少女は救世を唄う
■暦 2X49年
「新谷博士、お疲れ様です。」
中層に存在する食堂にて、コーヒーを口にしていた新谷は、不意に声をかけられた。
普段、彼は仕事外で誰かと会話することは殆ど無い。最深層に転属になる前もそれほど他人との交流に精力的だったかと言われれば全くそんなことはないのだが、最深層から出戻りになった後は彼は殆ど誰とも会話をしなくなった。
戻ってきた直後の彼を元同僚達が心配半分、からかい半分で声をかけたこともあったが、彼のあまりに焦燥した表情と、纏わり付く暗い影に怖じけ、すぐに離れていった。尋常ではない経験をしたのだと言うことは誰の目にも明らかだった。
将来を期待される遺伝子技術のホープが最深層の怪物達に食われた。
そんな風に囁かれ、結果、彼の周りから人はいなくなった。
だからこそ、新谷に話しかける人間というのは酷くめずらしい。新谷は最初自分に声をかけられたと認識することが出来ず、目の前で視線を合わせて笑みを浮かべた若い男の顔を見て、ようやく会話を求められているのだと言うことを認識できた。
「君は確か……」
「博士の部署に転属になりました。鏑木です。博士には是非お話を聞きたくて」
「私に?」
鏑木という男はニコニコと嬉しそうにそう言った。何かの冗談か、あるいはからかうつもりなのかとも思ったが、此方の反応を待たずして目の前の席に座った。
どうやら本気らしい。
新谷は溜息をついた。やや強引な手合いであるらしい。が、対人コミュニケーションに難がある人間は此処ではめずらしくもないし、そもそも新谷もそうである。
休憩時間の終わりまで多少の時間はあった。
「それで、なにが聞きたいと?私の研究についてなら、データ化して好きなだけ見れる。勝手に閲覧したら良い」
「博士は、最深層で数年間勤めていた経験があると聞いて」
新谷はピタリと、飲もうとしていたコーヒーのカップを傾けるのを辞めた。一瞬指先が痙攣したように動いた事に鏑木は気付いた様子はなかった。泥の味がすると大変好評なコーヒーといえど、貴重な資源を零すようなヘマをしなかった自分に安堵して、新谷は慎重にカップを机に戻した。
「君は、下に行きたいのかい?」
「ええそれは勿論!この世界の最先端、イスラリア対策の総本山でしょう?!」
此方の心境を全く介さず鏑木は嬉々とした声を上げる。実に脳天気な反応だった。希望と使命感、そして自身がこの世界に貢献できるという明確な自信に満ちあふれた顔である。目障りで耳障りで、そして懐かしい。
かつての自分もこんな顔をしていたのだろうか、と、新谷は自嘲した。
「残念ながら規則上、私は一切の情報を君に漏らせない。だが、もしも君が下の連中に必要だと思われたなら、自然と声がかかるだろう」
カップのコーヒーを一気に飲み干す。代理コーヒーはやはり泥のような味がする上、冷めて温くなっていて不味かった。そして立ちあがる。そしてまだなにか聞きたそうにしている鏑木に対して、ハッキリと告げた。
「だが、人間でいたいならやめておいた方が良い」
鏑木は目を丸くする。自分の言った言葉を考えるようにして首を傾げた。新谷は彼が返答するのも待たずに彼に背を向け、カップを返却し、職場へと続く廊下へと足を進めた。
この警告には何の意味もないだろう。何故なら自分も似たような警告を元最深層の職員に与えられていたし、もし警告があろうがなかろうが、彼が本当に優秀であるなら、彼の転属は彼の意思とは関係ないところで決定される。
そして、地獄に行く。
その果てに逃げ出すか、あるいは、無様にも尻尾を巻いて逃げ出した自分とは違い、あそこで働く適性を見出すかも知れない。
どちらにせよ、世界の危機に向き合う事も出来ず、さりとてあの場所の残酷さに目を向けることも出来なかった臆病者の自分には関係の無いことだった。
精々今の自分にできるのは限られた土地の食物に手を加え、人類が残された資源の全てを食い潰して終わるその日を一日でも長く先延ばしにする事くらいだ。人類救済という根本的な解決策から自分は背を向けたのだから――――
