陽殺しの儀⑩
《―――――――》
ガルーダは鳴く。
希代の人形師、マギカによって創り出された人形は、己が使命を果たすべく飛躍する。作り物の、あくまでも鳥を模しただけの機械とは思えぬほど、その動作は滑らかだった。広く、眼前を見渡し、六つの瞳全てを捉える。力を貯め、放つ、その動作を見切り、即座に飛翔する。
魔術が放たれてから動いては間に合わない。
それをガルーダは理解していた。
乗り手として、自身を操る【真人】達ではこの動作は出来ない。彼らは優秀であるが、それでも魔眼の動きを見て、反応し、ガルーダを操って対応するでは間に合わない。彼らは只管、ガルーダの補助に回っていた。
真人らの役割はただ一つ。あの異様なる腕達を射貫くことだ。
「【魔よ来たれ、蒼雷よ鳴け】」
彼らは一糸乱れぬ詠唱を重ね、砲台から放つ。備え付けの竜牙槍と合わせ、無数の閃光がガルーダから放たれる。
『【● 』
「一本破壊したぞ!!相克は!?」
「確認できない!!」
その報告にファイブは安堵のため息をついた。
大罪竜グリードの戦い。その詳細をファイブも資料で確認している。大罪竜の能力を【邪神シズルナリカ】が束ねるならば、警戒しなければならないのは間違いなかったからだ。
だが、そうはならなかった。当たり前だが、やはり向こうとて万能ではない。
もしも本当に神として何もかもが出来るならば、こちらもそんなに苦労はしていないし、敵も攻めあぐねてはいない。そして世界はこんな有様にはなっていない―――
「―――だが、今は」
逸れた思考を戻し、ファイブは即座に叫ぶ。
「火力を集中しろ!一本一本確実に落とせ!!」
だが、そう話している内に、早くも敵は動いた。
「―――!?」
手のひら達が、魔眼の向きを変えたのだ。
即ち、下へと。
更に結界に干渉できる銀竜が動く。それらは天空の迷宮を街から阻み、迷宮そのものを支える【天陽結界】へと干渉を開始した。【虚飾】の翼でもって複数の箇所に穴を開く。だがそれは、【陽喰らい】のように魔物を送り込むための穴では無い。
それは、魔眼の発射口だ。
下を向いた魔眼達は、力を貯め、そして放つ。その力が街に向けば、未だ逃げ惑う人々がどれほどの惨事に見舞われるか、想像するのも恐ろしい。
「まあ、こうくるよね」
ディズは魔眼達のその動作を前にも落ち着いていた。だが、ゼロは息を吞んだ。
「街を狙おうと!?」
「魔界にとって、この世界は敵の拠点で、住民は私たちに力を捧ぐ補給部隊だ」
今の世界の成り立ち、イスラリア人の特性を考えれば、彼らからすればそうしない理由は無い。むしろ、ココまでの戦いもかなり上品だったと言えるだろう。だが、シズクがそうしない理由は無かった。
「ですが!!」
「うん、でも大丈夫だよ」
対処せざるを得ない。それが敵の術中だったとしても。ゼロは叫ぶが、ディズは冷静に首を横に振った。
「皆の守りは彼らに任せてるから」
『A―――――!?! 』
そう言っている間に、星天の閃きが、結界に穴を空ける竜の一体を両断した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大罪都市国プラウディア、中央通り。
「不細工」
既に避難が完了し、周囲に人気の無くなったその場所で、天剣のユーリは静かにため息を吐き出した。彼女の瞳は、空を駆ける黄金の不死鳥を見つめている。その彼女の傍で、杖をつきながら、同じく空を観察する【天魔】のグレーレが問うた。
「どっちがだ?」
「無論、我らが勇者のほうですよ。もたもたとなにをしているんだか」
それはいつも通りの毒舌だった。強者として、仲間として認めている相手には、彼女は毒舌を吐く。守るべき庇護対象に対しては決して言葉を荒立てない。
故に、自分の傍の天魔に対しても、ユーリは厳しい視線を向けた。
「貴方も、サボらないでくださいね」
「後遺症が辛くてなあ?」
