陽殺しの儀⑱
勇者が開いた世界の穴に飛び込んだガルーダは、未知の空間を飛翔していた。
その光景は、恐らく人類にとっても未知の光景だ。多様な色の光が瞬いては後方へと過ぎ去っていく。光が帯のようになって、後ろに過ぎ去っていく。しかし、自分たちが前に進んでいるのかも、ガルーダの外にいるゼロには分からなかった。
風を切る感覚も無い。あえて言うならば転移術を使用している状態に近いが、全てが不確かだった。分かるのは、ここが勇者によって切り開かれた場所であると言うことと―――
「うん、ゴメン。私もこれどうなってるかよく分からない」
「勇者ぁ!!?」
勇者も勢いのままにこの空間を作り出しているという事実である。
正直言って恐ろしいが過ぎる。この場にこの空間のことを理解している者が誰もいないというのは。無理をしてでもマスターか、天魔のグレーレを連れてくるべきだったのかも知れないとゼロは本気で後悔し始めていた。
「私、ぶっつけ本番出来るタイプじゃないからなあ……できれば帰ったら速攻で練習開始したい」
「そんな時間ありません!!!」
「だよねえ」
軽い言葉をかけながらも、星剣を握り、外に出ている自身とゼロを守る障壁を創り出している。それもどこまで意味があるのかわからない。空間内の光の明滅に、異音はますます激しさを増していく。
何も分からない。分からないがこのまま此処にいるようなことは出来ないと言うことだけは分かっていた。
「外に出るにはもう一度穴を空ける必要があるけど、どのタイミングかは分からない」
「ではどうすれば!?」
必死に問う。すると勇者ディズは何故か少しだけ、自信満々といった表情で頷いた。
「天才を信じよう」
次の瞬間だった。ガルーダが飛翔する先で、新たなる“亀裂”が生まれた。
その亀裂から一瞬漏れた星天の輝きを見て、勇者は眼を細め、そちらへと剣を向ける。
「ガルーダ!」
《―――――!!》
主の命に従い、機械の鳥は再び羽ばたく。光と音で溢れ、飽和する寸前の空間から抜け出して、一気にその亀裂へと飛び込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そして、次の瞬間にはディズ達は外の世界、即ち【大悪迷宮フォルスティア】の外、見覚えのある【真なるバベル】を眼下に見下ろせる上空に再び帰還していた。
「出た!!けど―――!?」
が、しかし、その事に安堵する猶予は何一つとして存在していないことをディズは即座に理解する羽目になった。眼下にはバベルが見えるが、上空にはついさっき自分たちが内側にいた【大悪迷宮フォルスティア】が存在している。中に侵入したときとは異なる形状で鳴動し、【天陽結界】とディズが創り出した巨神の柱を砕きながら落下を続けている。
観察するまでも無く、全ての限界が近いのは明らかだった。
「早いご帰還ですね」
「ユーリ」
そして、出現したディズ達を、即座にユーリが出迎えた。ガルーダの背に華麗に飛び乗る彼女の姿は、出て行く前と違う。【神剣】の加護を全身に纏った姿だった。
剣士の姿からは遠くかけ離れた異様にして神秘めいたその姿にディズは一瞬言葉を失うが、すぐに首を振って目の前の大問題に意識を集中した。
「状況は?」
「グレーレ曰く、もうすぐ貴方が出てきた迷宮が爆発四散してプラウディアという国まるごと消し飛ぶ予定となっています」
「わあ」
分かっていたが本気で碌でもない状況だ。しかしグレーレがそう言うのであれば間違いなくそうなるのだろう。本当に息つく暇も無い地獄である。シズクは本当にこちらに隙を与えてはくれなかった。
「で、どうするの?斬るの?あの迷宮」
「出来るわけ無いでしょう!?」
ディズの提案にゼロは目を見開いて叫ぶ。が、ユーリは平然と頷いた。
「出来ますよ」
「出来るんです……?」
「まあ、迷宮である以上、実体がこの世界全てに顕現しているわけではないでしょうが……自分から此方の世界に干渉しようとしている今なら出来ます」
ゼロのユーリを見る目が、“自分を上回る強者”から“形容しがたい謎の生命体”に変わりつつあったが、今は気にしても仕方が無い。
「が、斬っても爆発は止まらないでしょう。それでは意味が無い」
「そうだね」
「なので爆発させて爆発を斬ります」
「オッケー」
その短いやりとりでユーリはガルーダから飛び、ディズは星剣を再び構えた。
「スーア様に大部分貸し出してるから、限界はある、けど……!!」
星剣が輝き、力を増す。既に砕けかけていた巨神の拳に加え、新たなる拳が植物のように空中庭園から伸びて、天へと突き出る。
「【神罰覿面・六輪陣……!】」
ディズはその感覚に悶えた。【天賢】あるいは【神賢】、かつての王たちが使っていた力はやはり、とてつもない圧力がある。ただ使うだけでもこれだ。それを更に行使し続けて、ひたすらにイスラリアを守るための人柱としてその命を使い続けてきた歴代の王たちの献身には全くもって頭が下がった。
そう、彼らの努力を思えば、この程度なんて事は、無い!
