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衛星都市アルト③



 時は衛星都市アルトに到達する少し前


「強くなる方法ねえ」


 馬車の中のベッドの上で、ディズは寝転がりながら、ウルの質問に対して眠たそうな顔をしながらオウム返しした。


「どうしたらいい?」

「練習」

「もう少し具体的な感じでお願いします」


 ディズはふむ、と、思案顔になりながら、枕となったアカネをふにふにと引っ張っていた。


「どういう風に強くなりたいのかにもよるしなあ。って言っても、君の場合は強大な賞金首を倒せるようになりたいってとこなんだろうけど」

「そのためにはどうすればいい?」

「さー」

「悲しいくらいに素っ気ない」


 まあ、ディズからすればわざわざ教えてやる義理なんてものはないのだろうが、こうも興味なさげに適当な返しをされるのはつらかった。が、ディズは違う違う、と手を振る。


「強くなりたいなら当然魔力を獲得、つまり魔物を倒せばいい。より強大な魔物を倒すことでより強くなる。それがこの世界の理だ」


 しかし、魔力を獲得した結果、どう強くなるのかに関しては個々人によって異なる。


「身体が強くなるもの。魔力が強くなるもの。あるいは両方か。肉体に限っても、それが腕なのか足なのか身体全体なのか、五感の何かか。魔術なら魔力容量、放出量、制御力、とにかく様々だ。獲得した魔力は様々な形で人を進化させる。同一の形で、という事はまず、ない」


 故に、どう強くなり、得た力をどのように利用するか、なんてものを教えるのは決して容易くはないのだ。極端な例えだが、肉体に腕が4つある者が、眼が3つある者に自分の戦い方を教えても仕方がない。


「君には君の力と、その使い方がある。それを私が教えてもね」

「むう」


 納得できる話ではあった。

 が、ウルは自分が凡人であることを理解し、同時に自分には時間がないという事も理解している。なんの指導者もなく、暗中模索で自分が最善の成長を遂げることが叶うとは欠片も思ってはいなかった。自分より上の実力者が存在するなら、得られるものは積極的に得ていきたいのが心情だった。たとえ相手が自分と自分の妹の命運を握る相手であったとしても。

 そのウルの想いを察してか、ディズはクスクスと笑った。


「誰でも獲得できるような技術の伝授、強くなるための方針の助言くらいはできるけどね」


 そういうと興味深そうに聞いていたシズクが口を開いた。


「例えばどのような?」

「きもちよーく眠る方法」

《ふなー》


 アカネを枕に寝転がりながらディズはまるで健康と美容の秘訣にでもなりそうなことを言い出した。強くなる方法とはなんぞや。とウルは疑問した。シズクも同様に思ったのか不思議そうな顔をした。

 ディズは此方の疑問を無視して言葉を続けた。


「あとはまあ、方針の助言かなあ……ちなみに2人は戦い方は選ぶ?」

「選ぶ?」

「この戦い方は好きだとか。こういうやり方は卑怯だな、とか」


 そう言われ、ディズが何を言いたいのか得心がいった。そして二人はそろって首を横に振る。


「道徳に反する事が無いなら、とくには」

「不用意に命を奪うような手段でないのなら」

「素晴らしい。んじゃ、強大な魔物を倒す必勝法ってやつを教えてしんぜよう」


 必勝法、という言葉にウルは一瞬心をときめかす。まあ冷静に考えて、そんな方法があるなら苦労はない、という話なのだが、数段上の実力者である彼女がいう必勝法、というと流石に興味は尽きない。


「必勝法、それは―――」

「「それは?」」


 わずかに間をあけ、自信満々に彼女はそれを口にした。


「―――相手が攻撃できない遠距離からずっと攻撃してたら勝てる」

「「……………」」


 そりゃそうだろうなあ……と、二人は思った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 時は戻る。

 場所は衛星都市アルトの冒険者ギルド、その訓練所。グリードと比べれば二回りも小さいものの、少なくとも剣槍を振り回すに足るだけの広さはある。土地が限られる都市の内部においてこれだけの広さを確保しているだけでも十分にありがたかった。


「さて」


 ウルは先ほどラックバードで購入した防具、“鷹脚”と銘をつけられたそれを取り出す。全身鎧の“火喰の鎧”の右腕部だけを取り外し、代わりに身につけた。装着の心地は店で試したものと同じだ。細かい指の動作を可能にしている。


 そしてウルは、事前に集めておいた、形もバラバラな石ころを手に取り、握り心地を確かめる。念のため周囲に人がいないことを確認し、遠方、自分の位置から十メートル以上離れた位置にある、剣の打ち込み用にと捨て置かれた人型の模型を見定め、そして


