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かくして少年は迷宮を駆ける  ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~    作者: あかのまに
外伝 悪食のカルメ (時系列、大罪迷宮グリード編)
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悪食カルメの日常と冒険

 討伐祭が終わった。


 低層を騒がした宝石人形が討たれた。そしてその結果に皆は大騒ぎしていた。

 それらを討ったのは、まだ冒険者を初めて一ヶ月足らずの若き少年と少女達なのだ。

 二人の華々しい活躍は、否応なく話題を呼ぶ。

 彼等の素性はなんなのか、これからどんな活躍をしてくれるのか、二人はどんな関係なのか。そんなゴシップな話題がしばらくの間、都市国の中で行き交っていた。


 まあ、つまるところヒマな連中のオモチャになっているというだけの話である。


 銀級になったとき似たような経験をしたカルメからすれば、あの灰色と白銀の二人には同情していた。しかしまあ、それも成功者の勤めでもある。

 二人はナナが好んで通っている酒場、【欲深き者の隠れ家】酒場に顔を出している。あそこの連中ならば二人を護ってくれるだろうし、問題ないだろうと他人事のように思っていた。


 思っていたのだが、


「そんな今話題の冒険者が何の用だ?」

「挨拶回りだ」


 その二人が、まさか自分の所にやってくるとは思わなかった。


「世話になった皆のところを回ってる。アンタが今は地上にいると聞いて探していた」


 冒険者ギルドで依頼の受注を終え、さて出るかと思った矢先だった。

 灰色の少年ウルと白銀の少女シズク、二人は真っ直ぐにこちらにやってきて、頭を下げた。


「ナナは兎も角、私はお前達に積極的に肩入れした記憶はないな」

「最初の迷宮探索の時」


 確かに、二人との接点はそれくらいだった。律儀だなとカルメは笑う。


「アレはグレンに仕事を押しつけられただけだ」


 実際、面倒な仕事を押しつけられたとため息交じりだった。それで頭を下げられて感謝されるのは申し訳なさすら感じる。だが、そんな態度を見せてもウルは頑なに首を横に振る。


「それでもな」

「頑固だな、まったく。新人全員がお前達みたいに殊勝なら……と、言いたいが」


 カルメはウルとシズクを覗き見る。

 二人が討伐祭を勝ち抜いた経緯は、サポーターとして出ていたナナから聞いている。


「随分とギャンブルしたらしいな?」

「……まあ、否定しない」


 その問いに、ウルは少し顔を引きつらせ、背後のシズクは美しい笑みのまま沈黙した。まあ、そういう反応をするというのなら、自分でも危うい橋を渡ったことは自覚しているのだろう。ならば、


「精々、やり過ぎて死なないようにな」


 カルメが告げた忠告はそれだけだった。


「もっと叱られるかと思った」

「そこまで親切じゃないさ、私は」


 そもそも先ほどもいったように、カルメはナナのように二人に肩入れしていたわけではない。

 不相応の賭けに挑み、成功するも、無残に散るも、二人の責任だ。

 もちろん同業者として無事や成功を祈りはするが、それ以上立ち入るつもりはない。それに、


「そもそも私も、ヒトのことを言えない」


 つい先日、賭に出て単身で賞金首級の相手を討伐した自分が、誰かの無謀をどうこうと説教するのはあまりにも勝手だろう。だから、討伐祭の件でこれ以上二人に言うことはない。


「それで、これからお前達は……この国を出るのか?」


 二人の荷物には旅用の品が覗き見えていた。ウルは頷く。


「ああ、そっちも?」

「依頼でな」


 そしてそれはカルメも同じだ。いつもしている、迷宮潜りの鎧を軽鎧に換え、外套を羽織る。持ち出すのは久しぶりだったが、整備は怠っていなかった。


「この国が拠点なのは変わらないが、今回の依頼は少し遠出にはなるな」

「そうか……」


 それを聞いたウルは頷くと胸に拳を当てて、静かに目を瞑った。 


「旅の無事を、旅精霊ローダーに祈る」

「同じく祈ろう。達者でな」


 カルメもそれを返し、そのままその場を立ち去った。

 実に冒険者らしい、簡潔な挨拶と別れだった。








「颯爽としていらっしゃいましたね」

「流石銀級だよなあ……しかし」


「なんで、あのヒト【悪食】なんて渾名なんだろ……」


               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 冒険者ギルドを出たカルメは、正門へと向かう途中、グリード騎士団の本部を通りかかった。


「サボるな貴様等!! 獲得した魔力を肉体に馴染ませるのだ!!」


 単なる通り道であり、立ち寄るつもりはなかったのだが、聞き覚えのある声が騎士団の訓練所から聞こえてきたので、少し足を向ける。聞こえていたとおり、そこでは小人の老騎士、ショウ爺が走り回る新人達相手に声を張り上げていた。


「そんな風に叫ぶと、血管が千切れるぞ」

「カルメか、やかましいわ」


 カルメが話しかけると、ショウ爺は快活な笑みを返してきた。つい先日結構な無茶をしたはずなのだが、それでもまだまだ彼は元気そうでなによりだ。

 一方で、彼がしごきを入れて、騎士鎧を身につけてグラウンドをぐるぐると駆け回っている者達は、ぜえぜえひいひいと悲鳴を上げている。一見すると騎士団の新人のように見えるがそうではない。


