そつぎょうまえ / 罪は此処に
■暦 2X46年
「うーみだー!!」
蓮が叫ぶ。彼は照りつける日差しの下、真っ白な砂浜を駆け、真っ青な冷たい海へと身体を放り出して、水を全身に浴びて笑った。口の中に入り込んでくる塩水をぺっぺと吐き出し空を仰ぎ見て、そして首を傾げた。
「――――ってー言ったけど本当に再現できてる?これ」
「さあ?蒼い空、青い海。白い雲なんてもう何百年みてないでしょ人類」
「でーもーきもちいーよ」
伸介は眼鏡に跳ね返った水を拭い、真が海に寝転んで笑う。
飛び跳ねて、寝転がり、両手で掬って相手に浴びせかけても、間違いなくそれは塩水で、かつてこの惑星に存在していた海の光景に違いなかった。
しかし彼らが今居る場所は、普段彼らが過ごしているドームの中のホールに違いない。にもかかわらず全く別に光景が広がっている。
「っつーかこれって魔術の転用なの、か?」
蓮が不思議そうに砂浜を指先で叩く。流砂が手の平にこぼれ落ちて流れていく。爪先にまで砂が入り込む。映像転写装置は何度か使ったことがあるが、あらためてこの現象が「偽物」とはとても思えなかった。
今日まで彼らが学んだ人類の歴史の技術発展を叶えても、異端という他ない。
「こっちの映像投影技術とイスラリアの魔術のハイブリットだよ。質量を持った幻影術、とでもいうべきかな」
その問いに伸介が答える。
勿論、それでも一般的な技術ではないのだろう。今日のような数ヶ月に1度の特別休暇でもなければここまで大規模な投影は許可が出ないのだから。それを、遊びの用途で使わせて貰えるだけ恵まれている。
などと蓮も少しは考えもしたが、しかし暫くするとスッカリ頭から抜け落ちた。考えすぎたところで意味の無いことは考えずに忘れるのは彼の得手だった。
「っつーか女子どもはまだかよー。遊ぶ時間なくなっちまう――――」
「うっさいわね。蓮」
と、愚痴を漏らそうとした矢先、いつもの高く澄んだ声が聞こえてきた。
蓮達がそちらをみれば、自分たちと同じように水着を身につけた女子達が勢揃いしていた。長く共に過ごしていた彼ら彼女らは全員家族のような物であるが、勿論、必要以上にプライベートを晒し合うような真似はしてこなかった。
互いに肌を晒す真似も無いでは無かったが多くはない。故にこそ、どこぞのカタログで拾ってきた愛らしくてカラフルな水着を身に纏った少女達は、幻想の太陽以上に眩く見えた。年月と共に、かつての記憶よりもずっと、女性らしく成長しているともなれば尚のことだ。
「感想は?」
活気な彼女に似合う、真っ赤で挑戦的な水着を身に纏った真美は挑戦的な笑みを浮かべて蓮に問う。少し硬直していた蓮は、普段通り平静な態度――――を当人は装おうとしているのだが、明らかに隠し切れていない動揺した態度で、明後日の方向に視線をやった。
「……まーいいんじゃねーの?うん」
「アンタ、照れてるでしょ」
真美は一切の容赦が無かった。あからさまに全てを見抜いたような声音に、蓮は頭に血が上った。
「はあー!?誰が-?!おめーみたいな貧弱ボディみても全然平気ですがー!?」
「ほぉー???」
そして、自らが失言したことを悟った。が、既に遅い。吐いた言葉は飲み込めない。明らかに及び腰になっている自分に対して、彼女は姿勢を低くして、此方に助走を付けて駆け出す姿勢を見せていた。
コレは良くない。
蓮は自らの劣勢を悟り、即座に反転し、逃走を開始した。
「や、やめろー!!くるなおらあー!!」
「うっさいわねこっち見ろコラ!!!」
逃走と追跡が始まった。海と砂浜で男女が追いかけっこをしているともなれば眩い青春を感じさせる光景と言えた。ただし、殺意にも似たものを女子側が纏っていなければ、だが。
「バカだ……」
「バカなのです?」
