冬の神殿
イスラリア大陸北東部
豊穣なる大地グラドル領と、不死の荒野スロウス領
その二つの狭間にある境界線上。
大陸の大部分がヒトのものでなくなって以来、各領地の明確な線引きは失われた。そう言った線引きを果たす防壁の類いを建造しても、魔物達に崩されて終わる。線引きは地図上のみで行われる。
しかしそんな明確な線引きがなくとも、どこからどこまでがグラドルで、どこからどこまでがスロウスであるかは即座にわかる。
かつて大罪竜スロウスが覚醒したときに起こった不死の侵食。その痕跡が大地には色濃く残っている。一切の生命を眠らせ、腐らせ、死を奪う呪いを振りまいたかつての荒野は未だに草木の一つを生やすことも許していない。
結果、豊かなるグラドルの土質との境界部分は、酷く醜く荒れることとなる。
スロウス領の呪いを受けていないグラドルの土地では草木の種を運び実を付け、それらは育つ。が、ある一定まで育ったところでスロウスの腐敗の影響を受けて枯れ果てる。僅かに生まれた植物たちに釣られ小動物も集まるが、その彼らも暫くすると腐敗に吞まれる。
生誕と腐敗が恐ろしいペースで繰り返される。積み上がる死骸と腐臭、枯れ果てて尚崩れない木々。それらをグラドルの住民らは忌み嫌い【腐呪の境界線】と呼んだ。魔物の出現率すら此所では少ない。
ある意味、純粋なスロウス領以上に嫌われている場所とも言えた。
「そんな所に部下をやるんだから、仕え甲斐があるよ全く……」
そんな死と腐敗を掻き分けるようにして、エクスタインは歩みを進めていた。
外套に身を包み身体を匂いから護りながら進む彼の顔は、よく見れば一部色が変わっている。それは大きく焼け爛れた跡であり、大罪竜エンヴィーとの戦いの痕だった。顔の火傷はマシな方だ。身体中の彼方此方に悲惨なレベルの火傷の痕が残っている。
エンヴィーとの戦いの時、彼はグレーレが用意した最終兵器(仮)に乗り込んで戦ったものの、それでもこれだけの傷を負ったのだ。もしも乗り込んでいなければ自分は確実に死んでいたことだろうと想像つく。美男と呼ばれよく黄色い声を浴びていた顔が台無しだった(容姿の変貌については彼は全く気にしていないのだが)
彼が頭を悩ませているのは、目下彼が抱えている使命についてだ。
「……本当に、こんな所に、あるのか、神殿が」
気になることがあるから現地踏査をしてこい。
このような雑な命令をグレーレが下すことはしょっちゅうある。だから別に珍しくもないし、慣れたもの、と言いたいが、今のエクスタインはエンヴィー騎士団の遊撃部隊を抜けている。ガルーダにも乗ることは出来ない状態の彼が足を探してここまでたどり着くのはそれなりの労力を必要とした。
この一帯は魔物の出現率は少ないが、ソレまでの道中では相応に強い魔物達をちらほらと見かける。放置された迷宮が【氾濫】をおこし、強い魔物達が溢れる状態―――【迷崩地帯】と呼ばれる場所が、点在している為だ。
当然、マトモに相手などしていられない。上手くくぐり抜ける必要があった。
ソレにも苦労した。
色々な経験を積んできた、変わり種の都市民である自覚はあるが、一方で都市と都市の間の旅、と言うのは全く別種の苦労があった―――尤も、大罪竜退治に付き合わされた苦労を考えれば、まだマシだったが。
とはいえ、なんとかたどり着いた。
此処に存在するのだ。【冬の精霊・ウィントール】の小神殿。つまり
「シズクが仕える精霊の、神殿か……」
邪霊ウィントール。太陽神ゼウラディアを隠してしまうから、と言う理由で忌み嫌われた邪霊の一つ。その小神殿が此処にあるのだという。
―――天陽騎士の調査はどうにも温い。お前の俯瞰で調べてこい。
―――どこまでです?