「失礼、新谷博士。少しお話が」
新谷は振り返った。今度はスムーズだった。目の前には管理員の腕章をした男が二人立っていた。来客の多い日だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「最深層との連絡が取れない?」
「はい……」
新谷に声をかけたのは、ドームの管理を託された設備員だった。
イスラリアからの呪泥の悪影響から逃れるために建設されたドームは、言うまでも無く人類社会継続の要だ。インフラの一つでも不具合が発生すればその瞬間命取りになりかねない。その為常に設備状態は監視されていた。
そしてその役割上、中枢ドームの内部で完全に独立して運用されている最深層との繋がりも有していた。勿論研究の内容には触れることはないが、中で同様に設備管理を担っている職員達と相互連絡を取り協力する為だ。
とはいえ、連絡の内容は「問題なし」程度のものだ。
よほど厳重に設備管理されているのだろう。今日まで最深層で重大なトラブルが発生したケースは1度として存在していなかった。はずだった。
今日、行われるはずの定期連絡がこなかった。
「警報類は?」
「一切なっていません。少なくとも機器類の故障ではないはずです」
「緊急用の連絡回線は」
「全て、返信がありませんでした」
新谷は最深層へと続くエレベーターに乗りながら、管理員である二人の男に質問をしていくが、この程度の確認はその専門家である彼らがしていないはずも無かった。
「異常事態と判断しましたが、最深層に立ち入る権限を私達は有していません。本来であれば最深層側の管理者がロックを解除するはずなのですが……」
「その彼らとも連絡が取れないのでは意味が無いか……」
最深層の研究を漏らさないようにするためのセキュリティが逆に仇となったということだろう。しかし、最深層もこうした事態に備えて幾重にも安全装置は用意していた筈だった。その全てが同時に機能しなくなっている、というのは確かに異常事態に違いなかった。
「物理的な解除も検討しましたが、調べてみたところ新谷博士はまだ最深層のカードキーを有していると記録に残っていました」
「……私の権限はとっくに剥奪されたものだと思っていたが」
「児島所長が全ての管理を担っていた筈です」
児島博士の恐ろしい眼孔が記憶から蘇り、新谷は小さく身震いした。しかし彼が自分にその権限を残したというのは意外な話だった。とっくに見限られたものだと思っていたが、あるいは眼中になさ過ぎて、どうでも良いと思われたのかもしれない。
どのみち、新谷の保有するカードキーならば、最深層のゲートは開くことが可能、らしい。まさかこのような形で最深層に戻る羽目になるとは、想像もしていなかった。
「ただの通信回路の不具合の可能性もある、ゲート開放後は私が先に行く。仕事で来たはずが部外秘の研究に触れて牢屋行きなんてゴメンだろう」
暫くするとエレベーターが目的階への到着を告げた。
管理員たちに新谷は警告しつつ、先頭を行った。管理員達は神妙に頷いた。彼らが万が一あの研究を知るようなことがあれば、良くて一生最深層の職員で、悪ければ消される。
あんな人体実験が、世界の希望とも言える研究を行う最深層で行われていると万が一にでも知られるわけにはいかないのだ。
「――――なんだ?なにか匂いませんか?」
だが、不意に管理員の一人が眉をひそめて鼻を鳴らした。
釣られて新谷もそうする。確かに何か、微細な匂いがした。あまり嗅いだ覚えのない匂いだ。脳の奧がチリチリと警報音を発するような、不快な匂いだ。本来、ドームは地下深くなる程に空調設備が機能しているにもかかわらず、確かに匂った。
新谷は訳も分からず、胃袋が締め付けられるような気分になった。過去のトラウマ故か、それともこの匂いから人体が警告を告げているのか、判断は付かなかった。
