さんねんせい よんねんせい
■暦 2X42年
「やっぱ魔術は伸介がいっちばん上手いなあ」
彼らは魔術の鍛錬を行っていた。
定期的に行われる魔術の鍛錬は、いずれイスラリアに向かう事になる彼らにとって欠かすことの出来ない重要な鍛錬の一つだった。イスラリアへと渡るとき、物資を持ち運びすることは出来ない。衣服すらも纏わぬ裸一貫での突入となる。イスラリアへの侵入は幾度となく試みられてきたが、コレばっかりはどう足掻いたところで覆すことは出来なかった。
で、あれば、イスラリアで活動するためには、イスラリアの武器を使うしかない。そしてイスラリアで主流となる武器とは、魔素の加工物、【魔力】であり、【魔術】だ。
イスラリアと戦うのであれば、彼らの扱う武器を使えるようになるしかない。その為の鍛錬だった。まるで銃の射撃場のような場所で、彼らは魔術を撃ち出す鍛錬を行う。
クラスの中で、伸介は一番魔術の扱いが上手かった。手の平大の火玉を生みだして、それを的に当てていく。魔力加工を行うための詠唱も実にスムーズだ。子供達が拍手をして彼を褒め称えると、彼は肩を竦めて、照れ隠しに眼鏡を直した。
「そうでもないよ。うかうかしてたら真美にも負けるし、回復術は洋子に敵わない」
彼の言葉に真美は胸を反らして彼女自慢の艶のある黒髪を払う。洋子はおずおずと彼女の背後に隠れた。真美は伸介に次いで魔術が上手い。特に水の魔術の繊細な操作は誰も及ばない。洋子は誰よりも回復魔術が得手だ。
回復術は人体に対する知識も必要になるほど複雑で、誤れば相手に害を起こすこともある。もし自分たちがイスラリアに突入する事になれば貴重な回復要員になるだろう。
「それと比べてアンタはほんっと魔術へったよねえ。蓮」
「俺は魔術よりも、魔力で身体動かす方が良いんだよ!」
蓮はそう言って手足を動かし跳び上がる。彼は自分の身長ほどの高さを軽々と跳び上がった。魔力が身体能力を成長させる、と言う事実は知っていたが、彼の身体能力の伸びはとてつもなく早かった。
代わりに、魔術は本当にヘタだった。しょっちゅう補習を受けている。が、
「それにヘタってんなら雫だってそうだろ!?」
そういって彼は雫を指さす。彼女の目の前にある的は一つも壊れてはいなかった。そもそも魔術の破壊痕が少ない。火玉の後と思しき焦げ痕が何故か天井に行ったりしている。
雫は魔術がヘタクソだった。蓮よりもヘタだ。その彼女の散々たる有様をみて、真美は頷いた。
「雫は良いの」
「なんで」
「贔屓だけど?文句ある?」
「ねえっす……」
真美は真顔で言い放ち、蓮は顔を伏せた。
「上手くいきません」
雫は両手を前にかざして、やや不格好な姿のまま不思議そうに首を傾げた。銀髪が揺れる。真美がかわいがって結ばれたリボンが揺れて、可愛らしかった。
「でも不思議だな。雫。絶対魔術の素養あると思うんだけど」
「そうなのですか?」
伸介は雫の背中の近くに軽く手を翳し、目を瞑る。彼女の身体を巡る魔力を見る。
「体内の魔力の循環が抜群にスムーズだ。これはセンスだね」
「じゃあなんで上手くいかないんだよ」
「雫、詠唱してみて」
雫は言われたとおりに詠唱を開始する。
「【魔よ来たれ、炎よ】」
魔力が渦巻く。彼女の意思通り、体内を巡り、手の平へと向かう。蓮達の目にもハッキリと、炎の球が生まれた。ここまでは安定している。
「【火球】」
だが、それが放たれた瞬間、あらぬ方向へと飛んでいった。具体的にはシズクの頭上にすっ飛んで、天井を見事に焦がした。当然、狙うべき的には一ミリも掠っていない。
「上手くいきませんね?」
「雫!前髪焦げてる!!」
真美が本人よりも慌てて彼女の前髪を払って、どこからか持ってきた小型のはさみで彼女の髪を整え始める。最近の雫の髪型の所有権が真美に移りつつあるのは置いておくとして、今は彼女の魔術の失敗を伸介は考察する。
