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陽殺しの儀⑧ 開戦



 【大悪迷宮フォルスティア】の出現後、必然的にイスラリア側は一つの問題に直面した。


 即ち、いかにして迷宮へと乗り込むか、という問題である。


 大罪迷宮プラウディアの頃は、そんな問題は無かった。設置された【転移術】による移動ができたからだ。しかし現在、その転移術は機能不全に陥った。巨大なる銀竜が大罪迷宮プラウディアを飲み込んだ際に、壊されたらしい。

 つまり、直接的に迷宮に乗り込む手段が必要となった。それがなければ、転移による移動が出来る以前の地獄、高所を陣取られた一方的な防衛を強いられることになる。ソレは避けねばならなかった。


 しかし、解決策はすぐに打たれた。というよりも別途用意されていた策がそのまま流用された。

 勇者ディズの支援のために開発されてた【空中移動要塞ガルーダ】の改修作戦である。


「カハハ!全く、土壇場で迷宮突入仕様に変更とは!とんでもない突貫工事になった!部下達に残業代は支払ってもらいますからな!!スーア様!!」

「そうします」


 ガルーダから降りてきたグレーレにスーアは頷く。世界が終わろうという状況でのんきな、とはディズも思うが口にはしない。彼が何時もの調子なのは、この場の士気に対しては良い影響を与えてくれた。


「何故こんなにもごちゃごちゃしてるんですかね」


 一方ユーリは、空中庭園に着陸した巨大飛行要塞を睨み、唸る。確かに見れば、ガルーダの翼や胴体、至る所に竜牙槍のような武装がとりつけられて、ごちゃごちゃとしていた。

 どう考えても、ただ飛んで、移動するための武器ではない。するとグレーレはニヤリと笑った。


「この方がかっこよいだろう?」

「死んでください」

「なに、さっきも言ったろう。もとは外での活動仕様だったものを迷宮の内部だろうと戦えるよう、強引に変えたのだ!不必要になることはあるまいよ!」


 そう言ってる内に、移動要塞ガルーダは動いた。乗り手であるグレーレもいないはずなのに、ゆっくりと、ディズのそばへと頭を寄せた。


《―――――》

人形ゴーレム……?」


 その、どこか生物的な動作をディズは指摘すると、グレーレは満足そうに頷く。


「我が弟子、マギカの協力だ。完全自動操縦とまではいかんが、ある程度までは自己判断で行動してくれる」


 確かに、移動要塞の管理は決して容易ではない。その点を自動で行ってくれるというのなら、それは頼もしい。どうやらグレーレはこの土壇場で、すべき仕事を完璧にこなしてくれたらしい。


「ありがとうグレーレ、さて、ユーリ」

「ええ」


 ディズはそのまま、ユーリへと手を伸ばす。彼女も応じて手のひらを差し出した。太陽神ゼウラディアとしての形を取り戻したことで飛躍的に向上した権能を、今一度七天へと貸し出す作業。

 スーアにも行ったその作業をユーリへと行う―――筈だったのだが


「…………ん?ユーリ」

「……」


 一瞬、ディズはその動きを止めた。ユーリは小さく、何を懸念するように眉を顰めていた。ディズは周りに聞こえないよう小さな声で、呟いた。


「大丈夫だよ、私は」


 そのディズの言葉に対して、ユーリは一瞬眼を細めた。しかし首を横に振ると馬鹿馬鹿しい、というように大げさなため息を吐き出した。


「凡才が、こちらを励まそうとするのはやめて下さい。貴方は自分の心配だけなさい」

「うん、うん。ごめんユーリ」


 そういって、ディズはユーリの手を取り、ユーリに再び権能は譲渡された。彼女の身体は輝き、再び神の剣は彼女の元へと戻る。しかし、長い間、自分の内にあった半身ともとれる武器が戻ったにもかかわらず、彼女はこれといって感慨に耽るでもなく、平然としていた。

