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愚天跋扈⑧ 迷宮


 ――何故そんなことをしたの!?此処には全てが存在していたのに!!


 ブラックが、怠惰の神殿を獲得した天愚の力で全てを台無しにしたその日。

 神殿長を務めていた父親や様々な友達。気の良い親戚に親切な仲間達。その全てを台無しにしてグズグズの肉片に変貌させた。だが偶然に、彼の母親は天愚の闇から逃れていた。

 別に、彼女への攻撃を無意識に避けていたりだとか、そういったことはなかった。本当にただただ偶然、彼女が生き残っただけのことだった。天愚の練習が必要だなとブラックはそう思った。


 ―――皆、貴方を愛していたのよ!貴方だって愛していたでしょう!?なんで!!?


 顔が半分爛れた母親が発狂しながら叫んでいる。


 けたたましいな。とブラックは素直に思った。


 普段、彼女や他の家族、友人達に見せていたブラックの顔に本当のことはひとつも無かった。それらしい笑みを浮かべて、それらしく自信ありげに振る舞って、相手が言って欲しそうな言葉をそれとなく並べる。

 それだけで彼等は知ったような顔になって、容易にブラックを信頼していた。全ての【天愚】の継承候補者がブラックに心酔するほどに。


 なんとまあ、つまらない環境だった。


 何もかもあって満たされていたと自分の母親は言っているようだが、信仰の複雑さ故、歴々の王たちが扱いに困り、しかし失うわけにも行かずに作った薄っぺらくて底の浅い箱庭の容量なんてたかが知れていた。そこの住民もたかが知れていた。自分で自分を洗脳して楽園の中で、同じような顔で笑って、同じような話題を毎日同じようなことをして、腐っていた。そんな場所で満たされたからといってなにが喜ばしいのか、ブラックには本気で理解が出来なかった。


 それが、なんとなく、煩わしくなったから

 彼はそれを自分に当てはめようとする神殿を 

 それを望む天賢の王の箱庭を

 イスラリアを自分の望む形に変えようと、そう思ったのだ。


 彼の望む変革の規模に対して、母親の望む幸せの範囲はあまりにもかけ離れていた。血がつながり、十数年間共に過ごしてきたはずなのに、彼女とブラックには致命的なまでの隔たりがあった。


 ―――なん……なんなのよ、お前は……!!


 そしてその事実を、母親も理解したのだろう。深く傷ついた顔をした後に、激しい憎悪と怒りを顔に出した。既に息子に対する愛情なんてものは消え失せていた。


 ―――お前なんて、お前なんて誰にも理解されないわ!!誰にも!!この


 いい加減、喧しくなって、ブラックは【天愚】を放って母親を潰した。あっという間に肉体がグズグズに消えて、跡形も無くなった。別に、その事に対して何かしらの感慨を抱くことは無かったが、一方で彼女が最後に言い残した言葉は少しだけ、心に届いた。


 誰にも、理解されない。


 それは母の呪いの言葉だった。間違いなく深く意図した言葉では無かったのだろう。兎に角相手を傷つけられれば良い、そんな感情に身を任せた発言だった。ただ、結果としてそれがブラックの琴線に触れた。


 そうなのだろうか?


 知識はある。この神殿で読めるだけの資料は全てに目を通して、此処の外の社会形態がどのようになっているかは把握している。一方でそれはあくまでも知識だ。実際に触れて見て、経験するものとは違う。外の世界は彼にとっても未知だ。


 もしかしたら、理解者、同類は一人くらい出会うことになるかも知れない。


 自分が異常なヒトデナシであるのは理解している。故郷の肉親も親戚も友人もその他諸々、自分の欲望のために殺戮したのだ。集団に生きる生命体として異常も異常だろう。そんな異端者が何人も居るとは思わないし、もし偶然出会ったとしたら、殺し合いになる。

 だから、別に出会いたいかといわれたらそんな風には思わない。そもそも彼は孤独であることになんら不自由を感じなかった。他者からどう思われようとどうでもいいし、死ぬまで一人でも恐らく何一つ思わない。だからこれは単なる好奇心。


 自分と同レベルの狂人がいたら、自分はどんな風に思うんだろうという知的好奇心だ。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り2分》


 そして、現在。

 

「楽しいねええ!!ウルよお!!!」

「うるせえよ怪物がぁ!!!!」

「ヒトのこと言えた義理かよ!!」


 死竜の力によってよみがえったブラックは狂喜していた。

 竜の力で死を乗り越え、腐敗の浸食を神殺しの力で破壊する。無茶苦茶な抜け道だった。

 無論、言うまでもなくこの現象を引き起こすためには膨大な魔力を消耗する。無茶に無茶を重ねているのだ。へそくりの神薬も消耗しきった。この後、神と殺し合いが始まるかも知れないことを考えるとあまりにも手痛い消耗だ。

 だが、ブラックは気にしない。むしろそんなこと今は心底どうでもよくなっていた。


「は!!ははははは!!!!ははははははは!!!!」


 消し炭のような状態から完全なる肉体の再生と共に復活したブラックは、そのままウルとの殴り合いに興じた。銃のメリットも無い近接戦闘。二本の槍を振り回すウルの方が分があるように思えたが、関係なかった。双槍のウルを容赦なく叩きのめしていく。