そして3人はゲートの前にたどり着いた。自然と管理員の二人は鎮圧用のショックガンを取り出す。口には出さないが、彼らも異常を察したらしい。
「…………開けるぞ」
新谷はカードキーをスライドさせた。正常で軽快な読み込み音と共にランプが青く点灯し、扉がゆっくりと開かれていく。かつて新谷が1度見た光景であり、その時は自分の力で世界を救うのだと意気込み、浮かれていた記憶があった。
「な、……んだ……!?」
そして、扉が開かれると共に、新谷は先程から鼻の奥を刺激していた匂いが猛烈に強くなったのを感じ取った。赤黒い、鉄の匂い。腕が恐怖で粟立つのを感じ取った。全身が悲鳴を上げながら、警告を告げ始める。そしてその時ようやく新谷はこの匂いの正体が理解できた。
濃厚で、淀んだ、血の匂い
「新谷博士、下がってください!!」
管理員が急ぎ新谷の前に立つ。最早研究の情報漏洩、などと抜かしている場合ではなかった。管理員達は扉が開ききると同時にゆっくりと扉の中へと足を踏み入れた。
「なんだ、どうして、こんな……!?」
そして絶句した。
「死んでる……?」
扉から中に入って暫くして気付く。廊下や備え付けのベンチ、椅子、至る所に死体が転がっていた。最深層の職員達が彼方此方に転がっていた。まだ血は乾いていなかった。
死亡から、それほどの時間が経っていないのだろう。それ故に濃厚なまでの鉄の匂いが強烈に鼻孔を殴りつけてきた。
新谷は昼食をコーヒーだけで済ませていたことに感謝した。そうでなければ確実に戻していた。
「殺され………いや」
そして気付く。彼らの死体は、その全てがその手で握った銃器や鈍器、刃物の類いで自分の頭や首、臓腑を破壊し痛めつけて、そして死亡しているのだと言うことに。
つまり、彼らは
「じ、自殺……?」
全員が、自らの意思で命を絶っていた。
「なん……だこりゃ……どうして、こんな……っぐ」
管理員の一人が嘔吐する。彼らとて、別に荒事を専門としている訳ではない。死体など、見慣れているはずもなかった。ましてやこんな夥しい数の異常な状態の死体など見たことがあるはずもない。
当然、新谷も見慣れるわけもない。"あの実験”からも尻尾を巻いて逃げ出すような性格なのだ。死体など見るだけで気分が悪くなる。だが、どうしても新谷は彼らの顔を覗き見てしまう。
彼は数年前まで此処の職員だったのだ。別に彼らと親しかったわけではないが、それでも顔見知りではないかと、肉体の拒否反応とはべつに、視線が自然と死体へと向かった。
そして気がついた
「……笑って――――」
新谷の元同僚達は笑っていた。そして泣いていた。
口には満面の笑みを浮かべ、瞳の下には涙の跡を残して、自分の命を絶っていた。新谷はのけぞり、腰が抜けそうになってすっころんだ。
異様、などという次元ではなかった。
過去の歴史に存在するカルトの起こした悲劇のような有様が、この時代の人類の叡智の最先端とも言える場所で広がっている。その事実を受け入れられず、新谷は目眩を起こした。
「じ、自警部隊に、応援要請を……」
「なにが起こるか分かりません。新谷博士、ここからすぐに出て――――」
管理員達が新谷に警告を告げる。まさに道理だ。こんな場所、一秒だって長く居る道理はなかった。
だが新谷はフラフラと立ちあがると、そのまま最悪な顔色のまま、前へと進み出した。
「博士!?」
制止も振り切って彼は数年前まで彼が何度も使った通路を進む。道の途中途中でやはり死体が転がっていた。彼らもやはり自ら命を絶ちきっている。自分から壁に頭を打ち付けて死んでいる者まで居た。知った顔の女性職員が首に何度もナイフを突き立てた状態で死んでいた。
皆、死んでいた。
「なんで……どうして……!?」
現在の人類の中でも最高の知識を有しているはずの彼が、なにもわからないまま、ひたすらに走り続けた。血の匂いは酷くなった。最早マトモに呼吸することすら叶わないような地獄がそこにはあった。
