騒ぎの後のバカ騒ぎ
中層・十七階、下層へと続く階段の前に、カルメを追いかけるようにして辿り着いた救助部隊の面々が集まっていた。彼等はつい先ほど、ショウ爺らと合流し、救助隊性を確保したところだった。
だが、彼等はまだ動かない。何故なら先に彼等を逃がしたカルメが戻っていないからだ。
暫くすると、下の階で【深窟領域】を散策していた冒険者達が登ってきた。
「カルメは見つかったか?」
待機組は彼等に問うと、彼等の先頭にいたナナは首を横に振る。
「見当たらないわね。やっぱこの領域、厄介だわ。見通しが悪すぎる」
「まあな。伊達に長年悩まされちゃいねえよ」
「悪いけど、交代してもらえる? 少し消耗したわ」
「了解だ」
そんな風に、慣れた様子で淡々と作業を続ける。
「やっぱり、死んでしまったんじゃ……」
その最中、そんな風にぽつりと言うのは、今回迷惑をかけた白亜の冒険者のミルガーだ。しかし、彼のつぶやきに対して、救助部隊の面々は顔を見合わせて、肩を竦めた。
「ねーよ」
「死んでんなら、ちゃんと痕跡は残すさ。あの女は」
「だな。見つからねえってことは生きてる」
そう断言する。そこには明確な信頼があった。
死にはしない。死んだとて、タダでは死なない。
そういう確信と共に、ミルガーらの不安の声を鼻で笑った。
「……」
「さて、そろそろもっかい――む」
その時だ。下層へと続く階段から、ずるり、と何かを引きずるかのような音がした。
次の瞬間、ミルガー達以外の全員が一斉に身構えた。彼等は知っている。魔物の中には不意に下層から上層へと登ってくるような魔物も現れると。特に迷宮が活性化している今の時期は、そういうトラブルが起こりやすい。
下層へと続く階段からずるずると聞こえてくる音は、明らかにヒトの歩行音とは違った。全員の緊張状態は暫く続く。そして、
「――ん? どうした」
姿を現したのは獣人の女戦士、カルメの姿だった。
「うおい!? カルメ!! びっくりさせんな!」
彼等は一斉に肩の力を抜いた。どうやら何やら麻袋を引きずりながらのぼって来たらしい。少し髪が焦げているように見えるが、無事だ。怪我の治療も済んでいるようだった。
「救助部隊か。心配かけたな。ナナも」
「アンタと比べれば大したことじゃないよ……まったく、よかった……」
「冒険者ギルドからも、報酬は取り付けたしな。カルメ、お前の分もな」
「助かる。ただ働きは御免だからな」
「カルメ! まったく、心配させるでないわ!」
「それはこっちの台詞だショウ爺、まったく、いい年して無茶ばかりだな」
そんな風にやり取りしながら、残る冒険者達は速やかに帰宅の準備を開始した。ここは通常の領域とはいえ、迷宮なことには変わりない。長居するような場所ではなかった。
一番苦労したであろうカルメもまた、休まず彼等に続くように帰還の準備を進めながら、大きな麻袋を背負いなおす。その様子を他の冒険者が見つめ、首を傾げた。
「ん、それはどうしたんだ?」
「ああ」
問われて、袋を軽く広げる。それを視た冒険者達は少し驚く。
そこにはカルメが討ち取った【虹色蜥蜴】がバラバラになって収まっていたのだ。全身ではないだろうが、結構な量だった。
「討伐の証かよ」
「オイオイ欲張ったな。角とか舌とかでいいだろ」
迷宮に吸収されないような強大な魔物の一部は、持ち帰ることでギルドへの討伐の証になるのは彼等の常識だ。その目的だと思った彼らはケラケラと笑った。
「ん?」
「え?」
だが、カルメが真顔で首を傾げたので、思わず聞き直した。
おおよそ、彼女を知るナナと、ショウ爺は「あー……」と天を仰いだ。
「…………」
「…………討伐の証に持ってきたんだよな?」
改めて問われ、カルメは真剣な表情で腕を組んだ。
