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竜呑ウーガの死闘Ⅱ⑬ 我らが

 銀の眷属竜は母に託された力が鏡の女王、ミラルフィーネに対抗するためのものであることを理解していた。それほどまでに警戒しなければならない相手であるという事実を理解していた。

 鏡、簒奪の精霊の脅威は母の記憶から引き継ぎ、理解している。銀竜に慢心は一切無かった。母の心身を護るために生まれた竜は、その為だけに全力を尽くすことを決めていたからだ。

 倒しきる。殺しきる。その覚悟でいた。だが、


「【九王鏡】」


 今のこの女王を前にどこまでできるか、怪しかった。


 女王の周囲に九つの鏡が旋回する。先ほどまで矢継ぎ早に創り出してはこちらの攻撃に遭わせて魔力を使い捨てていたような、もろいものではなかった。それが彼女の周囲を旋回し、瞬く間に周囲の銀糸全てを奪い取っていく。ソレまでのものとは比較にならない速度の簒奪だった。眷族竜の周囲の銀糸は瞬く間に奪われ、アドバンテージを喪失していく。


『――――!!!』


 好きにさせてはならない。

 そう確信し、眷属竜は即座に動く。残された銀糸にいる銀竜達に呼びかけ、鏡に攻撃をたたき込ませる。あるいは牽制し、その動きを抑制しようと試みた。


 そう、試みた。だが、それは本当に試みただけにとどまってしまった。


『A――――!?』

『A A    』


 鏡は止まらない。

 仕掛けてきた銀竜達の攻撃を一切回避せずに丸呑みし、更にそのまま銀竜本体すらも穿ち奪う。しかも恐るべき事にそれでとどまることが無い。十数体の銀竜達を丸呑みして尚、鏡は美しい輝きを保ちながら旋回を続ける。


 器としての容量が異様だ。


 何事も容量というものがある。簒奪したとて、納める器が無ければすぐに零れて台無しになる。使い物になんて成らなくなるはずなのだ。だが、底が見えない。彼女の纏う黒い闇のように、闇夜の空のように、無限に墜ちていく。


 大喰らいにも程がある!


『AAA――――!』


 眷属竜は飛ぶ。自身の翼を翻し、鏡にたたき付けると双方は簒奪を起こすことなくはじけ飛んだ。力が相殺された。こちらが一方的に“簒奪”の力で上回る事はなかったが、破壊は可能だろう。

 銀竜達は銀糸の再生成に集中させて、眷属竜は更に飛ぶ。


『AAAAAAAA!!!』


 叫び、飛ぶ。精製された銀糸に潜り、自身と同じ簒奪の力を込めた刃を形成し、放つ。鏡はやはり吸収せずに跳ね返る。

 破壊には至らぬ。だが、それでかまわない。狙うべきは本体だ。


『【A】【A】【A】』


 鏡の女王周囲にある銀糸全てが輝く。一斉に【咆吼】を解き放ち、焼き払う。光り輝き視界の一切が塗りつぶされるが、視覚に依存しない眷属竜には何の問題にもならなかった。光の中でも、女王の位置を見失いはしなかった、


 ――正面からではどのような攻撃であろうとも奪われる。ならば死角から脳を穿つ。


 咆吼の轟音と閃光に紛れ、銀竜は飛翔する。途中途中、銀糸の中に潜りその身と音を隠し撹乱させながら全く近づき、翼を刃のごとく研ぎ澄ませた。

 女王は最初の位置から動かない。全方位からの咆吼に戸惑っているのか、あるいは待ち構えているのか判断出来なかったが構わなかった。そのまま真っ直ぐ射程圏内へと飛び出した。


 ――母のためにも、ここで殺す。


 その一心で、光のごとき速さで銀竜は飛んだ――――が、


『A,AAAA!?』

 

 途端、自身の身体に突如として銀の糸が絡みついた。何故か、と眷属竜は戸惑い、そして自身が身を潜ませていた銀糸の先に、女王が展開したあの鏡が存在していることに気がついた。


