色あせている。
「方舟を完全に隔離することで、惑星汚染の進行は止められる。凝固もその内解けるだろうが、既に限界を超えている。その状態で転移しても、焼け石に水だろう」
元凶が離れたところで、もう世界は救えない。これは事実だ。しかし、
「だけど、それで方舟は助かる?」
ウルは確認する。外の世界――――自分たちの敵の破滅を無視すれば助かるのかという残酷な確認だった。
【星石】【方舟】【太陽神】全てのピースがそろい、そして迷宮や竜の脅威もなくなるとなれば、まさに言葉の通りの【理想郷】を得られるのなら、“外の世界”なんて知ったことかという者もいるだろう。で、あれば尚のこと確認しておかなければならなかった。
「さて、どうだろうなあ?」
ウルの問いに対して、グレーレはニヤリと、意地悪そうな顔になった。
「なんでだ。方舟が転移したら、もう魔物は出ないんだろう?魔術も魔力もあって、ディズ……太陽神もいるなら、安泰じゃないのか?」
「閉じた理想郷は早晩に滅ぶ。これは実験で証明されている」
エシェルが質問すると、グレーレは肩をすくめた。その言葉には明確な確信があった。それは幾度となく調べ、実験を繰り返し、確認をし続けてきた者の断言だった。
「飢えもせず、満たされると、結果として生物というのは怖ろしい勢いで衰退する。生物が生物として謳歌するには、適度な危機と脅威が必要なのだよ」
「転移した後の【方舟】もそうなると?」
「別空間に転移した後、外敵の脅威の無い閉じた世界において、魔力という万能物質は人類にとって甘い猛毒だ」
【方舟】の最初の転移時、邪教徒達が巻き込まれ、全てが【理想郷】にならなかったのは、ある意味幸運でもあったのだと彼は愉快げに笑う。
「加えて信仰を守るため、現在はディズが太陽神であると喧伝してしまっている。閉じた世界で、絶対の神がいる。良い結果にはどう足掻いてもなるまいよ」
「戦争の後、生き残った神が、全ての為に奉仕する構図は変わりないと」
リーネがため息をつく。
中々に現状は厳しい。少なくともウル達にとって、どちらの勢力が勝っても望ましい結果にはならないし、彼女たちを犠牲にしたとしても、世界は真っ当に救われているとは言い難いのだ。
「しかぁし、我々のプランならばそんな懸念は一発で解決するぞ?」
そんなウル達の苦悩を察してか、グレーレは実にうさんくさい笑みを浮かべた。
「たった一人の少女に依存するなんていう歪な形には決してならない!魔界、方舟、双方の問題を解決できる!素晴らしいプランだ!」
「ほ、本当なのか!?」
エシェルが目を丸くして驚くが、ウルは眉をひそめてリーネを見る。リーネもまた、なんとも言えぬうさんくさそうな表情をしていた。
「どっちの世界も救えて、シズクもディズも救えるなら最高じゃないか!」
「ああ、最高だろう!?その結果どっちの世界も滅ぶとしても些細だよなあ?」
「喜んで損した!!!!」
エシェルは叫び、んなこったろうと思っていたウルはため息を吐いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「この計画の肝は【方舟】を騙すことにある」
世界を救うために世界を破壊する。
支離滅裂にすら思えるような発言だったが、グレーレは至極真面目だった。少なくともその内容に触れる時、こちらを揶揄うような嘲りの笑みは浮かべる事はなかった。
「方舟からかき集めた悪感情の魔力を廃棄する機関。バベルの最下層、螺旋図書館の更なる地下に【廃棄孔】が存在する。世界を穢す全ての元凶だな」
グレーレが指を鳴らすと、先ほどまで惑星と方舟の構図を示していた光の欠片が再び形を変える。街並みの中央に伸びる塔、バベルの形を示した。上空だけではなくまるで地下にも螺旋を描き伸びている。まるで空と地下を結びつなぎ止めているかのようにも見える。
「この【廃棄孔】の除去手段は存在していない。方舟まるごと砕かぬ限りな」
「な、なんでなんだ……?よっぽど強固な護りがあるのか?」