「詠唱……魔力の加工を指示する術式入力が上手く出来ていない、かな」
「あーそれは俺も苦手」
「あんたの場合はそれも、でしょ」
シズクの前髪を整え、ソレに合わせるようにポニーテールを作成しながら、蓮のぼやきを真美は一刀両断した。蓮は泣いた。
「ま、普通に考えれば当たり前なんだけどね。精霊達の魔力加工を人力で再現なんて、鳥の真似をして両腕振り回して空を飛ぼうとするに等しい」
「……ぼく達そんな無茶してたの?」
伸介の説明に、健二は目を丸くする。
だが、実際無茶なのだ。
イスラリアの最強兵器【神】の端末である【精霊】達が、息を吸うようにして行う魔力加工、自分達が行っているのはその再現だ。数百年経過した今でも人類では創り出すことが出来ない人工の神の御技の再現なんて、容易いわけがない。
「っつーかじゃあなんでイスラリア人はそんなことできんだよ」
「イスラリア人は、それが出来るように命をデザインしてるんだよ。つまるところ、彼らは一人一人が“人型の精霊”だ」
「うへーこえー」
「曲がりなりにも僕たち全員そうだからね?というか、現代人の大半はそうだよ?」
少し、空気がざわついた。その反応に伸介は少し苦笑する。
まあ当然と言えば当然だろう。この情報は割と伏せられている。伸介も、巧妙に隠された情報を掘り返して理解した事だ。
「過酷化した惑星環境に耐えるため、イスラリア博士の創り出した兵士達を真似て創られた【改良人類】だよ。今の時代、出生の段階で大半の人類はその肉体改ざんを受ける。密かにね」
公には行われていない。まあ何せ、今現在の教育ではイスラリアに対する敵対心を持っている者が大半だ。イスラリア人という存在を人の形を持っただけの別の生命体として忌避する者も多い。
自分達が彼らを模倣した生命体であるなどと知れば、確実にパニックになる。
「そして僕たちは、他の人類以上に、イスラリア人に近く造られている、らしいね。僕も詳細にまでは知らないけれど」
「マジ?じゃあ俺等もイスラリア人?」
蓮のその反応は嫌悪、というよりも驚きと喜びが混じっていた。彼も一応、歴史の授業――――イスラリアに対する敵対心を植え付ける教育を受けているはずなのに――――この調子なのは、彼の人柄故だろうか。と、伸介は笑った。
「そういう呼び分けに何処まで意味があるかわからないけどね。寿命をいじってる人はこの研究所にだっているんだ。向こうじゃそういう人は森人って呼ばれてるらしいけどね」
「SFなんだかファンタジーなんだか……」
蓮は唸ったが、伸介は肩をすくめた。
「脱線したけど、僕らも彼らを参考に創られている。出来ない筈がないんだ、けど」
行ってる間に、雫が再び魔術を発射した。今度の炎の玉は何故か直進していたはずなのに、途中で球が角度を90度曲げて地面に着弾した。勿論、的には掠めていない。
雫はやはり不思議そうに首を傾げる。
「考えながら喋るのは、苦手なのかもしれません」
「し、雫ちゃん。私と同じようにやってみたら?」
そういうのは洋子だった。
いつも真美の背後でおずおずとしている引っ込み思案の彼女にしては少し珍しい。だが、最近では彼女も雫に対しては真美と同様に、時に頼り、時に頼られようとするようになってきていた。それだけ、雫は女子達の間では馴染み深くなっていたのだ。
「それって、洋子みたいに唄いながら詠唱するの?その方がやりにくくない?」
「んー。でも、私も同時に幾つもやるの苦手だから。唄だったらほら、リズムがたすけてくれるでしょう?」
真美と洋子の言葉に雫は暫し考えるようにしたが、洋子の手を取って笑った。
「上手くいくかはわかりませんが、一緒に練習させていただけますか?」
「勿論!」
「私も一緒にやる!」
「ええ、真美様。他の皆さんも一緒にやりましょう」
雫が提案し、女子達が集まり始める。女生徒達は実に仲が良かった。