―――確証を得るまでだ。
「確証、ね」
曖昧が過ぎる。病み上がりに無茶言うなこの野郎。と思わなくもなかった―――が、一方で興味もわいた。常にウルと共にあった、シズクという少女については。
ウルが冒険者としての活動を開始してからずっと彼女は傍にいた。ウルの冒険者としての活躍の裏で常に暗躍を繰り返していた。あれほど派手な容姿で、多くのヒトを魅惑し、狂わせながら、一方でウルに対して一途と言っても良いくらいに献身的に尽くしている少女。
常にウルの名声の影となって大きくは目立とうともせずに立ち振る舞う少女。
七天達からも訝しまれながら、一方でその有能さ故に、重用せざるを得ない女。
そんな特異な彼女に興味が沸いたのだ。自分でも珍しいことに。
「自分にも、そこまで興味が無い、癖にね」
泥濘んだ、死の沼地に足をとられぬよう動かしながら、エクスタインは自分の感情に少し驚く。この好奇心はいったいどこから来ているというのだろう。
共感?あるいは嫉妬?
「は」
自分の心を覗いて、それに名前を付けようとして、あまりにも滑稽でエクスタインは小さく笑った。沼地を抜ける。死と生の狭間を抜けて、徐々にであるが視界は開けてきた。
荒野が続く、その景色はスロウス領にも少し似ていた。そしてその先には、
「アレか……」
冬の精霊の小神殿が姿を見せた。
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神から追放された邪霊の小神殿
と、そう聞くと、いかにもおどろおどろしい、いたるところに死体が転がっているような、怪しげで血なまぐさい場所を想像するものだ。しかし、”冬の精霊の小神殿”の姿は都市内部に存在する小神殿となにも変わりはしなかった。
小さくまとまっていて、厳かであるが華美でない。白く清潔な石造り。むしろこのような死と腐敗が入り交じった場所でこのような清潔さを維持していることに異物感があるほどだった。
あるいはそんな場所に居る自分こそが異物だろうか、とも思う。
しかも、何の偶然か。ここに居る異物は自分だけでは無かった。
「まさか、自分以外にも此処に来る者がいるとは……ええと」
「ファイブだ」
「ファイブ殿。初めまして。」
彼とエクスタインは初対面だ。しかし彼が何者かをエクスタインは知っている。
獣人と只人、森人のいいとこ取りのような美しい容姿、透き通る蒼髪の青年。息を飲むほどに美しい立ち姿。否応なく目立つその姿は、世界各地を巡った経験のあるエクスタインが知らぬはずも無かった。
「失礼ですが、貴方はもしや、【真人】の?」
問いに、青年は隠すことでもないというように、あるいは誇らしげに頷く。
「マスター、クラウラン様によって生み出された人造の命だ」
黄金級の冒険者にして希代の魔術師【真人創りのクラウラン】
彼が生みだした人造生命体。【真人】。身体能力に優れ、長寿であり、美しい。本来の人造生命体とは比較にならない完全なる生命を生みだしたことで名を馳せた天才。その彼の成果物こそが、目の前の青年なのだ。にわかには信じがたい、が、彼が凄まじい能力を有しているのは事実だった。
「……正直、驚きましたね。ここまで完璧な人造人間とは、しかも」
エクスタインは不意に、彼の背後を見る。彼の背後には5メートルほどはあろうかという巨大な【紅蜥蜴】が沈んでいた。
「お強い」
「南東の【迷崩地帯】から、出てきた紅蜥蜴のようです。ここまで迷い込んできてきて、困っていたようなので、討伐を依頼されました」
「【冬の小神殿】の方々から?」
「ええ。魔除けの術式も無視されて、困っていたようです。」
そう言って、彼は足下を見ると、確かに周囲には魔除けの結界術式が刻まれている。術式は大分古かったが、しっかりと刻まれていた。小規模の魔物であれば十分魔除けとなるだろう。
勿論先ほどのように、通用しない魔物も出現するのだろうが、それを一蹴できる彼の実力は確かなものだった。
「【真人】の名を体現する戦士達。高名の通りの実力ですね」
「この程度マスターの偉業と比べれば大した事ではないです」
エクスタインの賞賛に対して、ファイブは苦笑して首を横に振る。照れくさそうにするその仕草もまた、紛れもないヒトだった。どうやら見た目だけで無く、中身までクラウランは完璧な生命を生み出すことに成功したらしい。
「ファイブ、卑屈、陰気、ウザい」
が、しかし、彼と同じ真人にはその応対は不評であるらしい。
「ナイン……下品な言葉遣いはやめろ。マスターが泣く」
ナイン、と呼ばれる少女は、彼の近くで退屈そうな顔をしていた。
