無双天剣⑦ それは見惚れる程に
ウルと相対する上で、【白王陣】の強化は最も警戒すべきものの一つだった。
強欲の大罪迷宮攻略にあたり、協力者である【歩ム者】の能力は事前に情報として共有する必要があったからだ。誰であろう使い手のリーネから具体的にどういうことが出来るのかの説明を受けている。
流石に魔術の込み入った詳細までは理解出来なかったが(リーネは説明しようとしたがグレーレ以外全員ついて行けなかったので中断した)、使用者がどのような力を得るかは分かっている。
自身が内蔵する魔力を燃料として、爆発的な力を与える強化魔術。効果自体はシンプルであるが、その効果量は莫大。実際、大罪竜グリードの討伐にも一役買っている以上、その能力は疑いようがない。
ウルと敵対した時点で、それを警戒するのは当然だった。
そしてその上で自分ならばそれを上回れるという確信がユーリにはあった。
ウルが莫大な強化を得ようとも、それが部分的に自分の能力を超えるほどの力になろうとも、勝てる。相手の能力を読み解き、上回る自信が彼女にはあった。
だが、今起動した“コレ”は違う。白王陣ではない。
「【灰炎】!!」
「……!」
熱かった。天愚の如く、相手の一切を破壊していくほどに無慈悲で残酷な破壊ではなかったが、芯まで届き身もだえるほどの熱量が、ユーリの身体を焼いた。
間違いなくこれは【天愚】がベースになっている力だ。ユーリの身体を護る剣の鎧が、炎を両断し切れずに、砕けていく事からもそれが分かる。
であれば、危険極まる。これ以上この力に焼かれるわけにはいかない。
心臓への攻撃を緩めてでも、最優先で拘束を解く
両手を塞がれようとも、剣は創り出される。眼前にそれを創り出し、一気にウルの身体を切り刻んだ――――しかし
「っぐ、う……!」
「な……!?」
切り刻んだウルの肉体から、即座に灰の炎が溢れ、再生を果たし、同時に剣を破壊した。絡み掴んでくる指先まで、刻んだ側から再生してしまう。
――再生速度が明らかに速くなっている……!?
やってることは【天愚】と変わらない。
だがそれを操る速度が明らかに違った。たどたどしさが消え失せている。傷一つ【台無し】にするだけでも一苦労だったはずなのに――――まるであの、黒の魔王の如くだ。
「……!」
だとすれば、最悪だった。即時の再生能力は、斬るという性質を抱える自分とは純粋に相性が悪い。切れ味が高すぎて、破壊が少なすぎる。両断された部分をくっつけて再生するだけなら、すぐに治ってしまう。
だが、だとして、何故ここまで急激に回復力が跳ね上がった……!?
先の魔法陣は、ウルを高めたのではなく、ウルを根本的に変えたのだ。
コレが意味するところは何なのか。
この既視感は何か。
――――【星剣代行】
「そういう事……!」
おおよそ、彼がやったことをユーリは理解した。その結果か、彼は力を完全に我が物としている。
「だと、して」
無論、それに感心している場合などではない。
「力の総量が、上がったわけでも、ない!!」
両手は強引に拘束された。
だが別段、攻撃の手段に困ることはない。彼女は剣士ではない。剣を振るために腕は必要としていない。彼女は剣そのものであり、故に自在だ。
「【翼剣!!】」
ウルの白蔓に捕らわれていた翼剣を全力で操る。互いにぶつかり合い、砕けながらも白蔓を引きちぎって自在になったそれらが一気にウルへと殺到する。敷いたウルの身体を串刺しに――
『AAAAAAAAAAAAAAA……!』
「っ!!」
――する、その直前、三度再生を果たした七首の竜が、翼剣をその身を盾にして弾き飛ばした。絶対両断の防ぎようのない刃を、幾重にもその長首を重ねて、強引に絡み取った。竜というにはあまりにも無様であったが、それでも、翼剣を受け止めた。
『カカ……!ラブラブカップルの、邪魔しちゃあ、いかんぞ?』
その七首を操り、攻撃を受けきったロックは、身体を砕け散らせながらも愉快そうに笑う。死に損ないの状態で、幾度も七首竜を操った為か、既にその身体はボロボロだ。
だとして、その姿の死霊騎士を相手に侮るような愚かな事をユーリはしない。翼剣へと視線を飛ばす。七首竜を“視て”、その脆くなった部分を見定め、刃を放とうとする。
「っが!?」