「迷宮に吸収されず、散らなかったから……」
「から……なんだよ。おい、まて、何故それを持っていこうとする」
「心配するな、下処理は済んでる。実はあの領域、川もあるんだ」
「へーそうなんだあ……ってそれで時間かかったのかオイ!」
誰の制止も聞かず、カルメはずんずんと上へと上がっていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
中層へと続く安全領域は少しざわついていた。
と言っても、悪い意味で、ではない。それは暴走して遭難した白亜を無事、銀級の冒険者であるカルメが連れ戻したことによる安堵故だった。
事が起こってから、本当にあっという間の解決である。反応が追いつかないというのが大半の者達の感想だった。
あまりに迂闊だった白亜の連中への叱責、それを止められなかった管理のずさんさ、全員無事だったことに対する拍子抜け、様々な感情が渦巻いた。
だがそれらも最終的に、流石は銀級冒険者である。という結論に収束した。
銀級のカルメ、断切りのカルメ。その異名は伊達ではない。
確かな実力、ギルドに認められるだけの実績、銀級という位に対する信頼を、冒険者達と騎士団の面々はまた一つ、重ねたのだった。彼等は敬意の視線を安全領域の一角に集まるカルメ達に向けていた。
さて、遠目からそんな風な視線を向けられているとはつゆ知らず、当人はというと、
「…………ねえ、カルメ」
「なんだ、ナナ」
カルメは肉を焼いていた。
わざわざこの安全領域に自分用に保管していた鉄網やら食料やらを用意して、肉を盛大に焼いていた。それだけならばまだ、安全領域で食事を取ろうとしているだけの光景なのだが……彼女が今焼いている肉は例によって例の如く、普通の肉ではない。
「これは……食べられるの?」
彼女が討伐した虹色蜥蜴の肉を、盛大に焼いていた。
既に下拵え済みで、一見してそうとはしれない。だが、よくみるとわずかに原型が残ってるそれらの肉を眺めながら、ナナが恐る恐る尋ねると、カルメは頷いた。
「わからない」
カルメは正直に言った、ナナは頭痛を堪えるように額を抑え、言った。
「食べるの止めておこうか!?」
「イヤだ」
「食い意地が凄い!!」
即答だった。
同じく、カルメの調理を苦々しい表情で眺めるショウ爺は、良い色に焼けていく肉の山を眺めた。
「流石に未知の魔物なんて口にして、毒があったら笑い話にもならんぞ……?」
「毒は無いぞ、確認した」
そう言って彼女が差しだすのは、何かの魔道具だった。どうやら、筒状の容器に対象物を投入すると、その毒性を判別してくれる代物のようだ。それで点検済み、と言うことらしいが……ショウ爺は首を傾げる。
「なんじゃこの魔導機……見たことないが」
「特注だ」
「幾らしたんじゃ」
「……」
「黙るな!」
沈黙した。どうやら銀級の立場と資産で造った代物らしい。それだけの資金を費やして造ったものが、魔物が食べられるかどうかの判別機というのは本当にどうなのかとショウ爺は頭痛を覚えた。
「手伝ってくれた礼だ。遠慮せずに食べてくれ」
「遠慮してるつもりはまったくねえんだがなあ……」
「まあでも、すげえ良い匂いはするよな……」
「まあ、口にするだけしてみるか……お前からいけよ」
「うるせえな、お前から食べろよ」
と、そんな押し付け合いの果て、彼等は虹色蜥蜴を口にすることとなった。
そして、その結果、
「うんめえ…………くっそうめえ……」
「…………麦酒、くれ……頼む」
「クセはあるが……肉汁で、溺れる……なんちゅう肉だ……尋常じゃねえ」
「この香草もいいな……肉のうまみを何倍にも引き立てる…………マリアージュや」
「しゃらくせえ。黙って食え……」
「麦酒ゥ……」
「米ならあるぞ」
