陽殺しの儀⑥
大悪迷宮フォルスティアの出現と大量の銀竜の襲撃。
この二つの出来事によって、プラウディアに住まう住民達の速やかな避難誘導が始まった。住民達には隠されていた【陽喰らいの儀】に、人類が破れたとき、少しでも多くの者達を救うために、プラウディアには以前から用意されていた避難設備があり、大量の人々を支え、支えるだけの備蓄も存在した。
真に平穏であれば、決して利用されることの無いその場所に、人々は集まっていく。そこに区別は無かった。プラウディアに身を寄せていた【名無し】も【都市民】も【神官】も、一切を問わずに逃げ込むことが許された。それは、今は亡き、アルノルド王からの厳命だった。誰も逆らいはしなかった。そんな余裕もまた、なかった。【陽喰らいの儀】を知らぬ者達にとって、これはまさに前代未聞の大騒動だったのだから。
そしてその最中にも状況は容赦なく動く。
周囲の大地から押し寄せる魔物達の大群に白銀の竜、そして上空の―――
「落ちる!落ちてくる!!」
大悪迷宮フォルスティアの落下である。
本来、見慣れているはずの天空迷宮がその様相を大きく変え、輝きを放ちながら、此方に向かって落ちてくる光景は、情け容赦なくプラウディアの住民達の心から平穏を奪い、怯えさせた。それが落ちてくるともなれば、混乱は必須だろう。
【天陽結界】は張られている。が、もしもそれが揺らいでしまえば、まだ逃げている最中の自分たちは―――そんな風に彼らは怯え、恐れ、震えた。
だが、救いの“手”は即座に現れた。
「おお!!?」
怯えた声を上げていた男が、声をあげる。彼らは見た。眩い、星空のような輝きを放つ光が、空から落ちてくる天空迷宮を受け止めて、支えている姿を。
「太陽神!ゼウラディア様だ!!!」
勿論、逃げ惑う多くの民達は、それが何の力なのかは知らないが、イスラリアという大陸で長きに渡って培われていた信仰が、それが神の力であるという確信を与えた。自分たちを守り、支えてくれる太陽の神の御姿であると、理解した。
「神よ、勇者よ!どうか我々をお救いくださいませ……!」
彼らは祈り、神へと魔力を捧ぐ。
その信仰が、偽りのものであったとしても、その力を行使する者にその祈りは届けられていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【真なるバベル、空中庭園】にて。
「天賢王、スーア様。ご負担はどうでしょうか」
「問題ありません」
その祈りを捧げられる対象である太陽神の行使者。
勇者から再び力を貸与された【天祈】もとい【天賢のスーア】は、従者達の言葉に頷いて見せた。
「太陽神の解禁によって、太陽神の機能の全てが飛躍的に向上しました。少なくとも"先代”のように、ただ、受け止めるだけで命を削るほどの負担はかかりません」
確かに星空のような輝きを放ちながら、迷宮を支える巨人の姿は、【陽喰らいの儀】の時のソレと比べても、揺らぎがまるで無かった。無論、白銀の迷宮もまた、放たれた圧は違う。双方は拮抗していた。
だが、少なくともスーアの身体がその圧に耐えられず傷つく様子は今のところ無かった。強化された神の力は、使い手の身も守ってくれているらしい。
だが従者の長、ファリーナの表情は未だに硬かった。
「我々が心配してるのは、貴方のお心です」
「だいじょうぶ」
彼女の言葉に、スーアはゆっくりと首を横に振った。その姿は以前と変わらずに見える。しかし、先代の天賢王を失ってまだ、それほどの日も経っていない。どれほどの心労であるか、それを表情から読み取るのは困難だった。
「父は、歴代の王たちは、我々に託しました。それに応えたいのです」
しかしスーアは、そんなファリーナ達の心中を察するように言葉を続ける。ファリーナはため息を吐き出して、そっと、スーアの頭を撫でて、抱きしめた。不敬な真似であるかもしれないが、従者達も、スーアも何も言わなかった。
そしてしっかりとそうしたあと、一歩下がり、そして頭を下げた。
「どうか無茶はなさらないでくださいね」
「大丈夫ですよ。それに―――」
そう言って、スーアは目を細める。
「我々には、【勇者】がついております」
次の瞬間、天空庭園の光る地面がその輝きを増した。幾重もの術式のラインが束なり、幾つもの大樹の様に形を変える。それらは空へと高く伸びると、巨神の腕によりそうように、落下する大悪迷宮に結びつき、それらを支えたのだ。その奇跡をなしえたのは、
「やあ、ファリーナ。スーア様。遅れた。ゴメンね」
七天の神の力を束ね、支配した勇者が、完全武装の状態で姿を現した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「スーア様。問題ありませんか?」
屋上に到着したディズは真っ先にスーアの元へと駆け寄る。スーアは従者達に応じたときと同じように、平然とした表情で頷いた。
