いちねんせい
■歴 2X40年
自らを青き星の覇者と盲信し、自由に振る舞った人類が応報を受ける最初の契機。
それはやはり【星石】の飛来、万能物質『魔素』の発見だろう。
物資と資源の枯渇化を経験した人類にとって、その不可思議で尽きぬエネルギーを放つ星石は、紛れもない天からの恵みだった。
無論、それは未知の物質だ。忌避する者もいた。
あるいは、それ自体が、星の外からきた侵略に他ならないと確信する者もいた。
信仰を破壊する、邪悪であるという者もいた。
が、結局は誰もがそれを求めて争った。
【星石】を、
【魔素】を、
【イスラリア博士】を。
人類は奪い合い、殺し合った。殺し合って殺し合って殺し合って―――
そして、その全てを失った。
イスラリア博士の世界への裏切り。
あるいは世界がイスラリア博士を裏切ったのか。
どちらであったかは兎も角、結果として自らが解き明かした全てを彼は奪っていった。
【星舟】に乗って、世界に穴を空けて決して触れられぬ場所に、彼は仲間達と逃げた。
人類は敗北した。
だが、あるいは、それだけならば救いはあっただろう。
ただただ、敗北の苦汁を舐めるだけで済んだのだから。
時が経ち、穴が日常となったある時に、あの【涙】がこぼれ落ちてくるまでは―――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
真っ白な教室、真っ白な机、真っ白な制服を着た生徒達が並ぶ中、チャイムの音が鳴る。
鐘の音を再現したそれは、しかし実際に鳴っているわけではない。かつて、世界が平和だった時代の風習が今も続いているのだ。それを聞いて、教員役を務めていた聖子は歴史の教科書を畳んだ。
「歴史の授業は今日はここまでといたしましょう」
聖子は何時も通り微笑みを浮かべる。六歳前後、30名ほどの子供達の大半は、その言葉に先程までの退屈そうな表情を吹っ飛ばした。キラキラと目を輝かせる。今日の授業の予定はこれで終わりだ。
この後は自由時間。教師にとっては兎も角、子供達にとって1日の本番はまさに今これからだろう。
「きりーつ、れーい!」
学級委員長の真美の声で、全員が真っ直ぐに頭を下げる。そしてそれが終わった瞬間、クラスの中でも最も元気の良い男子、蓮が立ち上がりロッカーから白いボールを取り出した!
「よーし!お前等あそぼーぜー!」
彼の言葉に、ほぼ全ての子供達が応じて声を上げる。男子も女子も関係なかった。
「待ってってはえーよ!」
「ねえ!今日はなにするの!!」
「ドッジ!」
「えー!やーよアンタ投げるボール早いんだもん!」
彼らは全員親しく、仲が良かった。子供達の間には身体能力に個体差がある。当然、運動を好む子、苦手な子も居る。活発な子も、大人しい子もいる。しかしそんな個体差がある中でも、彼らは奇跡的なまでに親しかった。
全員が全員、互いを尊重していた。生まれたときからずっと一緒だった彼らは、家族と言っても過言ではなかった。ケンカすることはあっても、決して誰かを排斥しようとすることはなかった。
「待って待って、でもあの子まだきてないよ?」
ただし、約一名を除いてだ。
よく目が行き届く洋子の言葉に、彼らは視線をやる。
「……」
彼らの中では一回り小さい少女だった。
他の子供達は全員黒か、茶か金髪だ。しかし彼女は不思議な髪をしていた。老人のような白髪とも違う。照明の光を受けるとまるで眩く輝く。白銀の髪を持った美しい少女だ。彼女は何故か授業が終わった後も、ぼおっと、虚空に視線を彷徨わせて動かない。
彼女のことを、他の子供達は余り知らない。他の子供達は生まれたときからずっと一緒で、兄弟姉妹のように育ってきたが、彼女はある日突然自分たちの教室に入ってきたのだ。つまるところ「転校生」なのだ。
彼女がやってきてから一ヶ月ほどが経過したが、未だに彼女は馴染まない。
「……」
いや、馴染まないというのも少し正確ではない。もっと言うと、彼女は殆ど子供達に反応を示さない。授業は恐らくちゃんと受けているのだが、それ以外のところで、自主的に彼女がなにかをしようとしているところを子供達は見たことがない。
