陽殺しの儀④
大罪都市グリードは魔物達の脅威に対しても善戦していた。
「おらあ!!!銀竜どもを叩き潰せぇ!!逃がすんじゃねえぞ!!」
大罪都市国グリードの周辺領は迷宮が多く出現する。その全てに対処することは出来ず、氾濫を起こして魔物があふれ出ている迷宮も幾つかあった。それらに対抗すべく、騎士団達の練度も高かったことが、この異常事態に対してよく働いた。
未知の銀竜に対しても、彼らは決してひるむこと無く戦いを続けている。都市国の外から迫ってくる魔物達の対処については、問題なく進んでいた。
危険だったのは都市の内側。
即ち、大罪迷宮グリードの中だった。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
大罪迷宮グリードの活性化は、銀竜の出現時期から発生していたが、今はもう、それどころの騒ぎではない。本来ならば深層付近にいるはずの魔物達が、上層にまで駆け上り、地上へと出ようと押し寄せているのだ。
無論、太陽の結界はまだ機能している。
深層の、膨大な魔力を持った魔物達に対して、太陽の結界は強く反応し、その侵攻を阻む。進むほどに、魔物達は自損を起こし、その身体は砕かれる。
『GGGGRRRRRRRRRRRRRRRRAAAAAAAAAAA!!!』
だが、それでも、その状態でも魔物達は止まらない。
手足が砕けて、全身が焼けただれて、そのまま砕け散るようなことがあろうとも、彼らは全くとどまらず前進を続ける。それは最早狂気に近かった。自分の生命の存続と種の繁栄を望む生物の枠組みから明らかに外れている。魔物が、真っ当な生命で無いことを改めて突きつけられるような有様だった。
無論、その狂気に対して、人類も無抵抗ではいられない。
「きたぞ!野郎ども!!!かかれぇ!!」
魔物達の侵攻は、冒険者達がせき止めていた。
動ける全ての冒険者達は迷宮に終結していた。最早【衝突】も気にしない。既にソレは常時起こり続けているようなものだ。ありとあらゆる階級の冒険者達が上層に集結し、魔物達を迎撃していた。
「怖じ気づくんじゃねえぞ野郎ども!!一匹も逃がすんじゃねえ!!」
「うっさいわね赤鬼ども!銅級がでしゃばりすぎるんじゃないよ!」
「おう!新人!!てめえもちゃんと戦え!!」
「黙れ野蛮人ども!!僕に指図するな!!」
冒険者らしい罵声が飛び交う。
彼らに騎士団のような統率は無かった。訓練された動きはない。が、一方で奇妙な連携がとれていた。迷宮の中で長きにわたって戦い続けてきた者達同士の、言葉を必要としないコミュニケーションが行き交って、彼らに協調性を与えていた。
防衛戦は、比較的順調に進んでいた。此処までは。
「悪魔種が出たぞ!!」
だがそれも、深層の魔物達の出現によって、徐々に押さえが効かなく成りつつあった。
『【A】A【AAA】AAAAA【AA】A【AAA】』
「うおおあああああ!!!?」
「不味い不味い不味いぞ!!逃げろ!!!」
「クソッタレ!!なんで深層の悪魔種が出てくんだクソ!!!」
悪魔種が連続して魔術を放つ。人類の耳では聞き取れないような連続した詠唱と、そこから繰り出される膨大な破壊は、迷宮を押さえ込んでいた冒険者達の防衛戦線を次々と粉砕していった。
まだ、上層で留まれている。まだなんとか押さえ込みは効いているが、何処まで持つか。そして地上までこんな怪物達が溢れてしまったらどうなるのか、想像も出来なかった。
「畜生!なんだってこいつらいきなり持ち場離れるんだよ!!」
魔物達は、迷宮という回廊を通して、魔石を魔界の【星剣】へと届けるための運搬がかりだ。強大な魔力を有する者ほど、地下に潜る。
それが、必要なくなった彼らは、自壊を厭わず、蓄えた魔力を全て地上侵攻に費やすようになったという事実は、勿論大半のイスラリアの民達の知る由も無い。
「ね、ねえ!ねえったら!!もういっそこの迷宮の入り口塞いじゃわない!?」
「それして別の所に穴開けられてそっから出てきたら一巻の終わりだろ……」
「入り口が空いてたら脇道逸れずにそこに向かってくれるのが、救いなんだ!腹くくれ!」
悲鳴と不安の声を罵声で潰す。
冒険者達にも不安の声はどうしても増えていた。彼らとて、こんな地上に近い上層で、大量の、それも高階級の魔物達と戦った経験なんてあるはずもない。未知は拭いがたい恐怖と不安を呼んだ。
「なあ、なあ、聞いたことあるか……」
「ああ?」
そんな中、怪我を負った冒険者の一人がおずおずと、声を放つ。けが人達の集まった安全領域の広間にて、男の声はやけに響いた。
「お、俺たち名無しは、本当は魔界の住民なんだ」
