ごねんせい
■暦 2X44年
「やっぱ剣だな剣!剣ふりてえよ俺!」
「えーずるいよー蓮ちゃん。俺も剣がいい」
「真は反応鈍いんだから槍にしろよー」
「べ、別に武器、どれか一種しかダメって事は無いんだから……」
雫が転校してから四年目に突入し、授業内容も徐々に実技への比率が高まってきた。
魔術や基礎的な体術の鍛錬。なにも持ち込むことが出来ないイスラリアの性質上、イスラリアへの侵入をはたしたとき、イスラリア内でどのような武器を調達するかは重要な課題となっていた。
勿論ソレはイスラリア人と戦う為―――だけではない。
【方舟イスラリア】には現在、もっと危険な脅威が蔓延っている。
【竜】と【魔物】
【涙】を停止させるためにイスラリアに打ち込まれ、自分達に魔力資源を補給するために用意された特攻兵器。それらはいうなれば、自分達の為の尖兵と言えなくもないのだが―――問題があった。
それらをまるで、コントロールできていないのだ。
実際、【方舟】に侵入を果たした“潜入兵士達”の大半の死因は「イスラリア人に素性を知られて」ではなく「自分達の送りこんだ味方のはずの兵器に逆に殺された」パターンが殆どだ。
魔物達は、自分達をまるで見分けることが出来ていなかった。勿論、最初はそうならないように仕込んでいたらしいのだが―――【魔物】達を創り出す【竜】が、コントロール出来なくなってしまったのだという。
それを聞いたとき、真美は本気で呆れたものだった。自分達ではどうにもできないもんを使おうとするなと。
勿論、その兵器達が自動で送り込んでくる汚染されていない魔力―――【魔石】のお陰で、自分達、ないし人類全体がなんとか生き延びることが出来ている訳なのだが、それにしたって、もう少しなんとかならなかったのかと言いたくなる。
最終的な自分達の任務が【イスラリアに送られた竜達の回収任務】であると聞かされた後だと、なおのことそう思う。
「そんなに大事なら、イスラリアに送らなきゃいいのに」
「膨大な魔力が無ければ、【竜】は起動しなかった。らしいからね」
「放牧して、肥えさせて、収穫?」
「流石真美だね。正確な表現だよ」
皮肉のつもりが、伸介に褒められてしまった。真美は複雑な気分になった。
まあ兎も角、自分たちの兵器に殺されるなんていうむなしい結果にならぬように、訓練所の中でイスラリアで確認できた何種もの武器を再現したものを手に取って使用感を確かめるのも重要な訓練の一つだ……一つなのだが、イスラリアの世界があまりにもファンタジーしている所為か、男子一同ははしゃぐのは恒例になってしまった。
「なー真美はどーすんだ?」
「いや、普通に銃器よ。近接戦闘なんてバカよ」
魔力を撃ち出す魔導銃がイスラリアには存在している事は既に伝わっている。一般に出回っているのならそれを使わない理由はなかった。イスラリアの再現銃を手に取って構えてみる。やや古風なライフル型だが、使用感はこちらのものと大差ない。何の問題も無いように思える。
そう思っていたのだが、彼女の答えに伸介が苦笑する。
「確かに、銃器もある程度の需要はあるらしいけど……」
「けど?」
「この世界の10倍の出力がデフォで、その火力を弾くんだって、イスラリア人って」
はじく
その言葉を口の中で繰り返し、あまりに意味が分からなくて真美は首を傾げた。
「弾くって……自衛部隊のシールドみたいなの装備でもしてんの?」
「いや、剣で弾くらしいよ」
「おお!かっけえ!」
「……」
蓮のバカな反応が今回ばかりは羨ましかった。意味が分からない。
「前見た勇者ほどじゃないけど、狙おうとしても基本的に高速で駆け抜けて空を跳んだりするから狙い撃つのはとてつもなく困難。魔物相手になると、今度は出力が足りなくなる。個人が携帯できる大砲みたいな兵器もあるらしいけど」
