警告
陽月戦争開始前
竜呑ウーガ、会議室にて
「――と、ここまでが現状の前提情報。皆、大丈夫?」
戦いが始まる前、ウーガに住まう住民達は一同に集まり、最後の打ち合わせをしていた。
【歩ム者】を中心としたウーガの住民達には既に一度、太陽神、邪神、方舟と魔界の関係性を説明している。あまりにも刺激が強すぎる内容のため選定し、言葉は選んだが、最終的には全員が飲み込んだ――
「……正直、全部聞かなかったことにしていいっスか?」
「帰りてえ……」
「太陽神様……なんてこと」
「なんで、こんなことに巻き込まれてんだよ……」
「……アレだろ。絶対ウルがなんか呪われてんだろ」
「ウルだしなあ……」
「ウルだものね……」
「傷つく」
「よーし、大丈夫じゃなさそうね。続けるわよ」
――かは怪しかったが、少なくとも席を立つ者はいなかった。なのでリーネは話を続行した。既に半数以上がグロッキーだったが、話さねばならないことはまだまだある。
皆、疲労困憊といった具合だったが、その中でも比較的マシだったジャインが手を上げ、尋ねる。
「まあ、とりあえず……とりあえず“このプラン”には二つの神が必要ってのはわかったよ……だが、そのプラン自体、大丈夫なのか?」
「どうかしらね」
「おい」
突っ込みが入った。しかしリーネはしれっと肩を竦めた。
「残念だけど、保証はないわ。流石の“あの男”もやった事なんてないでしょうし。とはいえ、私や魔界の研究者も確認して、精査したわ。ノアもね」
プランの可不可に関しては可能な限り調べ尽くした。その上それらは全て机上の空論でしかない。実際に試してみたら失敗やイレギュラーが起こる可能性は当然、否定出来ない。それが保証出来るならそれこそ神だ。
「この状況で、それ以上の保証は、まあ贅沢か……了解」
ジャインはため息をつくと共に引き下がった。その点についてこれ以上つつくものは出なかった。代わりに
「邪神がいなくなるってことは、魔物や迷宮がなくなるのですか?」
そう確認するのはグラドルから出向してきて、そのままウーガに定住することになった魔術師だ。彼女の問いに対して、リーネは「ふむ」と小さく頷いた。
「まあ、少なくとも今のように、明確な人類の敵対存在ではなくなるかしらね」
「濁す言い方だな」
元黒炎払いの戦士が訝しむ。「そうね」とリーネはソレを認めた。
「消え去りはしないって事よ。二つの神を使ったプランは悪感情への対処も含まれているけど、【廃棄】ほど完璧じゃあないわ。影響は残るわよ」
「魔物が完全には消え去りはしないと」
「迷宮もね。竜が介在しない自然発生の迷宮だって存在するでしょう?」
魔力の影響によって、迷宮出現以前に存在し、放棄された遺跡がそのまま迷宮化することは起こっていた。侵略としての、意図的な迷宮発生が起こることがなくなったとしても、自然現象としての迷宮化は起こらない保証がなかった。
魔物も同様だ。迷宮で出現する魔物は悪感情を元に作られている。その大本が魔界で【禁忌生物】として出現することを考えると、取りこぼした悪感情は必ず暴れるだろう。
完璧とはいかない。そういう結論に至る。
「まあ、でもそれで、“外の世界の汚染も解決する”。それは、良いんじゃねえの?」
そう言い出すのはガザだった。彼は、隣の席に座る魔界の兵士達。コースケを見て笑いかけた。
「コースケ達の故郷が滅んじまうのは、あんまりだしな!」
「……」
ケラケラと笑うガザに、コースケは気まずそうにうつむいた。他の魔界の兵士達も悩ましそうな表情を浮かべている。とはいえ、それは仕方が無い。彼等に限らず困惑している者の方がこの場では多い。その為の説明会なのだ。
「だけど、当然、良いことばかりでもない。そうなのだろう?」
そう尋ねたのはコースケの上官の男だった。シシドという男の問いかけに対して、リーネは頷いた。
「このプランは、太陽神も失われる。その影響も大きいわ。とてもね」
「七天達が力を使えなくなる?」
世界を守護する【七天】、彼等が使う力が太陽神のパーツであった以上、太陽神が失われると言うことはその権能が失われるに等しい。勿論、当人達が死ぬわけではないが、決して軽くはない。特に――
「――影響が顕著なのは【天祈】ね」
【天祈】のスーアが使っていた力、精霊との交信が可能な力が失われる事の世界への影響はとてつもなく大きい。リーネは続けて説明する。
「【天祈】は私たちと精霊をつなげる橋渡しであり、制御する首輪でもあった」
「精霊様達が、力を貸してくれなくなる?」
カルカラが不穏そうな表情で尋ねる。彼女に指導されていた神官見習達も一様に不安げな表情だ。
