陽殺しの儀⑨ 異形の空
「動かれましたか」
闇の中、鈴の音は響く。
「ええ、ですが―――」
眩き不死鳥に眼を細め、そして静かにささやいた。
「【変貌れ、廻れ、理よ】」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【移動要塞ガルーダ・決戦仕様】外部
「シズク、動いたね」
ガルーダの内部には乗り込まず、ガルーダの外部から状況を観察していたディズは、迷宮の変貌を観察し、つぶやいた。迷宮の内側から突如として“翼”が伸び、自身を覆い尽くす。ソレが何か、ディズにはすぐに分かった。
【虚飾】の翼、現実を塗り替え、形を変える邪悪なる翼だ。
そして迷宮は輝き、形を変える。柱が歪み、ヒトの腕のように長く伸びる。ソレが6つ、迷宮から生えてきた。本来であれば邪悪で在りながらも荘厳さをかねそろえた、人工物としての体裁を保っていた空中宮殿に纏わり付く六つの異様なるその腕達は、まっすぐに此方を見つめる。
そう、見つめる。その掌には、瞳がついていた。
『【●】』
次の瞬間、黄金不死鳥に終局級の炎球が飛ぶ。
「回避」
ディズの言葉と共に、ガルーダは旋回し、火球を躱す。現在ガルーダを操るのは真人であるが、その操縦技術は確かだった。流石クラウランの子供達、ディズは感心した。
『【●】』
『【●●】』
『【●●●●『【●●●●】『【●●●●●●●●●●●●●●●●●●】』
しかし、攻撃は続く
魔眼、それも極めて強力な魔眼が、六つの腕にそれぞれに存在している。それが次々と魔術を解き放つ。睨んだ瞬間、即座に対象に魔術をたたき込む光速の魔術。その強さと恐ろしさを、勿論ディズは身にしみている。
「六つの魔眼ね。嫌らしいな」
否応なく、あの【相克】を彷彿とさせる。容易には手を出せない。出したくないと印象づける。万が一、億が一でもあの地獄が再現されたらと想像すると、忌避感が生まれる。それをシズクは分かってやっている。
「シズクだって、あの戦いは十分トラウマだろうに、よくやるよ全く」
「のんき言ってる場合です!?」
そのディズの評を、隣で聞いていたゼロは悲鳴のような声で突っ込みを入れた。確かにそんな場合ではない。今、空は火の海だ。無数の魔術の大爆発が次々と起こり、ガルーダを追い詰めていく。グレーレが強化を施したとはいえ、【天賢】によって守りを固めなければとっくに被弾していただろう。その上に乗っているディズとゼロは木っ端微塵だ。
「無茶苦茶です!!!」
「本当だね」
「なんで落ち着いてるんです!?」
「割と慣れてるからなあ」
特に先の戦いは、本当に大きな経験となった。あまりにも敵が理不尽すぎたので、精神的に耐久力が身についた。【真人】として創り出されたゼロは、知識と技術を有してはいるのだろうが、経験は乏しい。
やはり、力はあっても無茶をさせるわけには行かないな。と、ディズは冷静に評価を下す。王を失い、グレーレやグロンゾンも一線から退いた現状、クラウランの【真人】達は本当に助かるが、安易に頼るのは危うい。
《ゼロ》
が、それは当人達も分かっていたのだろう。内部でガルーダの武装を操る【真人】の兄弟達から、通信魔術が飛び込んできた。
「おに……ファイブ?」
混乱していたゼロは驚き、その声に応じる。
《落ち着け。我々は【真人】だ。容易には死なないし、負けない》
励まし、というにはややぶっきらぼうで、特殊だったが、その声にゼロは僅かに混乱を押さえ込んで、叫んだ。
「分かってますっ!私はマスターの最高傑作です!!!」
そう叫ぶと共に、無数の魔法陣が一斉に彼女の周囲に展開する。魔術の展開速度は紛れもない、一流のソレだ。グレーレの代理となりうる存在としてクラウランが用意した彼女は、確かにあの妖怪めいた天才に届かぬまでも、追いすがるだけの技量を身につけていた。
「【蒼陣・霧纏!!】」
ガルーダに展開した魔法陣が、その周囲に霧を発生させる。魔力による視界阻害は魔眼の射線を閉ざす。魔眼との戦いに対しての正しい選択だった。その様子を見て少し安堵したように、通信越しのファイブはため息をついた。
《妹が落ち着かなくて申し訳ない。出来ればもう少し、実戦を経験させてからの方が望ましかったのですが……》
「本当に、家族なんだね」
ディズが尋ねると、少しだけ照れくさそうに、ファイブは笑い声を漏らした。
《周囲からは、気味悪く思われる事もありますがね》
「私も血はつながっていない家族はいるけど、普通じゃなくても家族だよ」
《ええ。どうか妹を頼みます》
そういって、通信は切れる。この大決戦にやや緊張感のない応答だったかも知れないが、ディズは微笑んだ。
「うん、元気になった。頑張ろうか」
友、家族、愛する人。誰かの無事を願い、祈り、その為に戦う。例えソレがどれだけ特殊な存在であろうとも、そういう願いは尊く感じるのはディズの性だ。例え自分達が、かつての創造者によって生み出された人造の末裔であるという事実を突きつけられても、そう感じる自分の感性にブレはなかった。
「その為にも、今はシズクを止めないとね」
「それで、作戦は!?」
ガルーダとディズを守るべく、次々に魔術を展開するゼロに問われ、ディズは頷いた。
「うん、ないよ」
「え」
「私、天才じゃないもん。小賢しい立ち回りしても多分シズクに見破られる。というか、うん、ここまで割とずっと見破られた。酷い目にあった」
前哨戦で、幾度かシズクとやりあったが、立ち回りで彼女に勝てたことは一度たりともなかった。全力の攻撃はスカされるし、暗殺はばれるし、数の利による奇襲もあっけなくばれる。
本当にどうしようもない。ので
「竜牙槍連結準備」
《了解》
「【天魔接続開始】」
天魔―――即ち、方舟イスラリアの有する【星石】との接続回路をディズを介してガルーダに一時つなげ、その膨大な魔力を武装に転用する。無論、圧倒的な魔力を抑えきるのは困難だろうが、砲塔は使い捨てだ。気にしない。
「あの“手”は全部叩き潰す。ゼロ、捕まってね」
「儀式は大丈夫なんです!?」
「この短期間でグリードと同じ儀式準備できたら私たちの負けは確定だから気にしない。GOGO」
「無茶苦茶です!!!!」
泣きつくゼロを抱きしめて、ディズはガルーダに全ての力を注ぎ込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《――――――》
天賢の力によって纏った輝けるガルーダが鳴く。
主である勇者であり太陽神、ディズの指示を受けて、その使命を全うすべく鳴く。翼に搭載された無数の竜砲が激しい音と共に力を凝縮する。
一歩誤ればそのまま爆散するほどの力を蓄えた竜の牙が、【咆哮】を放った。
『【● ●●●●】』
黄金の不死鳥から放たれた無数の咆哮を、魔眼は正面から見て、打ち返す。
空に爆発が花開き、混沌渦巻く方舟イスラリアの空を照らした。




