生産都市ってどんなとこ?③
再び、【竜吞ウーガ大食堂】
「おー、これはいけるぞ!おい食ってみろよ」
「えーあなたってなんでもそういうじゃない?」
「あ、でも確かにこれはなかなか……香料が効いてるのか?」
「酒に合いそうだな。持って来いよ」
交渉へと向かったウル達の苦労などつゆ知らず大食堂は徐々に宴会の様相に変わりつつあった。まあなにせ、試食品が大量に並んでいる。食材の味を確認するために味付けはシンプルなものもあるが、上手く処理するために手法をこらした料理も幾つもある。今回は仕事、と言い含めたが、やはり食事というのはどうしても気が緩みがちになるものだ。
流石に勝手にペリィの酒場から酒を持ち込み始めてる者までいるのは本当にどうかと思うが、今回はリーネも注意するのを諦めた。身構えず、リラックスした状態で味わった感想ならば、嘘はないだろう。
もちろん、見失うほどの酒は控えさせるし、きっちりレポートにはまとめてもらおう。そう思っていると、不意にまた質問が飛んできた。
「生産都市国独特の文化ってどんなんなんだろうなあ?」
少し赤らんだガザの質問、というよりも雑談に対してリーネは肩をすくめた。
「とある生産都市では務めている神官は、日中の半分以上を水中で過ごす、なんて話は聞いたことがあるわね。本当かどうかはしらないけど」
「…………は?なんでなんすか?」
ラビィンが話に食いついてくる。リーネは続けた。
「その方が、育てている魚介類の気持ちがわかるんですって。地上にいる方が違和感が強いらしいわ」
「……………………んー?」
ラビィンは理解しがたいと言った表情で首を傾げた。「まあ、そういう反応よね」とリーネも納得する。
正直噂話なので、本当かどうか定かではない。
「ああ、私も聞いたことはある」
そう言い出したのはレイだった。そういえば彼女も元は、相応の地位の家の出身だったなと思い出した。
「植物たちとの対話を続けた結果、食糧として消費することに忌避感を覚えて、霞を食べて生きようとして栄養失調で倒れた神官が出たことがあるとか」
「馬鹿なんすか?」
「馬鹿となんとかは紙一重とは言うわよね」
嘘か本当か、やはりコレも怪しい話だったが、妙に似たような奇抜な噂が幾つも出てくることを考えると、何もかもが適当なデタラメとは考えがたかった。
「勿論、極めて純粋に文化レベルの高い都市もあるらしいわよ。とはいえ、まあ、独特な文化が広まりやすい環境なのは間違いないらしいわ」
外との交流が少なく、閉鎖的で、きわめて優秀な知能を有する者達の集まりだ。そして人類全体を支えるための重大な責務が降りかかるとくれば、なるほど確かにいくらかおかしな方向に跳ね跳んだとしても何らおかしくは無かった。
「別世界って感じだな。通常の都市国の外と中、なんて次元じゃねえや」
『まあ、ウーガに住んでるワシらが言うか?って話じゃがな!カカカ!!!』
今回、超重要秘匿施設に踏み入れるには存在が怪しすぎるとして待機していたロックが笑うと、全員釣られて笑った。確かに、前代未聞の使い魔、ウーガの背中に住んでいる自分達が、他の文化圏を「変わっている」と指摘するのはあまりにも滑稽だった。
「そりゃそうだな。ここ以上におかしなところなんてそうそうねえだろ」
「逆に、向こうさんをおどろかせたりしてんじゃねえのか?はっはっは」
そう言って酒に赤らんだ連中は笑うのだった。
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一方その頃、【生産都市ホーラウ:地下闘技場・死骨楽園】にて
「変わってる……!!!!」
「独特って次元かあ!?文化っていって良いのかなあ!?」
ウルは竜牙槍を抜き、シズクは魔術で周囲に刃を巡らせて、エシェルは鏡を展開し、カルカラは岩で創り出した大鎚を握っていた。彼らの前には、【生産都市ホーラウ】が創り出した品種改良された家畜(五メートル超の巨体であり、凶暴で、こちらをみるや襲いかかってきた)がたたきのめされている。
「********!!!!!!」
「~~~~~~~~~+++++++++++++!!!!!」
「************!!!!!」」
そして、それを周囲の観客席から眺めてくる生産都市の住民達(多分そう、おそらく、きっと)が雄叫びを上げながら熱狂していた。彼らが怒っているのか喜んでいるのか嘆いているのかは全く判断がつかない。全員変な仮面をかぶっていたので顔がわからなかった。
「シズク!!私たちこれ交渉成功してるの!?失敗してるの!?どっち!?」
思わずエシェルはシズクに尋ねた。
シズクは彼女の質問に対してニッコリと微笑み、答えた。
「わかりません」
「シズクゥー!!!」
「三人とも、来ます」
『GAAAAAAAAAAAA!!』
追加の巨大家畜が突撃を開始し、ウル達の果たし合いが再び始まった。
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【竜吞ウーガ:搭乗口】にて
「おお」
「確かに見た目違う……気がする?」
「いや、適当抜かすなよ」
【生産都市ホーラウ】との交渉の末、運ばれてくる角豚たちを見つめる作業員達は、唸りながら彼らを運び込んでいた。突然場所を移動させられたにもかかわらず、豚たちは酷くおとなしく誘導にしたがって動いている。
角豚は、もう少し角が長く伸びている個体をよく見かけるのだが、彼らの角は少し短く、小さかった。ヒトに管理されることで、外敵に晒される危険が少なくなった証拠であるらしい。
「まあ、美味そうではある………………が」
その様子を眺めていたジャインは、成果を持ち帰った最大の功労者達に視線を向ける。
「どうしたよ」
「「「………………」」」
ウルとエシェルはぐったりとうなだれていた。何時もはどんな状況でもしゃんとしているカルカラすらも、頭痛をこらえるような表情で沈黙している。唯一、シズクだけははきはきと家畜たちの誘導を行っていたが、一体何がどうしてこうなったのか。
「なあ、生産都市ってどんな―――」
「暫く、その話はしないでくれ」
遠慮無しに、興味本位で質問を投げつけるガザに対して、ウルは手を挙げてそれを制した。生産都市、という言葉を聞くだけで、エシェルの身体がびくりと跳ねる。ウルも、なにやら複雑な表情を浮かべながら、空を仰いだ。
「思い出したくないとかじゃなくて―――――説明しがたい」
それからしばらく、生産都市の話はタブーとなり、代わりにウーガの食糧事情改善へと大きく進展した。
余談ではあるがリーネ達が改善した角豚の肉も、それはそれで好む者が出てきたので、ペリィの酒場などにその肉が下ろされ、酒のつまみとして販売されるようになったのだった。
それともう一つ
「……読めん」
謎の言語で綴られた手紙がウル宛に送られるようになり、頭を抱える羽目になった。