「四肢満足なだけ感謝なさい」
「その点は確かに」
あの恐るべき最凶の竜、グリードがもたらした被害はアルノルド王の死去のみではなかった。彼らの多くは傷を負っている。グレーレは幾度も蘇生を繰り返し、前線では戦えず、ユーリは利き手を失った。
その状態で、全ての竜を束ねた神を相手にせねばならないのは、あまりにも険しい。が、ユーリは決して、焦りや動揺を抱えてはいなかった。
「フォローに回りなさい。手を抜いたら殺しますよ」
「心配するな。今のお前を敵に回すのは恐ろしすぎる。流石にもう、挑発して実験、なんてことは出来んなぁ?カハハ!」
「ぶち殺しますよ」
言葉こそは変わらずに刺々しいが、彼女の纏う空気はむしろ静かで、穏やかだった。これから、世界を滅ぼすほどの修羅場に脚を踏み入れるとは思えぬほどに。
「仕事はするとも―――だが」
そんな彼女を、あらゆる理を見通す瞳でグレーレは見つめる。その視線に気がついたのか、ユーリは眉を顰めた。
「なんです?」
「改めてすさまじい。あらゆる意味でお前は要だなあ?せいぜい見定めろ」
「は?意味が分かりませんが?」
本当に意味が分からない。と、ユーリは首をかしげるが、グレーレは肩を竦めた。
「歯車のような兵士としての役割は、王も期待していないという事だ。勇者もな」
勇者という言葉に僅かに眉を顰めるが、ユーリはそのまま前を向く。
「忠告は結構ですが、今はそのようなことを言っている場合でも無いでしょう?」
「それもまた道理だ!カハハ!ままならんな!!」
そう言っている間に、ユーリは動いた。
返された神の断片、【神剣】の力を引き出す。太陽神としての形を取り戻し、制限が全て解放された神の権能は、常人では到底扱えきれぬ程の力を有している。
だが、ユーリは平然とそれを受け入れる。
彼女はとうに、その力を知っている。グリードとの戦いで既に支配下に置いた。
「【我、全てを断ち切る終の剣なり】」
星天の剣士の姿に変わったユーリは、力を解き放つ。
「【終断】」
その斬撃は、飛び交う大量の銀竜達を、瞬く間に一刀両断し続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
迷宮より出現した無数の銀竜達はサイズとしては小さかった。
結界に干渉する翼そのものは大きいが、しかし本体は小さい。その肉体構造に全くの無駄が無く、ただただ早く飛び、敵を翻弄し、攻撃する為の機能に絞っていた。
もとより、魔物達にはそうした性質があった。生物らしい機能が失せて、人類を害する機能に特化する悪質な生態。銀竜は更にそれを突き詰めていた。
『A―――――』
紛れもなくそれは、生命では無く、兵器の類いだった。
人類を―――イスラリア人を殺戮するための兵器だった。
「なんとしても打ち落とせ!!!」
「早いぞ!!」
結界を突き破り、内部へと侵入を果たしてくる銀竜達に、騎士達や神官達は苦戦を強いられる。無論、彼らとて危険な魔物達の存在を相手取ったことがないわけではない。むしろ、プラウディアの戦士達は百戦錬磨だ。
【陽喰らいの儀】を幾度も乗り越えてきた経験者も多いのだ。
しかしこれが、周囲に守るべき街や、人々がいる状態での戦いとなると話が違ってくる。彼らにとって、イスラリアの人々には常に、都市の中は安全であるという保証があった。勿論、恐るべき竜の圧倒的な暴力によってそれが破られる例も無いでは無かったが、滅多に無いし、起こった場合、その経験者の多くは死んでいて、その恐怖を伝える者はいない
つまり、周囲に配慮しなければならない戦いというのは未知だ。彼らは否応なく苦戦を強いられた。
『【A―――――】』
そんな彼らを嘲り、翻弄するように、鈴の音をした竜達の声が響き渡る。
一糸乱れぬ動きで整列し、一斉に口を開く。魔力が凝縮し、どんな守りも貫通する【咆哮】を凝縮する。それをみた騎士達は苦々しい表情で、背後に控える神官達に叫んだ。