「うむ、仲良きことは美しい事だな。」
「それ、何の漫画の真似?っていうか蓮も真面目にしてないと……」
「蓮様」
不意に、美しい声が鋭く背後から響いた。蓮が、さび付いた機械のような動作で背後を振り返ると、聖子先生がそこにいた。魔術の練習場の柵に行儀悪く腰掛けた蓮を見てニッコリと微笑んでいる。
いつも笑っている彼女であるが、彼女の笑みには種類が幾つかある。そしてあの笑い方は間違いなく、怒ってるときの笑みだ。
「魔術の練習のため、用意できる魔力には限りがあります。限られた稀少な魔力を私達の練習のために使われている事をわすれてはいけません」
「そ、そりゃ勿論分かってますって、先生」
「蓮様も魔術が苦手なら、先生と一緒に練習いたしましょうか」
「い、いや、先生。だ、大丈夫っす。おれ伸介と一緒にやるから」
「遠慮なさらず。さあ」
有無を言わさず、聖子先生は彼の首根っこをひっつかむと、あっという間に訓練所の奧へと引っ張っていってしまった。間もなくして聞こえてくる悲鳴に、伸介は合掌した。
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■暦 2X43年
「仰ぎ見ろイスラリア!コレが世界の怒りだ!トゥーオ!!!」
授業が終わり、何時も通り思い思いの休暇を過ごす最中、蓮のけたたましい声が響いた。
「……男どもはなんで更に増してバカになってんの?」
美奈の髪を櫛で整えていた真美は、ホールの中央ではしゃいでいる男児達をみて至極呆れた声を出した。彼らがバカになるのは割と普段からだが、しかし今日のバカっぷりは普段の度を超している。
何せ、【投影機】まで引っ張り出しているのだから。
「聖子先生が許可出したと思う?」
「蓮くん、健二くんと真くんと一緒に倉庫のセキュリティ弄ってたんだよね……」
「バカ過ぎる……で、しかもあの格好なに…?」
好きな映像を現実に投射し、それを本当にあるように見せる【投影機】で彼らが身に纏っているのは、中世の騎士達が身に纏うような鎧だった。実用性皆無のやたらと刺々しいデザインをした鎧を投射した蓮達が何故か剣を振り回して遊んでいる。巨大な遊具の上に登ったりそこから飛び降りたりしてのチャンバラごっこである。なにしてんだあの馬鹿どもという感想が真っ先に出た。
「イスラリアの戦士達の真似だって」
そう言って、此方に気付いた伸介が近付いてくる。彼は何故か怪しげなフードに、首には人骨のネックレスがぶら下がっている。真美は少しドン引きした。彼女の露骨な態度に苦笑しながらも伸介は続ける。
「イスラリアに潜入した工作員からの情報資料閲覧出来たんだって。それで、みんなったら、はしゃいじゃって……まあ、流石にこんな悪趣味じゃあなかったけど」
「見ろ!真美!俺のこの勇姿を」
行っていると、蓮も彼女の前に姿を見せて意気揚々とポーズを取った……が、真美の真顔を前にして徐々にそのポーズが小さくなっていった。
「や、やめろよぉ!なんだその目は!?勇者は馬鹿にされたって屈しないぞ!?」
「蔑んでんのよ」
真美の一刀両断に蓮は沈んだ。真美は溜息を吐いた。
「勇者って、あんたの好きなゲームじゃないんだから」
「それが実際居るらしいんだよ。勇者。イスラリアに」
「イスラリアの人達ってこのバカと同レベルのバカなの?!」
真美は驚愕した。
【勇者】などと、まさしくゲームか漫画の世界である。勿論、イスラリアの世界が何やらとってもファンタジーな事になってると言う断片的な情報は此方にも伝わっている。此方の干渉によって人類の生存圏が縮小し、それに合わせて今のイスラリア管理者が文明レベルをやや下げることで市民の管理をし易くしているとも聞いている。
だが、あくまでもこの世界と途中から枝分かれした場所の筈だ。勇者が出るのは現実感が無い、を通り越してシュールだった。