「っが!?」
脚を取られ、転がり、かつての仲間達の血で身体を汚す。
顔を上げるとまたかつての同僚が笑って、泣いて、死んでいた。
こんな惨たらしい死体になるだけの罪を、彼らは確かに犯していた。
だが、これが罪の結果だとすれば、誰が罰を下したのだ――――
「…………、うた?」
声が聞こえた。軽やかな鈴のように澄んだ唄。
聞いたことのある唄だった。数年前、此処で勤めていたとき、唄が得手な子供の一人が良く唄っていた唄だ。魔術の詠唱に利用していたが、それとは関係なく彼女たちはよく仲間達と共に唄っていた。
口にはしなかったが、新谷はその唄声は好きだった。まだ、実験の全貌を把握するよりも前、自分たちの希望になるとも知れない子供達が奏でる唄は、まさに福音のようにかんじられたのだ。
その唄が、また聞こえてくるのだ。
新谷は起き上がり、その方向へと再び走った。ロクに施錠もされずに開きっぱなしになっている幾つもの扉をくぐり抜けると、その先にあったのは見慣れた小さな庭だ。
「学校」の「ホール」
恐らく中枢ドームの中でも最も美しい場所。子供達の憩いの場所。人の手によって生み出された小さな箱庭の楽園。その中央で唄が響き続ける。
同時に、血の匂いは最も濃くなった。その理由は明確だ。
「……………みんな」
死んでいた。
死んでいた。死んでいた。死んでいた。そのホールの中心へと向かうようにして職員達は並び、祈るようにして死んでいた。全員が全員、頭を打ち抜いて、首を掻ききって、心臓を突き刺して、泣いて、笑って、祈って、死んでいた。研究者も清掃員も食堂の給仕係に至るまで誰も彼も死んでいた。
死んで死んで血を流し、折り重なるようになっていた。
その中に、酷く年老いた男の姿もあった。あれほどまでに新谷が畏れたこの最深層の支配者である児島博士もまた、自ら命を絶っていた。口に満面の笑みを浮かべ、濁った両目から涙の跡を作って、一切の例外なく死んでいた。
そして、新谷はその中心を見た。
白銀の髪を輝かせ、死に絶えた人々に祈りを捧げるように両手を合わせ、歌い続ける少女がいた。ホールの天窓から注ぐ偽りの月光を浴び、噎せ返るような死臭のただ中であってなお、それらを踏みにじるが如く神秘的な美しさを纏った少女がそこにいた。
彼女は、呆然となった新谷を視界に映すと、微笑みを浮かべた。
「初めまして。あるいはお久しぶりですね。新谷博士」
「…………は、……し、………雫?」
「はい」
被検体E31、雫は笑った。
彼が知っているときよりもずっと大人びた姿となった彼女は笑っていた。だが違う。決定的に彼女の様子はあの時と違った。確かに彼女は取り繕う事は上手かった。自分たちが手を焼くくらいには演技の得意な少女だった。
それでも、彼女の本質は純朴で、優しい少女だった。友人達が笑っているのを眺めているだけで、幸せな笑みを浮かべてしまえるくらいに、優しい少女だった。
こんな、現実感を喪失するくらいに美しく微笑を浮かべる少女はなかった。肺一杯に満たされるように充満する血と死の匂いすらも脳髄から消し去るほどの魔性を湛えた少女ではなかったはずだ。
そして疑う余地も無い。彼女はこの地獄の中心にいる。だが、だとしたら
「どう、やって、なんで……?」
「“情緒”ですよ」
雫は小さく首を傾げて、語りかける。銀の髪が揺れ、眩く視界に映る。
情緒、その言葉はかつて新谷は幾度となく繰り返し耳にした。魂継承の為に必要な行程。【相克の儀】の達成条件。
まともでいては到底思いつかないような悪夢の発想。その呪いの言葉を彼女は口にし、そして目の前に広がる死体の山を指すように腕を広げた。
「最深層全職員、138名の皆様に、人の心を、愛を、慈しみを取り戻してもらいました」
「――――そ、んなことを、したら!!」
「そんなことをしたら?」
問い返され、新谷は両手で口を塞いだ。
そんなことをしたら?
