灰王勅命・達成不可能任務 愚天継承
《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り1分》
「っゲホ、クックク」
魔王は消耗激しい身体を引きずるようにしながら、楽しそうに笑った。
体力も魔力もゴリゴリに削られている。
全身がけだるさと痛みで発狂しそうなくらい不愉快だ。最悪で最高だ。
自らが創り出した不死と腐敗の空間を魔王は突き進む。この空間全てが自分の手足、ブラックの迷宮だ。故に、この空間の存在をブラックは掌握している。そしてこの空間、ブラック以外の生命の気配はない。ウルの痕跡も皆無で、彼がいた場所は【愚星】の残り火が揺らぐばかりで、なにもない。
そう、この【不死の迷宮】に命の気配は存在しない――――魔王の支配する空間には。
「さて、死んだかあ?――――なんて」
ブラックは笑う。笑いながら、上を見上げた。
「そんな訳ねえよなあ!!?ウル!!!」
見上げるとそこにウルがいた。
空間の全てを竜化し、全方位から放たれる神をも殺す愚者の闇。
回避の手段はたった一つ。空間を、自身の竜化によって塗り替える他ない。
「――――――」
不死と腐敗世界。
その天に白い花が咲き乱れ、その花畑の中央で天地を逆さにウルが立っていた。
「1兆点やるよ。死ね」
だが、攻撃のイニシアチブは魔王が握っていた。
腕を上げる。既にウルの回避を予期して力を蓄えていた竜の顎を開いた。既に咆吼のエネルギーは充填済みだった。後は焼き殺すだけ――
――待て、コイツどうやってあの拘束を抜けた?
しかしその刹那、魔王の理性が疑問をこぼす。
直感による確信、ウルならばこちらの攻撃を凌いでみせるだろうというある種の信頼は、理屈全てを置いてけぼりにしていた。 事実、正しい直感だったが、その魔王の中で捨て置いた理性が警鐘を鳴らしていた。
最初の攻撃、空間の支配、その最初に行った拘束からウルは抜け出している。彼はその場で空間を支配し、全方位攻撃から逃れていなかった。こちらの意表を突くべく天井に移動し、その場で天井を支配下に置いたのだ。
どう逃れた。腐敗の泥によってその両足は捕らえたのに―――
「――――足」
ブラックは天井を踏み場に身構えるウルの、その両足を見た。
鎧の具足のように見えたそれは、そうでは無かった。正確に言えば、形が変わっていた。ウルの両腕を変えた竜化現象が、ウルの両足をも覆っている。
魔王がヒントを与えた。【竜化】は武器に限るものではないと。それをウルは体得し、空間を支配した。ならばその要領で防具を強化した?
否、だとして拘束を抜ける理屈にはならない。
ならばと魔王は刹那の内に観察し、理解する。ウルの身体は血にまみれていた。ブラックが与えたダメージ以上の傷が、彼の下半身をべっとりと濡らしている――――
「ッハハハ!」
―――このイカレ野郎、自分で両足を両断して竜の足を生やしたな!?
「【彼岸舞踏・王影】」
次の瞬間、魔王が【咆哮】を放つよりも更に速く、竜の爪が天を蹴りウルは跳んだ。
その速度に、ブラックといえど対応することは出来なかった。
気が付けば彼の身体に竜殺しが突き立っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
両足から伝わる激痛は、朦朧としかけていたウルの意識を正気に保った
その痛みと怒りを力に込めて、天井を蹴る。咆哮が身体を掠め、焼かれる痛みに歯を食いしばりながら、ウルは一気に魔王へと突貫した。
「――――っが!!」
「っぁあああああああああああ!!!!」
【竜殺し】の刃が魔王の胴体に直撃し、ウルは舌打ちする。
【心臓】を狙ったはずだが、寸前で回避された。だが、構わなかった。
そのまま地面へと叩きつけ、ブラックを竜殺しで串刺しにして縫い止め、竜牙槍で魔王の心臓を今度こそ貫き殺す。
気がかりは不死の蘇生だが、アレも無制限ではない筈だ。何度でも死からよみがえるのであれば、この男は必ずソレを前提として戦いを組む。そうしてこなかったと言うことは制限がある。
制限がないならば、敗北が確定する。考慮する必要はない。
「ううううううううううううううがああああああああああ!!!」
魔王は心臓を貫こうとする竜牙槍の刃に自身の手を食い込ませて防いでいた。
掌が引き裂けようとも刃を防ごうとするその行動自体が答えだ。
殺せば死ぬ。ならば殺す!!!
