瞑想と煩悩
現在ウルとシズクの体力と魔力は大きく消耗していた。
日の出と共に動き、訓練と準備を経て出発。魔術による結界と目視による魔物への警戒、そして小さな戦闘を繰り返しながらアルトにたどり着いたのは本日の昼頃である。更にアルトについてからも一息入れる間もなく消耗品や装備の補充、そして対策会議だ。
戦いが始まる前から、既に疲労が濃くなっている。このまま会議を続けて更に戦いへと赴くとなると、問題が出てくるとウルは自覚していた。魔術で魔力を消耗していたシズクはもっとだ。
休む必要はあった。出来る限りタップリと。それは理解していた。が、
「で、これは何」
「瞑想。心を休めていてね」
「全然心休まらない」
今、ウル達はベッドの上で寝転がっている。ウルとシズクは隣同士で、ディズは二人の前で覆いかぶさるようにして。しかも衣服も外し下着姿で寝転がっている。美少女二人と同じベッドで横になっている状態で心を穏やかにしてくれと言われて出来る奴がいたら、きっと賢者か仙人か不能者か同性愛者だ。
ウルはそうではない。耐えるのは辛かった。
「ウル様。御気分が悪いのです?」
シズクは心配そうに声をかけてくれた。原因の半分が彼女であることを除けば優しかった。
「皮膚面積多い方が体感しやすいからねえ。襲っちゃやーよ?」
《にーたんえっちー》
「妹の前で怪しい言動はやめていただきたい」
「大丈夫ですよ、アカネ様。ウル様ならきっとそんなこといたしませんから」
「すまん、過剰な信頼も厳しい状況だ……!」
悪意ある誘惑ならば拒否もできるが、純粋に肌色が多いのはつらかった。いや、辛くはないが妹の前だと辛い。
「繰り返すが、これに何の意味がある。気持よく寝ると言ったが」
気持ちよく、という言葉に妖しい響きを感じる惚けた脳みそに活をいれ、努めて冷静になろうとしながらウルは問う。
「ま、要は効率よい休息と回復の方法を伝授しようという話。8時間の睡眠が必要だったところが1-2時間で十分な睡眠と回復がとれたら、時間効率は圧倒的だろう?」
「……成程」
それができれば、便利なんてものではない。今回のみならず、今後の事を考えると是が非にでも身につけておかなければならない技術だ。時間が限られる中で強くならなければならないのだから、その時間が増えるのは助かるなんてものじゃない。
ウルは頭を振るい、煩悩を払うようにした。していたら、目の前にディズの寝間着の下で小振りな胸が揺れた。
ダメだった。ウルは諦めて両目を手でふさいだ。
「手も大事なんでフリーにして」
「退路ください」
「諦めて煩悩に身を委ねててよほーらえっちえっち」
「自制心を挑発するような真似は本気で勘弁していただきたい」
「ウル様、大変でしたら片手だけでもお手を握りましょうか?」
「ありがとうシズク、逆効果だ」
最早何も考えないことに全神経を集中せざるを得なかった。体を休める瞑想とは対極の心境である。余計疲れる。
「ま、ウルが暴走する前に話進めようか。まあこんな格好になったのにも理由があってね。体内の魔力を操作するから、体術と魔術の中間くらいの技術なんだ」
魔力は消費させず、ただ循環させる。そうすることで肉体の疲労を回復し、損耗した魔力は外から取り入れる技術。正しい詠唱を行う必要がある魔術よりも、感覚に依存する。身につけるのは容易ではない。と、ディズは言う。
だが今回は時間がないため、外部、つまりディズが直接魔力に干渉し、感覚をその身で覚えさせようというのがこの試みだ。
「だから肌は殆ど密着する必要がある」
「密着……」
「性別的に耐え忍ぶべきは此方なんだから辛そうな顔をされるのは不服だな」
「貴方みたいな美少女に抱きついてもらえるなんて大変うれしいです」
「変態」
「どうしろってんだ畜生」
望んでこの状況にいるわけではないのに理不尽だった。しかしこの状況に少し喜びを感じていないかと言われれば嘘なので黙って罵倒される以外なかった。