「破壊はできる。が、すぐに再生するのだ」
面倒くさいことにな。とグレーレは心底かったるそうな表情で肩をすくめた。それは幾度となく試み、そして失敗した経験から来る疲労感であるとすぐに分かった。
「廃棄孔は方舟という巨大な生物の形の一部であり、取り除くことが出来ないのだ」
「んん……?」
いまいちエシェルはピンと来ていないらしい。するとグレーレは自分の指をピンと立てた。と、同時に周囲に舞っていた光の欠片の一つが彼の指先を掠め、そこに切り傷が出来た。
僅かに血が滲む。しかししばらくすると自然と指の傷は塞がっていった。
「人体は皮膚の一部を傷つけたところで、それは身体に残った設計図にそって再生する」
「【廃棄孔】にも同様の現象が起こると?」
「そうだ。方舟に刻まれた情報に沿って、再生するのだ。取り除く事は出来ない。どれだけ我々が暴れても、方舟からすればかすり傷だろう。この指先のようにな」
何故、歴代の王たちがこの設備を破壊出来なかったのか、その理由が徐々にウル達にも理解出来てきた。いくら“舟”と呼ばれようとも、そのスケールは尋常ではないのだ。
「……再生出来ないほどの傷なら?」
「それを目指しているのが月神だろうなあ?太陽神もろとも再生不可能な規模の傷を負わせ、魔力凝固を解放する……が、例えば腕が吹っ飛んだらヒトは死ぬだろう?」
「……死ぬわね、普通は」
チラリとリーネはウルを見た。エシェルも見た。グレーレもウルを見て、半ば呆れた表情になりながら肩をすくめた。何も言われなかったが理不尽だった。
「例外中の例外は兎も角、大きな傷を負えば死ぬ。方舟は沈むなあ」
「方舟を失う選択を選べないから、アルノルド王は、隔離を選んだと。……それで、アンタのプランが“騙す”?」
ああ、とグレーレはうなずき、再び光の模型の形を変える。
地下へと伸びる螺旋の最下層に空間が形作られる。それが【廃棄孔】なのだろう。その場所に周囲の光の欠片が渦巻いて覆い尽くすようにした。
「【廃棄孔】が厄介である所以だ。だから、騙し、変貌る」
「……自己修復する必要がないと、方舟に思い込ませると言うこと?」
「正解だ」
なんとかグレーレの説明について来ていたリーネが問う。正しかったのだろう、グレーレは実に楽しそうに頷いた。
「方舟の要である【星石】に干渉し設計図を書き換える。そして汚染され、“凝固された魔力を取り除くのでは無く逆に活性化させ”一気に惑星を回復させる」
破壊ではなく改造する。グレーレがやろうとしている計画のおおよそがようやくウルにも理解出来た。
「名付けて【惑星再生計画】!まあ、本来の計画から全くもって変わってしまったがな!」
「仕方あるまい。"奴”がとうに放棄した計画を強引に引き継いだのだ。齟齬も出る」
その言葉にはどこか疲労感が滲んでいた。それに対してザインもまた、その彼の苦労を酌むように続ける。そこには共通の経験が覗えた。
「昔からあった計画なのか?これは」
「昔も昔だ!“この方舟ができる前からあったものなのだから”!」
グレーレは愉快そうに笑い、ザインは頷いた。
「イスラリア・グランスターが考え出し、その彼自身が放棄した計画だ」
ウル達にとって、全ての元凶にして全ての生みの親が創り出し、そして棄てた計画を、ザイン達を介してウル達が引き継ごうとしている。その事に畏れにも似た感覚が内側から溢れてくるのをウルは感じた。
「……それで、その計画でどうして方舟が滅ぶんだ」
だが、感傷に耽っている場合ではない。ウルは気を引き締めて訪ねた。グレーレもウルに応じて、再び指を鳴らした。
「騙すために方舟全体の構造を改竄する必要がある」
光の模型が再び動く。先ほど地下空間を覆い尽くした光の渦が螺旋に沿って立ち上り、地表のバベルへと伸び、その一帯全てを覆い尽くしていった。
「おおよそ、方舟全土の三割以上がその変動に巻き込まれる。間違いなくプラウディアは吹っ飛ぶな」
「もうちょいコンパクトにならねえの?」