 そのユーリの様子を見て、ディズは小さく口を開いて、そのまま閉じる。


「よし……」


 そして、ココに集まった全ての者達へと視線を向けた。


「もうこの先、まともに皆に話しをする時間は無いだろうから、少しだけ、いいかな」


 ガルーダの準備を進める魔術師達や、従者達、騎士達も全てが動きを止めた。

 先代のアルノルド王から力を預かった、今の自分たちにとっての指令官とでも言うべき彼女に対して、全員の視線が集まった。ディズは姿勢良く、通る声でゆっくりと語る。


「私はこの状況に思うところ無いわけじゃない。私だけでなくって、皆そうだろう」


 世界の真実、王の死、攻め入る銀竜に、それを操る一人の少女。たたみ掛けられた全ての情報を飲み込めたものはこの場にはいないだろう。誰であろう、ディズだってそうなのだ。まして、いくらかの情報を伏せられて、今戦っている者達はもっと困惑しているだろう。

 状況はあまりにも理不尽だ。心からそう思う。だけど、


「でも、私は、それでも懸命に生きる人々が好きだよ」


 ディズは言う。

 そう、そこだけは変えられない。自分の中にある本能だった。


「懸命に生きようと、幸せになろうとするヒト達が、自分たちでは抗いようのない嵐に飲み込まれて、悲しみに飲まれてしまうというのなら、手助けしてあげたい」


 ソレは本当に、特別なところなどなにもない、ディズ自身に備わった善性から生まれる言葉だった。

 彼女は、歴史に名を残すような、聖人達のように突出した精神性を有しているわけではない。自身の全てを犠牲にしてでも、世界のために献身するような、気高くも逸脱した思考をもってはいない。


 ただ、となりで泣いている友がいたら、手を差し出す。


 そんな、誰もが持つ善性、それを尊ぶのが彼女の有り様だ。


「先代のアルノルド王も、そうだったのだと思う」


 故にこそ、彼女の特別ではない言葉は、この事態に今も抗おうとする、特別でない戦士達に良く響いた。


「だから、私たちも叶う限り、足掻こう」


 彼らはディズの言葉に、強く頷いた。

 ディズはそんな彼らの頷きに感謝し、そしてグレーレの用意した移動要塞に手で触れた。


「【神賢・纏】」


 そして、スーアに貸し出した内の、残る天賢の力をガルーダに込めた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 プラウディア都市部の混乱は続いていた。

 プラウディアは今日まで、脅威という脅威にさらされた経験がなかった。大騒ぎが起こったのも精々【太陽神隠し】の騒動があったときくらいだろう。陽喰らいの儀が外に漏れ出た事件だったが、それも今では「特殊な自然現象の一種」として片付けられてしまった。

 信仰を維持するために、陽喰らいは隠蔽され続けてきた。その反動が来た。

 大人達は狼狽え、子供達は泣き出す。この事態に全てを導く神官達もまた混乱にあり、名無し達は自分たちが都市から追い出されるのではないかと畏れている。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 その間にも白銀の竜達は都市を襲おうと呪わしいうめき声をあげるのだ。混乱は激しさを増していった。


「皆さん!絶対に慌てないで!!避難施設は十分に用意されています!」

「名無しの皆も入れるくらいに広い!争う必要は無いんだ!!ゆっくりと移動して!!」


 だが、そんなかでも、冷静に混乱を鎮めようと動く者達はいた。

 冒険者ギルドに所属するニーナ、ラーウラの二人も懸命に動いていた。彼女たちだけで無く冒険者ギルドの面々はイカザの指示の元、騎士団と協力して事態の対処に当たっていた。戦闘能力に自信のある者達は竜の迎撃に奔走し、それができない者達は都市部の混乱の沈静にあたっていた。


 だが、これがまた結構な大事だった。


 最初、巨大なる白銀竜が出現した直後は、市民達も一度は緊急事態に備えたのだ。

 しかしそれから、少なくともプラウディアでは何も起こらない日々が続いた。市民たちにしても、問題が起こらない状況で自分たちの生活を何もかも捨てるわけにもいかず、日常に戻った。そして中途半端に“慣れ”が住民たちを侵食した直後に、襲撃が起こったのだ。混乱は必至だった。


「くっそ、魔物退治の方がよっぽど楽だぞこれぇ!?」

「が、がんばろう!」


 ニーナは叫び、ラーウラは彼女を励ます。だが、励ましたところでこの騒動が軽減化されるわけでも無かった。子供達の泣き声と罵声は続く。冒険者としてどれだけ強くなろうと、傷つけてはならない人混みを安全に誘導するのは一苦労だった。