だが、意識を伸ばすよりも早く、頭部に衝撃が走った。竜の権能でも、七天の加護でもなんでもない、ただただ純粋なまでの打撃。勢いよく頭を上げたウルのヘッドバッドがユーリに直撃した。脳裏に星が飛び散り、顔をしかめ前を向くと、ユーリと同じく額から血を流したウルの昏翡翠の瞳が、万象を斬るユーリの瞳を捕らえた。
「【眼を、離すなよ……!】」
呪いというよりも希うようなその言葉に、ユーリは眉を顰める。実際彼からはもう目を離せなかった。混沌を支配する魔眼にこちらの視界を奪われた。距離が近いが為に、動作を見切るのも困難だ。視野が狭い。ロックの方へと目を向けられない。
そしてウルは見切ったとて、距離が近すぎる。これでは意味はない。
全く、なんて泥臭い戦いだ!とユーリは自身を罵る。
押されている。手を塞がれ、圧倒的な技量の利を封じられ、見切りを無意味化され、血みどろのぶつかり合いに戦いを貶められた。優位を潰され、相手の僅かな勝ち筋を強引に手繰られている。彼等の決死の覚悟を、自分は払いのけ続けることができなかった。
相手は必死なのだ。その必死に押しに押されて、この有様だ。
こんな無様で、よくもまあ相手を計ろうとしたものだな!!!
「ッハ!」
己の傲慢を自覚した瞬間、ユーリは己を嘲った。額から流れ落ちてきた彼と自分の入り交じった血を舐め取ると、まるで笑うように、獣のように、歯をむき出しにした。
「【獣牙神剣】」
僅かに鋭い、獣人特有の歯に、神の刃が重なる。本来の彼女であれば絶対にやらないであろう、冒涜にも等しい刃を、ユーリは躊躇せずに創り出し、そのままウルの首に突き立てた。
「ッッッがああああああああああ!!!!?」
食い千切る。口一杯に広がる血肉を吐き捨て、結果を見る。傷口からを灰炎が覆うが、刃のような両断の傷ではない、抉れ、引きちぎる傷は治るのが遅い。自分と同じくらい血まみれになるウルの有様をみて、それがよく分かった。
良い。ならば喰い殺す。血肉骨を砕いて心臓まで喰らってやる
「貴方から、目を逸らすつもりはありませんよ……!」
「無茶、苦茶、しやがる……!だ、が……!!」
だがその時、気づいた。
超近接で、視界を奪われていたが故に気づくのが遅れた。
彼が使う二本の槍の内の一つが、彼の手元から消えていた。【竜殺し】は近くの地面に突き立って、竜化現象によって“白蔓”を操っている。だがもう一本が存在しない。
超接近の泥仕合になった段階で邪魔になったと手放したのなら道理だが、しかしだとして、何処にも見当たらない。制限された視界の外にあるのかと、楽観はできなかった。
「悪いな!!」
「!?」
気づきからの結論が出るよりも早く、ウルは動いた。身体を即座に起こし片方の腕を使って強引にこちらの身体を抱き寄せてきた。無論、言うまでもなく親愛を示す行いの筈もない。紛れもない命の危機を覚え、ユーリは拘束を解くべく全力を尽くした。
地面が揺れていた。神々の戦いの影響で不定期な振動を繰り返していたが、この揺れは違う。すぐ側、この真下、人骨と本の山を潜り進むようにして何かが動いている。それがまっすぐにこちらに近づいてきている――――!?
「ロック!!!!」
『ッカアァ!!!』
そして、その振動が弾けた。何が起きたのか視界が塞がれたユーリには分からなかった。だが、腹に熱と痛みが突き刺さったのを感じた。同時に大量の血を浴びたが、それはユーリの血ではない。衝撃でウルと一緒に身体が吹っ飛んだ。
「っがあ!?」
その瞬間、ようやく拘束が僅かに外れ、そしてユーリはなにが起きたのかを視た。
ウルの腹から、槍が突き出て、それが自分の身体を穿ったのだ。己の代わりに、槍を咥え、腹に大穴を空けた七首の竜から、ウルは己の槍を受け取り構える。
「無茶苦茶を……!」
「お互い゛ざま゛、だ!!!」
地面に落下する。受け身を取ることは困難だった。次の動作を起こすよりも早く、ウルは槍を既に構えていた。
回避は出来ない。翼剣は封じられている。足場を作って蹴り出すには時間が無い。
攻撃による妨害?不可能だ。相手の再生にこちらの両断は追いついていない。この距離では、噛み千切ってえぐり取ることもままならない。
敗北の予感と安堵が過る。一瞬それに身を委ねようとした。だが、
――――だが、まだ足りない
まだ、勝利をくれてやるわけにはいかない。
神を殺すのではなく、救うというのなら、これでもまだ、力は足りない。
己は神を救うことを諦めたのだ。ならば、自分を超えなければ、救うなどできはしない!