「加護を与えてくれなくなるわけじゃない。ただ、今以上に精霊との接触が難しくなるって考えたらいいわ。少なくとも、神殿で祈りを捧げていれば、それだけでその恩恵が保証されるわけではなくなる」
神殿という箱の中で精霊達と交信出来たのは【天祈】によって精霊達の住まう【星海】をコントロールしてきたのが大きい。それが出来なくなるのだ。当然、神殿は使い物にならなくなるだろう。
「もしかしたら、人類と敵対する精霊まで、現れてしまうかもね。要は、このプランは現存社会を維持しているシステムをいくつも大幅に変える必要が出てくるのよ。場合によっては棄てることにもなる」
「……」
「勿論、魔界側も影響があるわよ。“プラン通りいけば”悪性感情の魔力凝固を解除出来る。だけどその結果、恐らく全ての大地が天変地異のような大騒ぎになる筈」
その説明に、恐る恐るというように、冷や汗を流したグルフィンが挙手した。
「な、なんというか、大丈夫なのか……?」
「大丈夫じゃないわよ」
リーネは即答した。
「お、おい……」
「大丈夫じゃないの。だから」
リーネは強く机を叩いて、ハッキリと断言した。
「そこから先は、本当の意味で、私たち次第なのよ」
その宣言に、全員が沈黙する。軽々しく言葉を発することも出来ない重い空気が流れていた。その重さは、これから自分たちがやろうとしている事の重みだった。
《――――お前達がやろうとしていることは間違っていない》
そんな空気に割って入るように、しがわれた声が通信魔具から聞こえてきた。
この場にはいない。解説補助のためにプラウディアから通信を飛ばしていたザインの声だった。彼はいつも通りの淡々とした声で、しかしハッキリとウル達のこれからの行いについて肯定した。その肯定が少し意外に思えて、ウルは首を傾げた。
「極論、身内びいきだぞ。俺たちのしていることは」
《お前がそう思うならそれでいい。率いるものとして背負うというならそれも間違いでは無い……だが》
区切り、尚も確信に満ちた言葉で続ける。
《これは最初から、超えねばならない問題だったのだ。歴代の王たちがそうしようと足掻いたように、あるいは魔界の研究者達が狂乱のただ中にあってなお抗ったように、誰かがしなければならなかった事なのだ》
「……そうね」
リーネも、ザインの言葉に同意した。
「これは、どうしようとも逃げられない、方舟の内外問わず、全ての人類に降りかかっている問題よ」
その結果、不利益が起こることがあろうとも、放置だけはできない。放置したところで何一つとして、解決はしないのだ。見て見ぬふりして穏便にやり過ごせる時期は、とっくの昔に過ぎ去った。
ならば、進むしかない。
《それを超えようとしているお前達は悪ではない。これは、この負債をお前達に押しつけた側の罪だ。その責は既に払わされているか、これから払うこととなる》
故に、と、ザインはその静かな声ではっきりといった。
《お前達は罪を背負う事は無い。“それは俺達の役割だ”》
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機神スロウス内部にて。
「――……あー」
「やっと、目を、覚ましたか」
「ああ……助かったよ、ミクリナさん」
少し前の記憶を夢に見ていたらしい。ウルはミクリナに起こされて、身体を起こした。
「全く、死にかけた。主にお前の友人の所為で」
「その点に関しては本当にすんません」
ミクリナは随分と疲労していた。装備している鎧の一部が焦げているところを見ると、大分修羅場に突っ込んだらしい。すぐそばでエクスタインも寝転がっていた。息をしているので、死んではいないだろう。
そして、その向こう側では――――
「…………ブラックか」
――――ブラックが居た場所に、死体は残っていなかった。力の使いすぎなのか、それとも自分の攻撃の結果か、黒い跡のようなものだけだ
自分の助けたい相手のために命を選んで、彼を殺した。
それがブラックの望みであったなどと関係ない。それが事実だ。
そしてこれから先、何かを選ぶたび、もっと多くを踏み殺す。
――お前達は罪を背負う事は無い。
「そうもいかねえよ。じいさん」
ウルはそう呟いて、ため息を一つつく。そして立ち上がった。
まだ、ようやく一つが進んだだけだ。やらなければならないことは山ほどある。
世界は未だ崩壊の危機にあるのだから。
「行くぞ。あとはあいつらをなんとかしなきゃ――――っと」
「ッ!?」
次の瞬間、機神内部が激しく揺れ動いた。すっころびそうになったミクリナを支えながら、ウルは面倒くさそうにため息を吐き出した。
「その前に、もう一仕事しなきゃならなそーだな……」