「……すんごいバカ」
ひょっとしたら、本当に蓮のように、大きな剣や槍を振り回す方が有効なのかも知れない。あるいは魔術に集中するか。真美は今後の自分の戦術の選択を考え直す必要が出てきたことに溜息が漏れた。
「でも、イスラリアの皆様と戦わなければならないのですか?」
と、その最中、そんなことを尋ねたのは雫だった。
魔術師の杖を両手で握りしめながらそんなことを尋ねる彼女は普段以上に少しぼおっとしている。しかしその反応はなにも考えていないときとは違うと真美にはすぐに理解できた。
今の彼女は、不安なのだ。
「雫、イスラリア人と戦うの、嫌なのね」
「そうなのですか?」
自分のことなのに不思議そうに彼女は尋ね返した。「そうよ」と、真美は優しく彼女を抱きしめ返す。雫は酷く自分のことに無頓着だが、自分以外の誰かに対する慈しみの心は深い。誰かが困っていたり、傷ついたりすると自分の事を放り出してそちらに行こうとする。
その事を、少し危うく思っていたが、どうやらイスラリアに住まう人々に対しても彼女の心は動いてしまうらしい。
危ういな、と真美は思う。
誰も彼もに優しいというのは、生きていく上であまり望ましい性質とは言いがたい。まして、イスラリアは現状、世界そのものに対する怨敵だ。勿論、どれだけイスラリアが摩訶不思議な世界であっても、コミックの悪役のような悪人が居ないことは分かっている。分かっていても、積年の敵対関係が簡単に解消されるはずもない。
何時か戦争をするかもしれない敵国に対して慈悲を見せてしまう彼女の性質は、危うい。
「冴えたる解決法があればいいんだけどね。皆が幸せになれるような」
伸介も腕を組む。
彼はここの所、以前よりも随分と熱心に勉強に力を入れている。「学校」を卒業し、イスラリアへと赴く時間が近づいてきていることを実感したためだろうか。様々な知識を蓄えて、夜遅くまで勉強していた。
雫とはまた違うが、彼もまた状況の解決を目指そうとしているに違いなかった。が、その情報収集が余り芳しくないのも彼の顔を見ればわかる。
それも、当たり前と言えば当たり前だ。子供である自分たちが数年間勉強してパッと解決策を思いつくのなら、数百年間イスラリアと世界の関係は膠着なんてしていないのだから。
「だったら、イスラリアに侵入した後でも、それも調べれば良いのさ」
果たして、そんな雫や伸介の懸念を理解して喋ってるのか全く分からなかったが、蓮が非常に脳天気な事を言い出した。
「いや、でもね」
「此処ですらイスラリアの情報なんて殆どわからないんだ。現地行ってみるしかねえよ」
脳天気、ではあるが、彼の言葉は時折的確に事実を突く事もあった。
どれだけ現地の工作員達が賢明に調査を進めようとも、送られてくる情報には限りがある。届いたとしても不定期で、ノイズ混じりで大半が破損している。未だ分からないことが多いのだ。
だとしたら、直接現地で調べていくしか手はない。
「それにほら、イスラリアにだって、なんとかしたいって思ってる人いるかもだろ?」
「……蓮はバカだからシンプルに考えられるねえ」
「おお、すげえだろ!?」
「うん、君の美徳だ」
伸介の直球の賞賛に蓮は胸を反らして誇らしげにする。
甘やかしすぎだ。とは思うが、しかしそこに彼の美徳があることについては、真美も文句はなかった。蓮は模造剣を片手に掲げ、高らかに宣言した。
「イスラリアも世界も俺たちの手で救ってやろうぜ!」
その声に、クラスの皆が笑いながらも同意する。少し淀んでいた空気が一気に晴れた。腹立たしいが、蓮は間違いなくクラスのリーダーとして成長を遂げていた。
「……皆を、救う」
真美の腕の中で小さく呟いたシズクの声は、誰の耳にも届かなかった。