遠く、それを眺める伸介に雫が尋ねる。勿論彼女も水着を纏っている。女子の中では特に局部の成長著しかった彼女は、それにあわせて水着も一際に大人の代物だった。
「でも伸介様も此方を見ませんね」
「いや、勘弁してください」
故に伸介も全力で明後日の方向を向いていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
子供達は遊んだ。
偽りの空、偽りの砂浜に偽りの海。全てが嘘の海を駆け回る。勿論それはかつてこの惑星に存在していた本物の海には遠く及ばない。何処までもは駆けてはいけないし、空も海も有限だ。
投射装置が止まれば、全てはいつものホールに戻ってしまう。目に染みた塩水も、少しヒリヒリとする皮膚も、何もかも無かったことになる。
それでも彼らにとって此処は本物の海で、現実だった。いつもは就寝準備の時間帯になるまで、彼らはずっと遊び続けた。聖子先生も、今日ばかりはそれを許してくれた。
「はー……美味かった。毎日これできたらいいのになー」
「魔力使うんだからダメでしょ。というか、アンタらが前に無断使用したから規制厳しくなったんじゃないの」
「ち、ちげーよ!……多分」
普段の固形食よりも遙かに豪華な人工肉をたっぷりと平らげて、蓮は満足げに砂浜に寝転がった。仲間達は彼の周囲に集まって、思い思い、泳いだり、砂の城を建造したりとはしゃぎ続けている。もう随分と長いこと遊んだというのに、まだ遊び足りないらしかった。
きっと、今日が終わってしまうのが惜しいのだ。と、彼らの心中を蓮は理解していた。もうすぐ特別休暇は終わる。コレが終わればまた明日から、何時も通りの日常がやってくる。毎日のように勉強して、運動して、訓練して、そしてその日常すらももう少しで終わる。
「もう卒業かー……」
この「学校」は6年で終わる。と、聖子先生から既に伝えられていた。そしてその日までもうそう遠くはない。だから皆が惜しむ気持ちは分かるのだ。
「卒業といっても、結局このドームから出て行くわけでもないでしょうに」
「でも、やっぱ違うよね。真美ちゃんともずっと顔合わせるか分からないし」
普段は大人しい洋子も今日は一日中ずっとはしゃいでいた。それほど楽しかったのだろう。そして、だからこそ先の事を想像して、いつも以上に不安で悲しそうな顔になった。真美が仕方ないわね、と言うように彼女の頭を撫でてやっていた。
「卒業後は自警部隊で1年過ごして、いよいよイスラリア行きだよな?そしたらもう下手したら一生こっちには帰ってこれない」
此方から向こうへは行けるが、戻るのは困難である。という話は既に子供達は聞いていた。魔力を吸収した魂では狭い狭い【回廊】を通り抜けることは出来ない。だから一方通行の旅路だ。
「そうだねえ……俺はやってけるかなー」
「心配すんなよ風太。もしものときは俺が助けてやるよ」
女子だけでなく、男子もやはり、この先の未来については不安が募るらしい。今日に限らず、友人達が不安そうな顔で色々と蓮に戦闘訓練の手伝いを頼んでくることも多くなっていた。
その度、蓮は彼らを励ますが、やはり中々不安を完全に拭い去ることは難しかった。何年か前までは現実感が無かったが、具体的な卒業までの日数までが見えてくるとやはり話は変わってくるらしい。
こういう時、いつも伸介が彼のフォローをしてくれる筈なのだが……と、彼の方を見ると、彼もまた少し難しい顔をしていた。
「……さて、どうなるかな」
「なんだよ、不安なのか?」
伸介は蓮のように脳天気ではないが、彼は彼で物事をむやみやたらと不安に思ったりはしないタイプだ。分からないことはとことんと突き詰めて調べる。時に閲覧が禁止された資料すらもセキュリティを掻い潜って調べ、その知識でもって彼は仲間たちの不安を晴らしてくれる。
だのに今日の彼の歯切れはやや悪い。
「最近ずっと調べ物してるけど、なにか分かったの?」
