頼み
「無茶苦茶だな……」
ウルは目の前の光景への感想を述べた。
螺旋図書館の地下空間の異様さは既に体感済みだったが、地下深くに進むごとにその異質さは跳ね上がっていった。まだ上の方は螺旋図書館の形は最低限保っていたが、深く潜る程に形が歪になっていく。
通路や階段をまっすぐ下っている筈なのに、気がつけば以前いた場所に戻っている。あるいはそう勘違いしていただけで、似たような空間に戻ってしまっただけの可能性もあるのだが、全く判断がつかない。
まるで空間が歪んでいるような感覚、大罪迷宮の深層に近い肌触り。
いや、実際の所そうなのだろう。まさにここはシズクの迷宮の深層――――あるいは
「方舟の深層か……」
ウルは自分の言葉に怖気を覚えた。だが今この時点でびびっても仕方が無い。
遠く、地下深くの方から激しく何かがぶつかり合う音が響き続けている。間違いなくディズとシズクが戦い続けているのだ。ならばやはり怖じけてもいられない。
「先にザイン達と合流出来ればすりあわせしやすいんだがな……」
とはいえ、合流以前にまず目的地にたどり着けるかどうかすら怪しいところではあるのだが、と、そう思いながらもウルはどんどんと階段を下っていく。すると道が広がり大きな広間に出た。
大きな広間はそのままゆっくりと坂道のようになり、地下へ地下へと続いていく。まだ先があるのかとウルが考えていると、その広間の中央に――――
『おうウル、まっとったぞ、カカ!』
「何やっとんじゃいお前」
――――骨が二輪車の前でサムズアップしていた。
『乗ってくカの?』
「乗る」
ウルは乗った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
全てが人骨によって作られた二輪車は、ウーガでロックと共に乗り回していたときと比べて更に無駄が削ぎ落とされて、走行に適した形状に変貌していた。乗り心地は悪くなく、走る速度も快適だ。わざわざ背もたれまで用意されている。
ウルはそれに乗り込み、背中を預ける。ロックもまた、気にすること無くウルを乗せて、地下深くの螺旋図書館を突き進む。本来であれば絶対にこんな乗り物で爆走してはいけないであろう場所を走るのは、状況を考えなければなんというか痛快ではあった。
「んで?」
『なにカの』
「アイツは元気かよ」
ウルは尋ねた。
『やばいのう』
ロックは応じる。
「やっぱやばい?」
『まあのう。今がいっちばん危うなっとる』
「手の平で転がすようにバベルの塔支配したみたいだが」
『悪巧みでヒトを貶める時は元気なんじゃがのう!カカカ!!』
「最悪な女だ」
二人は笑った。実際、酷い女だった。
『――――じゃが、気を抜くと途端に命が希薄になる。今の主は絶不調じゃな』
「絶不調でイスラリア滅ぼしてりゃ世話ねえが、まあ、なるほどな」
彼女がどこか危なっかしさを秘めていたのは皆が知っていた。
だが真に彼女の心の危うさを理解していたのはウルと、次いではロックだろう。
「昔話を聞く限り、それも納得だがな」
『ほう、主の昔話きけたんかの?どうじゃった』
「悲惨」
『じゃろうなあ』
「主な首謀者の大半は、もう死んじまってたから文句も言えない」
『少しくらい残して欲しかったのう』
「全くだ」
車体が少し揺れ、段差を乗り越えて駆け抜ける。みるみるうちに景観は更なる地下深くへと進んでいく
「助かったよ。あの女を一人にせずに済んだ」
『恨まれてると思ったがの?』
「イスラリアの兵士はお前のこと罵ってるがな。骨暴れすぎ」
『カカカカカ!!!ええのう!悪評だろうと広がるのは気分が良いわ!!』
「あの女の悪評を分散させるためか?」
『カーッカカカカ!!買いかぶりすぎじゃのう!』