「なんであんだよ…………うめえ……」
冒険者達は、悶えることとなった。喜びによって。
「好評だったな」
「確かに美味いけどねえ……」
ナナは心底複雑そうな表情で、泣きながら肉に食いつく冒険者達を眺める。
とはいえ、渡された肉は確かに美味かった。恐ろしく柔らかい。歯を立てるとすぐさま千切れる。果たして本当に凶悪だった魔物の肉なのかと疑いたくなるほどだ。
「ううむ……なんでこんな柔らかいのか……」
同じく疑問に思ったのか、ショウ爺も不思議そうに自分が喰った串肉に首を傾げる。するとカルメは今焼いてる肉から目を離さないまま、口を開いた。
「生物として固まりきっていない状況で、存在を固定化する魔力が抜けた結果、自然と残された身体が柔らかくなってる」
「ほう、なるほど。魔物肉特有、という訳か……」
「多分」
「お前の想像か……!?」
想像だった。
だが、当たらずとも遠からずだろうと、カルメは思っていた。生産都市などで食肉用に加工している肉達と比べても、この柔らかさは異様なのだ。何かしら理屈が付かなければ説明出来ない。
まあ、ともあれ理屈はいいだろう。今は肉だ。
そう思いながら、カルメも進んで肉を口にする。わざわざ保管しておいた米なども炊いたりして、好き勝手やっていた。だが、ふと、わいわいと肉を囲んでいる同業者達から少し離れた場所で、しょんぼりと座り込んでいる連中が目に入った。
今回の騒動の発端、白亜の未熟者達だ。カルメはそちらに近づき、声をかけた。
「むぐ、怪我はないのか」
「……ない」
リーダーのミルガーという少年は、カルメの呼びかけに一瞬顔を上げるが、すぐに目を伏せる。
自分への失望、周囲に迷惑をかけたことへの罪悪感と羞恥、実にわかりやすい表情を浮かべてへこんでいた。
「ほうか、まあ今後……んぐ……無茶はするなよ……んん……全員に詫びもいれてほへ」
「喰ってから喋れ!」
マナーを注意された。止むなく米と肉をかきこんで一息つくと、改めて彼等に向き直った。
「……なんで助けた」
「見捨てるつもりだったが?」
「なっ……」
「ショウ爺が助けにいったから、助けた。それだけだ。お前らは運が良い」
だから殊更に感謝される理由もない。彼等はついでなのだから。
「どうせ、戻ったらギルドからしこたまお説教を喰らうだろう。あまりいうことはない。精々これからは、迷宮に吞まれないようにしろ」
「吞まれる……」
「お前らみたいに、突然、判断を見失うようなことは珍しくもないって事だ」
実際、カルメも今回虹色蜥蜴と戦ったのは、“吞み込まれた”と言えなくもなかった。勿論、どうあろうと自己責任だし、言い訳をするつもりもないが、それでもこの強欲の迷宮にはそういう性質がある。
「お前らほど派手じゃないが、誰だって失敗して大恥くらいはかいてきた」
誰も彼も、大恥や失敗をしてこない訳がない。そう言う意味では、鼻っ柱を折られて生還できた彼等はまだ上等と言えるだろう。
「これからどうするかは、お前ら次第だ。挽回するのか、逃げ出すのか、好きにすれば良い」
「…………わかった……」
素直にミルガーは頷いた。そこでちゃんと頷ける辺り、本当に彼等はマシな方だろう。どんな状況でも頭を下げるのは負けだ、なんてのたまう恩知らずは山ほどいるのだから。
さて、いうことは済んだ。後は残る肉でも、とその場を離れようとしたとき、ぐぅという腹の音をカルメは聞いた。鳴らしたのは、目の前のミルガー達だ。
「なんだ、腹が減ってるならお前らも食べればいいのに」
「できるか……!」
魔物の肉が嫌い、というよりも、迷惑をかけた上のこのこと飯までタカれない、ということらしい。それを聞いてカルメは「やれやれ」とため息を吐いた。
「仕方ない、とっておきだ」