「下がってください!!!我々が守ります!!」
「お前達の盾ではあの咆哮は防げまい!!天陽結界すらも破るのだぞ!!?」
「だからってアンタらが前に出んなよ!?おら野郎ども!!急ぐぞ!!」
遊撃部隊である冒険者達が魔術を放ち、戦うが、それでも銀竜達の隊列は乱れない。敵対者達をまとめてなぎ払うべく、竜達は叫び、
『A―――――!?』
次の瞬間、並び立った首が全て両断された。
「っは!?」
竜達だけではなかった。銀竜の空けた穴を狙い、内側へと侵攻し、逃げ惑う住民達に襲いかかってきた魔物達、それらが瞬く間に両断されていく。無駄な傷は一切無い。内側にある心臓、魔石を両断して、叩き切って、機能を停止させる。
何が起きているのか、その場の全員分からなかった。
だが、騎士の一人がソレを見つけた。
「ユーリさんだ……」
自分たちのトップ、団長の娘、時折訓練所にやってきては騎士達をたたきのめしていく、恐ろしいが頼もしい王の剣が空にあった。【天魔】のグレーレによる幾重もの【強化】と、バベルの技術を結集した武装を備えた少女が、銀竜達ひしめく空に在った。
無数の銀竜達は、彼女へと襲いかからなかった。距離を空け、周囲を旋回する。少女一人を畏れるように。
《銀竜達は私が落とします。貴方達は魔物と、避難誘導に集中してください》
声が響く。
ユーリの淡々とした声が、プラウディアの戦士達に届く。自分たちを守る者、偉大なる神の剣、その声が彼らに落ち着きと安堵を与えた。未知の戦いを前にしても尚、僅かも色褪せぬ神の剣による圧倒的なまでの暴力は、戦士達の内側に渦巻く混乱すらも切り伏せた。
「おお……」
神官達が両手を合わせ、ユーリへと祈る。
戦士達からの祈りと崇拝を受け、神の剣は更にその刃を振るっていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「凄い……」
どんな人類と比べても尚優れた瞳を持ったゼロは、ユーリの活躍を見つめ、感嘆の声を上げた。彼女の力はあまりにも圧倒的だった。先に軽くケンカを売った自分が少し恥ずかしくもなったが、それよりも驚きと頼もしさのほうが圧倒的に勝った。
それくらい、彼女は強かった。
グリードとの戦いの情報は彼女も見知っている。
だが、流石にここまで凄まじいとは思いもしなかった。
「すごいです!これならきっと……!」
「うん」
ディズは目を細め、小さく安堵するように頷く。そして未だ眼下の街を砕こうとする【魔眼】達と迷宮を睨んだ。
「行こうか。ガルーダ」
星剣を構え、突き立てる。
「【神賢・神剣】【迷宮回廊】」
眩く輝く黄金の翼が更に輝く。長く鋭く巨大な刃と翼が一体化した。更に、
「《【あかさびのけんのう:ほろびのけん】》」
不思議と、どこか幼い勇者の言葉と共に、“緋色の力”が翼に重ねられた。強力無比の二つの刃を翻し、ガルーダは飛んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《―――――》
ガルーダは舞い、飛ぶ。更にその速度は増した。
銀竜を討たれ、結界内への攻撃を封じられ、戸惑うように蠢いていた腕達に一気に接近する。ただ接近するだけでは無く、その翼を刃のごとく振るい、魔眼の腕を断ち切った。
『【● ●●●】』
次々と、切り落とす。落とされた腕は切断部から伝わる【滅び】から逃れるように身もだえ、それでも尚と攻撃を繰り返そうとするが、凄まじい速度で飛び立つガルーダを捉えることは出来ない。そのまま次々と刃が腕を切り裂き、落とされた腕を竜牙槍と魔術が打ち抜き、砕き尽くす。
全てを破壊し尽くし、ガルーダは宙を翻る。
そして、そのまままっすぐに、【大悪迷宮フォルスティア】へと突貫した。
文字通りその身ごと、白銀の迷宮に大穴を開け、突撃したのだ。