「投げる」


 それも、冒険者として身に着けた全力の力を込め、足を踏みしめ、肩を回し、遠心力を利用し、放つ。指先から石ころの弾丸が放たれた。


「…ッ」


 放った、と思った瞬間に着弾の音がウルの耳に届いた。着弾位置は狙いをつけた模型からは大きく離れた地面だ。大きく抉れたようになった着弾痕と、その先に粉々に砕けた石ころが散らばっている。


「威力どうこう以前の問題だなこれは……」


 だが、目論見の通り、“鷹脚”は物を掴むという一点においては極めて優秀だった。掴んだものが指先に吸いつき、そして手放す一瞬に全ての力が集約する。

 これが正しい使い方かどうかまではわからない。が、それはまあ、どうでもいい。重要なのは、これをうまく使いこなせば“投擲”という戦法を得られるということ。


「もいちど」


 再び、小石を拾い、振りかぶり、投げる。今度は模型の上に大きく逸れる。力をもう少し抑えれば当てるだけなら出来るかもしれない。だが、それでは意味がない。ぶつかればいいという話ではない。相手を殺傷できなければならないのだ。

 全力投球をウルは繰り返す。途中、幾度か投げ方の姿勢を自分で改めながら、繰り返す。徐々にではあるが、模型との着弾点が縮まってきていた。そして


「ふっ!」


 放る。と同時に激しい破砕音が。遠くの模型から響いた。着弾した小石が模型の身体に着弾した。元より冒険者が打ち込むための練習具である以上、頑強に作られているためか破壊には至っていないが、大きな凹みが生まれていた。


「……悪くない、か?」


 実際に魔物に対して試したわけではないが、これくらいの威力を遠距離から叩きつけることができるのなら有効な戦法になるのかも―――


「全く動かない相手に当てて満足してもしゃーないよん?」

「ぬ……」


 と、満足感に浸る処に水を差してきたのは、ウルにアドバイスを与えた当のディズであった。何故此処にいるのか、という突っ込みは兎も角、ウルは彼女の言葉に唸る。


「動く相手にぶつけるのは難しいか、やっぱり」

「此方に気づいていない相手にぶつけるならともかく、敵対状態になった相手に石ころを当てるのは至難だよ。相手だって無警戒じゃないんだ。それなら最初から武器を身構えていた方が楽」


 投擲を構え、投げ、外し、新たな弾を補充している間に喉元を喰いつかれては世話がない。動かない相手に対して“そこそこ当たる”程度の命中精度では到底、実戦には足りない。


「……投擲っていう発想がそもそもダメか?」

「うんにゃ?良いと思うよ?投擲は原始的、かつ最もシンプルな遠距離攻撃の一つだ。矢玉が何処でも補充できるのも大きい。魔術のような詠唱もいらない。連発もできる」


 そして冒険者ならばその威力はお墨付きだ。と、ディズはウルが集めた小石を一つ拾い、そして放る。パン、と空気がはじけるような音、そしてそれと全く同時に遠方の模型が大きな音と共に撥ね跳んだ。


「確実に当てることができるのなら、だけどね」

「……お見事」


 本当にスキのない女だった。


「無論それには練習が必要になる。何十何百何千何万と。でも君は時間がない。だから早々にこの技を生かすにはもうひとひねりいるねえ」

「例えば?」

「自分で考えましょー。試行錯誤も練習の内」


 ディズは更に投擲を続ける。何気ない動作。投球の姿勢もバラバラで適当に石を放っているようにしか見えない、が、当たる、当たる。宙を跳び、弾け、地面を転がる模型に更に当て続ける。なのに弾速は凄まじい。

 なんであんな適当な投げ方で、あれだけ命中するのだろう。と疑問が湧いたが、すぐに納得する。彼女の適当なフォームは、“適当なまま洗練されていた”。つまり、彼女はどのような状態からも全力投球できるのだ。できるようになったのだ。

 その命中精度を支えるのは、夥しい量の訓練であろうという事は、ウルにももう理解はできていた。何ゆえに金貸しが、という突っ込みどころは指摘するのにもつかれたので無視をする。彼女の投げ方をじっくり観察し学ぶ方がよほど為になる。


 ガン、と、設置した位置からだいぶ遠くに転がっていった模型に最後の一弾を見事着弾させ、人型の鎧をボコボコにして満足したのか、ディズは軽く伸びをした。


「あまり時間がないし、気が済んだら宿に戻ってきてね。作戦会議するよ」

「盗賊の居場所が分かったのか?」

「うん、ああ、喜ばしい事を教えてあげよう」


 喜ばしい、とは?


「グリードを筆頭とした討伐軍の編成を待てない者が他にもいたらしい。冒険者ギルドが賞金をかけた。金貨20枚だってさ」

「…………ワーイヤッタァ」


 宝石人形の元々の賞金の2倍である。

 喜ばしい反面、迫る困難の予感にウルは項垂れた。



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[良い点] 原始からの最強の戦術石投げ!
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