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愚天跋扈⑥ 



 機神スロウス駆動区画。


「ああ、いたいわぁ……」


 エクスタインの引き起こした爆発に巻き込まれて、ヨーグは身体の半分以上を焼かれていた。熱の痛み、ダメージが酷い。当たり前ではあるが、ヨーグの肉体は魔王のようになんだって「台無し」に出来る程自由ではない。

 邪教徒としての自分を蔑ろにする日々、そこからの捕縛と監禁、そして脱出。首から下の肉体は新たに造り出したが、これまでのダメージがなかったことになるわけじゃない。


 延命手術もとっくに限界だ。ヨーグは元から死に損ないなのだ。


 だが、死ぬのは別に怖くない。自分には当然の末路だと思える。今ヨーグが気にしているのはそこじゃなかった。


「私の話、全然聞いてくれないヒトばっかり」


 ヨーグは不満だった。最近自分の話を、訴えを、全然誰も聞いてくれない。


「どうして、皆、そんなに頑張るの。頑張ったって、意味なんて無いのに」


 この世界があまりにも悲惨だから、どんな手立てを用いても救えないから、せめて壊れて、辛いも悲しいも無くしてしまおうというのがヨーグの慈悲だ。絶望した者には、この優しさは理解して貰いやすかった。

 もう何も見たくないと、目をつむるのは逃亡ではなく救いだ。


 だから、世界が終末へと至れば、多くの人が賛同してくれると少し期待していた。


 なのに、彼女の前に現れるのは変なのばかりだ。

 勇者や魔王もそうだし、あの灰の英雄もそうだ。

 ミナちゃんは話を聞いてくれたけど、彼女も爆発に巻き込まれたのか見当たらない。

 あの優男はかなりヘンだったからまあ置いておくとしても―――


「壊れてしまった方が、救われるのに――――」


 そう思ってると、足下から黒と白の入り交じった閃光が奔る。竜牙槍の【咆哮】ともまた違う、刃のように固まった剣が、ヨーグの目の前の通路を両断する。その瞬間、二つの影が両断されて開いた大穴から飛び出した。


「ハッハハハハハア!!調子良いじゃねえか!!ウルゥ!!」

「うるせえ!!暴れるんじゃぁ――――ねえ!!!」


 二人の怪物が飛び出した。灰の英雄は足下に倒れたヨーグを一瞥すると、そのまま即座に魔王へと視線を移す。最早彼にとって自分は障害でもなんでもないのだ。


「【揺蕩い、狂い、啼き叫べ】」


 灰の英雄が手をかざす。その瞬間周囲の空間が一斉に弾け飛び、機神を維持するために巡っていた力が弾け狂う。全ては魔王へと向かっていく。


「【変貌れ、廻れ、理よ】」


 だが次の瞬間その無数の刃は全てが花びらのようになって散開した。虚飾の権能を使った魔王は一切躊躇無く自分の城を花で埋めていく。

 だが、そうなることすら灰の英雄は予想していたのだろう。竜牙槍を振りかざし、彼は既に跳んでいた。振りかざした顎に揺らめく禍々しい光球を、ウルは躊躇無く振り下ろした。


「らああああああああああ!!!!!」

「ッッハハハハハッハッハ!!!!!」


 再び、二人が墜ちていく。最早この機神の中は、二人の怪物にはあまりにも狭すぎた。


「無茶苦茶ねえ……あら?」


 そして、ズタボロに砕けた機神の駆動部の中で、奇跡的に二人の攻防に巻き込まれずに済んだ筈のヨーグは気づく。粉砕された機神の肉体。部品に外から大量の粘魔が流れ込んできている。

 故障、ではない。明らかに意図して損なわれた機能を粘魔で補填しようとしている動きだ。その動きに気づいて、ヨーグは目を丸くした。


「ハルズ、貴方もなの?なんなのかしら」


 魔王によって人間の形すら失ったハルズが、その状態になっても尚、この機神の形を保とうとしているのだ。あまりにも滑稽と言えた。とうとう完全に人間ではなくなってしまったのに、彼が馬鹿にしていたイスラリア人――――“人間もどき”達よりも更に悲惨な姿になってしまったのに、まだもがこうとしている。

 どうしてそんなにも生きて抗おうとするのだろう。

 どうして、自分の言ってることを皆、無視するんだろう。


「ああ、でも」


 違うのだろうか。

 本当は、自分が間違っているのだろうか。

 こんなどうしようも無い世界で、もがいて尚、先があるというのだろうか。

 だとすれば―――


 ―――世界の果てを見てやろうぜ?