「ならんな。まあその為にも避難所は用意したが、保護されていない建造物は飲み込まれる」
ぱんと、光の渦、その螺旋に巻き込まれて欠片が飛び散った。騙すためには一定以上の破壊は不可欠であるらしい。
「加えて、方舟を稼働させている【星石】を別のことに使うのだ。別空間への転移はおろか、今のように浮上することもできなくなる」
「なるほど……まあ確かにそりゃ滅びだ」
少なくとも、今のイスラリア社会を保つことは絶対に出来なくなる。滅びという言葉が既存の体制崩壊を意味するのなら間違いなくこれはそうだ
「それで、外の世界はどうして滅ぶ?」
「廃棄孔を変更し、凝固を解除し、活用する事で一気に荒廃した惑星を再生させるのが我々の計画だ」
「良いことなのでは?」
エシェルは首を傾げる。エシェルもまた、外の世界の汚染状態を目撃している。あの悲惨な状況が改善するなら喜ばしく思ったのだろう。だが、そんな彼女の心情を理解してか、グレーレは意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「膨大な魔力が、しかも不安定な悪感情の魔力が一斉に解放される。どうなると思う?」
「……どうなるんだ」
「環境が大激変する!そもそも悪感情の魔力を何故凝固させていたか!コントロールができなかったからだ!その枷を取り払う以上、どうしたって嵐になるとも!」
ぽん、かわいらしい音と共に、綺麗な円形だった球体が、途端に刺々しい歪な形に変わった。エシェルは苦々しい表情になった。
「そ、そんなの……それで人類が滅んでしまうんじゃ……」
「無論、その為の【制御装置】は用意するとも……が、それでも想像も出来ないほどの拮抗と相克が発生し、瞬く間に地表は自然へとかえる」
新たに創り出された惑星を模した球体は、ぼこぼこと形を変貌させる。最早純粋な球体とは言い難い、異様なる姿に形を変えた。
「今の弱った外の人類では支配はままならぬ。枯渇と飢えによる滅亡との戦いは去り、魔力満ちた超自然による滅亡に抗う世界がやってくる。やはり、既存社会は崩壊する」
「なるほど、滅ぶなあ……」
グレーレの説明は実にわかりやすかった。なるほど確かにこれは滅びる。言い訳の余地はなかった。否応なく沈黙するウル達に、偉大なる魔術師は笑いかける。
「怖じ気たか?」
「理解しちゃいたさ。それで、どうすれば良い」
ウルは即答した。リーネもエシェルもそれに続く。意気や良しとグレーレは頷いた。
「俺は方舟の転移計画とこちらのプラン。どちらも平行して進める。お前達が失敗した場合、水泡に帰す。心してかかれ」
そしてグレーレはウルを指さし、そして命じた。
「【制御装置】を作るための材料、太陽神と月神をあの二人から奪い取れ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして現在
真なるバベル最深層にて
「気安く言ってくれるが、どうすっかなあ……!」
ウルは、苦々しい感情を隠しながら周囲を見渡した。
方舟の最深層
事前にザインやグレーレから情報を聞いていたとはいえ、その場所はあまりにも薄気味がわるかった。太陽の光などまるで届くことのない、闇の中、魔力の光のみで不気味に照らされたその空間は迷宮と大差ない。
そして足下では巨大で異様な眼球がうごめいている。アレが話に聞いていた廃棄孔だろう。それを挟み込むようにして二つの神が対峙している。
一方は、奇妙な白銀のドレスに似た鎧を纏ったシズク
一方は、雄々しくも美しい黄金の鎧を纏ったディズ
すっかりと姿形が変わってしまった仲間達から発せられる尋常ならざる気配に挟まれて立ったウルは、動揺が表に出ないようにするのに必死である。声が震えぬようにしながら大きく意気を吐き出し、顔をあげた。
「まあ、とりあえず話っっごは!?」
「《にいいいいいいたああん!!!!》」
だが次の瞬間、冷静になる暇も無くディズがウルの横っ腹に突撃をかました。