 ――違う。これは銀竜達が創り出した糸ではない。


 女王が簒奪し、改めて張り直した銀糸だ。

 単純なトラップに絡めとられた。その事実を銀竜が理解した時には、既に彼女は間近に迫っていた。糸に絡め取られた銀竜の首をつかみ取ると、まさしく冠を戴いた女王の如く強く重い声で命じた。


「墜ちろ」

『A――――!?』


 純粋な暴力によって眷属竜は叩き落とされる。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ジャインはエシェルの命令に従い即座に準備を整えていた。

 彼女が戦う銀糸の結界、その中央部に兵士を集中し準備を重ねた。銀級のジャイン達であっても最早エシェルと銀竜達の戦いは追うことは困難だ。しかし完全に追うことが難しくとも、戦闘がどう推移し、そして上手くいった場合どこに落ちてくるか、予想を立てることは出来た。


「来たぞ!!」


 ジャインが合図を出すと同時に空から眷属竜が堕ちてきた。場所はまさしくドンピシャだ。配備した部下達も近づきすぎず、竜からの【咆吼】には届かぬほどの距離感だ。


「今だ!!たたき込め!!!」


 彼等に合図を送り、一斉に攻撃を開始した。


「ガザ隊!レイ隊!全員攻撃に回れ!」

「押さえ込め!!直接は触れるな!奪われるぞ!!」

「【竜殺し】を使いなさい!!消費をためらわないで!!!」

「こちらの攻撃への吸収に集中させろ!身動きさせるな!!!」


 まさに一糸乱れぬ連携となった。【黒炎払い】達を加えて、更にずっと続けてきた訓練の成果が現れていた。その訓練を誰よりも熱心に促し指導していたのがシズクであったという事実を考えると皮肉でもあったが、今は彼女の心中を察している場合ではない。


 一切躊躇無く、ジャインは攻撃をたたき込む。そして同時に更なる支援が来た。


「オラァ!!用意してやったぞ!!!」


 ジャインの背後から雄々しい声が響いた。振り返ると【ダヴィネの工房】で働く職人達がダヴィネに率いられやってきた。彼等は全員、【竜牙槍】を掲げている。ダヴィネの持つそれは、彼等のソレよりも更に大きい。


「そのままぶちかませ!!!」

「おおよ!!」


 一斉に放たれた咆吼は、無数の獣が一斉に食らいつくように、眷属竜を穿ち貫く。


『AAAAAAAAAA!!?』


 これまでとは明らかに違う悲鳴のような声が響く。ジャインは手応えを感じた。このタイミングだと確信し、更に指示を強く出す。砲撃は更に強くなった。このまま一気に圧殺する――――


『――――AA』


 ジャインの判断に穴があったとするならば、見落としがあったとするならば、それは彼がこの戦場に集中していたが故に起こったことだろうか。

 騒音に紛れてウーガの外で起こった地響きは、グルフィンが機神をその拳で穿ち、そして倒した音だった。機神と、それにとりついた粘魔はその一打によって倒れ伏した。


『【A】』


 が、しかし、その機神にとりついていたもう一体の眷属竜は、機神という巨大人形にその身を依存してはいなかった。自身が操っていた機神が崩壊したとみるや否や、もう一体の眷属竜は即座に離脱し、そしてウーガの上空へと迫っていた。

 そして自身の片割れを救うべく、残された銀糸の全てを刃へと変え、片割れを囲い込む全ての戦士達を切り裂き穿つために力を放たんとした。


「【魔機螺よ!!!】」


 直後、ジースターはそのもう一体の眷属竜へと飛びだし、刃をたたき付けた。


「おおおおおおおお……!!!!」


 ジースターは死力を振り絞った。竜の力によって跳ね返ってくる力を、更にその上から展開した鎧によって押さえ込むという無茶苦茶を押し通していた。

 吸収、反射、そして自らの攻撃

 やはりその全ては同時には出来ない。だから、敵が“反射”を行っている最中の攻撃は通るのだ。無論、その間に自分はダメージを喰らい続けるという問題点を無視すればだが。


「っぐうぅ……!!」


 物理的な刃の衝撃すら、同等の力となって返ってくる。いかに今装備している防具が天才ダヴィネの創り出した完璧なる装甲であったとしても、返ってくる衝撃がそれと同じくその天才が創り出した剣によるものであるなら意味が無い。