景観が更に変わっていく。最早図書館だった場所は殆ど残っていなかった。おぞましい血肉の迷宮をロックとウルは突き進んでいく。
周囲にはいくつもの破壊痕が見えた。恐らくは、ディズとシズクが戦っていった痕跡だろう。アカネも大暴れしていたのか、地上へと伸びた緋色の大樹があちこちで伸びていた。
『しっかし、まあまあ、楽しいロスタイムじゃったのう』
「ろすた……なんて?」
『おお、この言葉は残らなんだカ?サッカーの、弾蹴りゲームのルールじゃよ』
「……記憶戻ってたのかよ」
『最近思い出した!』
「感想は?」
『あんま面白くないのう?イスラリアと世界の戦争で死んだ老兵じゃった』
「思った以上の大昔だこと」
『生まれが戦争末期じゃったからのう。まあ殺し殺されの記憶しか無いわ』
「で、今はあらゆる遊びに手を出しまくる放蕩ジジイか」
『反動カの?若い頃ちゃんと遊んでなかったからのう」
「若い頃(生前)」
走行中の震動の激しさが増す。骨の車体のどこかが破損するような音も響いた。グラグラと揺れ、車体が倒れる。ウルは着地するが、骨の車体は崩壊を始めていた。『おっと』となんでもないようにロックは自身の形を人体に戻すが、身体の一部の崩壊は続いている。
「――――死ぬのか?」
ウルは尋ねた。
『もう死んどるのう』
ロックは応じて、肩を竦めた。
「そういうのはいい」
『カカカ!全く、最強の剣の使い手はおっそろしいのう!!』
「ユーリか……もう彼処まで来ると剣士か疑問だがな。別の何かだろ」
『そもそも死霊の身は寿命も限界もあったからのう……まあ、自業自得じゃの』
言うまでも無く、彼と彼女はイスラリアという世界を破壊する天敵だ。言い訳の余地はない。討たれるのはしかるべきといえるだろう。二人を仕留めようとする方舟側の方針にウルは一切の文句は無かった。
だからただ、目の前で友が崩れていくことを惜しんだ。
『お主との旅路は、楽しかったぞ、ウルよ』
「まあ、俺も楽しかった……いやまあ、正直簡単に楽しかったといいたくもないが」
『ひねくれとるのう』
「しょーがねえだろ」
ウルは崩れていく友の姿に一瞬、強く痛みを堪えるような顔をした後、笑った。
「じゃあな」
『うむ――――ところで、最後に一つ頼まれてくれんカの』
「頼み?」
『アレじゃ』
ロックは顎をしゃくる。ウルが向かう下り道の先。ウルは釣られてそちらを見た。
「ようやく来ましたか――――まあ、何がどうあろうとも斬り殺しますが」
両断された大量の七首竜を踏みつけにして、無数の飛翔する剣を携え、ヒトならざる領域に到達した剣神が 君臨していた。
『うむ、ワシひとりではちょーっと厳しいのでな。ちょいと乱闘頼むわ!』
「――――オイオイオイちょいちょいちょい待て骨コラ」
『いやー、主のとこにあのままつれてったら確実に主殺されてまうからのう』
ウルは、全身から汗が噴き出すのを感じた。しんみりとした感傷なんてものは一瞬で消し飛んだ。恐らく現在のプラウディアの中でもっとも危険なデッドゾーンに首を突っ込んだと言う事実に冷や汗が止まらなかった。
『せめてもう少し気勢を削いどきたくてな!!すまん!!手伝ってくれ!!!』
「ちょっとまてなに再生してんだ!!そんまま死ぬ流れだったろてめえ!!!」
『もう死んでるの?』
「死ね!!!」
「漫才は終わりですか?」
ウルとロックは身がまえる。殺気が満ち満ちる。ヒトが発するほどの濃度の代物では既に無かった。空間が揺れ、迷宮がまるで怯えるように鳴動し、震える、
ただ一体の生命体が放つ圧のみで、全てが押しつぶされようとしている。
「では、死になさい」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【|達成不可能任務・灰王勅命 惑星破壊】
【終焉災害/剣 討伐開始】