「【剣化・極所】」
「っ!!?」
無動作のまま、ユーリの肉体、その内側から剣が突き出る。ユーリの身体ははじけ飛び、同時に槍を構えたウルを切り裂いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「っがああ……!?」
打倒すべき対象、ユーリの肉体が突如としてはじけ飛び、飛び散った剣片にウルはズタズタに身体を引き裂かれながら、地面に落下した。
何が起こった!?
まさか、自分の力に耐えきれずに自壊した!?
いや、彼女に限ってそんなことは起こらないだろう。
ならば自滅覚悟の反撃!?
だとすれば大変に不味い。今の攻撃を凌がれれば、また距離が空けられる。再び技量勝負に持ち込まれれば、また距離を詰められるのは何時になるか分かったものではない!
「く……!?」
落下した痛みに堪えながら、ウルは立ち上がり、顔をあげる。
向こうだって、簡単には動けない。腹に大穴を空けたのだ。そして彼女には、自分のようにダメージを癒やす術がない。【神薬】の持ち合わせが何本もあるはずもない(あったら終わりだが)。
もつれる脚を動かしながら、ウルはユーリのいた位置へと駆け――――
「――――……う、お」
その様相の一切を変貌させたユーリと対面し、絶句した。
「【――――――――】」
その姿は、
剣士のようであり、獣のようであり、天使のようでもあり、そのどれとも違った。
両手の代わりに伸びた剣は、彼女がこれまで創り出した中でも最も鋭い。
魔力も、空気も、なにもかも、触れるだけで両断するような尾が伸びる。
翼剣は全て集い、その背を護る。元からそうであったように、輝かしく広がる。
表現のしようのない異形。だが、呼ぶとするならばまさにそれは【剣】であった。
【終焉災害/剣】の極地がそこにあった。
「~~~……!」
それに対面したウルは、顔をしかめ、声にならない声を漏らした。
まだ、彼女には底があった、あってしまった!
っつーかどう考えても勝てねえぞこんなもん!!
いい加減マジで勘弁しろ!!どうしろってんだボケ!!!!
ありとあらゆる悪態が腹底から一気に吹き上がった。あらん限りの罵倒をぶつけてやろうかと大きく息を吸い、そして、改めて彼女を見て――――
「――――ああ……綺麗だなチクショウ…!」
出てきたのは、あまりにも間の抜けた感嘆の言葉だけだった。
こんな状況下にあって、死の間際にあっても尚、息が零れてしまうほどに美しかった。まるで卓越した職人が生み出した一本の剣のような、極めぬいた先にある美がそこにあった。どれだけ理不尽に思おうとも、賞賛しか言葉になってはくれなかった。
「って……言ってる場合じゃ、ねえ……!」
だが、どれだけ見惚れようとも、打倒しなければならない。
圧倒的に見える。もはや打つ手がないように思える。しかし、あんな切り札を持ちながらも、ここまでそれを使わなかったのなら、そこには理由がある。世界の命運がかかる戦いで半端な出し惜しみをするような女ではない。
それを使った。つけいる隙は必ずある。
「っぐ……」
そのまま一歩、踏み出そうとした瞬間、膝から力が抜けた。
膝が震える。理由はシンプル極まる。傷を負いすぎた。それを癒やすために魔力を使いすぎた、もう間もなく限界を迎えようとしている。
至極当たり前の結果ではある。あの魔王ですらも、連発すれば魔力切れを迎えるほどに、【天愚】の力は燃費が悪い。リーネとシンタニの調整を経ていくらかの改善はなされたようだが、それでもあんな風に、ごり押しの連発なんてするような力じゃない。
だが、倒れている場合ではない。倒れたら試合終了とはなるまい。そのままとどめを刺されて死ぬ。そう思っていながらも脚は先に進まず、転げそうになった。
『カ、カカ……おう!踏ん張れよウル……!』
転げそうになる身体を、人骨が支えた。ウルと同じくらいボロボロになった人骨の騎士がウルの隣に立って力強く肩を叩いた。ウルはため息を吐き出した。