 鎧が砕け、砕けて、血肉に食い込んでいく。そのダメージに歯を食いしばりながら、ジースターは眷属竜をウーガの防壁にたたき付けた。


「隊長!!!」

《撃てェ!!!》

『AAAAAAAAAAAAA!!』


 次の瞬間、近くに控えていた戦車の砲撃が銀竜を直撃する。直前に眷属竜を押さえ込んでいた鎧の装甲ごと打ち抜いた。竜の悲鳴に、攻撃が通ったのだと理解しながらジースターは更に動いた。


「【魔機螺展開・疑似再現……!】」


 残された鎧の全てを攻撃に転じる。傷を押さえ込んでいた装甲も全てを使い、血が噴き出し始めたが気にしない。今は、この好機に、全てを費やさねば倒しきることは出来ない。


「【魔機螺・天賢!!!】」


 機械の鎧が、無数に重なり積み重なって一つとなる。

 創り出されたのは巨大なる拳だった。かつてジースターが仮初めの主として仕えた友の技を再現する。強く激しく握りしめられた拳は本来のソレと比べてあまりにも不細工で、激しい異音をまき散らした偽物であったが、それでも形にはなっていた。


「【天罰覿面!!!】」

『AA――――!!?』


 ジースターはそれを全力でたたき込んだ。眷属竜の反射でその大半は自らの力で奪われた、が残るいくらかは眷属竜に突き刺さる。眷属竜の悲鳴が聞こえた。ソレと同時にその身体が光り輝き、全方位にたたき込まれる咆吼が放たれる。


「っぐ!?」

《うおおおおお!?》


 ここまでやってまだ動く!?


 驚愕している間に、眷族竜は拘束から抜け出して、その場から即座に離れる。

 向かう先はウーガの広場で叩きのめされているもう一体の眷属竜の場所だ。

 



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「まだ……!」


 カルカラは眷属竜達が未だに動く姿に歯を食いしばる。

 絶望するわけではない。竜がどれだけ恐ろしくしぶといのかはカルカラだって知っている。だからこそ油断なく、ここまで全力で攻撃をし続けてきた。

 だが、それでも、ここまでやってもまだ墜ちない!


「【本当に、シズクは凄まじいわね】」


 そんなカルカラの心中を察するように、銀糸への干渉をつづけていたリーネが同意する。


「【知ってる。分かってる。本当にあの子は凄い。だけどね】」


 白王の力によって自らを研ぎ澄ませ、言葉そのものを魔言のように震わせながら、彼女は握る杖に力を込める。その瞬間、ずっとリーネが干渉し続けていた銀の糸が更なる光を放ち始める。


「【独りで勝てるわけが無いのよ】」


 ウーガの至る所に展開し、蜘蛛の糸のように伸びた銀の糸が一斉に光り輝く。それらはリーネの意思に応じるようにうごめいて、形を変える。ウーガを遙か上空から見つめる者がいれば、それが何を引き起こしているのか分かるだろう。


 眷属竜が生み出した銀の結界、それが形を変え、巨大なる魔法陣に姿を変えていく事に。


「【開門・白王降臨】」


 そしてリーネはその力を解き放った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『『AAA――――』』


 対の眷属竜は互いに混じり合う。死に瀕した互いの肉体を互いが補い合う。擬似的な相克の儀式により、互いの傷を回復し更なる強化を行う切り札。

 敵対者からすれば理不尽極まるだろう。

 しかし眷属竜側に余裕は無かった。


 強化術――――!?


 ウーガ全体が白い光に包まれていく。それが自分たちの結界、銀糸に干渉した術者による大規模魔術であることをすぐに理解した。だが、止められない。攻撃の魔術なら対処はできるが、これは自分への攻撃ではない。こちらの特性を理解し、直接的な攻撃を避けたのだ。

 強化の魔術。ではその強化魔術は誰を対象としたか。


 何を?