ファイブの同行者であるらしい少女の歳は10程で幼く見える。やはりファイブと同様に美しい容姿の彼女であるが、その顔は随分とふてくされていた。わかりやすく不満を顔に出して、それを訴えようとする仕草は年相応に見えた
「最近かまってくれないんだもの。マスター」
「七天達不在のフォローに加えて、グラドルの被害者達を新たな肉体へと移し替える準備が整って大忙しなのだ。娘として苦労を汲んでやれ」
「娘じゃ無いもーん。人造玩具だもーん」
「マスターの前でそれを言うなよ絶対。あの方本気で泣くぞ」
「名前も数字だしー」
「あの方が本気で名前を付けると尋常でなく長くなるんだ。あらゆる縁起物の名を子供達に与えようとするから」
出自こそ特殊極まるが、そのやり取りは血の繋がった兄妹のようだった。エクスタインはウルとアカネのやり取りを思い出して小さく笑った。その笑い声が聞こえたのか、ファイブは少し申し訳なさそうに口に手を当てる。
「失礼、お恥ずかしいところを見せた」
「いいえ、仲睦まじい事は良いことですよ」
「最近は我が儘ばかりだ。仕事中だというのに」
仕事中、という彼の言葉にエクスタインも意識を切り替える。まあ確かにそうだろう。このような辺境の場所に、ただの観光や遊びで尋ねてくるわけもないのだ。
「では、お二人でここの調査を?」
「いえ、もう一人―――――ゼロ」
そういって、ファイブが不意に視線を空へと向ける。すると、
「っ!?」
空から、巨大な影が落下した。先ほどファイブが倒した5メートルほどの【紅蜥蜴】と比較しても更に倍ほど大きい怪鳥が死んでいた。その怪鳥の上で、静かに此方を見下ろしているのは、
「此方の仕事は終わりました、ファイブ、ナイン」
「ゼロ、土煙を上げすぎるな。我々以外にもいるんだ」
蒼い髪の少女。他の二人と同じ【真人】だ。
しかし、同じ、と表現して良いのか、少し自信が無かった。【俯瞰の魔眼】を授かるほどには観察力に優れているエクスタインをもってしても、“ゼロ”と呼ばれた少女の姿は、他の二人と比べてもやや異なる。二人よりも幼い、という以上に、何か―――
「失礼、末の子が粗相をしました」
「あ、ああ、いえ」
彼女に意識を取られていると、ファイブが頭を下げる。自分の妹の為に頭を下げる姿は本当の兄妹と大差なく見えて、エクスタインの違和感は薄らいだ。
「そのヒト、知ってます」
そうしている内に、怪鳥から飛び降りたゼロと呼ばれた少女が此方をじっと見てくる。その視線は好意的では無かった。割とよく胡散臭く思われがちではあるが、初対面でここまで疑わしげに見られたのは初めてだ。
「“風見鶏のエクスタイン”、あちこちの組織に顔を出して使いぱしりして、最後には大半の組織を滅ぼした悪党」
「凄い、否定する要素がない」
自分のやらかしを見事に言い当てられて、エクスタインはびっくりした。自分の事情は割と暗部に絡んでいる筈なのだが、しっかりと把握されている。彼らを生み出した黄金級クラウランは、ただ、人造人間製造の実力を有しているという訳では無いらしい。
「一応言っておきますが、私に口八丁は通じません、覚悟しておきにゃにゃにゃあ!?」
「まーたマスターからもらった知識だけでマウント取ろうとする」
感心している内にゼロの頬が、いつの間にか背後に迫っていたナインにつねられた。
「おねえちゃ、止めてくださいナイン!」
「いやよ」
「…………本当に、騒がしくて申し訳ない」
二人のじゃれあいに、ファイブは一人、恥ずかしそうに深々と頭を下げた。
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それから、少し間を空けて
「ということは、クラウラン殿が此方の調査を?」
冬の小神殿を見ながらエクスタインが問うと、ファイブは頷く。
「彼も此所のことは気にしておられたのですか?」
「正確に言うと、貴方と同じ七天からの依頼です。七天不在の都市防衛計画に時間がかかりすぎたので、なかなか直接出向けませんでしたが……」
こちらも、似たようなものだった。世界中がばたついていた。邪霊を信仰する、という点では確かに問題であったのかもしれないが、邪教徒のように誰かを害することもせず、静かに都市の外で身を潜めて暮らしている彼らにリソースを割く余裕はこの世界には無かった。
しかし、だからこそこのタイミングでグレーレが自分を寄越したことに、意図を感じずにはいられなかった。
「僕も、中に入っても?」
エクスタインは自分に【浄化】をかけて泥を払うと、ファイブに尋ねると、彼は肩を竦めた。
「歓迎されると思いますよ……もっとも」
そう言って、彼は少し、苦々しい表情を浮かべた。
「私たちの知りたい情報があるとは限らないですが」