「変態くんは置いといて、まずはシズクと始めようか」
「よろしくお願いしますね、ディズ様」
シズクはニッコリと微笑み、ディズは彼女の胸に文字通り飛び込むようにして抱き合った。美少女二人が抱き合う光景は大変に官能的だった。むろんこれは盗賊討伐に向けて重要な技術を獲得するための真剣な鍛錬なのだ。とウルは自分で自分に言い聞かせた。
「呼吸は常に一定に、お腹の奥から息を吸って、吐き出して、魔力を感じて」
「う……ん」
《なんかえっちね?》
「俺に同意を求めるなアカネ」
ウルとアカネの漫才も尻目に二人はゆっくりと体を動かしている。傍から見れば絡み合っているようにしか見えなかったが、しばらくすると
「あ、出来た。そんで寝た。寝つきいいねシズク」
パッと、ディズが顔をそう言って顔を上げた。
「え、もうか?」
「変態」
《えっち―》
「そういう意味ではなく、あっという間だったので。というかシズクは……?」
ディズが退いた後をウルがのぞき込むと、シズクは目をつむっている。先ほどのように瞑想を行なっているのともまた違う、規則正しい呼吸をしながら豊かな胸が揺れていた。
《すやすやね?》
「……これがディズの言う、良い寝方?」
「単に深い睡眠というんじゃない。体内の流れを正常化し、活発化した状態」
よく見て、とディズはシズクを指さす。言われ、ウルも目を凝らすと、彼女の身体、正確にはその皮膚の上に薄い光の膜のようなものが形成されているのがわかった。魔力が彼女の身体をなぞるようにして流れていく。
「体内の魔力の流れを操作して活性化、身体の外にも路を作って体外の魔力を効率よく取り込み自身に吸収する最小規模の結界形成技術。結界の一種だから外部の異常も感知しやすく一石二鳥」
「よくわからん」
「ま、感覚で掴んでくれれば理屈はわからなかろうが構わないよ。さて、ウルの番だ」
ディズは微笑み、そして寝転がるウルへと寄りかかる。
目の前にいるのはアカネを奪い、そして分解しようとしている憎き相手である。とどれだけ自分に言い聞かせても、彼女は普通に美人だった。
《にーたんがんばって?》
「むしろ頑張らないようにしないといけないんだがなあ……」
「ウル、言いたいことがあるんだけど、いいかな?」
「大体わかるが、どうぞ」
「早く寝よ?」
「無茶言うな」
彼女の言うことは無茶だった。思わず見惚れるほどの美少女であるディズが、半裸で、こっちの身体に纏わりついてくる状態で、寝ろというのは無茶過ぎた。どれだけ意識を集中しようが「いい匂い」と「やわらかい」という感想が脳みそを侵略する。
《やっぱえっちね?》
「アカネ、もうどっかいってくれ頼むから」
「というかてんで魔力巡回してないんだけど、一点集中なんだけど」
「全面的に俺が悪いんだけど妹の前では本当にやめてください」
セクハラも甚だしいし、ウルは別に悪いわけではないと思うのだが謝るしかなかった。
「これじゃどうにもならないんだけど、静めてあげようか?」
「お……いや、いい、努力するから」
「もぎ取ってあげようかと思ったのに」
「努力するから……!」
こきりと右手を鳴らすディズの口は笑っているが目は笑っていなかった。ウルは少し心が落ち着いた。
「だが、そうでなくとも体内の魔力のコントロールなんて全然感覚が掴めんぞ」
グリードを出る前に、ウルも最低限、日常で必要になるような簡単な魔術――体を清める【浄化】の魔術等――を身に着けたが、その一つとっても大変な集中力を必要としていた。
それだけでも大変だったのに、体内の魔力を操れなどと言われてもさっぱりわからない。
「外側から干渉してもやたらと魔力の動きが鈍い、普段あまり魔術使ってないんだもんね……しょーがないな」
ディズは小さくため息をつくと密着させていた身体を起こした。ウルの身体にまたがるようにして座る彼女は、ウルの腹に両手をゆっくりと触れると、眼を閉じる。
「受け入れてね?」
