死霊の軍勢戦③
「な、んなの、あれ!?」
驚きを伴ったラーウラという魔術師の悲鳴を聞きながら、シズクは静かに状況を確認していた。ウルとディズの通信はシズクの耳にも届いていた。状況は理解している。つまりはあの巨大な餓者髑髏を、正確にはその内側にある死霊術師の魔石を破壊しなければならない。
現在、シズクが張った結界により、あの餓者髑髏は此方を認識していない。中庭をうろうろとしながら何かを追うようにして定期的に巨大な拳を振り上げ、振り下ろし、砦を粉砕している。恐らくはウルが狙われている。
まずはウルと合流しなければならない。シズクは通信魔具でウルへと連絡を取る。
「ウル様。正面司令塔、中庭を出て左側の砦通路の1Fです。合流できますか?」
《今……行く……》
雑音とひどい息切れがシズクの耳をうつ。窮地らしい。シズクは『足跡』を確認する。ウルは先ほど餓者髑髏が両腕を振り下ろした箇所の少し先を全速力で進んでいる。間もなくこちらに来るだろう。だが、そのウルと同等の速度で何かがウルを追いかけている。
準備せねば。シズクはラーウラへと振り向いた。
「ラーウラ様。攻撃魔術は使えるとのことでしたね」
「あ、氷刺と、火球、風刃、基本はいけます!」
「では氷刺を、合図後に向こうの廊下に向かって放ってください。ニーナ様は護衛を」
「りょうかい!」
餓者髑髏に吸収されきれずに未だまばらに存在する死霊兵をニーナに退けてもらう間に、ラーウラは魔術の詠唱を進め、氷刺を生み出す。しかしまだ射出はせず、宙に留める。
足跡を見ながらシズクはタイミングを見計らう。ウルは幾度か交戦しているのか何度か足を止めたりしながらも此方に近づいてくる。そして彼が突き当りの角から顔を出す直前に合図をだした。
「今です!」
「【穿て】」
「シズ――ぬお?!」
『ガ!?』
通路の曲がり角から顔を出したウルは、直後氷刺の攻撃が眼前に迫る光景を目撃し、悲鳴を上げ、地面に転がった。放ったラーウラは顔を青くさせた。いわれるまま魔術を放ったがもう少しで自分の氷刺が出てきた少年に直撃するところだった。同時に、その背後に迫っていた死霊騎士はわずかな避ける間すら与えられず、直撃した。
ラーウラの訴えるような視線を受けて、シズクはニッコリと微笑んだ。
「大丈夫です。ウル様の鎧は頑丈ですから、一回くらい耐えます」
つまり、直撃前提のタイミングで放ったらしかった。何か言いたげにパクパクと口を開くラーウラをよそに、死霊騎士から距離をとれたウルが急ぎ近づき、そして悲鳴のような声を上げた。
「兜を鋭い氷の塊が掠ったのだが」
「ウル様、ご無事でよかったです」
心底嬉しそうに微笑むシズクに、こいつぁヤバい奴だとラーウラとニーナは思った。ウルは既に諦めた顔をしていた。
『お主の仲間もメチャクチャな事ばかりするの、小僧』
死霊騎士は、直撃した魔術を防いだのか剣を振るう。鎧も身体も一部が砕かれているように見える、が、僅かに間を空け、砕かれた鎧と剣が再生した。
「武具まで骨なのか……趣味の悪い」
『あの術師に言わんカ』
ちらりと死霊騎士は中央の餓者髑髏を見る。無惨な有様に成り果てた死霊術士(尤も、本来の姿など知らないのだが)は、ウル達の居る場所へと拳を横に振りかぶった。
「伏せろ!!!」
咄嗟に地面に倒れこむようにして伏せたウル達の頭を掠めるようにして、すべてが薙ぎ払われ、崩壊する。元より半ば崩れていた砦の一角が完全に崩壊した。幾つかの柱が砕け、残された天井が崩れて落ちる。
「離れろ!!中庭とは反対へ……!」
『KAKAKAAKAA!!!』
「……!?」
土煙で視界が遮られ避難を呼びかけるウルの横から、聞きたくない骨のかち合う音がする。ウルは音の方へと盾を構え、直後に、
『KKAKAKAKAKAKA!!』
盾に、死霊兵が3体、噛み付いた。