人の道徳、情緒。この最深層の職員達は決定的にそれらを損なっていた。末端の清掃員すらも例外なく、彼らは人でなしだった。それは、そうでなければ、麻痺していなければ此処で勤めることがままならないからだ。
まともであれば絶対に耐えられないほどの地獄だったからだ。
人間としての真っ当な感性を取り戻したら、心が耐えられないから、彼らは人間として自分から壊れたのだ。それを、彼女が治してしまったのだとしたら――――
「皆が」
雫は素足で血の海を渡り近付いてくる。
「死にたいと、そう願われましたので、望みの通りにさせてあげました」
白いスカートが、彼女が進む度に跳ねる血で、穢れていく。
「命と魂を、私に捧げて下さいました」
新谷の前に彼女は立った。跪き、呆然となっていた新谷は、自然と両の手を祈るようにして重ねて、頭を垂れた。それは崇拝から成り立つものではなく、罪に耐えきれずに押し潰れる罪人が、慈悲を乞う姿だった。
「不足は埋まりました。器は完成へと至りました。さあ、新谷様」
眼前で、雫は微笑む。新谷は泣いて、口を引きつらせて、喉を痙攣させるようにして笑い声を上げた。恐怖と絶望と後悔が脳を支配していた。自分の中の感情が今どうなっているのかまったくわからなかった。
「イスラリアを滅ぼし、世界を救いましょう」
月神の依り代であり、悪竜の化身
完成した少女は、世界の救済を唄った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――――……ああ」
シズクは目を覚ました。
古くて、長い夢を見ていた気がする。
懐かしく、愛おしく、苦痛に満ちた夢だった。
身体中がズタズタに引き裂かれるような痛みと、身体中が包まれるような温もりが同時にやってくる。その苦痛が彼女を夢から引き上げた。目を覚ましたとて、痛みは続く。自分の心臓に爪を突き立てて、えぐり出したくなるような衝動に駆られてしまうくらいに――
―――お前は“俺の物になったお前”を大事にしてくれるよな?
その寸前で、ピタリとシズクは手を止める。
身体を起こす。彼女がベッドで横になっていたその場所は、高い高い塔の上だった。かつてのこの地の象徴のような場所であり、既に誰も利用しなくなった塔の中で、彼女は身体を休めていた。
『おう、主よ。目ぇ覚ましたカの』
そんな彼女を出迎えるように、死霊兵のロックは笑う。
死霊兵、と言っても、最早彼の存在はその規格には収まらない。幾重にも重ねられた改善と改良、そして与えられたシズクの権能はロックの存在を全くの別物へと昇華していた。
死霊王、とも言うべき存在となった彼は、シズクが身体を休めていた展望台の粉砕した窓を乗り越えるようにして外を見つめていた。
「ロック様。今の状況はどうなっていますか?」
『おう。見たらわかるぞ?』
そう言って彼は外を指さす。
『地獄じゃ』
赤い塔を中心として、空と大地が黄金で埋まっていた。
金色の人型。一切を切り裂き貫く天剣を握り、輝く翼を翻し、太陽神の加護で全身を覆い尽くした兵士達。
それらは太陽神の末端、精霊達よりも更に簡易化され生み出された尖兵達。【天使】とそう名付けられたそれらが、塔を覆い尽くすようにして包囲していた。
彼らの狙いは言うまでも無くシズクであり、月の神だった。
『どうするカの?月神様よ』
ロックの問いに、シズクは笑う。改めて問うようなことでも無い。
答えは分かりきっている。
「滅ぼします」
シズクは自分の胸を叩くと、寝間着は消失した。代わりに彼女の身体を白銀の鎧が被う。禍々しくも美しい。竜の爪と牙のように伸びたそれが彼女の身体を武装する。
「お願いしますね、ロック様」
『カーーカカカカ!!楽しい戦争の時間じゃのう!主よ!!』
イスラリアが世界に再び顕現して2週間が経過した。
未だ、太陽と月の神の戦争は続いていた。