「少し、ね。まだわからない。」
彼の様子が珍しい。と、そう思ったのは真美もなのだろう。問うてみたが、やはりハッキリとは言わなかった。彼は此方に不必要な隠し事をするタイプではないが、正確でない情報をしゃべるような事はしなかった。
「調べるものがあるのでしたら、私も手伝いますよ?」
「ん。雫が居てくれるなら頼もしいんだけど、もー少し自分で調べてみるよ」
「マンパワーなら手を貸すぜ?」
「頼りにしてるよ蓮」
そこまでいって、ようやく伸介も笑った。少し安心する。
この先卒業に向けて慌ただしくなるであろう事は想像がつく。きっと今日以上に皆が不安になる時もあるだろう。そんなとき、彼が元気で居てくれないと困るのだから――
「……蓮?それ、どうしたの?」
「それ?」
と、そんな風に思ってたときだった。真美が口を開いた。
「ほら……お腹についてる――――」
表情は怪訝そうで、しかしいつも蓮のバカを咎める時の表情とはやや顔色が異なった。怒っていると言うよりも不安そうな顔で、蓮の腹を指さした。
「――――斑点」
次の瞬間、世界が傾いた。
投影機の故障だろうか、と一瞬驚いた声を蓮は出そうとした。だが、何故か喉から声が出てこない。慌てて動かそうにも手足が動かない。
「蓮!?」
慌てて、友人達が此方に向かってくるのが見える。その時ようやく、世界ではなく、自分の身体が傾き、倒れていこうとしているのだと気がついた。
そして意識を失った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
中枢ドーム 最深層 観察室
「どうしてこのようなことを……!?」
【最深層】の新人である新谷は震えるような声で叫んでいた。
彼がこの研究室に参加し始めて数年が経過していたが、未だ「対イスラリア最終兵器」の全容の全てを把握していたわけではなかった。
彼らが観察し、教育を施している子供達が“ソレ”に当たるというのは理解していたが、具体的にどのような手法を用いるのかまでは、秘匿とされていた。
外部に漏らすことが出来ない重要な情報であるからなのだと思った。
そしてその予測は当たっていた。
ただし、最悪な方向で。
新谷が見つめるモニターには身体に奇妙な斑点を浮かべて倒れる少年の姿があり、手元にある「最終段階」の資料がある。そこには全てが載っていた。
「想像力を働かせ、既存の資料を漁れば、予想もついたと思うのだがな」
責任者である児島博士は呆れたように溜息を吐き出して、説明を開始した。
「対イスラリアに調整した【月神シズルナリカ】を起動させるための必要な三つの要素」
淡々と語る彼の背後の画面に、対イスラリアの最終兵器―――世界から星石を奪ったイスラリア博士が廃棄した【月神シズルナリカ】の情報が提示される。
「①シズルナリカの7つの分体覚醒。②神制御キー【星剣】の鍛造。③【勇者】の作成……①は星舟に直接送り込むことで負の信仰魔力を吸収し覚醒させた」
現在、イスラリアに出現している魔物、竜、迷宮、それらは、月神シズルナリカを活用―――悪用した侵略であることは、流石に彼も知っている。イスラリアとこの世界を繋げる回廊、【迷宮】の精製、なにもかも現代の技術では一からでは再現不可能な超技術によるものであると知っている。
問題は此所ではない。
「②、星剣も完成した。イスラリアとこの世界、【月神】と【星剣】のラインは強固となり、魔力の安定供給は可能となった―――問題は③」
星剣を使い、覚醒したシズルナリカの分体を全てまとめあげ、完成させるための依り代。【勇者】の作成。この作戦の最大の問題がコレだった。
「大前提として、我々は【月神シズルナリカ】の断片を制御出来ていない。覚醒した竜達は、こちらの指示をまるで受け付けない。連中は好き放題に暴れているだけだ」