「無茶言うなっつーの……!」
『ありゃ切り札じゃろ。あんなギンギラしたもん、燃費が良いとも思えぬわ……!』
そう、考えられる欠点があるとしたらそこだ。しかもあの形態になったからと言って、腹に空けた傷まで癒えているとは思えない。長続きしない。そう信じる他ない。問題は、
「神薬一回使われたんだ。こっちの方が魔力切れはどう考えても早いだろ」
『その後、腹に穴空けたじゃろ!こっちは七竜の魔力残っとる!それ全部使ったるわ!』
「……つまり、作戦は?」
『ごり押しじゃ!!』
「それしかねえか……ひっでえ作戦だ」
だが、方針は決まった。
ウルとロックは視線を合わせる。そして次の瞬間、ロックの身体が崩れていく。カタカタと分かれた人骨がウルのボロボロの鎧の上に重なって行く。同時に足下の七竜達の砕けた骨も動き出し、重なった。力の入らないウルの身体を支えていく。
「今更、この期に及んで、こんな珍技使うことになるとはなあ……」
『かっこえーじゃろ!合体攻撃じゃ!!』
奇しくも場所は同じプラウディア、地下ではなく天空の庭で戦っていた時編み出した苦し紛れの苦肉の策。もう二度と使うことはあるまいと思っていたソレがこんな地獄で再び日の目を見るとは思ってもいなかった。
「正気かよ全く」
『んなわきゃねーじゃろ!カッカッカ!!』
「そりゃそうか」
二人は揃って笑った。心底楽しそうにゲラゲラと笑った。笑って、拳をぶつけ合った。
「【骨芯竜化】』
ウルが死霊騎士ロックを纏う、珍妙なる合体。
【陽喰らい】の時は、殆ど破れかぶれの奇策だった。手持ちの手札をなんとか全て使おうという、どこか貧乏性めいた思考が混じっていた事は否定しきれない。
そして今やっていることも、そう大差ない。
極限の状況下で、数少ない手札をなんとか全て出し切って、困難に叩き付けているだけだ。やろうとしていることは何も変わってはいない。そもそも、当時から時間だってそんなにも立っていないのだから、当然といえば当然だ。
だが、当時と違っている事はある。
双方、かつてとは比較にならない、世界を滅ぼす程の力を身につけていると言う事。
「【七竜合罪・灰炎竜王】』
その二つの力が重なり、合わさる。
竜の骨が全身を覆い尽くし、砕けて、ボロボロになった骨が、互いを補うために圧縮され、歪んだ鎧と化す。切り刻まれ、散らばった七首の竜達、その全てがウルとロックの元に集まっていく。
研がれ、極まり、美をも宿すに至った天剣のユーリと比べ、それはあまりにも歪だった。竜骨の足りぬ部分を灰炎が、灰炎の足りぬ部分を竜骨が補い合う。欠けていて、ひび割れていて、非対称で――――しかし、これまでのどの竜よりもそれは禍々しい。
「【悪霊剣・解放】』
同時に、ロックの愛剣が形を変える。もとより変幻自在、実体すらも自由に操れる不可思議の魔剣。その形を留めていた軛を解放する。途端、剣の形は豹変し、荒れ狂い、そこに灰炎が混じり、巨大化する。
到底、人類が扱うものではなくなった大剣を、竜王は握り、構える。
無論、異形の竜に異様の大剣。真っ当には構えることすらままならず、地を擦り引きずるようにする他なかった。子供が棒を引きずり回す様と大差は無かった。
「G…………O,O,OOOOOOOO……!!!』
だが、構わない。どのみち技量で勝てる相手ではない。この戦いは技術の比べあいではない。全てを賭して上回れるかどうかの戦いなのだ。
ならばこそ、全てをぶつけよう。
残された力を引き出すように、ウルは腹底から湧き上がる衝動に従って、吼え猛った。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「【―――――――――――――――――――――】」
絢爛たる剣の化身と、禍々しき骨の竜王との最後の戦いが始まった。