「ね、ねえ助けて!子供とはぐれてしまったの!!お願いだから探して!!!」


 しかも、定期的にこうして泣きついてくる者達も居る。青白い顔色の只人の女は見るからに混乱して、此方にしがみついてきた。力尽くで振り払う訳にもいかない。ラーウラはどうしたものかと悩ませる。


「ラーウラ!!」

「え?」


 だが、その最中、相方の叫ぶ声がした。戦いの最中、危険を告げる声音と同じだ。

 何故、と思って前を見ると、しがみついてきた女の右手に光る何かが握られている事に気がついた。先程まで狼狽えていた女の顔には歪な笑みが浮かび、そしてその煌めくナイフを振りかぶると、此方に向かってふり下ろそうと――――


「せいやあ!!!」


 した、その直前、激しい声と共にラーウラにしがみついていた女は丸太のように太い男の腕で地面に叩きつけられた。


「ぐえ!?」


 蛙のような声と共に彼女は潰れる。手からナイフを落とした。その懐からは幾つもの呪具の類いが見える。事前、イカザから注意を受けていた”邪教徒”の類いであることにようやくラーウラも気がついた。


「よし、よくやった!」


 そしてそんな邪教徒を取り押さえた男達を従えていたのは、小人の年配の男だった。彼は手早く部下達に邪教徒を拘束させると、瞬く間に彼女を混乱する民衆達の目から離すように連れて行く。そして彼は此方へと近付くと仁王立ちで怒りを顕わにした。


「気をつけろ冒険者!!騒ぎに紛れて怪しい奴らが暴れている!油断するんで無いわ!」

「あ、あ、ありがとうございます!?」


 助けられた。しかも説教はごもっとも。全くもって、返す言葉も無い。ラーウラがペコペコと頭を下げるが、そのまま何かを言う暇も無く、彼は此方に魔道具の類いを幾つか押しつけてきた。


「ちゃんと武装もしろ!!これなら殺傷能力も無い!不審人物は拘束していけ!!混乱して暴れてる奴らもだ!」

「くれるの!?ありがとうオッサン…!」

「オッサンいうな!」


 ニーナの雑な言葉使いに男は怒鳴るが、しかし本気で怒る様子はない。あからさまな冒険者で、名無しの自分たちに対しても侮蔑の態度を示す様子もない。良いヒトなのだろうとラーウラは理解した。


「ゴーファ様!そろそろ我々も避難を!」

「護衛のくせに慌てるんで無いわ!!ディズが最前線で戦っておるのだ!お前等も腹をくくらぬか!!」


 気になることを口にしてもいるが、しかし今は彼の言うとおり、腹をくくって頑張るときだ。兎に角今は目の前の仕事、混乱する民衆をなんとか抑えることに集中しなければ――――


「なんだありゃ……!?」


 だが、振り返ると混乱していたはずの群衆が、足を止め、そして空を見上げていることに気がついた。釣られて彼女もニーナも視線をそちらに見やる。彼らの視線の先はバベルの塔だ。

 この世界、イスラリアの要ともいえる場所。その頂上が輝いていた。


「黄金の不死鳥……!!」


 星天の光が、青空と、赤黒い空の光を受け、黄金色に輝いていた。太陽の位置も分からなくなってしまったような壊れてしまった空の下、その光は集い、形を成す。

 翼を羽ばたかせた巨大な鳥のような形となって、それはバベルを飛び立った。空を飛翔して尚も輝きを増し続けるその鳥は、空へと浮かぶ巨大なる迷宮、邪悪なる神の居るその神殿へと真っ直ぐに向かう。


「…………死ぬんじゃあないぞ。我が娘よ」


 故に、小人の男の自身の娘の無事を願う言葉は、群衆の悲鳴の中に消えていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 黄金の不死鳥とかパッパ泣いちゃう
[良い点] このプロットがあって「黄金の不死鳥」だったの……? 伏線ってわけじゃないんだろうけどこういう小ネタ大好き!!
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