無双天剣④ 絶対誰も持ってはいけなかったモノ
ユーリに協力を取り付ける。
何かが上手く転びさえすれば通る……かもしれない、程度に思っていた策が“半分”は通った。口約束であってもそれをユーリは違えまい。その点は紛れもない好転といえた。
問題があるとすれば、ユーリが今度こそ本気になってこちらを殺しに来ている事。
そして、
「…………ッ!!ぐ、う……」
そのユーリへと近寄る事すらできなくなりつつあるという事実。
ウルはその事を、落下した自分の腕を拾いながら自覚し始めた。
彼女が本気を出す前はまだ、戦いになっていた。ロックとユーリがやり合っている隙を縫うようにして狙い討つことで攻撃が通っていた。最低限、戦いの体裁は整っていた。
しかしそれが今は違う。ほぼ戦いになっていない。
こちらの動作に対して、ユーリの動き出しが異様に早い。
放った攻撃に対して対応されるというならまだ納得も行く。だが攻撃をしようと、最初の一歩を踏み出す前にそれに対応するように刃が飛んでくるのはあまりにも理屈に合わなかった。
『【骨竜変――】』
ウルが自分の傷を“台無し”にしている間にロックが動く。
変幻自在の死霊兵、シズクの強化もあってか最早その形は様々な戦いを共に乗り越えてきたウルであっても想像がつかない程の形状へと変わっていた。今の彼ならば、一流の騎士団であっても為す術無く粉砕してしまうだろう。
地の底からあふれ出る骨の身体、波のように押し寄せる死霊の大群を操る騎士。
紛れもない、大悪竜の眷属に他ならない。
「【界】」
『ッカカ!?』
それを、ユーリは一刀に伏す
多種多様極まる死霊兵達をユーリは徹底的に返り討ちにする。その速度はウルへの対応同様に速まっていた。動きの起点、死霊兵達が創り出され、動き出すその手前をまるで知っているかのように浮遊した剣がたたき込まれ、切り裂かれる。
心を読むように、こちらの全てを見通して、叩き潰す。その動きに既視感があった。
「おいおい、まさか、勘弁しろよ……!?」
最悪の既視感だ。出来ればあって欲しくないと心底思いながら、頭の中ではどうしても“ソレ”が思い浮かぶ。ウルは改めてユーリを見る。その身に纏う星天の輝きと全く同じ色の瞳が、ウルを見つめる。
「……!」
まるで瞳に切り裂かれたような感覚になりながらも、同時にウルは覚えた既視感を確信に変えていた。
「グリードの【見切り】……!?」
相手を視て、読み解いて、その上で見切る。
大罪竜グリードの竜としては隔絶した技能。ウル達も、アルノルド王も魔王も、誰であろうユーリ自身も徹底的に追い詰めて、どうしようもなく叩きのめした【強欲】を最強たらしめた力。
相手の動きを観察し、理解し、そして上回る無法の【見切り】
その、絶対に誰も持ってはいけない力を、絶対に持ってはいけない者が身につけている!
「っが!?」
その事に気づいた瞬間、再び絶対両断の剣がウルの足を吹っ飛ばす。激痛にもだえながら、ウルは死に物狂いで叫んだ。
「グリード倒して身につけたのか……!?その目!!!」
「竜の権能なんて使った覚えはありませんが」
「元からなのか、喰らった魂の影響なのか、強欲から技を習得したのか判断つかねえ……!」
彼女なら最初から出来たかも知れないし、シズクに奪われたとはいえ一時、竜を直接討った彼女がその影響を受けた可能性もある。純粋に強欲との戦いの最中で同じ技術が身についた可能性もある。
全てありうる。彼女ならばそれくらいはできるだろうという確信はある。しかし何の慰めにもならない。ただでさえ対処困難な災害が、より凶悪さを増したというどうしようもない現実がそこに君臨している
「何が私如きなんだ畜生……!もう少し自分を正当に評価しろ!!」
「喧しいだけの無能な喉ですね」
「っご!?」
「喚くだけで何も出来ないならそのまま死になさい」
再び喉に剣が突き刺さる。今度はユーリも止めてくれはしなかった。喉から溢れかえった血が口に広がり、息も出来なくなる。
このままペースを握られると本当に何も出来ずに死ぬ!
打開が必要だった。それもたった一度きり、ユーリに通用する決定的な打開策。ウルは不足した血をなんとか脳に巡らせながら、近くの本棚を竜牙槍で焼き払い、納められていた魔本を飛散させた。
ちぎれたページが一気に飛び散る。そのページ一つ一つが魔本のパーツであり、本の形を失ったそれらが蓄えていた力を一気に解き放ち、爆発した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ユーリは淡々と爆発した炎を切り裂き、一気に視界を回復させるとウルの姿はそこには無かった。
――小賢しい、が、この程度で諦められても困る。
今、それこそ死に物狂いで戦っているディズを否定して、彼女を救うなどと抜かしたのだ。この程度で諦めて殺されては困る。
先ほど、ウルに告げた言葉に嘘偽りはない。
今、真っ逆さまに救世の神へと墜ちていくディズを助けたいと思うのは本心だ。そして一方で、その彼女と相対するシズクだって出来るものならなんとかしてやりたいという感情はユーリにだってある。灰の英雄が幽閉された半年間、彼女と手を組んで協力したのは自分なのだ。彼女をうさんくさく思っていたのは確かで、それは事実だったが、だとしても一切の情を交えずにいるのは不可能だった。
この世界の悪辣で複雑な構造を知ればなおのこと憐れみは浮かぶ。殺さねばならないと理解していてもだ。
その二人をなんとかしてやりたいとウルが行動するのなら、それは構わない。
ただし半端は許さない。
今は本当に世界がどうなるかの瀬戸際だ。そのタイミングで泥船に暴れられても困る。
自分くらい殺せないと、この世界は本当にどうにもならない。
明確な確信と共に、ユーリはウルと相対していた。
『カカカ、全く容赦ないのう』
霧散した魔術の爆発を切り裂くと、視界の先にもう一方の敵対者、ロックの姿があった。
「ウルは死にかけていますが、助けなくて良いのですか?」
『おぬしの意識を分散させるために誘導したが、ウルもワシの敵じゃしな?』
「それなら、彼と二人で争って下さい」
『そうするにはおぬしが突出しすぎじゃのう……さて』
無論、死霊兵であり疲れ知らずのロックが休んでいたわけではあるまい。彼は自分の座り込んでいた地面に骨で出来た掌を押しつけカタカタと笑った。
『たっぷり休んだ分働いてもらおうかのぉ!大罪の七首よ!!』
次の瞬間、周囲の広間の壁から七首の竜達が一斉に飛び出して、ユーリへと飛びかかった。