 理由はシンプルだ。

 ブラックが、全てにおいて天才だったと言うだけの話だ。


 近接格闘術も、剣術も、槍術も、ありとあらゆる体術も、遠隔戦闘も何もかも、彼は身につけている。収め、体得し、その全てで非凡な才覚を発揮している。

 彼は天才で、異端で、特異点だった。

 天愚を収める牢獄から外へと飛び出した彼にとって、外の世界はそれまでいた牢獄の中と大して変わりはしなかった。彼の容姿に、知識に、能力に、多くの者達が容易に靡き、そして魅了された。彼に平伏し、縋り付く者は多かったが、彼と敵対する者は少なかった。


 彼が王国を築き上げるのに何の障害もなかった。

 造られた狭い“方舟世界”は彼の思う通りで、あまりにも狭く、つまらなかった。

 唯一、友であり、敵として認めたアルノルドが消えてから、更につまらなくなった。

 だが今は、つまらなくなかった。


「五月蠅え!!!つってんだろうが!!!」


 白蔓で強引につなぎ止めた千切れかけの腕で槍を振り、魔王の身体を貫き、引き裂く。その槍術はブラックの目から見て不細工だ。此方の動きを真似て学び吸収しようとしているが、それでもあまりにも不格好極まった。

 ウルには生まれ持った才能も、培ってきた努力と時間も無い。道理でしか無い。

 なのに、その攻撃を魔王は捌ききることは出来ない。


「砕けろ!」

「…………!!!」


 一直線に突き出された竜殺しから放たれる破壊の力に、魔王の身体は引きちぎられる。弾けた魔へと穂先が開き、竜牙槍の顎が解放される。追撃の砲撃が来る。


「【変貌れ!!】」


 瞬時に実体を伴う幻影を創り出す。盾とし、壁として、そして攻撃としてウルへと一斉に魔王の幻想が襲いかかる。だがウルは逃げも動揺もしなかった。


「―――全部殺せばいいんだろ?」


 殺意満ち満ちた宣告と共に、竜牙槍は変貌する。竜の顎が広がり、散開した魔王全てを喰らいつくさんばかりに広がった。


「【咆哮よ、導を喰らえ】」


 昏翠が輝き、魔王達を捕らえる。次の瞬間迸った咆哮はその軌跡を拡散させた。本体である魔王自身をも焼き払い、穿った。


「が……!!」


 爛れ腐った肉が焼け、真っ黒な血を吐き出しながら、魔王は囁いた。


「【熟れ、爛れよ】」


 口から零れた血が一気に腐敗する。ほんの一瞬で穿孔王国全てを支えていたガスに変わり、それが機神の放つ熱によって瞬時に発火し、爆発を引き起こした。こちらの心臓を狙い特攻を決めようとしたウルはモロにその爆発に吹き飛ばされた。


「っがあああああ!!?」

「【天罰覿面・禍ツ愚星】」


 灼熱に焼かれたウルの顔面に拳をたたき込む。まるでボールのように壁や天井に跳ね返り、最後には壁に激突した。良い感じに色々とへし折れる音も聞こえてきた――――が、その後ウルはすぐさま立ち上がった。


「はは、さい、ごうだなああ?おい!」

「なにがだっつぅの……!!」


 楽しい。

 楽しかった。

 ブラックは人生で初めて、生きているような気分になった。

 そして哀しくもなった。この殺し合いはもうすぐ終わるからだ。

 ウルがブラックを殺すにしろ、ブラックがウルを殺すにしろ、もうすぐ終わる。ブラックはそれを予期していた。そしてそれを止める気は無かった。


「【其は安寧を願う慈悲の微睡み】」


 魔王が手の平を付けた部分から、その周辺が急激に劣化を開始していく。方舟を砕く爆弾を保管するためのホールが、瞬く間に黒ずみ、穢され、浸食していく。


「なん……!?」

「お前が使ってる【竜化】は何も武器だけを対象にするものじゃねえんだぜ?」


 地面を、壁を、天井を、空間を、“全て”を自分とする。

 ウルのいる場所も含めた、一切合切が魔王支配下の【迷宮】となる。


「凌いでみせろよ、死にたくなけりゃな」

「っ!?」


 ウルはがくりと膝を突く。傷を負ったわけではない。爆発的な速度で周辺全てが腐敗したことにより、足下が崩れたのだ。まるで沼のようになりながら彼の足に絡みついて、捕らえた。


「【愚星混沌】」

「ば――――」


 そして汚染されたその全てを、闇が呑み込んだ。


《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り1分》



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― 新着の感想 ―
[一言] 大丈夫。 あと1分でブラック殺して天愚奪って爆弾消せばよい。 できるできる多分w
[気になる点] 個人的にはウルより天賢のがブラックに近い気がする。
[良い点] ブラックは、ある意味幸せですね。最後に、こんな充実した時を過ごせているのですから。
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