食事を取ったり、自分でトイレに行ったり、風呂に入ったり、眠ったり、そう言う事は出来る。出来るが、それ以外のことを彼女はなにもしない。本当に何一つ自分から行おうとはしない。
子供達と馴染めないのは当然だ。
なにも反応しない。動かないなら、馴染みようが無かった。
「いいだろ?あんま喋んねえしつまんねえよ」
蓮もそう言って口を尖らす。とはいえ彼も意地悪で言ってるわけではない。彼女が此処にやって来たとき、何度も彼は彼女を遊びに誘ったのだ。その度にあまりに乏しい反応に何度もくじけ、最後には諦めてしまったのだ。
「でも可哀想よ?」
「んじゃ、向こうから来たら入れてやるよ。それでいいだろ?」
そう言って彼らはいつもの遊び場、“ホール”へと向かっていった。
チラチラと心配そうに彼女を見つめる者達もいたが、貴重な遊び時間を浪費するのも嫌だった。蓮の言うとおり、自分自身から望んでやってこなければ、遊びにはならないというのは確かな事実だった。
そして教室には何時も通り彼女と、そして彼女に授業を行っていた教師、聖子が残った。
「雫――――雫様」
教師である聖子はゆっくりと、彼女のもとに近付く。
聖子の髪は、彼女と同じ白髪だ。ただし彼女の様に光に反射する事は無い。より白髪に近い。しかし二人が近付くと親子のようにも見えた。聖子が彼女の元に近寄ると、“雫”と呼ばれた白銀の少女はゆっくりと顔を上げた。
「今日の授業、どうでした?難しいところがあったでしょうか?」
「……」
雫はゆっくりと首を横に振った。
そうだろうな。と聖子は思う。彼女は遅れて自分の授業に参加し始めたが、彼女の授業の成績は恐ろしいくらいに優秀だ。まるで聞いた全てを頭に入れているように、一字一句過たずに記憶している。国語の授業などは最初は苦手であったが、答え方を教えるとその通りに答えることが出来るのだ。意味を理解していなくても、その再現はできる。
それだけ彼女の頭が良いと言うことなのだろう。
だから難しいところなんてあるわけがない。
「ではなにか、それ以外で悩めるところはありましたでしょうか?」
「……」
雫はやはりゆっくり首を横に振った。
やはりそれも予想通りだ。困ったことなんて、彼女にはない。なにかに思い悩むほどの心がまだ育まれていない。彼女は此処に来るまで、殆ど人間と接触したことがなかった。彼女はそれをまともに育むほどの経験を一切積んでいないのだ。
それでも此方の言葉に対して反応を示して、考えようとするのだから成長している。当人がそれを意識していようといまいと、貪欲に周囲の情報を吸収し、成長し続けていた。
遠からず、他の子供達と同じように振る舞えるようになるだろう。というのが大方の予想だった。
「せんせい」
「はい。どうされました」
聖子は顔を上げる。顔は笑みを浮かべつつも、少しだけ緊張していた。彼女が自ら此方に話しかけるのは初めてのことだ。聖子は雫の一挙手一投足を見逃さないように注意を払う。
そんな彼女の緊張を知ってか知らずか、雫は問うた。
「せんせいも、助けないと、いけない?」
「助ける」
その言葉の意味が理解できず、繰り返す。彼女は続けた。
「じんるいきゅうさいの為に、私達は、居るんでしょう?」
自身の存在意味を、彼女は問うたのだ。
自らの意思で初めて問う質問がソレであることに、彼女は少し怖くなった。幼い子供の欲求を見せるほかの生徒達の方がよっぽど健康的だ。あるいは此処に来るまでに彼女に学習を行った者達の意図なのか、判断は付かない。聖子にはその情報は知らされていない。
「いずれ、皆様が大人になったら私達が助けてもらうことになるのかも知れません。」
だから、彼女は今言うべき事を言うことにした。感情の希薄な彼女を、そっと腕で抱きしめた。
「ですが、今は、考えなくても良いのですよ。皆様が大人になるその時まで、心の底からそれを思えるようになるまで、私が皆様の先生で、親です。貴方たちを守ります」
そう言って、もう一度笑う。雫はやはり、よく分かっていない顔だ。しかし拒絶されたりしないだけ、良しとした。
「ねえ!」
不意に、教室の扉から声がする。