「はあ?」
「そう聞いたんだよ。俺、俺たちは、本当は虐げられてんだって」
それは、銀竜が出現してから名無し達の間に広まっていたある種の噂話だ。
銀の竜は“魔界”と呼ばれるもうひとつの世界の侵略者であり、そして【名無し】達を救うためにやってきた救いの使者である、と言う噂話。
それは、不和を呼ぶ噂だった。意図的に広められた噂話だった。
邪教徒らが、この機に乗ぜよと、イスラリアの住民達の心を見出し、混乱させるために広められた噂話で有り、真実も交えられた噂話。
そんな、悪意の込められた言葉が、怪我を負った名無し達の集まる広間で木霊する。
「だから!あの白銀の竜は俺たちの味方なんだよ!魔物達も!!!俺たちが戦う理由なんて無いはずだろ!!?」
そう、彼が叫んだ。そして周りを見る。
自分に同意する者を探し求めるように―――――しかし、
「…………なる、ほど?」
「まあ、なあ……?」
「…………」
彼らの反応は、芳しくはなかった。
「な、なんだよ!?適当言ったと思ってんのか!?」
「いや、まあ、別に、そうかもなとも思ったけど、なあ?」
すると、一人の冒険者が肩を竦めて、迷宮の通路の先、魔物達との戦闘音が続く最前線を指さして、言った。
「それで、じゃあお前、魔物に言ってみろよ。俺たちは味方だって」
「……!」
そう、結局、数百年前に迷宮が発生してから今日までの間、魔物達が味方だという名無し達に襲いかかってきたのは単なる事実だ。魔力を掠め、イスラリアの住民達を排除する。その目的で動いていた魔物達が襲った者達に、分別なんてついていなかった。
彼らは【名無し】も【都市民】も【神官】も平等に狙って殺した。自分たちが【名無し】であるからと狙うのをやめてくれた魔物なんて存在しなかった。
味方だと、今更言われても、冒険者達には何一つピンとこないし、実際、今も魔物達は地下から彼らを襲ってきている
単純な話だ。死にたくないなら戦うしか無い。それに、
「それに俺、この国は結構好きだし、此所で逃げるのはなあ……」
一人が言うと、同意の声が幾つもあがった。
「ああ、俺も俺も」
「名無しの扱い、めっちゃ良いしねえ」
「神官達も、名無し相手に偉ぶらないし、神殿で祈らせてくれるしねえ」
「滞在費払えなかったとき、いろんな法案引っ張ってきて、なんとか支払い延長してくれたこともあったなあ!」
「お前ギャンブルしすぎだ。マジで反省しろよ」
「うっす……」
「都市民や、変わり種で官位持ちの冒険者もいるし」
「友達もいるしなあ!」
次々に賛同の声があがる。そこには笑い声が混じり合う。そこに負の感情は無かった。
「戦いたくねえならそうしろよ。恨まねえし、背中に石だって投げねえよ。地上に戻って戦えない奴らと一緒に隠れとけや。都市民達も責めやしないだろうよ」
「……!」
最初に、魔界という言葉を吐いた男に、一人がそう語りかけて笑う。すると、その言葉に他の冒険者が苦笑した。
「いや、全く責められないかは、どうかねえ?」
「騎士や神官の皆は頑張ってるのに!とか言われるかもだぜ?」
「南地区は止めとけよ!あそこ冒険者の素行悪くて嫌われてんだ!」
「北東地区の酒場おすすめだぜ!あそこのばあちゃん、【名無し】にはメシ多めにいつも寄越してくれるんだ!泣きついてこい!」
「ああ、あそこのおばあちゃん、私好きよ。優しいもの」
「ナナが酔っ払った時、いっつも介抱してくれるしなあ……」
「やべえ、そういや俺【隠れ家】の親父にツケはらってねえ」
「あー、あそこの親父のメシ食えなくなるのも嫌だなあ……」
「うん、そうだな」
「ああ、俺もだ」
そう言いながら、一人が立ち上がる。そうしていくうちにもう一人、もう一人と立ち上がり始めた。
「じゃあ、やるか」
「そうね、いきましょう」
「おっしゃ」
そして再び、魔物達にむかって突撃をかます。
自分たちを見捨てた魔界の尖兵達に向かって、かつて自分達の敵だったイスラリアの住民達を守るために、冒険者達は笑いながら突撃する。
残された、最初に騒いだ男は、仲間達のそんな背中を見送って、歯を食いしばり、唸り声を上げると、
「畜生!!畜生が!!!」
叫んで、自分の獲物を握りしめ、彼らと同じように最前線へと駆けだした。
大罪迷宮グリードはその瀬戸際でまだ、踏ん張り続けていた。
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【穿孔王国スロウス・跡地】にて
「名無し達の扇動は、上手くはいっていません、申し訳ありませんシズルナリカ様」
《そうでしょうね》
邪教徒ハルズの言葉に、鈴の声は静かに頷いた。