「【微睡めやぁ!!!】」
だが無論、即座に魔王は対応した。周囲が淀み、腐る。串刺しにした地面まるごとに腐り、崩れていく。拘束が解かれる。そうして距離を取られれば、ウルの方が先に力尽きる。
「【白姫華!!!】」
ならば、と、ウルもまたそれを返した。命の流転、生命の循環によって不死竜の世界を喰らう。不死の荒野を生み出そうとした闇に白き花々が芽吹き、花開く。崩れかかった地面に根を張り、結びつき、空間を固定化する。
命の腐敗が花々を即座に腐らせる。だが、枯れ墜ちた花から落ちた種から再び新たなる命が芽吹き続ける。生命の流転、停滞と不死、相反する二つの事象がぶつかり合い、世界を塗り替え合う。異様極まる空間の中心で、ウルとブラックは命を奪い合っていた。
「ぐ、うううううう、ううううううう!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
魔王の身体から舞い散った黒い蝶がウルの身体を穿つ。
ウルは竜牙槍と同時に竜殺しを捻り、臓物を抉る。心臓へとその刃を進める。
両者から零れた血が怠惰によって腐り、腐敗した血に色欲の草花が生い茂る。
生命の冒涜と賛歌がめまぐるしく蠢く。
「「…………っ!?」」
そして限界が訪れた。だがそれはウルでもブラックでもなく、地面だ。
ブラックの一撃によって爛れ、砕けた地面が完全に限界を迎え、一気に底が抜けた。大陸をも砕く魔弾を収める台座も、爆弾そのものも、ウルもブラックも全てが一気に墜ちていく。その隙を一切逃さず、魔王は槍から自分の身体を引き抜き、墜ちていく。
このまま逃げ回るのは魔王の勝ち筋の一つ。そのまま爆発が起こればこちらの目的は失われ、魔王は目的を達成する。爆弾、残り時間、体力は、残る魔力は――――あらゆる情報が一気に押し寄せる。だが、
―――その業を極め、それ以外の全てをそぎ落とした果ての現象。
その一切を、ウルは放棄した。やるべきは一つ。
「穿つ」
崩壊で墜ちていく腐敗と再生の混沌、そのただ中、昏翠の瞳が導くようにその道筋を見極め、捉えた。瓦礫の雨に降られながらも迷うこと無くこちらを狙う銃口、魔王の姿がそこに在った。
ウルは同じく崩落した地面を足場とする。竜の爪は落下の最中で在っても尚、正しく掻いて、主の身体を前へと押した。
「【魔穿】」
全てが墜ちる中、穿つ闇の咆吼をくぐり抜け、灰の閃光が奔る。
無数の瓦礫と機神の断片、その全てを超えた先にある魔王をウルの穂先は捕らえた。
「―――」
「ッハ!!」
刹那、二人の視線は交差し、同時に動いた。
不死の魔弾と輪廻の魔穿、その命運を分けたのは技量の差異でも、才能の有無でもなく、ただ純粋な相性だった。
命の終わりすらも受け入れる生命の循環は、死の嵐を起こす魔弾をも穿ち、切り裂く。
それがただ、有する武器の違いによる結果であったとしても――
「やるじゃん。ウル」
――魔王はそれを賞賛した。
その言葉がウルの耳に届くと同時に、魔王の心臓は穿たれた。
《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り20秒》
「っが!!」
ウルは地面に叩きつけられ、転がった。激痛で体が震える。だが、その痛みのおかげで気を失う事だけは避けることができた。
震える両足になんとか力を込めて、立ち上がると、すぐ傍で魔王の身体が地面に落下する。今度こそ、そこに命はかけらも残ってはいなかった。不死と腐敗の蘇生も起こらず、灰のように崩れていく。ウルはそれを一瞥すると、小さく囁いた。
「……じゃあな、ブラック。アンタ本当に、無茶苦茶だったよ」
ウルは立ち上がり、歩く。そのたびに激痛が走る。限界を超えて、痛みで気を失いそうになるのを無視する。そのままウルは先程から繰り返し警告を叫ぶ方角へと向かった。
《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り5秒》
ウル達と共に落下した爆弾の前に立つ。
自己主張の激しい警報音が全方向に発せられている。既に熱は尋常ではなくなっている。あと数秒でウルは疎か、ウルの仲間達もそうでない者も、全てが灰燼と化す事になる。
魔王から引き継いだ闇を引きずり出して、竜牙槍の穂先に乗せる。
「【愚星】」
脈動する兵器に向かって槍を叩き込む。残り数秒でイスラリアという世界を滅ぼしていた極大の爆弾は、あらゆる道理を全て踏みつけに何もかもが闇に飲み込まれ、その全てが台無しとなった。
ウルを覆う【白焔】も全てが消えていく。
《残り3,2,1―――――――― 》
警報が止まった。