先程、蓮と一緒に教室を出て行った筈の真美達が戻ってきていた。声に反応して振り返った雫の無感情さに、彼女の背後で洋子や美奈は少しだけ怯えるが、真美は力強く、手を差し出した。
「やっぱり、一緒にいこ!」
「…………」
雫は不思議そうに聖子を見る。
彼女がなにを考えてるか、聖子にもこの時は分かった。その手を取るべきか分からなくて困っているのだ。その仕草が少しだけ可愛らしかった。
「試しに、行ってみてごらんなさい?きっと楽しいですから」
聖子は笑う。
雫は少し悩ましそうに首をこてんと傾げた後、おずおずとその手を取る。
真美は満面の笑みを浮かべて、引っ張るように彼女を立たせた。
「いこ!!」
そう言って、少女達は走った。
貴重で、大切な、友と語らう楽しい時間、それを1秒でも無駄にしないために
イスラリアに魔力が奪われてから1000年。
イスラリアの汚染魔力が惑星を穢し始めてから700年。
削られ続け僅かとなった人類生存圏。J地区の中枢ドーム地下奥深く。
赤黒い、穢れた空すらも一度も見たことのない子供達は、楽しげに駆けていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Jー00 中枢ドーム研究区画。
「被検体E31の様子はどうか」
酷くしわがれた老人の声が木霊する。
中枢ドーム、最深層に存在する会議室、その議長の座に座る老人は、一見して酷く老い耄れている。髪の毛は一つも残っていない。手足は皮と骨のみで、身体は震え、杖を突いている。血色も最悪だ。彼が眠っている姿を見れば、十中八九が死体と見紛う事だろう。
それほどまでに彼にはおおよそ精気というものを感じ取ることは出来なかった。
見れば、耳がほんの僅かに常人のそれと比べて長い。延命手術を受けた痕跡だ。にもかかわらず彼からは若々しさを感じ取ることは出来ない。それは、彼が年老いてから延命手術を受けた証拠であり、その老い耄れた身体でずっと生き続けていると言う証拠でもあった。
その苦痛は計り知れない。にもかかわらず彼の目には、周囲を威圧するほどの並々ならぬ意思に満ちていた。
「最も誕生が遅い個体であるにもかかわらず、被検体の中でも最も魔力適性を示しています。魂の受容量も他の個体とは明らかに違います。まだ不足していますが」
彼に報告をする研究者らも、彼に畏れを抱いているのは明らかだった。細身の、眼鏡をかけた研究者、新谷博士も報告一つに緊張を隠せない様子だった。
そして彼に渡された書類を確認し、研究施設の所長である老人、児島は溜息を零す。
「やはり、やはりそうだ……胎児の時点での魔力摂取が問題だったのだ……ソレさえ最初から分かっていれば無駄に個体を増やすこともなかったというのに」
彼の”無駄な個体”という言葉に、僅かに部屋に揃った研究者達はざわめく。新谷はおずおずと手を上げた。
「しょ、所長……む、無駄というのは流石に」
「無駄は無駄だ……あの忌々しい【星舟】から運ばれてくる“魔力”に限りはあるのだ。使えない失敗作ばかり増やして何の意味がある」
児島所長は新谷の言葉を一蹴した。
以降は誰もなにも言わない。彼の言葉にそれ以上の抗議をする者は居ない。この場の力関係は明確だった。この場所は彼を中心になり立っていた。
それも当然である。数百年も前からずっと、この中枢ドーム、人類生存を駆けた対イスラリア対策本部は彼の城だ。
「それともう一つ、アレの情緒はどうなっている」
質問に、今度は女研究者が答える。彼女は新谷ほどの動揺も見せることはなかった。淡々と、自身の知っている情報を彼に提供する。
「相当な未成熟です。生存本能そのものが希薄に思えます」
「それではダメだ」
児島は首を横に振る。
情緒という不可思議な要素に対して、明確に彼はNOを示した。
「D36に伝えろ。学友達を促し、彼女に愛と慈しみを与えろと」
杖で、今にもへし折れそうな身体を支えて、彼は立ちあがる。周囲をその恐ろしい眼光で睨み付け、告げる。この命令が絶対である、と彼は告げていた。
「彼女の“情緒”を育て上げろ。全てはそれからだ」




