自重なき天才②
「まあ、戦いは終始こんな感じでね。なんとか頃合い見て撤退したんだけど……」
ディズは思い出し、苦々しい表情になりながらうめき声をあげた。
「常に此方の攻撃を2手3手先読みされる。攻撃を仕掛けようとすると全部スカされる。逆に仕掛けてくるときは長時間防戦を強いられる上、苛烈……彼女、マルチな秀才じゃなくて万能の天才だったね」
「あなたも同等の力を持っているのでしょう」
「うん、問題は、私自身がこの力を上手く扱いきれていないところかな。」
ディズが人差し指を出すと、その先に小さな光の剣が生まれる。絶対両断の神の剣、それが彼女の指に合わせるようにして伸びる。手の平を広げるとそこで踊るように舞い始め、そして彼女が手を振ると呆気なく砕けた。
「つまり良いようにやられっぱなしと。雑魚ですね。天剣返してください」
「真面目にそこは検討してるよ。やっぱ私、才能無いなあ……もうちょっと練習したいんだけど」
ディズは普通のヒトだった。七天という席についていながらも、加護すらも与えられなかった普通のヒト。魔物達と戦い続け超人めいた力を手にしたが、魔力の満ちた方舟の世界においてはそれはヒトの延長でしかない。
それがいきなり「神」だ。戸惑うのは当然だった。
しかし、いつまでも戸惑い続けている場合ではない。同じ条件のシズクは既に使いこなしつつあるのだから――――
「凡才のあなたが今更足元バタついたところですっころぶのが見えています」
「正論が耳にいたい」
ユーリの容赦の無い指摘にディズはぐんにゃりとうつ伏せになる。一応現人神のような存在であるディズに対してまるでユーリは容赦無いが、実際ユーリはやるべきことはやっていた。
魔界でのディズの活動はユーリとスーアに頼るところが大きい。
最初はもっと大勢で、魔界に拠点を作ることも検討されたが、殆ど魔力の存在しない魔界で多人数が出て、未知のトラブルや現地住民との争いが発生した場合の危険性を考えると少人数の方が望ましいという結論に至った。故に七天が直接フォローに回っている。
おかげで本当に助かっている。彼女とスーアには頭が上がらない。
「しかし、太陽神様……太陽神の力をそんな風に分けられるのか?いや、スーア様に既に貸し出していることは知っていたが……」
イカザの問いに、ディズは頷く。
「“加護の一部”を貸与、って形になるかな。元々、太陽神は人類が扱うことを大前提とした力だからね。出来るようになっている」
【天賢】から得られた知識のいくつかを確認すると理解出来た。
太陽神の力はイスラリアの安寧を維持するために生み出された力だ。だからこそ、ヒトからヒトへと力を譲渡するといった使い方も出来るようになっている。勿論、制約も存在するが、少なくとも、元七天の面々に渡すことは容易だろう。
「既に太陽神統合は完了してるから、以前とは比較にならないほどの力にはなっているはずだよ――――といっても、ユーリの場合は自力でその力は引き出していたみたいだけど」
「流石に自力でグリードの時のような力を引き出すのは頑張らないと無理ですよ」
「頑張ったらできるのがおかしいんだけどねえ」
グリード戦の時、金色の天剣が“星天”のような輝きに満ちた力に変質していた。ディズはわずかにしかその様子を確認できなかったが、今ならわかる。
アレはまさに太陽神統合時の出力だった。それを素で引き出してしまった彼女はやはりというか、どこかがおかしい。
ともあれ、今彼女が味方だというのは純粋に助かる。今ならば、そんな彼女に、彼女自身に負担をかけることなくより強力な力を渡すことができるのだから。
「ただまあうん、上手く譲渡出来なかったら御免ね?」
「ぶちますよ」
「ぶつかあ……」
「……邪神、シズクとの交渉は出来たか?」
更にイカザが問う。
シズク、と言う名を使うとき、彼女はやや表情を硬くした。恐らく表情を変えぬようにと努めたのだろうとディズにもわかった。シズクは冒険者ギルドの所属であり、彼女はギルド長だ。責任も感じているだろう。
だがそれをいえばディズとて、ずっと彼女のすぐ側にいながら彼女の正体に気付かなかったとんでもない間抜けである。責任なら此方の方が大きいだろう。気にする必要は無い、と声をかける代わりにディズは首を横に振る。
「やってみてだめだった。全然話を聞いてくれない」
幾度かの交戦の際に彼女に呼びかけることはした。会話が成立したこともあった、が、彼女が敵対姿勢を解くことはなかった。
「【歩ム者】……ウル達はどうだ?」
「彼等ともあの戦いの後は連絡が取れていない。ウーガ自体の活動は確認出来ているから、既に戻ってはいると思うけれど」
《彼等はシズクの仲間だったのでしょう?彼女に与するつもりなのでは?》
「そういう動きは今のところ認められない。今は完全に中立だ。いろいろと動いているみたいではあるのだけれど」
どのみち、ウーガはアルノルド王の命により完全な独立活動が認められている。その行動を咎めることはできない。とはいえ、もし万が一にでもウーガまでもが敵に回ってしまったら、手が回らなくなるのは目に見えている。中立として静観状態でいてくれるだけでもありがたいとしかいいようがなかった。
「ともあれ、【歩ム者】の方からの説得も難しい、と」
《それはそうでしょうね》
ディズの報告にそんな感想を漏らしたのは、グラドルのシンラ、ラクレツィアだ。
《貴方の話を信じるなら、彼女は魔界の住民で、我々を殺すために生まれた兵器なのでしょう?》
通信魔具の水晶越しに彼女の声はやや疲労が滲んでいた。当然だろう。ディズ含め、此所にいる者達はシズクが顕現してからこっち、殆ど休みなしだ。
《数百年廃棄物を垂れ流した邪悪な集団と交渉なんて、する余地も無いでしょう。彼らからすれば私達は怨敵です》
その言葉には、誰もなにも言い返すことは出来なかった。
魔界とイスラリアの関係性はこの場にいる全員が知っている。自分たちが魔物達をけしかけられた被害者ではなく、簒奪し、そしてその後も害を成した加害者でもあるという事実は全員が知っている。
だからといって自分たちの責務をこの場にいる彼らが放り出す事は無い。白黒善悪で区分け出来るような話でもないことも皆分かっている。それでも、どうしても空気が重くなるのだけは避けられなかった。
「……ただ、彼女に関してはそういう感じでもないんだけどね」
その空気の中、ディズは誰にも聞こえないくらい小さく囁いた。隣のユーリだけは彼女の言葉が聞こえていたようだったが、それを掘り下げることはしなかった。
《――――ディズ、いますか》
その沈黙の最中だった。会議室の中央に設置されている巨大な水晶が輝き、中から声がした。水晶に映るのは白い子供の姿。
「スーア様」
ディズは立ち上がり水晶越しにスーアによびかける。スーアは彼女を認めて頷き、そして要件を話し始めた。
《魔界が攻めてきました》
「魔界?シズクがもう動き出しましたか?」
《いいえ…………魔界の残存人類が》
その場の全員が眉をひそめた。