ウルはそのまま盾を一度引き、そのまま振り抜き叩きつけ、死霊兵たちの頭蓋をたたき割る。
『GAッ』
頭蓋の砕けた死霊兵は地面に倒れる。だが、まだほかにも周囲から何かが動く気配がしている。シズク達のものではない。骨と骨がかち合う不快な合唱が、土煙の中、木霊する。
「薙ぎ払った腕から散らばったのか……?」
餓者髑髏は死霊兵の集合体だ。散らばれば元の死霊兵に戻る。ただの1体1体は小鬼にすら劣るかもわからない雑兵だが、しかし死霊騎士と餓者髑髏のいる状況で、複数体から一斉に襲われれば―――
「ガッ!?」
意識がそぞろになった直後に腕に鈍器で殴られたような衝撃が走る。剣を籠手が防いだのだ。ウルは痛みに歯を食いしばり、そのまま剣が伸びてきた方に槍を振るった。
金属のぶつかる音。死霊兵とは明らかに違う力で竜牙槍が押し返される。死霊騎士だ。
「ぐ、ぅ…」
『関節を狙ったはずなんだがの、やはり気配だけでは鎧の構造までは視れぬな』
死霊騎士がカタカタと笑う。更に周囲から死霊兵たちの気配がある。蘇死体も近づいてきている。
窮地だ。
餓者髑髏も死霊騎士もウル達の手に余っている。敵の繰り出す手に対応する事しかできていない。ディズが、何故にウル達を逃がそうとしたのか分かろうというものだ。
複数の都市存亡の危機を前に今更敵いそうにないからと尻尾を巻いて逃げる選択肢は、ない。だが、どうすればいい。今すぐにでも何か手を打たなければ圧殺される。
土煙が晴れてくる。つばぜり合いをする死霊騎士、他左右から2体の死霊兵が大きく口をあけて此方に近づいてくる。背後からも一体来ている。ウルは決断した。
「シズク!退魔符!!一気に使え!!」
「はい!!」
ウルは叫ぶように指示し、同時に自分の携帯鞄から取り落とすように退魔符を取り出す。紐で括られたそれが解け、周囲に散らばり、そして効果が発動する。魔力の退散、拡散の術式により周囲の魔力が霧散する。
『KA……』
死霊兵たちも動力を奪われ、身動きが取れなくなり、崩れおちていく。ただ一体、いち早くその場から距離をとった死霊騎士をのぞいて。
「ウル様、あの死霊兵は」
「特別製だ。昔の腕利きの騎士の魂を使ったらしい、そっちの二人は」
「こっちはニーナ、向こうはラーウラ、戦士と魔術師よ」
手短な自己紹介に感謝しつつ、ウルは死霊騎士を睨む。戦力は増えた。死霊兵も退けた。が、まるで事態は好転していない。
『厄介だの。その符、だが、まだ残っているのかの?それは』
死霊騎士がカタカタと笑う。図星だ。退魔符はもう残ってはいない。今ので在庫切れだ。そして退魔符で魔力を退散させた死霊兵たちも、器の骨の身体までは破壊できていない。死霊術士の脈動と共に再び力を取り戻すだろう。
しかし呑気に器を破壊していたら、背中から騎士に切り捨てられる。
こいつらを相手にしてもキリがない。だが、無視するには強すぎる。
どうにか、どうにかしなければ―――
「もし、よろしいでしょうか?“お骨”様」
緊迫と窮地の空気を打ち破ったのは、シズクのノンビリと聞こえるような声だった。
『ワシに言っとるのかの?乳のでかい娘』
シズクの声に死霊騎士は反応する。カタカタと骨を鳴らしながら首を傾げた。シズクは「はい」とおっとりとした笑みを浮かべながら、骨の騎士に向き合う。
「確認したいことがあります。貴方様は意識もしっかりと持っていらっしゃるように思えるのですが、何故“彼”に協力しているのでしょうか?」
『別に好んで従っとるわけではないが、抗おうとするとかなりの苦痛での』
そう言いながら、カタカタカタ、と身体を鳴らす。
『こうして会話しとるのだけでも、そーとー頑張っとるんじゃぞ?ワシ』
事実、死霊騎士がウル達に向けている剣先が震えていた。今、こうして斬りかからずいるのもかなり難しいらしい。
『どうしようもなく抗えぬ。そもそも、ワシはもう人間ですらない。二度も死にとうないが、どう足掻こうと葬られる定めじゃろ。と、なると、だ』