熱も失せていく。闇の中で形を失って、魔弾は崩壊して、風化して、風に吹かれて消えていく。機神の中はそれでも尚騒音に満ちていたが、不思議とウルの周囲は静かだった。
ウルはそのまま深々とため息をつくと、突き刺した槍の柄を握ったまま、がくりと膝をついた。
「…………心臓、止まるかと、思った……!!」
それは疲労と痛みからではなかった。内側からあふれ出る震えからだった。
「ああ、畜生……!くそったれ!!大変ありがたいご指導だったよ魔王様!!!」
ウルは悪態をつきながら、魔王に感謝を告げる。
分かっていたつもりだった。自分は世界の構造を破壊する所業をするのだと。
その結果、多くの人類の運命が狂ってしまうということも分かっていた。
言葉では、分かっていた。
だが、正しく実感できてはいなかった。まだ、認識がぬるかった。
ウルの認識がどれほどなまっちょろいかを、魔王に思い知らされた。
今から自分が、どれほどの所業を仕出かそうとしているのかを、実体験させられた。
そして何よりも――
「こんなもん背負ってやがったのか、あのバカどもは!!!」
――二人の勇者が、どれほどのものを背負わされようとしているのかを理解させられた。
二人は、こんなものを既に背負っていたのだ。これだけの所業を、自らの意思で行おうとしているのだ。必要故、義務故、善性故に、もしかしたら魔王の用意した爆弾よりも遙かに残酷に世界を救い、世界を滅ぼす。
そこに、これから自分は踏み込まねばならない。自らの意思で。
手足が震える。それはギリギリの瀬戸際で爆弾を止めることが出来た安堵故ではない。これから自分が向かう道行きのあまりの険しさに、肉体が、理性が、本能が、身体の全てが恐怖していた。
もう逃げよう。弱音がささやいた。
この期に及んで、仲間達を巻き込んでやってきても、情けない声が漏れ聞こえてくる。
だって、どう考えたって無理だ。
自分は救いようが無いくらいの凡人だ。なのに周囲の連中は、これから戦わなければならない敵達は、一人残らず努力家で、天才で、偉人で、怪物で、宿命を背負い、運命に選ばれている。何より彼等はそうあれと願われている。
そんな彼等の役割を、宿命を、己の願いただ一つの為に破壊するのか。それに巻き込んでもっと多くの、かつての自分と同じ連中を踏み砕いていくのか?
そんな怖ろしいこと、そんな勝手なこと、やってはいけない筈だ。
なら、逃げたって、誰も文句は言わないだろう?
ああ、全部正しい。一つたりとも間違ってはいない。
なのに、
震えても、足は一歩も後ろに退こうとはしない。
手は震えても、槍を手放そうとすることはない。
度しがたいほどに、自分の身体は逃げだそうとしてくれない。
生物として、この世界に生きる者として真っ当でありたいなら、理性と本能に耳を傾けるべきだ。そうしなければならない。分かっている。分かっているはずなのに――――
【だったら、お前は、あの二人だけが世界を背負うのを見過ごすのか?】
声がする。理性の弱音も、本能の悲鳴も凌駕する、何もかもを圧する声が、己の内側から響き渡る。どうしようもなく抗えない声が、木霊する。
取り込んだ、魔王ブラックの魂の残響――――ではない。まったく違う。
その声は、幼い頃からずっと、己の内側から木霊していた声だった。
【良心を引き裂かれて尚、血反吐を吐いて殺し合うあいつらを、見過ごすのか?】
おぞましく、禍々しい、あらゆるを叩き潰すその声は、紛れもない、自分の声だった。本能も、理性も、何もかもを凌駕するほど強く、大きな根源から押し寄せてくる声。
【血涙を流して、地獄の底で殺し合う二人に全てを預けて、見物して、安心するのか?のたまうつもりか】
己の魂の咆哮が、ウルを殴りつける。
此処で逃げ出すと言うことは、ソレを容認すると言うことだ。
安全な場所で、彼女たちの魂の断末魔を、聞かぬ振りをするということだ。
"己”の衝動から、見て見ぬふりすると言うことだ。
【――――ああ、俺はあんな目に遭わなくてよかった、と】
「巫山戯んな」
震えが、徐々に収まる。手足に力が戻っていく。
「誰が認めるか、認めてたまるか。そんなもの」
崩壊し、損なわれていく残骸に突き立った槍を引き抜いて、ウルは立ち上がる。
「あの二人だけに、こんなおぞましいもの、背負わせてたまるか」
そうして、邪悪なる愚天魔王によって、欠けていた最後の一欠片は埋められた。
全身を竜に飲まれ、
神を殺す闇を纏い、
その一切を圧する、凶暴なる意思を持った君臨者。
「武器は揃った。後は――――」
【終焉災害/灰の王】は降誕した。
【終焉災害/愚天魔王討伐戦 達成】
【愚天継承】
【達成不可能任務・灰王勅命 惑星破壊――――初戦、突破】