覚醒した邪神の断片、【竜】達は完全に制御下から外れていた。遠隔からの命令はもとより、直接接触からの指示も受け付けず、“彼女たち”は自分たちに接近した潜入工作員達を殺し尽くした。
【神】は人類が使うための道具。
その人類を代行するための人工知能――――“道具のための道具”が人類を殺すなんていう本末転倒な流れとなった。
「つまり【勇者】は“神の断片である竜を全て破壊し回収しなければならない”。竜を制御する為の【対竜制御術式】の研究は進んでいるが、コレの最大の問題は“回収”だ」
憂鬱そうに、あるいは忌々しそうに彼は語り続ける。
「この世界で“神の断片全てを収めるに足る容量をもった魂の製造”は極めて困難だ。我々にその手立てが無い」
魂の改竄は神とその端末が有する機能だ。
イスラリアではそれができるだろう。彼らは神と精霊を支配下に置いている。制約もあるだろうが必要とあらば可能なはずだ。だが、こちらには神も精霊もいない。魔力を回収するために手放してしまったのだから。
前提として、全ての神の断片を収めるだけの器を用意しなければならない。
「我々は自らの手で、魂を拡張しなければならない」
では、その手段は何か。
「魔力適性の高い人類を創り、集める。【学校】を創りあげ、子供達を育成する。徹底して情緒を育て【星剣】の適正―――忌々しい、聖人適正を突破するためにな」
人類に裏切られ続けたイスラリア博士の歪みなのか、あるいはもとよりそういった潔癖症を煩っていたのか、星剣に施された厄介な制約の一つ。【聖者】でなければ使えないという問題を解決する為に、【学校】は不可欠だった。
「健全な情緒教育を施さねば話にならない。保育器育成時の【刷り込み】と合わせて、“どのような仕打ちを受けようとも救世を願える聖者”を育てる」
天然で生まれながらにして【聖者適正】を有している者など、早々には現れない。徹底して悪意を排除し、平穏と善意で満たす。その為の場所だった。
「訓練を施し、兵士としての適性を高める。そして適性が育った最終段階。魂の拡張を行う」
だが聖者であるだけでは足りない。神を収める器を作り出すための最終段階が必要だ。
コレをどのようにして行うか?
容易ではない。命の設計図を弄るのにも限界がある。そもそも、魔力適性を有した人類の作成すらも、イスラリア人の劣化コピーでしかないのだ。
イスラリアとの“間接的戦争”から随分と年月が経ったが、技術力は進展していない。かつての敗戦から混迷を極め、【涙】の悪影響で散り散りとなった人類は、大きく後退した。今ある技術の大半は、かつて、イスラリア博士が人類の味方であった頃にもたらした技術を流用しているに過ぎないのだ。
執れる手段も、技術も、知識も少ない。
しかし希望が無いわけでは無かった。イスラリアの潜入工作員からもたらされた情報があった。
「親しき者同士の間で行われる魂の譲渡による拡張、死と苦難を超える為優れたる種を生かすための生存本能、【相克の儀】」
それはイスラリアの中であっても希な現象であるらしい。
強制ではできない。一方的でも不可能。魂から強く結びついた者同士の間におこる特異なる現象。相手に対して自身の魔力の器である魂を丸ごと譲渡することによって起こる容量そのものの拡張。殺害による“簒奪”では起こりえない特異現象。
その事象を研究者達が知ったとき、彼らは歓喜した。
「この現象は、“うってつけ”だとな。【聖者適性】を身につけるための【学校】との相性は“抜群”だ」
新谷は言葉は無かった。
無理解故ではない。彼が何を言わんとしているのか、理解できてしまったからだ。
即ち「学校」とは
たった一人の【神の器】と
その依り代を育て上げるための【生け贄】育成の為にあるのだ。
「で、で、すが……命を賭した譲渡など……子供に……!」
「そうだな。お前の懸念通り、普通は出来ない」