 彼等は【優美ナル鳳凰】……もとい先日、皆に迷惑をかけた白亜の冒険者達だ。


 現在彼等は、様々な経緯の果て、騎士団で新人訓練(しごき)を受けるというペナルティを背負うことになった。

 本来であれば、冒険者ギルドでそれを受けるのが妥当にも思えたが、どうにも彼等の親たちが騎士団での訓練(ペナルティ)を希望したらしい。


「それで、連中はどうだ」

「ま、元々自前で訓練はしていたらしいからな。とはいえ、甘いところもある」


 精々しごいてやる、と、ショウ爺は力強く笑った。


「そのまま騎士団に?」

「本人次第だな。冒険者志望なのは変わらんらしいしな」

「物好きなことだ」


 彼等の親が強引に騎士団に突っ込んだのは、恐らくはそのまま騎士団に入隊させたいが為だろうに、それでも目指すところは変わらないようだ。とはいえ都市民の身分で、しかもあんな目に遭っても尚、冒険者を目指すなんてのは本当に物好きとしか言えなかった。

 だがそう言うと、ショウ爺は呆れたようにこちらを見た。


「他人事のように……あの阿呆どもが頑なになったのは、お前の影響もあるのだぞ?」

「助けられた恩を感じたと?」

目標(あこがれ)になったと言うことだ。口にはせんがな」


 見ていると、走っている途中こちらに気づいたのか、リーダーのミルガーはこちらを睨んでパクパクと口を開け閉めしている。

 無論、何を言ってるのかわからないが――「見ていろよ」とでも言っているような気がして、カルメは笑った。


「ますます、物好きなことだ」

「銀級の勤めだ。精々恥じない姿を見せるのだな……見せるのだな!」

「何の念押しだ」


 胸に手を当ててみろ! とショウ爺は叫ぶが、カルメは無視した。


「まあ、いい。訓練頑張ってくれ。アンタの所なら、グレンよりかはマシだ――」

「――誰よりマシだって?」


 そのままカルメは去ろうとした。その直後、聞き覚えのある男の声にカルメは驚き、振り返った。


「……なぜいるんだか」

「魔物でも見たような顔だな、オイ」


 無精髭のグレンの顔を見て、カルメはため息を吐いた。


「道すがら、寄っただけだよ。ウチから逃げた阿呆どもがぬりぃ訓練してるって聞いたからな」

「お前がキツすぎるんじゃグレン! お前のとこで潰されて流れてきた騎士団志望者が、しごきにぜんぜんへこたれないどころか感激までしだすもんだから教育しにくいわ!」

「あー知らん知らん」


 当然の様にショウ爺とも顔なじみのグレンは、そのまま視線をカルメへと移した。


「なんだ」

「そういや、賞金首級の魔物を狩ったらしいな。しかもソロで」

「わざわざ聞いたのか」

「聞いてもないのにロッズから聞かされた」


 そう言ってグレンは面倒くさそうに耳をほじる。どうせ居眠りでもしているときにたたき起こされて、説教ついでに聞かされたのだろう。


「アレはワシが無茶をしたからだ。カルメの判断は――」

「私が潜り、戦うと決めて、リスクを飲んで討った――――文句はあるか?」


 擁護しようとするショウ爺の言葉を遮って、カルメはグレンに問うた。するとグレンは鼻で笑う。


「あるわけねえだろ。そっくりそのまま返してやるよ――()()()()()()()()()()()()()?」


 逆に問われる。だがカルメは迷わず首を横に振った。


「ない、私が決めたことだ。あれは私の冒険だった」

「だったらそれでいいさ。俺を自問自答の壁代わりに使うな」


 本当に、つくづくこの男は――己の師は、だらしなさに反した鋭い言葉を投げてくるものだった。

 カルメは肩を竦め、そのまま手を振ってその場を後にする。その彼女にグレンがこえをかけた。


「好きに生きろよ、銀級(えいゆう)

「そうするよ、黄金級(かいぶつ)


 そんなやり取りと共に、カルメは二人と別れた。



               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 大罪都市国グリード、正門前。


「カルメ」

「ナナ、待たせたな」


 今回の依頼でまた同行する事に決まっていたナナが待っていた。挨拶もそこそこにして二人はグリードから出る馬車に乗り込む。向かう先は、北西にある衛星都市国コインであり、そこを起点にアーパス山脈の麓で暴れているらしい魔物の討伐に向かう予定だった。


「でも、良いのかい? アンタ迷宮潜りがメインだったろ? 鷲の時と違って、今回は長いよ」


 ナナは問う。この依頼に誘ってきたのはナナだったが、どこか申し訳なさそうだった。

 確かにカルメは銀級になる前も後も、迷宮潜りをメインにしていた冒険者だ。あえて慣れた職場から離れる理由がないとそうしてきた。だが、


「たまには、外もいいと思ってな」


 遠い昔の、黄金の夢は潰えた。

 夢の残滓を拭いきれず、なのに日常を手放せない。

 そんな今の自分をカルメは受け入れた。実にありきたりで小規模な、自分のなかで渦巻いていたわだかまりが消え、カルメは晴れやかな気分だった。


 日常と冒険、どちらも楽しもう。


 黄金には至れずとも、

 幼き頃、自分が描いた自由は既に手の中にあるのだ。

 新たなる冒険へと向かう馬車へと揺られながら、吹いてくる風の心地よさにカルメは微笑んだ。





 今回の一件以降、彼女の活動はより活発になり、その名は更に広まることとなる。


 あらゆる魔物をその刃で断つ、【断切りカルメ】

 誰もが忌避する厄介を喰らう、【悪食カルメ】


 銀級の英雄、彼女の日常と冒険は続く。














「そういえば、今回の標的(ターゲット)、巨大な牛の魔物らしいな」

「食べないよ」

「楽しみだ」

「聞いて???」

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