「ところがバカに出来たもんでもないらしいんだ」
そう言って伸介はホールの中心に備え付けられているモニターに触れる。手に持っていた記録チップを差し込むと、内蔵されていた映像が流れてきた。
それは、酷いノイズまみれの映像だった。正直言ってまともに見れる部分が少ない。そのノイズ量に真美は見覚えがある。時折聖子先生が見せてくれるイスラリア内部の資料映像だ。
イスラリアに居る工作員からの映像情報は酷く破損してやってくることが殆どだ。イスラリアとこの世界との次元層の影響で、情報一つ運ぶだけでも困難な為だ。音声のみならば破損も少ないが、映像情報ともなるとご覧の有様である。
しかし、この映像には僅かに目視で確認できる所もあった。そこには
「………なにこれ。新作のファンタジー映画?」
男が、戦っている映像だ。
なにか、黒いフードを纏った老いた老人が巨大ななにかと戦っている。数メートルくらいあるようにみえる巨大な爬虫類を相手に、まさしく蓮が握っていたような金色の剣を握って向き合っている。
巨大な蜥蜴は接触禁忌生物に少し似ているが、これほど巨体なものは記録でも殆ど出てこない。出てくれば都市壊滅の脅威だと映像越しにも分かった。
その、脅威を
《■断》
一刀両断で、老人は蜥蜴の首を跳ね飛ばした。映像はそこで途切れている。
「…………フェイク?」
「マジのガチのイスラリアの映像。イスラリアの最強の戦士の一人、【勇者】の映像」
「私達コレと戦うの……?」
イスラリアの最大戦力、と言うことは敵になる。ワケだが、正直言って戦いになる気がしない。自分たちも訓練は続けている。魔力の強化によって肉体が幾らか強化されて、子供でありながら常人を越えた身体能力を身につけつつあった。
が、しかし、常識の範囲を超えたわけではない。あくまでも現状の彼らは「トップアスリート並み」程度だ。自動車のように地面を駆けて空を跳び、巨大な接触禁忌生物を両断するようなバケモノではない。
普段、自信満々の真美でも流石にどう向き合えば良いかも分からなかった。
「一応この勇者って人は、僕たちの事情もある程度知ってくれてるらしいんだけどね」
「そうなの?」
それなら少し期待も出来るが――
「ちなみに、彼と同じくらい強い戦士が六人はいるんだって」
ダメかも知れない。
「それに彼も完全な味方とも言いがたいらしいね」
「……」
「不安になった?」
「私は平気よ、私は。でも――」
後ろを見れば洋子達は自分以上に不安そうな顔をしている。自分よりも気弱な彼女たちは、それは勿論不安だろう。此処がどれだけ居心地が良くて、親しみやすい友人達で囲まれようとも、自分たちがいずれはイスラリアと殺し合うために生まれた兵士であるという事実は変わらない。それが怖くなってきたのだろう。
彼女たちよりも優秀な真美だってそうなのだから。
「なあに、心配すんな!お前等は俺が守ってやるよ!」
果たしてこの空気で元気いっぱい自信満々にそんなことをのたまえる蓮が大物なのかとんでもないバカなのかは真美には判断が付かなかった。
「こっちの不安そっちのけでワクワクしてるヤツに言われてもね」
「い、いやそんなことはねえって!」
が、洋子達の緊張が解けたので良しとする。真美は笑った。
「バカね……ところで、雫はどうしたの?今日は貴方たちと一緒に先に教室出たでしょ?」
「え、ずっといるじゃん」
そう言って彼は、先程から彼が跳んだり登ったりしていた銀色のオブジェを指さした。はて?とそのまま見上げていくと、その先端に人影があった。
「マミサマー」
「雫が投影された超デカい服きてんだよこれ」
「なにしてんの!!?」
真美は蓮の頭をぶん殴って全速力で雫の服をよじ登って彼女を救出した。雫はニコニコと笑って「楽しかった」と喜んでいたのが幸いだった