児島は頷く。骨と皮だけになった彼の瞳が新谷を射貫く。出会ったときから怖い目つきだとは思っていたが、今はもっと怖くなった。その顔色のように、人の血が通っていないように思えた。
「自分の命を、相手に差し出す献身。血の繋がった親子であっても容易ではない。いくら箱庭の中で仲良しこよしの集団を生み出したとて、友の為に死ね、などと言って納得できる者は居ない」
彼の説明を、新谷以外の研究者達は黙って聞いている。彼らがこの事実を承知であった事実が新谷には恐ろしい。昨日まで、ごくごく当たり前の日常会話をしていたつもりだったのに、時に研究対象である子供達に対する愚痴なんかもこぼしていたはずなのに、この情報を当然という顔で隠していたという事実が、あまりにも恐ろしかった。
「では、どうするか。諦めさせれば良い――――命を」
命、その言葉を吐き出す児島博士の声音に温度を感じなかった。
「不承不承でも、どれだけ望もうとも、死が避けられないと認めさせ、諦めさせれば良い。しかし事故では何れ不審に思われる。彼らは優秀だ」
カツン、と、彼が杖を叩くと、モニターが動く。先程映しだされていた倒れた少年の映像は昨日のものだ。そして今、彼は病室のベッドに横たわっている。身体中に先程の奇妙な――――研究者達の仕掛けによって浮き出た――――発疹によって、苦しんでいる少年の姿だった。
「ならば、衰弱による死が望ましい」
新谷は座り込んだ。倒れ込むようにして腰掛けると、髪を掻きむしり、そして何年も見守ってきた少年が病に苦しむ姿を目に入れないようにしながら、なんとか言葉を紡ぎ出した。
「…………正気の、沙汰では、ありません」
「正気の者など此処には居ない」
新谷は顔を上げる。児島と、彼を囲う研究者達の全ての目が、此方を睨んでいた。怪物に睨まれたように、新谷は硬直した。
中枢の最深層にはバケモノ達がいる。
ここへの転属が決まったとき、新谷はそれを人離れした優秀な人材が揃っているという意味と誤解した。現在窮地に陥った世界を救うための最前線、そんな彼らの力に成れるのならと、ワクワクすらしていたのだ。
「現実を見ようともしない上の連中が、自分の手を直接汚さぬ為に押しつけられた最下層が此処だ。自分たちは綺麗な人間のままでいるために押しつけた全てが此処にある」
しかし、意味が違った。此処は真の意味で、人でないものの集まる場所だ。人間の尊厳を全て捨ててしまった者達の集まりだ。
「そん……そんな、つもりじゃなかった!此処でならより人類に貢献できると!」
「手伝えないというのなら出て行け。上の役立たずと一緒に、何の成果も出すことのない研究を続けて、世界を救おうと自分は努力していると慰め合うがいい」
新谷は、口を上下に動かして、何事かを口走ろうとしたが、何一つとして言葉になることはなかった。声にならないうなり声を上げると、此処に来るときに手渡されていた職員用のカードキーを手放して、そのまま項垂れるようにして扉から出ていった。
「進行はどうなっている」
児島は、それを見送ることもしなかった。付き合いきれずに逃げ出す者は多く居た。彼らには此処で見知った全てへの箝口令が出され、監視がつく。だが、彼の口からなにかの情報が漏れる事はまず無い。
彼も此処に転属されたと言うことは優秀な研究者だ。で、あれば、此処の研究が現在の人類社会を支える要である事は既に理解している。真っ当な良心が残っているというのなら尚のこと、此処の崩壊を招くような行動は出来ないのだから。
「既に複数人の発症が開始しました。どの程度の速度で進めますか?」
「子供達は世界の為に尽くそうと努力していた。死を受け入れる猶予は必要であるが」
児島は淡々と言葉を続ける。ただただ、決まった作業工程を告知するような感情の一切籠もらない口調で、
「長く苦しませる必要はない」
子供達の処刑を宣告した。