そう言って、彼女が取り出したのは、焼いている肉とは別の所で調理していた巨大鍋だ。彼女の私物の巨大な鍋に収まったソレは、ぐつぐつと音を立てて、大変に良い匂いをしていた。思わず生唾を飲み込むミルガー達の前で、カルメはゆっくりと鍋の蓋を開いた。
「虹色蜥蜴の眼球だ」
「オワァア!!?」
絹を裂くような悲鳴がミルガーの喉から飛び出した
「どうした?」
「いきなり巨大な眼球を差しだして「どうした?」とか正気かお前!?」
実際、鍋の蓋を開くと即座に巨大な眼球と目が合うのはなかなかの恐怖体験だろう。だがカルメは微塵も気にせず、その眼球の一部を匙で掬い、彼等へと差しだした。ぶるんぶるんとゼラチン質の眼球が震える。見た目は最悪だが、匂いだけは良い匂いがした。
「さあ」
「誰が食べるか!」
ミルガーは全力で拒否した、仲間の二人も激しく首を横に振る。
「お前達のことを考えてのことなのに」
「何を言ってるんだ!?」
理解出来ない、というように眉を顰めるミルガーに、カルメは続ける。
「同物同治という言葉がある。身体の治療のため、同じ部位の食物を口にするというものだ」
「くだらない迷信だ!」
「だが、それが魔力を有する魔物の肉なら……?」
「……なに?」
意味深にカルメが囁く。思わず問い直すミルガーに、カルメは更に続けた。
「強力な魔力に満ち満ちた魔物の肉だ。それを口にして、取り込めば。治療のみならず、同じ力を得られる……と、言われている。諸説ある」
「そ、そんな話、聞いたことも……」
「食べる奴も少ないからな。だが、この魔物は強力な魔眼を有していた」
「魔、魔眼……」
「別に誤りだったとて、口にして死ぬわけじゃない。試してみるのも一興じゃないか?」
思春期で、英雄に憧れる少年には大変甘い甘言に、目線は揺らいだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……あれ、どうなんだ?」
「ンナわけねえだろ。その魔物を倒した当人が、それに近い技能を体現した、なんて例はあるにはあるが、その肉食べたら同じ力が身についたなんてのは完全な迷信だよ」
「なんだそうなのかよ」
「……という話をカルメから聞いた」
「……じゃああれ、知っててテキトーなホラ話を新人に吹き込んでるだけじゃね?」
「ま、いくら悪食でも、目玉喰うなら毒味役が欲しいんだろ」
「ひでえ女だ。肉がうめえ」
「可哀想にな。肉がうめえ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遠くから冒険者達がこんな雑談をしているとも知らず、ミルガーは息を荒くしながら、目の前のぶるんぶるんと揺れる眼球へと視線を揺らした。
「さあ」
「う、う……!」
カルメの言葉に、ミルガーは唸り、そして、
「うおおお!!!」
「「ミルガー!!」」
差しだされた眼球を一気に口にした。
悲鳴のような、歓声のような仲間達の声を聞きながら、彼はもごもごと口を動かしつづけ、そして最後に、ピタリと動きを止めた。
「…………どうだ?」
「…………も」
カルメの問いに、停止していたミルガーはゆっくりと口を開く。そして、
「もでゅんっ………って」
そんな言葉をのたまって、地面に倒れ伏した。
「「ミ、ミルガァー!?」」
「死んだな……」
「遺言は「もでゅんって」だったわね……」
その姿をカルメは実験動物を見る目で眺め、ナナは黙祷した。そして、
「さて」
カルメはそのまま、のこる彼の仲間達二人に標的を移した
「眼球は大きい。全員分あるだろう、たっぷり食べるといい」
残る二人の断末魔が響くのは、間もなくのことだった。
尚、最終的に調理した眼球は「珍味だが悪くない」と、カルメが綺麗に平らげたのだった。




