邪悪をあがめる者たち
邪教徒は何者であるか。
その疑問は、彼らと何らかの形で敵対する事になった多くの者が抱く疑問だ。同時に全くの無意味なものであると思い知ることになる。
理由は簡単で、彼らには全く統一性がないからだ。
時に金銭を簒奪し、時に物資を略奪する。裏で妖しげな道具を蔓延させ、ヒト同士の関係を乱すような真似をしたかと思いきや、もっと直接的かつ決定的な破壊工作に及ぶこともある。
やることなすこと一貫性が無い。
そうなる理由もまた、単純だ。彼らは仲間達の勧誘に節操がないのだ。
無謀な借金を背負って破滅寸前となった男を、金銭で勧誘することもある。
家族を失い、精神を狂わせた女の心を操って、手駒にすることもある。
市井の、本当にどうでも良いようなサークル活動が、実は邪教徒の末端な事もある。
本当に、節操が無い。彼らに理念は無い。信条も欠片もない。だから教養も、能力も何もかも問わない。兎に角、仲間が増えるならそれでいいのだ。「目的」さえはたされればそれでいいのだ。
そう、目的。
唯一無二の目的、「世を乱し、壊す」という一点に限っては、彼らは同じ方を向く。
彼らを探るならば、その目的だろうと【元・飴色の山猫】ミクリナは確信する。
【飴色の山猫】の名を変えて、情報屋としての活動を再スタートさせたミクリナは、しばらくの間忙しい日々を過ごしていた。名前を変えるというのは大変だ。言葉にすると容易いが、要は、ソレまで培ってきた経歴を、信頼を、一度捨てると言っているに等しいのだから。
とはいえ、必要なことだった。
【飴色の山猫】は、その信頼とつながり故に、破滅しかかった。重すぎるコネクションは、時として縛り付けてくる鎖に等しい。多くの物を失ってでも、断ち切る必要性があった。
結果として、規模は縮小し、何人かのギルド員も辞めていった。ギルド長のドートルは彼らにそれなりに高額の退職金を渡した。ミクリナも辞めても良かったが、結局彼女はこの仕事を続けている。
金は欲しかった。
グレーゾーンを泳ぐこの仕事は、やはりなんだかんだと金になる。
自分のライフワークのためには、やはりお金が必要だった。
邪教徒の調査。
自身を誘拐し、ろくでもない細工を施した悪党どもの調査。
復讐のためではなく、自分のような被害者を増やさないための、解析だ。
ドートルからは、「徒労に終わるぞ」と警告された。ソレも分かっている。
実際、邪教徒の集まりはかなりデタラメで、調べるほどに不毛だった。全ての邪教徒達をとりしきる黒幕とおぼしき者を調べて、見つけだしたとおもったら、全く関係のない犯罪組織が、そうとは知らずに邪教徒組織の末端を利用していた、なんてケース一度や二度では無かったのだ。
だからこれは、単なる自己満足だ。その為に、彼女は今日も調査に向かう。好都合にも、あの「台無し」に近かったという魔術師に、話を聞くために。
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「知らん。俺は研究で忙しい。余所を尋ねろ」
現在、竜吞ウーガで働いている魔術師の一人、元【台無し】の配下の一人だったという男、ルキデウスを尋ねた。
最近、ウーガの機関部に就職し、働いている彼から得られた答えは、まあなんというべきか、想像通りの答えだった。
「……貴方、一応邪教徒の末端だったんでしょう?」
「理解しているだろう。邪教徒の本質。世を乱せれば、何だってかまわない。そういう集まりだ」
極端な話、彼らは“邪教徒”という集まりがなんであるだとか、どういう真実を孕んでいるだとかは、心底どうでも良いと思っているのだ。興味が無いと言っても良い。なのにわざわざ知ろうとする者は少ない。
あの「台無し」によって集められたあの古巣は、そもそも邪教徒である自覚すら少なかったと彼は言う。
「それでも、「台無し」と話す機会はあったのでしょう」
「禁忌の術や技術を面白半分でアホどもに渡して面白がることを、「対話」と呼ぶならそうだな」
「本当に最悪ね」
悪戯半分、面白半分。そういう本当に軽い動機の邪教徒もどきがいることも勿論知っている。人生が上手くいかなくて、なんとなくむしゃくしゃして、八つ当たりでそういう邪教徒に手を染める者は確かにいる。
だが、誰であろう、邪教徒のトップと思しき【台無し】がそれをするのは、本当に胸くそが悪くなった。
自分も、そんな気軽さで人生を狂わされたのだと思うと、殺意すら湧く。目の前の男にすらも。それに気づいたのか、彼は肩を竦めた。
「俺に殺意を向けるのは辞めて貰おうか、あのアホどもの凶行に関わっていたわけではない。時間の無駄だったからな」
実際、自分も巻き込まれたウーガの大騒動の折、一度捕まり取り調べを受けている。その結果、明らかな邪教徒の悪行に協力したケースはほぼ無かった事が判明し、また、その後の調査でも協力的だったため、彼は釈放され、働いている。
勿論、関わっていると言うだけでも問題であるかも知れないが、それを言い出すと自分だってヒトの所業を咎められる様な立場では無かった。
だが、口出しせずにはいられなかった。
「止めもしなかったのでしょうに」
「その点は言い訳の余地も無い。それを理由にしたいなら、やってみるといい」
次の瞬間、彼の周囲で魔力が渦巻いた。勿論、自分の【消去体質】には単純な魔術の類いは通用しない。だが、それは彼も承知だろう。優秀な魔術師であるという話は聞いている。
その彼が自分の体質を見抜いていないとは思えない。そして、そういった相手に戦えないわけでもないだろう。
「……やめておくわ」
ミクリナは呼吸を整え、肩の力を抜く。別に自分は、邪教徒に携わる何もかもをメチャクチャにしたいわけではないのだ。それでは、連中と同じなのだから。
すると、向こうも殺意を解く。そして再び研究へと視線を戻した。ミクリナは近くの机に謝礼金を置くと、そのまま部屋を出ようとした。
「台無しが“根幹”に近かったのは疑いようが無い」
だが、去ろうとする背中に、声がかけられた。それが気まぐれなのかなんなのかわからなかったがミクリナは足を止め、振り返る。
「無節操に膨張した結果、分かりづらいが、お前の言うとおり、「目的」が一貫している以上、根幹はある。「台無し」は間違いなくそれを知っていた」
「……」
「無論、我々のような“玩具”にそれを教えるつもりは無かっただろうがな…………ハッキリしているのは」
「それは?」
彼は、何か得体の知れぬものを語るような、愉しげな表情で言った。
「この邪教徒という組織を始めた者達は――――よっぽど、この世界が憎かったのだろうなと言うことだ」
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情報の集まりは、まあ、想像の通りだった。
ミクリナはこれまでだって、邪教徒の中核に近かった者達に接触してこなかったわけではない。彼らから話を聞いたことは何度もあった。しかし結果は、今回と似たようなものだ。
だから、期待はしていなかった。そして、覚悟も決まった。
「結局、当人に話を聞かなければ意味は無いか」
彼女の視線の先には巨大なるバベルの塔があった。
太陽に近づくことを許された唯一の塔。しかし、ミクリナが目指すべきはその頂上では無く、逆だ。
地下深く、自分と、自分の家族を地獄にたたき込んだ元凶【台無しのヨーグ】がいる。