 否、何を強化したかなんて、わかりきっている。

 鏡の適性を持つ自分に対抗し、自分に対して有効な攻撃手段を有する者。

 

 ウーガの最高戦力。竜呑みの姫君。


「ありがとう、リーネ」


 ウーガ全てを使った巨大な魔法陣の力、その全てを受け取った女王は混じり合った眷属竜を睨む。彼女が従えていた無数の鏡が、その額を打ち破った。最早、鏡という《枠》すらも必要ではなくなったのだ。

 彼女のドレスと同じ、黒い闇があふれ、零れ、空間を満たす。

 竜が引き起こす空間の迷宮化現象。それを、ただのなんでもない精霊と混じった少女が引き起こしたのだ。


「お前達がシズクを大事に思ってるのはわかった。だけれども」


 【鏡】変じて【簒奪】を経て、【夜】へと至った女王は静かに告げた。


「私たちだって同じだ」


 ――成ってしまった


 眷属竜は確信した。

 とうとう完全に、自分達の手では全く負うことのできない存在へと至ってしまった。さりとて、そうであったとしても、と、竜は飛ぶ。 最早周囲の戦士達は全て無視した。残る全ての力を注ぎ込んで、眷属竜は飛翔する。流星の如き速度で空を駆け、あらゆる全てを飲み込む化身と化した女王へと特攻をかける。


「【宵闇よ、月を隠せ】」


 音は無かった。

 真っ黒な闇が視界全てを包み込む。次の瞬間何も見えなくなった。

 肉体も、意識も力も全てが解けていく。ただただ闇に飲み込まれて戦うことすらできなかった。


 ――ああ、母よ


 それでも最後に想ったのは母のことだった。

 母の無事を、その安寧を祈りながら、眷属竜は闇夜へと沈んだ。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「おお……!」


 戦士達から戦くような声が響く。

 ジャインも気持ちは分かった。女王の黒衣のドレスが翻り、真っ黒な影が広がった。ジャイン達の視界すらもその影が覆い尽くし、一瞬何も見えなくなった。そして次に視界が広がった時には白銀の竜は姿を消した。

 ウーガ全体を覆い尽くしていた銀糸も光に包まれて空に溶けて消えていった。


 我らが女王がやり遂げたのだ。それだけは分かった。


「ジャイン」


 その彼女が、空から降りてくる。ジャインは自然と居住まいを正した。

 女王の姿は普段の慌ただしい年相応の少女のものからはかけ離れていた。近づく者全てを平伏させるだけの重厚なる王気に満ちていた。


「被害状況を確認しろ。確認完了次第、再び住民と戦士達の避難作業を再開する」


 端的なエシェルの命令に対して、ジャインは自然と、速やかに跪き一礼した。ラビィン含めた他の白の蟒蛇の戦士達も同じように、彼女へと平伏した。


「承知いたしました。我らが女王よ」


 【終焉災害/宵闇の女王】はここに至った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 こうしてウーガでの激闘がひとまずの区切りを迎えた。

 機神は墜ち、銀竜は失せ、銀糸の拘束が解かれたウーガは再起動を果たし、間もなくして禍々しきバベルへと迫る。方舟イスラリアの中心地、プラウディアの戦いはバベルの塔へと収束しつつあった。


 そのバベルの塔、地下深くまで突き進んだ灰の王は――


「…………迷った」


 迷子になっていた


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― 新着の感想 ―
[良い点] 終焉災害のバーゲンセールじゃん!いいぞもっとやれ!!
[一言] この流れだと、ロックとリーネも終焉災害認定どこかで成りそうだけど……色々ヒンドい。とくに、まだ終焉が来るのか的な意味で。
[良い点] 今1章から読み直してるけど、ウーガの章ではあんだけ迷走エシェル見捨てて反発してたジャインが、改めて忠誠を誓うのがエモい
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