一方その頃③ / 無双天剣
「この地形を把握しろ!避難所は“グレーレ製”だ!外に出てしまっている住民達を探しだし、全員を救出しろ」
スーアと再会したビクトールは別れた後、再び救出作業を再開していた。バベルは人類の最終拠点だった。それ故に、ここが直接狙われるまでは兎も角、それを完全に奪い取られるところまでは想定していない。
グレーレによって避難所はいたる場所に設置しているが、そこに逃げ込む暇すら無かった者も大勢いる。彼等を助け出さねばならなかった。
「ビクトール団長!」
しかし一方で、最終防衛拠点であるバベルを奪われたという事実に、動揺を隠せない者達も多くいた。呼び声にビクトールが振り返ると、幾人かの騎士と天陽騎士の混成部隊が重装備を身につけ、並び立っている
彼等が何を望んでいるか、ビクトールにはおおよそ理解出来た。これから何を言い出すかも。それ故に顔をしかめた。
「ビクトール殿!ユーリ様と勇者様を助けに……!」
「ならん」
そして一刀両断した。暴走せぬよう、意識して指示を出していたつもりだが、やはり動揺は大きいらしい。プラウディアを護る騎士として根本的な事を忘れている。
「邪神には我々では到底太刀打ち出来ない。むしろ邪魔だ。邪神がどうこの場所を支配したのか忘れたのか」
「……」
邪神のやり口のおおよそは把握している。
無辜の民、ただただ自分たちやその家族を護るために必死になっていた者達と、それを護ろうとする騎士達の心理を情け容赦なく操り、自分の望む結果へと導いた。【陽喰らい】の時のように大規模な攻撃を仕掛ける事無く、至極あっさりとこんな状況まで転がしてしまった。
邪神は、シズクは、そういう手合いなのだ。
勇者やユーリの助けといって騎士達が近づけば、邪神はそれを躊躇無く利用するだろう。そして、本気でその悪意が騎士達に向けられたら、それを防ぐ手段が存在しない。
だが、これは基本中の基本なのだ。
一個人が有する戦闘力が隔絶しうるこの世界では、役割分担が重要となる。プラウディアで戦う騎士達ならばその事は重々承知のはずだ。それが分からなくなるくらい、周りが見えなくなっている。
バベルが墜ちたというのはそれほどまでに衝撃だったのだろう。だが、
「信じろ。勇者殿は強い。天剣もだ」
「……申し訳ありません」
「行くぞ。我々は我々の仕事をこなす」
抑え、ビクトール達は再び動き出す。領分を超えず、あの心優しき勇者の懸念をほんの少しでも消し去るために。
だが、騎士達に対して偉そうなことを言ったが、ビクトールにも動揺はあった。全体の指揮を執っていたのは自分であるのだから、この状況は失態だ。焦りや混乱もあるし、全てが終わった後に責任を負わねばならないだろう。
だがそれ以上に、懸念せねばならないことが一つあった。
「無茶をしてはいないだろうな。ユーリ……」
実の娘に対する懸念。
ただしそれは、その安否への不安というよりも、解き放たれてしまった猛犬に対する心境であった。
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【大悪迷宮フォルスティア・深層】
大悪の竜フォルスティアが、月神シズルナリカが干渉したことによって大規模な変貌を遂げてしまった螺旋図書館。歴史ある知識の宝物庫の悲惨極まる姿は、それを知る者が見れば絶望した事だろう。
空間が歪み、あるべき場所が変わってしまったその空間の中に、巨大な広間が誕生していた。無数の本棚が乱立し、時に空中を浮遊する。それはまるで図書の森というような有様だ。そんな神秘的と思うべきかおぞましいと忌避すべきか判断しかねる空間。
その無数に乱立している本棚の影に隠れるようにして、
「おい、骨。言いたいことあるんだが……」
『なん、じゃ?』