なにを?と問おうとしたウルは、その次の瞬間、とんでもない異物感をディズが手を当てている腹に感じた。まるで熱のある塊を身体に直接差し込まれたような感覚だ。痛みはないが、思わず息が詰まった。
「な……んだ?」
「君の魔力を貯めこむ臓器に、つまり魂に、直接干渉している」
「そ、れは……大丈夫、なのか?」
「君は大丈夫だよ。危ないのは私さ」
ディズの声が彼女の口から聞こえない。ウルの内側から直接反響するように響く。その違和感に思わず身をねじりそうになるが、先ほど彼女が告げた受け入れて、という言葉を思い出し、耐える。
その様子に、ディズはえらいえらい、と笑った。
「基本的に魂同士の接触は干渉する側が圧倒的に弱い。君が無意識にでも拒否する意思を持つだけで私ぶっとばされるから、ちゃーんと今の調子を維持してね」
「い、いつま……?」
と、問いかける間もなく、ウルの身体に変化が及ぶ。身体を巡る血、というか恐らく魔力が急に熱を帯び、そして体を流れるように巡り始めたように感じた。まるで魔物と全力で戦うかのような感覚。そして更にその熱が体の内から外へと移り、再び中へと巡りつづける。
不思議なのは、その状態を“自分自身が引きおこしている”感覚がある。自分の身体が、魔力が勝手に動き出し、巡りだす。
「今の感覚、忘れないようにね」
彼女の言葉が頭の中を反響する。ウルは頷こうとしたが、全身を包む温もりと、色々な意味でため込んだ疲労が一気に襲ってきたのか、間もなくして意識を失った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《にーたんおはよ》
「……おはよう」
眼前で妖精の姿で飛び回るアカネの声で、ウルは体を起こした。意識を失う前と同じ姿で、ベッドの上で寝転がっている。背中のべちゃりとした感覚に少しギョッとなる、大分汗をかいて寝ていたらしい。
「……どれくらい寝てた?」
「3時間くらいかな?」
疑問に、備え付けられていた机の椅子でのんびり茶をのんでいたディズが答えた。さすがにずっと下着姿なわけもなく、馬車の中でも着こなしていた身動きしやすい衣服を身を包んでいた。
「身体の調子は?」
ウルは体を起こし、動かしてみる。自分の身体を点検する。身体の軽さ。不良部分の有無、ゆっくりとストレッチをしつつ慎重に確認を続けた。
「……7、8割?」
「初めてならそんなもんだね。効率は数をこなせば上がっていくからその調子で」
「シズクは?」
「1時間君より早く目覚めて全快状態だよ。今は夕食を貰いに行ってる。あの子凄いね」
「頼もしい限りだ」
ウルは脱ぎ捨てていた自分の衣類を着なおして嘆息する。シズクの凄さに関しては今更驚くような事でもない。驚くべきは自分の今の体調だ。7,8割と言ったが、そもそも通常の睡眠時だって、完全回復に至ることはそこまでない。精々5,6割回復すればいい所だろう。
だが、今の3時間の睡眠は、宿屋で8時間は熟睡した状態と遜色ないレベルまで身体が回復している。しかも今後はこれ以上の質になっていくという。
本当にとんでもない技術だ。
「ディズ、指導ありがとう」
「どういたしまして。まあ、苦労した甲斐があったよ」
「苦労、やっぱりあの魂の干渉ってやつは、大変だったのか?」
確かに尋常ではない手段ではあった。冒険者になってまだ日は浅いが、そんな技術噂でも聞いたことがない。
「んーまあそうねえ……使用するのは危ないし、大変だってのもあるけど……なにより」
「なにより?」
「んー……」
彼女にしては珍しく、しばし言葉に詰まり、窓から階下の景色を眺め、一言だけぼそりと告げた。
「恥ずかしいし」
……半裸で抱き合うような真似しておいて?
という疑問をウルは口に出来ずに終わった。彼女のその言葉の真の意味を理解するのは随分と先の話になる。
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