「構いません。私たち王は、天賢を操るに適した身体を最初から与えられています。常人よりも遙かに頑強です。それよりも―――」
そう言った後、スーアはディズの下へと近づく。ゼウラディアを宿してから、その身に常時、神気とでも言うべき力を放ち続ける彼女の様子を、スーアはじっと見つめた。
「貴方たちの方が心配です」
ディズの瞳と、その奥にあるモノを見つめて、スーアは静かに告げた。
「ゼウラディアを魂に収めるため、貴方の魂は直接、器を広げられました。気分は悪くなったりはしていませんか?それに―――」
言葉を継げる前に、ディズはそっとスーアを抱きしめた。そして彼女の耳元で、小さく言葉を放つ。
「《だいじょーぶよ》」
「――――わかりました」
そのまま、二人は離れた。スーアは再び【大悪迷宮フォルスティア】を睨み付け、ディズは自分達についてきた仲間達へと視線を戻す。
「さて、と。のんびりもしていられないな」
スーアにこれ以上の心身の負担はかけられないと言うことは、ディズも理解していた。一見すれば平然としているが、スーアは超越的な精神を有している部分もあるが、一部では年相応の子供のようでもある。
王の死が、スーアを傷つけていないわけがないのだ。無茶はさせられない。
そしてその為にも、一刻も早く空から落ちてくる迷宮と、銀竜達に対処しなければならない。だが一方で、それだけに注力すれば良い、と言うわけでも無いのは事実だった。
イスラリアに存在する全ての迷宮からあふれ出てくる魔物達。それらの対処も行わなければならない。ただ、迷宮だけを対処しても、イスラリアにすまう人類が滅んでしまえば何の意味も無い。
「嫌なところ、的確に突いてくるな。シズク」
「神への信仰を揺らがせようとしているのでしょうね」
と、背後からユーリがやってきて声をかけてきた。ディズは頷く。
「正確には、イスラリア人の【承認】の元で送られる魔力供給が弱くなる」
「唯一神の正体が知れた今となっては、厄介な制限としか言えませんね。」
「多数の支持があって初めて使えるようにされてるんだってさ。神と精霊は」
ゼウラディアが七つの力に分けた上で、力に制限をかけられていたのと同様に、これもまたセーフティの一種だ。悪意によって、それが振るわれることを押さえるための予防措置。
結果としてその制限が、魔界の侵攻と合わせて、非常にこんがらがった状況を作り出してしまった訳なのだが、それがイスラリアの民を守っていたことも事実だった。
それらの情報を、一度天賢を預けられたとき、ディズは知った。
王の知識、イスラリアを管理するモノとしての知識が、天賢の権能には収められていた。
「それで、どうします?」
「まあ、これはどう考えても陽喰らいの再現だ。放置したら死ぬって、向こうは言ってる」
特に七天である自分たちにはなじみ深い光景だ。
ディズはプラウディアの迷宮の中に侵入する突入班だけでなく、バベルの塔の防衛部隊に参加したこともある。迷宮そのものが結界へと迫り、魔物達を撒き散らす恐怖はよく知っている。絶対に放置は出来ない。
そしてその圧迫感をあえてシズクが再現しているのだとしたら。
「誘ってますね」
「間違いなく。でも逃げるわけにもいかない」
「ならば、核を討たねばなりませんね。今回の場合は」
「シズクだ」
今回は、陽喰らいのように、迷宮を活性化する核さえ破壊すれば解決するわけではない。あの迷宮そのものを生み出し、動かしているシズクを討たなければ間違いなくどうにもならない。
ただし、問題となるのは
「改めて確認しますが、私はついて行かなくても良いと?」
ユーリの問いに、ディズは頷く。
この戦いは【陽喰らい】の再現であるが、一方で全てが同じではない。
【陽喰らい】は手品を変えることはあっても根本的な戦いの流れは変わらない。それ故に、マニュアルのような流れが出来ていた。戦い方が洗練されていたとも言う。だが、この戦いで、その流れに沿うのは危険だ。彼女を、シズクを、信じて委ねれば、確実に足下を転ばされる。
「うん、下を守って欲しい」
だからこそ、ユーリとは別れる。
太陽神の力を有する自分の穴埋めは、彼女しか出来ない。
「では、貴方が単身で向かうと?」
「いや、協力者がいる」
そう言っていく内に空中庭園に新たに足音が響く。どたばたと、やや慌ただしい足音と共にやってきたのは―――
「やあやあ!勇者!待たせたね!」
少し汗を掻きながら、やや崩れた容姿の背丈の低い男がやってきた。彼の背後には、複数人の蒼い髪をした若い少年少女達が、彼自身を守るようにしてついてくる。
先の大罪迷宮グリードとの戦いの裏で協力し、イスラリア中の守りを約束した男。
「【真人創り】の……」
「うむ!我が子達共々よろしく頼む!ユーリ殿!」
【真人創り】クラウランは愛嬌のある笑みでニッカリと笑った。