「……そうね」


 適当なタイミングで、方舟にとっても世界にとっても最悪のタイミングで全部をおじゃんにしてやろうとそう思っていたが、気が変わった。


 見てみよう。


 この地獄の終末戦争を最後の最後まで見てやろう。どうせその後世界がどうなろうと、自分もハルズも死ぬだろうけれど、それでも最後だけは見てやろう。


 私たちだって、頑張ったのだ。頑張っても、どうしようもなかったのだ。


 こんな世界に本当に“その先”があるというなら、見せて欲しい。


「一緒に果てを見ましょうか、ハルズ」


 かつての仲間が暴れ狂う粘魔の渦の中に、ヨーグは壊れかけた自分の身体を投げ出した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 研ぎ澄まされる。

 自分自身が起こした炎に焼かれ、魔王にたたきのめされて尚、意識がハッキリとする。


 あの暗黒の竜を滅ぼした時、

 あるいは輝ける魔眼の竜を滅ぼした時、

 極限の最中と同じ状態が今の自分の中にある。

 それを無意識の中で無く、手の内で制御できているとウルは自覚した。


「ふ、ぅ…………」


 それでも涙が出そうになるほど身体が痛む。炎が熱い。リーネから警告を受けたとおり、白炎は制御できずにずっとウルを焼いて、黒炎でそれを抑える無茶をしている。だがそのどちらもウルの力である以上、魔力の消耗は著しい。

 持ち込んだ【お茶】をまるまる一本飲み干して放り捨てた。

 補充された魔力はその傍からまた燃え始める。尽きればウルは死ぬだろう。


「おや、ウル、神薬つかわんの?」

「ねーよ、あんな超希少品……あ゛あ゛まっず!!!畜生本当にまっず!!!!」

「ちゃーんとアルからパチっとけよ、はっはっは」


 一方で、魔王も薬瓶を飲み干して捨てていた。見覚えのある神薬を収めた薬瓶だ。それだけで向こうは全快だろう。

 一飲みで全回復される理不尽をウルは理解した。グリードは大変だっただろうと少し思った―――いや、アイツはそれ以上の理不尽の塊だったな。同情するのはやめておこう。


「持久戦は不利だなあ?急いで俺から【天愚】奪わねえと爆弾も爆発しちまうしなあ?俺ぁお前の代わりにアレを台無しにするつもりはねーぞぉ?セカンドプランに移行するだけだ」

「…………」

「さあて、どうするどうするどーぉするぅ?ウール?」


 こちらの精神を煽るようにブラックは問う。だが、考えるまでも無いことだ。

 自分のしでかした始末もしなければならない。時間制限など最初から決まってる。


「殺す!!!」

「正かぁい!!!」


 ブラックの歩行術を用いて距離を詰め、再び殺し合いを再開する。猿まね、不細工、なんだろうと関係ない。使えるものは全てを使う。足りないならこれから殺す相手からも学び吸収する。

 全身全霊を使って戦わねば、この男に勝つことはできやしない―――!!


「ハハハ!!!」

「【竜牙ァ】!!」


 懐に潜り込んだ瞬間頭上から闇の拳が降り落ちる。ほぼ同時にウルは既に起動させていた魔導核から咆哮をなぎ払う。闇が焼き払われ、弾けた。だがその衝突で視界が塞がれた一瞬の間に、魔王の姿は消えていた。

 同時に、横っ面に衝撃が走る。禍々しく変貌した巨大な銃でそのままぶん殴られた事に、殴られた後に気がついた。


「っがあぁ!!?」


 骨の軋む音と激痛と共に吹き飛ばされる。しかしそれに悶えている暇は無かった。鈍器のようにたたき付けられた魔王の銃、その銃口がそのまま一切の淀みなくこちらを睨む。


「【白姫華!!!】」


 竜殺しから伸びた白蔓が破砕した周囲の配管、柱に結びつき、ウル自身の肉体を固定する。蜘蛛の巣のようにウルを捕らえ固定し、それをそのまま砲撃のための土台へと変えた。

 強引極まる姿勢で構えた竜牙槍の銃口が魔王のソレと交差する。


「【黒瞋咆哮】」

「【愚星咆哮】」


 二つの黒い咆哮は激突し、空間を呑み込んだ。


《大陸破壊戦略魔弾時限起動まで、残り4分》




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 竜の権能で消費した魔力を補充できるお茶か……… それホントにお茶???
[一言] 千日手じみてるがどうする
[一言] 互いに回復手段アリ、時間制限アリだとジリ貧だぞ…
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