陽殺しの儀⑮ 両断
《ブラック、なんですかそのこわくてごっついの》
大罪都市プラウディアを護るべく出現した光の巨神。
幾度となく大罪都市プラウディアを救うために出現した太陽神そのものである力の顕現が開口一番に言い放ったのは、相対する機神への率直な罵声だった。
《おーん?なんでえ、俺のウルトラカッチョイーすーぱーロボに不満でも?お子ちゃまはロマンわかってねーなー?》
《よくわかりません。不必要に盛られた装甲はなんですか。武器いっぱいですけど使えるんです?トゲがなんでいっぱいついてるんです?ソレ本当にカッコいいんですか?》
《ぐあああああああああああああああああ!?》
スーアの純粋かつ情け容赦ない指摘にブラックは深刻なダメージを負った。
《へ、へへへ、やるじゃねえか。流石アルの子供だ……!》
《ぜんぜん嬉しくないです》
そう言いながら、巨神は飛び上がり、両拳を重ねて一気に振り下ろした。その挙動、動き方は明らかにアルノルドのそれとは異なった。彼の動きは不器用でまるで飾り気のない直球だったが、スーアのソレは野生生物のように荒々しく、動物的だ。
《ハッハ!良いねえ!!》
その猛攻を機神は受け止める。その動作は巨神と比べるとぎこちない。しかし、先にイカザの攻撃をしのいでみせたように、肉体の一部を溶かし、形を変えて、器用に攻撃を回避して、反撃してくる。
明らかに、無茶苦茶な造り、到底長続きしないはずの機械の神、なのにここまで動かせて、【神賢】に対抗できているというのは奇跡的だ。
《ご想像の通り、コイツは長続きするもんじゃねえ》
すると、スーアの推測を肯定するように、魔王ブラックの笑い声が響いた。
《だがそれは、そっちも同じだろう?》
機神の瞳がスーアの巨神を睨み付ける。強力な魔眼だが、スーアの巨神には通用しない。にもかかわらず、動きの重さをスーアは感じ取っていた。
理由は理解できる。イスラリア中が恐怖と混沌に包まれている為だ。
神と精霊への信仰が衰えてきている。
《損なわれ続ける信仰、相対する脅威、護るべき者達、その全ての問題をお前さんだけでどうにか抑えきれるかな?》
喋りながら機神が近付いてくる。
いくら信仰が落ちていると言って、正面からぶつかられたら不利なのは間違いなく向こうだ。にもかかわらず微塵の躊躇もありはしなかった。
《すっごく、おしゃべりですね。こわいんです?》
《大人ってのは戦いの最中でも余裕ってもんをもつもんなんだよ、クソガキ》
双方が互いを嘲り、そして少しの間が空いた。一瞬の静寂の後、双方は動いた。
《【神罰覿面】》
巨神はその拳を極限まで握りしめると、その力を相手へと叩きつける。
《【竜牙超砲】》
機神はその腕部に取り付けられた砲口から、破滅的な力を一気に放出した。激突した力と力は莫大な破壊の力を生み、イスラリアという方舟そのものを鳴動させた。
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月神シズルナリカ あるいは 大悪竜フォルスティア
イスラリアと敵対するその異名を背負うに至った少女シズク。
その彼女を最初に見たときのゼロの印象は、想像よりもずっと、普通の少女だった。
人外めいた美しい少女ではある。だけど、イスラリアという方舟そのものを滅ぼそうとするほどの、真の邪悪なのかと言われれば、疑問が残る。
広間奥に設置された座にちょこんと座り、此方を出迎えた彼女は優しげに微笑みを浮かべているし、その仕草は、どこか親しい友達を招き入れたような印象すら与えてくれた。
いや、実際そうなのか?彼女は自分達を招き入れて招待したのでは―――
「ゼロ」
一瞬、思考に意識が持って行かれそうになったところで、ファイブが自分の肩を掴んだ。想像より強く力が込められて痛みがあったが、お陰で正気に戻った。
「相手はイスラリア中を一切の区別無く侵略している邪神だ。理解しているな?」
「……大丈夫です」
内心でファイブに感謝を告げながら、ゼロは大きく深呼吸した。
ようやく「怖い」という感情がゼロの内側からわき上がってきた。
ただ、相対するだけで敵意が削がれる。あそこにいる少女が自分の味方なのではないかという、ありもしない希望にすがろうと、本能が自分に“嘘”をつこうとする。
それくらい、彼女は得体が知れない。なにかの“底が抜けている”。
「シズク。交渉だ」
そして、そんな彼女へと、ディズは躊躇無く言葉を投げかけた。それも想像もしていなかった言葉を。
「なんでしょうディズ様」
そして、その勇者の予期せぬ交渉に対して、邪神は素直に応じる。
ゼロは勇者と邪神を交互に見つめながらも、口を挟めなかった。そして勇者は、自分の呼びかけに応じた邪神に対して小さく安堵したように溜息をつくと、そのまま話し始める。
「協力出来ないか。“方舟”と“世界”、双方の完全な隔離のために。休戦する。転移計画を実行に移す」
それは、ディズがここに至るまで繰り返し続けてきたシズクへの交渉だった。
ここに至るまではずっと、ディズはその交渉を成功させることは出来なかった。交渉前に彼女から反撃を受けてきた。
しかし今回は、即座に攻撃を仕掛けたりはしなかった。が、しかし、
「現在、世界を“浸食”している【涙】全ての解消が前提条件です。ですが、出来ませんよね」
返ってきたのは、どうしようもない現実だった。ディズは頷いた。
「勿論、それは試したよ」
「ディズ様ならば、太陽神となった時点で試みないわけがないですものね?」