ウルとロックの二人が並び、汗と血と骨片を垂れ流していた。
「なに、地獄に、連れてきてくれとんじゃ」
『すまーん』
「ぶち殺すぞてめえ……」
二人の有様は悲惨だった。
ウルは血にまみれている。身につけていた鎧はいくつもの両断された痕があり、破損していた。顔にも身体にも自身の血がへばりついている。実際に傷も残っているが、そこは真っ黒な闇が漂い、塞いでいた。しかし顔色は全く良くない。
一方でロックの姿も中々に悲惨である。否、もともとは人骨であるのだが、彼の身体にも無数の傷があった、というよりも、身体の左半身が真っ二つに両断されている。失せた自分の体を補うように、何処から新たなる彼の身体が精製されているが、直ちにではない。純粋に再生がおいついていない。
「どうするつもりなんだよ、“アレ”は……!下手しなくても俺等まとめて死ぬぞ……」
『いやーまあおぬしも敵じゃし?共倒れするならそれはそれで?』
「本当にしんみりした俺がバカだった――――」
と、ロックを罵ろうとウルが振り向いた瞬間、壁としていた本棚が突然両断され、ウルが先ほどまでいた場所に【星天】の輝きを放つ剣が飛び込んだ。ウルは振り返り、神に祈るかのように天を仰いだ。
「姿も見せてねえのになんで剣が飛んでくるんだ……?」
『殺意が見えとるらしいぞ?』
「殺意が見えるってなんだよ。俺の頭の上から何か漂ってんのかよ」
ウルは頭を触ってみるが、当然ながら何もない。
魔力を感知しているとかならまだ理解出来る。理屈としては通る。だが、殺意、殺意とはなんだ。一体何をみとって“アレ”はこちらを攻撃してきているのかウルにはさっぱり分からなかった。
『まあ確かに今のおぬし、禍々しい気配がヤバいぞ』
「気配とか言われてもまず意味がわからねえんだよ……」
『うーむ、センスないのう』
「死ね」
罵り合っている間にも無数の剣が情け容赦なく飛んでくる。ウルとロックは跳ね飛ぶようにその場を移動する。というよりも純粋に逃げ回る。誘導されるようにウル達は遮蔽物の存在しない広間へと追い出された。
「お望みならば、二人だけで殺し合いますか?」
そしてそこに、待ち構えるように星天の輝きを持ったユーリが待っていた。自身の生み出した剣を足場に立ちながら、情け容赦なくこちらを見下ろしている。
「手間が無くて助かります」
「やなこ」
まともな返事をする前に、剣が一直線に飛んできた。ウルはギリギリで反応し回避運動を行うが、それでも躱しきれずに腕が飛んだ。四肢の一部が容赦なく切断され、ウルは顔をしかめるが、そのまま激痛にうずくまることはなかった。
綺麗に真っ二つになった腕がうごめく、その断面から闇がこぼれ落ち、植物の根のようにのびると、ウル側の断面に結びついて、そのまま一体化する。
「っぐ……!」
ウル自身の激痛を堪える表情を除けば、一瞬で元通りだった。その光景を上空から観察していたユーリは、小さくため息をこぼした。そして、
「困りましたね」
「何、が……?」
「手足を両断すれば、生かしておけるかとも思いましたが、出来そうにない」
とてつもなく猟奇的な発言をして、ウルをドン引きさせた。普通に怖い。
「一応聞いておきます。首を落としても生きていられますか?」
「いや、死ぬって、流石に死ぬわ。無理無理無理」
「なるほど、残念ですね」
もう一度彼女はため息をついて、そのまま空中に手を広げる。その瞬間、彼女の周囲には無数の星天の剣が出現した。尋常ならざる量の、一切両断の剣の出現にウルは気が遠くなった。
「では、死になさい」
そしてそれらが躊躇無く飛んできた。
『あいっかわらず女運ないのお、おぬし!』
「この地獄かいくぐったら一千発顔面殴打するからなてめえ!」
ウルとロックは背中を向けて一目散に逃げ出した。




