陽殺しの儀⑭ できないこと
【真なるバベル】空中庭園にて
「あの機神、全てが粘魔ではなく、実体はあります」
その場から、プラウディアの外周部まで巨神を動かしていたスーアが観察し、告げる。
「全てではない。イカザにその事は伝えてください」
その言葉に従者達はうなずき、即座に通信魔術を飛ばす。この場所では、随時各戦場の情報が集まり、同時にその情報を送り出す司令塔にもなっていた。今回の戦いは陽喰らい以上に戦線が広く、守るべきものが多すぎる。イカザやユーリ、そしてスーアというような、強大な戦力を何処に配備するか、常に目を光らせなければならなかった。
だからこそ、あの恐ろしい機神も暴れ出す前に押さえることが出来たのだ。だが、懸念もあった。
「承知しました……ですが、スーア様」
「なんです」
従者の一人がスーアの様子をうかがう。やはりスーアの表情にはそれほどの変化はない。いつも通り、どこか神聖な雰囲気を漂わせた超然とした存在に見える。が、長きにわたりスーアを世話してきた従者達には、その感情の機微が理解できていた。
「大丈夫ですか?」
尋ねる。するとスーアはすぐに頷いた。
「平気です。ですが」
「はい」
「魔王はぶちます」
「はい」
やはり、ぶち切れていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
外周にて二つの巨神が激突している最中、ユーリの支援に回り、魔術を展開しているグレーレは、その支援の傍らに、プラウディアの地図を広げていた。
「ふむ……なるほどなあ」
それは魔導書の類いだ。とある衛星都市で創り出された、感知した状況を克明に記録する地図の魔導書だ。それにグレーレがプラウディアの全域を記録できるように改良を加えていた。その地図を確認しながら、頷く。
「銀竜は、住民らの避難施設を先回りで攻撃している。正確にはそこまでの移動経路か。直接は破壊出来ないと理解しているなあ?」
「……なんですって?」
それを聞いて眉をひそめたのは、都市内部の竜や魔物達の処理に当たっていた【白海の細波】のベグードだった。その彼に、グレーレは興味深そうな笑みを浮かべながら続ける。
「最初の銀竜出現時、やむを得ず住民らを一時避難させていただろう?あのとき恐らく、場所を覚えられていたのだ」
その時点で住民の動きを観察し、避難所を確認する。そして間を開けて、今度はその隙を狙い撃つ。この時間差はこちらの精神的な油断を狙い撃つ為だけのものではなかったらしい。邪悪なやり口と、それをやっているのが自分の顔見知りで、元同僚の少女である事実にベグードは眉をひそめる。が、
「…………いや、待ってくださいグレーレ殿」
怒りと悲しみの後、疑問が残った。
「先回りで?住民を直接狙うのではなく?」
「そうだな。住民は無事だ。より混乱して逃げ回っているがな。騎士たちも誘導に苦労している」
改めて説明させられて、疑問が残った。先回り、つまり逃げ込んで隠れる先を破壊しているのであって、住民達を直接狙っている訳ではない。
「なんの意図が……?」
「さて、な。信仰を削るなら、住民そのものを消し飛ばした方が手っ取り早かろう」
そう、この世界の構造が判明した以上、住民を狙うというのなら意味は分かる。信仰、祈りの魔力そのものの総量を削り、太陽神という存在に供給されるエネルギーをそぎ落とす。
相手がその事実を知らない無抵抗の民を狙うという外道の所行で在ることに目をつむれば正しい戦略であるし、魔界にとっては外道なんて知ったことではないだろう。
だが、そうではない。器用にも施設だけを狙っている。これは―――
「……良心が咎めたとか?」
「カハハ!そこまで温くはあるまいよ!」
ベグードの言葉をグレーレは鼻で笑う。笑われてしまったが、確かに同意見だ。それほどまでの慈悲深さを、あの白銀の少女が有しているようには思えなかった。
だが、そうなってくると、
「目論みがあるのは確かだ。急げよ勇者」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【大悪迷宮フォルスティア】深層空間にて。
「急いだ方が良い、よね」
通信魔術の届かぬ迷宮の内部ではあるが、外部の状況を推察し、猶予があまり残されていないということをディズは悟っていた。シズク、あの白銀の神は悪辣だ。神としての能力だけを寄る辺に戦いを挑んでくることはまずない。