とシズクはディズの言葉を肯定する。
実際その通りだ。太陽神としての力を確認したディズはそれを試した。悪感情の魔力、その危険性は理解していたが、イスラリアの外の大地を不毛の大地に変える悪性をなんとかしたかった。太陽神として完成させた今の自分の力で、それを試した。
だが、結果としてソレは出来なかった。
太陽神では、造られた神では、“涙の廃棄”を止めることはままならなかった。
「方舟を創り出したイスラリア博士は、よっぽど、“悪感情による神霊の変質”を恐れたんだろうね。誰にも、例え、太陽神の担い手たる勇者であろうとも変更できない不可侵にした」
イスラリアに住まう自分の民すらも、かつての博士は信頼できなかった。疑心暗鬼に陥っていた彼は自分以外の誰にも、危険な物を触らせまいとした。強固に封印し、誰にも触れさせないようにした。
「方舟の“存在そのもの”と【涙】を凝固させる機能は密接に絡んでいて、それらを失わせない限り解除できない」
「では問います。出来ますか?貴方の立場で」
シズクは問い、ディズは苦々しく首を横に振った。
「出来ないね」
「でしょうね。それも、責めません。正しい判断です」
ディズの答えに、シズクは微笑みを浮かべた。この戦いが始まる前と変わらない、優しげで思慮深くも見える聖女のような微笑みだった。
「貴方も王もイスラリアという方舟の守護者。その立場故、役割故、善性故、さんざん自分達を苦しめた“元凶達”の為に、自分の守護すべき民達に「苦しんでくれ」とは言えない」
「二つを失わせない形でなら、【涙】の解決に全力を尽くすと約束する」
「何年かかるでしょう?その間に、沢山の“人間”が死にます。もう時間はない。彼らは耐えられない」
ひたすらに淡々と交渉は否定された。ディズは深くため息をつく。この交渉がこのような結末を迎えることは、心のどこかで理解はしていた。何もかも簡単に解決ができるならもう少し早く、あるいはもう少し穏やかな結末を誰かが選んでいたはずだ。
しかしそうはならなかった。それが選べる状況ではなかった。
「……何もかも、遅かったと」
「全力を尽くしてくださったと思います。ソレは認めます。王も、あなた方も」
シズクは座った、ただ穏やかにそう告げた。少しだけ、仮面のような笑みを忘れ、その代わり、ただ哀しそうな表情をうかべた。
「ただ、この世界がどうしようもなかっただけです」
「そうかもしれない、それでも――――」
勇者は、深く、ゆっくりと息を吐き出した。迷いや混乱、無力感をねじ伏せ、精神を整える。顔を上げた彼女に、迷いは無かった。
「私は、それでもこの世界が好きなんだ。そこそこね」
「知っています」
勇者は微笑み、星剣と緋の剣を引き抜く。相対する邪神もまた笑みを返した。
「わかりきっていたことを聞いて、ゴメンね」
「いいえ、尋ねてくれて、ありがとうございます」
そのまま、細く長い指で、勇者を指した。
「お陰で、時間が稼げました」
『カカカ』
死霊兵が、突如背後から出現した。
振るった刃は一切の淀みなく、勇者ディズの首を切り裂いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『カカカ』
会心の一撃だった。
ロックは自らの仕事に確信を持った。自分の剣に淀みは無い。勇者の細い首を、自分の剣は肉を引き裂いて骨を断ちきり、胴体から別れさせた。鮮血を飛び散らせた。
金色の髪が空を舞い散り、そのまま地面に鈍い音を立てて転がり落ちる。全員の視線が集まる中、生首となった勇者の眼球は微動だにせず――――
「―――まあ、そう来ることは分かっていたよ」
しかし次の瞬間、ディズの生首はそのまましゃべり出した。
「《ほーんとよーしゃなーい》」
『カカカ!アカネか!!!』
「【蒼風】」
そう言っている間に、真人らも動いた。熟練の魔術師達が次々に魔術を発動する。迷宮のいたる場所からわき出た死霊兵達を片っ端からなぎ払う。
「お願い。ゼロ」
背後で、無数の【真人】達の中に紛れ、自らを隠していたディズが、星剣を握り構える。太陽神の力が彼女の中で渦巻き、爆発的に勇者の圧は増していった。
ああ、うむ、止めねば不味いの?
ロックはそれを理解する。温存していた全ての死霊兵達を一斉に動かして、なりふり構わず勇者へと襲いかかる。
「【骨芯竜化・白炎】」
嫉妬、相克の炎を纏いながら。それは最早、駆ける爆弾に等しかった。自らもろともに、勇者ごと爆散する算段だった。
だが既にその時には、彼女の隣に控えた少女が、魔術の準備を完了していた。
「【終局・零獄】」
次の瞬間、一帯の全てが凍り付いた。
大悪迷宮フォルスティアの最深層の地面も柱も天井も、死霊兵達も、その彼等を焼き尽くしていた呪いの炎すらも丸ごと全て、何もかもの時間が止まった。
『――――カ――――――カカ――――』
無論、【白炎】は温度の全てを奪った程度では、決して尽きることは無い。凍り付いた炎は、そのすぐ側から燃えさかり、それ以上の猛火と化す。封じられた時間は1秒にも満たない。
だが、その1秒は勇者にとっては十分な時間だった。
光の如く、彼女は地面を蹴り、死霊兵達を飛び越える。白銀の少女は、ディズを見上げただただ微笑みを浮かべたままだ。抵抗の様子も、魔術を構える姿もない。ディズは一瞬眉をひそめ、しかしそのまま迷わず、剣を振り抜いた。
「【魔断】」
太陽神の剣は邪神の首を切断した。