「【神拳・重ね】」
出現した巨神の拳全てに、金色の籠手が出現する。破魔の力を宿した巨大なる神拳の籠手は眩く輝き、天空で激しく明滅し、今まさに炸裂しようとしている“迷宮”を睨んだ。
そして、間もなくして迷宮は縮み、そして一気にその内に秘めた力を炸裂させる。
「【破邪神拳・六鐘共鳴】」
まさにその瞬間、神の拳は一斉にその鐘を鳴らした。悪意と破壊にまみれた迷宮の魔力、そこから生み出されるエネルギーの奔流に合わせて一気にその力を砕いていく。
空中庭園にいる兵士達は奇妙な体験をした。
破壊、轟音、光、それら尋常ならざる爆発が起こっているにもかかわらず、自分たちには傷一つ無く、熱も感じない。常人であれば体験することはまず無いであろうその光景を「美しい」と感嘆さえしていた。
そして、彼らの視線の先に、一人の影が飛び出す。
星天の輝きに包まれた一人の少女、剣士に在らず、剣として覚醒した少女がその身を振るう。六鐘の聖なる鐘の音すらも押し切って、眼下の全てを焼き払わんとするエネルギーの塊を、畏れるでもなく、見とれるでも無く、ただ見据え、そして振るった。
「【終断】」
その瞬間、巻き起こった爆発そのものが、彼女の一閃によって切り裂かれた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
無論、その光景を見た兵士達にはそれがどのような現象であったのかを理解することは出来なかった。だが、事実として彼らの目の前からあの恐ろしくも禍々しく脈動していた“卵”のような迷宮が消え去り、巻き起こった爆発も、星天の閃きによって粉みじんに切り裂かれた。
数瞬遅れ、彼らから歓声とどよめきが巻き起こった。
「やったぞ!!流石のお二人だ!!!」
「すげえや!!マジでなにやったんだかわからねえ!!」
しかし、そうして浮かれて笑うのもほんの一瞬だ。瞬く間に彼らの表情は元の戦士の姿に戻る。何せまだ何も終わっていないのだから。
「喜んでる場合か!!銀竜の影響で破損した結界から破片が墜ちてくる!対処しろ!!」
「銀竜達もまだ残っている!!急げ!!!何も終わっていない!!」
彼らの声をガルーダに乗りながら聞き届けたディズは、ビクトール達の叱咤に対してため息混じりに頷いた。
「そう、まだ何も終わってない」
結局、今回の全ての元凶であるシズクを討つことはディズには出来なかった。ディズは罠にはまり、そこから逃げ出したに過ぎない。【大罪迷宮プラウディア】を元に使った巨大な罠、あれだけのリソースを消費させたというのは好材料にも思えるが、一方であれだけのリソースを消費してまで、彼女が“囮と罠”として活用した事実が恐ろしい。果たしてこれの狙いは何なのか。
「本人は―――……何だ?」
そして、ディズは気づく。バベルの塔、その入り口で異変が起こっているのを。