カタカタカ、と、骨が鳴る。剣は既に震えていない。死霊騎士の歯がかちなって、笑っていた。カタカタと、ゲタゲタと、見た目の通りの邪悪さで。
『―――まあ、若者と殺し合うのもまた一興かと思い始めての?生前の記憶はないが、家族友人がいたとしても、確実に死んでおるしのう?」
圧力が色濃くなる。赤黒い魔力の脈動と共に揺らめく剣が此方を向く。先ほどまでの飄々とした印象は揺らめくような濃密な殺意に塗りつぶされる。
ウルは自然と後ずさる。現状既に死霊騎士一人にすら対処できていないのだ。餓者髑髏が更に暴れ、死霊兵が次々と湧いている状況で、騎士が本気になればいよいよもって圧倒されてしまう―――
「つまり別に好んで死にたいというわけではないのですね?」
しかし、シズクはまるで身じろぎもせず、呑気な調子を変えず確認する。そして、
「では、提案です。この戦いが終わった後貴方を使い魔として仲間に加えます。ですから今、全力で支配に抗ってください」
一瞬、その場で間が生まれた。その場にいた全員がシズクの発言を飲み込むのにある程度の時間を必要とした。そして、
『は?』
「え?」
「ちょっと?」
ウルとニーナと死霊騎士は揃って変な声をあげた。シズクは全く気にしなかった。
「二度も死にたくはないのでしょう?」
『ま、まあそう言うたが』
「別に、好んで悪徳に手を染めているわけでもないのでしょう?」
『ま、まあそうじゃが』
「でしたら、対価として貴方をこの戦いを終えた後も第二の人生を満喫できるよう取り計らいますので、協力をお願いします」
再び沈黙が発生。死霊骨に魔力を供給する赤黒い脈動だけが周囲に響いた。
『い、いやしかしな乳のデカい娘、ワシ結構抗うの辛いんじゃぞ?今も、具体的には1週間何も食わん状態で目の前に差し出された肉を我慢するような猛烈な飢餓感がじゃな』
「御労しいです。どうか頑張ってください」
『それに抵抗してもやっぱ最終的には貴様らを殺しにかかってしまうぞ?』
「声は出せるようですから、近づいた時は全力で合図を。奇声とか上げてください」
『ワシ、もうちょいくーるに戦うタイプなんじゃが……』
「餓者髑髏の動きに気づいたらそれも合図をお願いします。出来るだけ大きな声で」
『忙しいのう、ワシ……』
「では、」
すっと、シズクは空に掌を向けた。
ん?とシズクのその合図にシズク以外の全員が疑問に思い、そして彼女が手のひらを向けた星が輝く夜天に、星と結界の光を跳ね返し煌めく、巨大な氷の魔術が形成されていた。
「【氷よ唄え、落ちよ涙】」
シズクの唄と共に、会話の間ずっとしれっとした顔で準備していた巨大な氷の塊が落下し、真っ直ぐに死霊騎士と、散らばった死霊兵達の下へと降りてきた。
『ぬっ!』
死霊騎士も少し遅れたがそれに気づく。彼はこれまでと同じく俊敏に攻撃を躱そうと身構え――――
「避けないでくださいね」
『ぬっ!?』
シズクの「お願い」で一瞬びたりと体の動きを止めた。そして、
「【落氷塊】」
『ぬあああああああああああああああああ?!』
『KAKAAAAAAAAAAAAAAA!?』
巨大な氷の塊が、死霊騎士と、更には周囲で復活しそうになっていた死霊兵に落下した。巨大な質量の塊は骨を粉砕し、更に地面をたたき割って騎士の残骸を地下迷宮まで叩き落とした。
「さあ、今の内ですウル様。対策を練りましょう」
対話の最中も魔術の詠唱を指示し、どのような結果になろうと魔術で死霊騎士を叩き潰す魂胆だったのだろうシズクは、ウルに向かって笑顔を向け、そう言った。ニーナもラーウラも、ウルの方を何かを訴えるような眼で見つめた
「よし、そうしよう。ここがふんばり時だ。みんな頑張るぞ」
ウルは二人の視線を無視した。
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