確実に何かをしかけてくる。となると、あまり悠長な事はしていられない。
「だとすれば、後ろに控えてみているわけにも行かないかな」
『カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!!!』
現在ディズがいる縦にも横にも広い大広間には、無数の餓者髑髏がひしめいていた。彼らは各々巨大な剣を握りしめ、連携取れた動きで次々に振り下ろしてくる。しかもそれだけでは無く―――
「反撃は避けろ!!【白炎】が反応する!!!」
彼らは嫉妬の炎を身に纏い、襲いかかってくるのだ。
「性質が悪いです!!!」
「【黒炎】でないだけマシ、かな。魂をも焼くアレと【死霊兵】との相性が悪いのか、それとも扱うこと自体が無理なのか、判断できないけどね」
真人達の悲鳴に、ディズは淡々と応じる。
《―――――!!》
上空では、自動操縦となったガルーダが旋回し、餓者髑髏達を打ち抜いていくが。それでもやはり、有効なダメージには至らない。広い空間とは言え室内だ。いくらか小型とは言え、飛翔する移動要塞では動ける範囲は限られる。
やはり、モタモタするべきではない。ディズは星剣を構えた。
「一気に行こうか。ゼロ、お願い」
「はい」
合図を送ると、即座に彼女はディズの背後に回り、彼女の身体に魔法陣を展開する。
「【蒼極陣】」
ソレは魔術大国ラストにいる“白の系譜”の末裔、レイライン一族の業とも近かった。だが、似て非なる物だ。より簡易で、効率よく組まれたソレは、即座にディズの肉体に強化を与えてくれる。
「……リーネが知ったらどういう反応するか読めなくて怖いけど」
「なんです?」
「ん、大丈夫。一気に行くよ。皆はフォローをお願い」
ディズはそう言って星剣を掲げ、叫ぶ。
「【神魔接続・神鳴宿し】【神剣・纏】」
雷がその身に宿り、星剣は星天の輝きに包まれる。
師と友の業をその身に宿して、ディズは一気に駆け抜けた。
『カカカカ―――― 』
「【魔断】」
駆け、跳び、襲いかかってくる餓者髑髏を一刀で切り伏せる。纏った【白炎】がその反撃に応じ強くなり、即座に爆散して襲いかかってくるが、その時には既にその場にディズの姿はない。
必要な分だけを切り捨て、ディズは更に駆け抜け、跳んだ。真人達の事は心配にはなるが、彼らはあくまでも自分のフォローに来たのだ。その彼らを気遣って、逆に消耗しては何の意味も無い。おそらくそうすれば、彼らは深く誇りを傷つけられるだろう。
信頼し、駆けた。
ああ全く、神の身になったとて、出来ないことのなんと多いことか。
王に七天の主であると言われて、そうあろうと努力もしようと試みたが、この一月の間でさんざん思い知ったのは、悪い意味で自分は自分だという現実だ。
天才とはほど遠く、器用さは皆無で、与えられた権能も全ては上手く使いこなせない。
幾つもの能力を仲間達にまた分担して、それでなんとか飛躍的に向上した七天を御しきれる程度になったが、それでもまだ完全にはほど遠い。
―――よいとおもうわよ
そんな風に、自分の不完全さを嘆いていると、声がする。
―――たよれるひとがおおいって、すてきなことよ?
「ん、そうだね」
肩の力が抜けた。その良い脱力のまま、彼女は駆ける。死霊兵達をくぐり抜ける。無数に存在する階段を一気に駆け上がり、その先にある大扉を両断した。そして―――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【大悪迷宮フォルスティア】に侵入してから、肌身に感じる魔力には違和感があった。
理由は分かっていた。他、全ての迷宮に起こる現象と同じだ。
竜達は悪感情を信仰として掠める。“方舟”が廃棄する前の魔力をかすめ取り、集めるための場所が迷宮で、だからそこに満たされた魔力は悪意に満ちている。
【フォルスティア】はその中でもとびきりだ。
肌に触れるだけでひりつくような、痛みを伴った魔力。悪意と敵意に満ち満ちたエネルギー源。それが集約された場所。その場所へと強引に突撃を果たした後、ディズはその魔力が満たされた方角へと足を進めた。
そして、ここがその中でも、一番に濃く、重い。そしてその奥には
「ああ、よくぞいらっしゃいました」
迷宮の主がいた。
「シズク」
「お茶などいかがですか?ディズ様。それに真人の皆様も」
太陽神と相対する月の神。白銀の邪神。
彼女は荘厳なる神殿の奥に座り、少女は優しく語りかけた。




